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Found 初期のカリ・ ヴティライネンの腕時計と出逢った(それはやはりミニッツ・リピーター)

あくまで謙虚な逸品だけど、同時にこの上なく自慢できる一本でもある。

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既に遠い昔に感じますが、2月にマイアミで開催されたWatches & Wondersで時計師のカリ・ ヴティライネン氏と楽しく会話をさせていただきました。彼が腕に不思議な時計をしているのに気付いたのですが、彼の作品には見えなませんでした。いや、見えなくもなかったのですが、何となく。彼にその時計について聞いたところ、少しいじわるな笑みを浮かべてこちらを見ました。彼に出会った事のある人たちなら分かるでしょうが、カリは時計業界の中でも控えめで謙虚な性格として知られます。しかし、彼は信じられないほど完成度の高いムーブメントを作り、他には真似ができないダイヤルを時計会社に提供しています。なので、彼がやや興奮した様子で僕に「きっとこの時計を気に入ると思うよ」と言ってくれた時、これから至福の時間が過ぎるだろうと確信したのです。

さて気になるその時計は、カリが初めて作った時計の一つだといいます。それに紛れもなくミニッツ・リピーターというのです! 1996年頃のイエローゴールドリピーターは、彼がまだパルミジャーニ・フルリエで働いていた頃の空き時間に制作された時計だそう(1999年にパルミジャーニを離れ、WOSTEPで時計作りを教えながら制作活動をしていた)。平日の夜と週末しか自分の作品に取り掛かれなかった為、完成まで2年かかったといいます。現在のヴティライネンとは似つきませんが、その原石ともいえるデザインと風格が漂い、何より彼のアイコンであるティアドロップラグを見ればすぐにヴティライネンそのものと気付きます。

YGケースをよく見ると、ミニッツ・リピーター用のスライドレバーが存在しないことにすぐ気が付きます。その代わり、この時計のシステムは、エレガントなことにベゼルをスライドレバーとして用いていたのです。なんてクールな発想! 僕は、遠くから見るとベーシックな3針時計に見えるミニッツ・リピーターが昔から好きでしたが、この構造はそのコンセプトの遥か先にあります。経験豊富なコレクターがこの時計をすぐ近くで見ても、彼の時計学の謎は簡単に解けないでしょう。ベゼルを時計回りに1/4回転させて離すと音が鳴り始めます(パルミジャーニがリピーターをこの構造で製作していた事をご存知の方もいると思いますが、ベースムーブメントは同じです)。美的観点から言わせてもらうと、ベゼルの溝がオニオンリューズのリブにまで繰り返されるのも感無量。時計にまとまり感が生まれ、意味を持ったディテールに引き込まれそうです。

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僕に言わせれば、ダイヤルも超一流。サインやロゴもありません。(ブランディングの要素が少なければ少ないほど、僕はその時計に高得点を与えるのです)ホワイトのラッカー仕上げは、言われなければグラン・フーエナメルとしか思えない美しさです。黒のアラビア数字はやりすぎな気もしますが、実はここも結構気に入っていたりします。光の当たり方によっては濡れている様な艶めきがあり、目をやる直前にインクを塗ったのかと思う程なのです。青針は(ブレゲの)ポムスタイルで歴史の趣きが感じられ、スモールセコンドは6時の位置に潜んでいます。このダイヤルデザインを「プレーン」や「ベーシック」と表現する人たちもいそうですが、僕なら「洗礼された」や「控えめな」という言葉を選びたい。いずれにせよ、僕たちがここ10年で知るカリ・ ヴティライネンの華麗で繊細なダイヤルとは全く対照的な見た目と造りになっています。

ここまで読み終えて、「能書きはもう十分、肝心のムーブメントはどうなんだよ?」と心の中で思っているのでは? はい、お待たせしました! この時計のキャリバー自体はとてもクラシカルなルクルト製のエボーシュ。ムーブメントの基本機構は、何十年も使われているものです。ジュウ渓谷製ムーブメントと間違えてもおかしくない程に細部まで似ていて、今にも電車が走りそうな3つのブリッジ、ハンマーの位置、手巻き機構はまさしくジュウ渓谷そのもの。この時計の何よりも素晴らしいところが、彼のムーブメントの仕上げ方です。期待通りではありますが、歴史上最もズバ抜けたムーブメント職人の成せる技なのです。

全体的なスタイルは彼の現在の時計より若干抑えめですが、見ればすぐに彼の作品だと分かります。シャープではっきりとしたベベルカットは、様々な角度や面を生み出し、プレートとブリッジに刻まれたストライプ模様は深く、気持ち良い質感を醸し出しています。また、磨かれた部分は漆のように鮮やかな黒が輝くのです。少し違和感を感じるのが、テンプのブリッジに明らかに手書きで刻まれたラフな文字。ただそういう意味では、とてもチャーミングに感じてしまうのは僕だけででしょうか? この時計を物語っているようで、最も気に入っている箇所のひとつです。

このような時計に出逢うと、あらためて時計が好きになります。一つひとつの時計が特別なモノになりえることに気付かせてくれるのです。一年の始まりはいつも一緒で、どのブランドも新しいモデルに最新のムーブメントを搭載して発表しあう。トレンドに合わせたクールな時計をどれもが追求していて、前の年より複雑化していきます。その一方で、このような時計は時代に流されず、古きよき大切さを醸し出しています。時計作りの芸術的な側面や「個」を考えさせられる。目の前で、ほほ笑みながら立つ真の時計職人が、誇りを持って初期の作品を語る姿を目にして、僕も自然と笑顔がこぼれたのです。

 さらなる情報は、 ヴティライネン公式サイトへ 

編集者注:この時計はあるコレクターが1996年にカリ氏本人から直接購入したもので、ケースバックには彼の名前がエングレーブされていました。プライバシーの観点から、掲載写真からは削除しています。