2025年は各ブランドにおいて、大きな“周年”が相次いだ一年であった。特に複数のビッグメゾンが創業の節目を迎え、1年をとおしてアニバーサリーモデルのリリースが途切れることのなかった印象である。そんななか、Watches & Wonders 2025に出展していた、1994年創業のベル&ロスからもユニークなアナウンスが届いた。それが「四角の中に丸(round in a square)」、すなわち2005年のBR-01において確立されたアイコニックなデザインの“周年”である。字面だけ見ると一瞬クエスチョンが浮かぶが、写真を見てもらえれば一目瞭然だろう。ブランドはこの20年にわたり、2006年のBR-03や2019年のBR-05、そして2022年のBR-X5とコレクションを拡充するなかで、同意匠を守り続けてきた。ベル&ロスが2025年をBR-01の20周年と謳わなかったのは、このデザインがいちモデルのディテールを超え、すでにブランドの根っこの部分に複雑に結びついているからだろう。たとえ文字盤を黒く塗りつぶしても、僕らはそれがベル&ロスの時計だとひと目で判断できるはずだ。
ベル&ロスはこの周年を祝うべく、Watches & WondersにてBR-03 スケルトン3作をリリースしている。いずれも、ディテールの進化に加えて「四角の中に丸」デザインを強調する、象徴的なモデルとなっていた。2025年におけるベル&ロスのもっとも大きなトピックであることは、間違いない。
BR-03 スケルトン ブラック セラミック
しかし改めて振り返ってみると、今年同ブランドにおいて取り上げるべき話題はこれだけにとどまらない。リリースはそれぞれにユニークで個性に富むものばかりだが、いざ俯瞰すると、そこには20年を経て熟した「四角の中に丸」デザインを下地としたベル&ロスの挑戦が見えてくる。僕は2025年、カメラのレンズもとおしてベル&ロスを見続けてきた。Instagramにアップした投稿の軌跡を追いながら、ひとつずつ見ていこう。
アイコニックモデルとともに振り返る、2025年のベル&ロス
僕らは“アストロ”を2月15日の発売直前にブティックで撮影させてもらったが、初めて目にしたときには素直に驚かされた。ムーブメントこそ2024年のBR-03 HORIZONと同じものを搭載しているものの、ダイヤル上にはインデックスが一切なく、風防中央にデカールであしらわれた地球のまわりを、月・火星・人工衛星が飛び続けるというロマンチックな仕様である。これは、これまで“コックピット内の計器”をモチーフに、男らしくも実用的な時計を展開するブランドだという僕のイメージからは大きく外れた時計だった。タイムキーピングよりもデザイナーの創造性を前面に押し出しており、もはや手首の上の“オブジェ”と呼ぶべき佇まいである。
しかしこの一風変わった“アストロ”は、発売からほどなくして完売となる。アイコニックデザインの周年がBR-03 スケルトンとともにアピールされるのはそこから約2カ月後のことだが、その時点で時計愛好家のあいだでは、すでにこのフォルムがベル&ロスと強く結びついたイメージとして共有されていたに違いない。当時の記事でも書いたが、「突拍子もなく見えるクリエイションだが、確かにベル&ロスにおいてスタンダードなウォッチメイキングと地続きに存在している」。だからこそ、すでにBRコレクションに親しんできた層にもすんなりと受け入れられたのだろう。ブランドにとっても挑戦的な1本であったはずだが、BR-03 アストロはこのデザインで実現し得る表現の幅を大きく押し広げてみせたのだ。
2025年春のWatches & Wondersにおいて、BR-03 スケルトンとともに発表されたのがBR-05の36mm径モデルである。前者がBR-01から続くスクエアフォルムの力強さを前面に押し出していたのに対し、BR-05 36MMは大幅なサイズダウンによって手首の細い男性や女性、さらにはクラシックな小径モデルを愛好する人々へとターゲットを広げるものであった。価格も従来の40mm径と比較して10万円ほど低く設定されており、本質的にはベル&ロスのエントリーモデルに位置づけられる。一方でノンデイト仕様や、8.5mmに抑えた薄さといった時計愛好家の心をとらえる要素も備えており、SNS上でも話題を呼んでいた。
11月にベル&ロスの銀座ブティックを訪問した際、36mmモデルの反響について話を聞いた。ブランドの戦略は的中したようで、これまでサイズ感の理由から自分の手首には合わないと判断していた層が、“ファーストベル&ロス”としてBR-05 36MMを求めて多数来店しているという。日本市場に限った話ではあるが、今年のBR-05全体の売り上げのうち、BR-05 36MMは現状およそ3割を占めているそうだ。しかし同モデルの売れ行きはブランドの想像以上であったらしく、十分な在庫を用意できなかったと担当者は語る。店舗への問い合わせは今も続いており、BR-05 36MMは来年以降もベル&ロスの裾野を広げる役割を担うモデルになりそうだ。
9月18日に発表されたBR-X3は、ベル&ロスのアイコニックなフォルムはそのままに、その表現を一段押し広げたモデルである。先行する“X化”モデルとしては2022年のBR-X5が挙げられるが、こちらはどちらかといえば内面、つまりケニッシによるキャリバーBR-CAL.323の搭載を前面に打ち出したものだった。同ムーブメントは70時間のロングパワーリザーブに加え、COSC認証も獲得しており(もちろん、大胆に肉抜きされたケースサイドなど意匠面でのアップデートもあったが)、従来のセリタベースのムーブメントと比べて機能面での進歩が際立っていた。
そのうえでBR-X3は、BR-03、そしてBR-X5の両方からさらにもう一歩踏み込んだ存在だと感じている。本作ではBR-X5からBR-CAL.323を引き継ぎつつ、ケースアーキテクチャに思い切った変更が加えられた。なかでも象徴的なのが、異素材を組み合わせたサンドイッチ構造のケースである。同時に発表された2モデルはいずれも、サイドから見ると4隅にピラー(柱)が立っているかのようなシルエットを持つ。ブラックベースのBR-X3 BLACK TITANIUMでは、チタンケースでラバー製のピラーをサンドする構造となり、BR-X3 BLUE STEELではブルーアルマイト処理を施したアルミ製ピラーをステンレススティールケースで挟み込んでいる。Xシリーズらしい実験精神あふれる構成によってブランドらしいインダストリアルな魅力を強調しながらも、伝統的なデザインの前提をきちんと守ったバランス感覚は高く評価したいところだ。多層構造の文字盤レイアウトも、計器らしいメカニカルな表情を現在のベル&ロスならではの技術で具現化しており、まさにコックピットから生まれたBR-01の流れを現代的に継承した正統進化型と言える。ただし、そのエッジの立ったルックスゆえに、万人受けするタイプの時計ではないかもしれない。それでも、ベル&ロスのタクティカルなデザインに惹かれてきた人にとっては、スペックも含めて非常に魅力的に映ることだろう。
これは今年ならではというよりも、“今年も”と言えるトピックである。アビエーションに端を発するベル&ロスでは、基本的に全ラインナップにおいて暗所でも十分な視認性を確保できるよう、インデックスや針に夜光を使用している。しかし一部のモデルでは、そこからさらに一歩踏み込んだ提案を続けてきた。とくに2017年のBR 03-92 ホロラムでスタートしたラム・ラインでは、他に類を見ない表現を次々と取り入れてきたが、なかでも印象深かったのが2023年のBR-X5 グリーン ラムである。同モデルは「夜光は文字盤上で使われるもの」という先入観を打ち破り、ケース前面そのものを光らせる仕様を実現した。もちろん針やインデックスといった表示部も発光するのだが、グレード2チタン製のケースを蓄光複合素材LM3Dでサンドすることで、時計全体が暗闇のなかでアイコニックなフォルムが緑色に浮かび上がるさまは圧巻であった。それほどまでに、夜光表現においてベル&ロスは独自の道を歩んでいるのである。
2025年のBR-03 ダイバー ラム アウトラインとBR-X3 ナイトビジョンは、ともに新たな夜光表現を異なるアプローチから追求したモデルである。前者では、本来は針やインデックスの“中”に充填される夜光をあえて“縁”に用いることで、視認性をしっかり確保しつつ、機能としての夜光にとどまらない、暗闇でより幾何学的で遊び心に富んだデザインを実現している。後者では、BR-X5 グリーン ラムをさらに発展させた高度な技術が投入されている。発光素材をカーボンファイバーに練り込むことで、正面から見るとカモフラージュ柄にも似たマーブル状の発光パターンを生み出しているだけでなく、先に紹介したBR-X3で特徴的だったピラー部分にもグリーンに発光するラバーを用いることで、見る角度によってまったく異なる表情を引き出しているのだ。この2モデルを前にすると、正直「これ以上、夜光で何かできるのか?」という考えさえ浮かんでくる。しかしフル ラムに象徴されるように、ベル&ロスはこれまでも時計製造における“当たり前”を更新し続けてきたブランドである。今のところ具体的な姿は想像がつかないが、2026年にもきっと新たな夜光表現の提案が待っていると、すでに期待している。
本作は12月11日に発表されたばかりの、ベル&ロスの2025年を締めくくるモデルである。BR-05をベースとしており、サイズやスペックに大きな変更はない。しかし見てのとおり、風防の下に広がるダイヤルは撮影が難しいほどの鏡面仕上げだ。針、インデックス、フランジにいたるまで反射面で統一されているが、特に注目すべきは、まったく歪みの見られないダイヤルの平滑な表情である。銀座のブティックで手に取った際、手のなかでくるくると回してみると、光をどこまでもフラットに跳ね返していた。ダイヤルのような広い面積に均一なミラー仕上げを施すことができる技術力が、今のベル&ロスには備わっているという証左である。針の裏側までも精細に映り込むため、その面にもポリッシュを施す必要が生じたという。
今年は“アストロ”に始まる特徴的なモデルを数多く見てきたこともあり、第一印象ではやや地味な一本だと感じた。しかし撮影を重ねるにつれて、計時部全体をミラーとするという発想を製品レベルで具現化してみせたブランドの実力が、じわじわと伝わってくる。余計な装飾がない分、BR-05のフォルムもよりいっそう強調されているように見える。まだリリースベースの情報しかなく、不明な点も少なくないモデルではあるが、ここに至るまでの紆余曲折については、ぜひデザイナーの口から詳しく聞いてみたいところだ。
最後に
最初に述べたとおり、ベル&ロスにおける2025年一番のトピックは、アイコンデザインの20周年である。しかし、その確固たる土台があるからこそ、各モデルでは新たな挑戦が行われていた。それはBR-01に続く計器的なデザインをさらに深化させる試みであったり、新たなファン層を獲得するためのマスな提案であったり、あるいはブランドの技術力を改めて示すものであったりとアプローチこそさまざまだが、いずれも「四角の中に丸」というブランドの屋台骨が揺るぎないものになったという前提のうえに成り立つ表現だ。すでに今年、BR-03とBR-05においてかなり冒険的なリリースが続いていることもあり、20周年を迎えて円熟した同デザインに変わる新たなアイコンを来年あたりに打ち出してくるのではないかと予想もしている。たとえばヴィンテージ123の復活などは、どうだろうか。クラシックな意匠のアビエーションウォッチは、近年ほかのブランドからもリリースが相次いでいる。この予想が当たるにしろ外れるにしろ、きっと僕の度肝を抜くプロダクトがベル&ロスから登場することは、間違いないだろう。
話題の記事
Year In Review ベル&ロスの1年をHODINKEE JapanエディターのInstagramで振り返る
Introducing フレデリック・コンスタント×Time+Tide ハイライフ ムーンフェイズ マニュファクチュール “オニキス ムーン”を発表
Hands-On エコ/ネイトラがリヴァネラ ピッコロで見せた、ブルータリズムと洗練されたコンパクトデザインの融合