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Independent Watch Week 2026ではこれまで作り手の声や、日本でどう受け止められてきたかを追ってきた。では、それらの時計は世界でどう見られ、どう選ばれ、どう評価されているのか。今回話を聞いたのは、時計をつくる人ではない。ジャーナリスト、オークションの現場にいる人、そして実際に買い手となるコレクターである。
今回取材に応じてくれたのは、ジャーナリストのジャック・フォースター(Jack Forster)氏とスー・ジャーシャン(SJX)氏、フィリップスのスペシャリストであるトーマス・ペラッツィ(Thomas Perazzi)氏、そしてThe Armoury(アーモリー)創業者でコレクターとしても知られるマーク・チョー(Mark Cho)氏だ。
まず、2025年から2026年の独立系市場をひと言で表してもらうと、SJX氏は市場は非常に活気づいていましたと話し、フォースター氏は流動的、チョー氏は成熟、ペラッツィ氏はインディペンデント・モメンタムという言葉を使った。立場は違っても、市場が次の段階に入りつつあるという感触は共通している。
ただ、いまおもしろいのは市場が熱いかどうかだけではない。その熱のなかで、誰が何を基準に一時的な話題と、この先も残る価値を見分けているのか。そこにこそ、いまのインディペンデントウォッチの輪郭が出ている。
今回の取材にご協力いただいた4名
もう目新しさだけでは足りない
独立系の魅力としてまず思い浮かぶのは自由さだろう。大手ブランドの文法に縛られず、自分たちのやりたいことを形にできる。だが、それだけで長く続くブランドになれるわけではない。フォースター氏は、ブランドを取り上げる価値があるかどうかを考えるときの感覚をこう説明する。「取り上げる価値があるかどうかを判断するのは常に難しいものです。というのもさまざまな要因が絡み合っているからです。ただ、新しさそのものだけを売りにしているブランドは長く追いにくい。継続して見ていけるストーリーがあるかどうかが重要です」
SJX氏の答えも近い。「それは作り手のビジョン、野心、人格、そして気質を見極めるということにほかなりません。優れた時計師というのは、単に時計を売りたいのではなく、自らが偉大でありたいと願うものです」。単に“いま売れる時計”をつくろうとしているのか、それとも“歴史に残る時計”をつくろうとしているのか。その違いは、結局時計に表れるという見方である。
ペラッツィ氏は、一貫した職人技と物語の真正性を重視し、チョー氏は「時計の開発から発売までは長い道のり。だからこそ、次の10年が見えているブランドのほうが強い」と話す。
勢いより継続性を見る。この点で、4人の目線は思いのほか揃っている。長く残るブランドには、派手な印象よりも先に土台があるのだ。
インディペンデントブランドの魅力はどこに宿るのか
MB&F シーケンシャル クロノグラフ。フォースター氏が、機構と仕上げの両立を示す例として言及した一例。HODINKEE在籍時には、その機構について詳しく取り上げていた。
ではインディペンデントブランドのどこに魅力を感じるのか。ここでは4人の答えがきれいに分かれた。フォースター氏は、機構か仕上げかという二択そのものにあまり意味がないと見る。「どちらか一方だけを選ぶ話ではありません。技術的な革新も美しい仕上げも、互いを打ち消すものではないからです」
ペラッツィ氏も近い立場だ。「私がいちばん心を動かされるのは、伝統的な手仕事が極限まで磨かれたときです。ただ、本当のおもしろさはその融合にあります。仕上げが完璧で、そこに大胆な機械的アイデアが加わると、時計はそのどちらか一方ではなくなるのです」
いっぽうSJX氏は、「私が引かれるのは、まず機構です。もう少し広く言えば、何らかの革新ですね」と言う。「古典的な手仕上げはいまではかなり一般化していますし、実際には機械加工を前提に最後を手で整えるものも多い」とも話しており、仕上げをめぐる神話を少し冷静に見る視点でもある。
チョー氏は、小さくて着けやすいデザインを重視するとしたうえで、現時点で最も自分に合う独立系としてベルネロン ミラージュ 34を挙げていた。
そして、この問いに最も現実的な答えを返したのがチョー氏だった。「ここ数年で自分の基準はほとんど変わっていません。手首に乗せたとき、見た目も感触もいい時計を選びます。いちばん大事なのは着用感です。そこがだめだと、素敵なデスクオブジェにはなっても、コレクションに残る時計にはなりません」。独立系は、どうしても思想や技巧、珍しい機構の話が先に立ちやすい。だがチョー氏はそこにコレクターとしての現実を持ち込む。どれほど語るべき背景があっても、最後に手首の上で心地よくなければ残らない、というのである。さらに彼は、長く興味が続く深みも重視していた。珍しさだけで終わらないこと。それが、いまコレクションに残る独立系の条件なのだろう。
価格は熱を映す
もっとも、独立系をめぐる評価の上昇はいいことばかりではない。市場の熱は、いちばんわかりやすく価格に出る。SJX氏が市場は非常に活気づいていたと語るように、近年の独立系には強い需要が集まり、多くの独立系ブランドにおいて二次流通市場の価格も高騰したままだという。評価が高まること自体は、作り手にとってもシーンにとっても歓迎すべきことだ。だが同時に、その熱によって買えなくなる人も出てくる。
それを裏付けるように、自身で時計ブランドも立ち上げたチョー氏は「この1〜2年で最も変わったのは価格です」と話す。部品代や人件費の上昇に加え、二次流通市場の強さもあって価格は大きく上がったという。その結果、一部のコレクターは手を出しにくくなっている。評価が高まるほど入口は狭くなる。この矛盾もまた、いまの独立系市場の現実だ。ただし彼はそれを悲観しているわけではない。「独立系ブランドは、自分たちが望むだけの金額を請求できるし、そうすべきだと思っています」
誰もが豊かな生活を送る権利があり、作り手が正当に報われるべきだという考え方である。買えなくなる人が出るのは厳しい現実だが、作り手が安く消費されるべきではない。そのバランス感覚もまた、いまの独立系市場らしい。
高値よりも、繰り返し評価されること
オークションの現場から見るとインディペンデントブランドはどう映るのか。ここでペラッツィ氏が語った基準はとてもわかりやすかった。「オークション結果において、独立系時計メーカーが“一時的な話題の中心”から“相場や評価が安定した定着銘柄”へと移行していることを示す最も明確なサインは、価格の振れ幅ではなく、安定性、裾野の広さ、そして再現性です」
一度だけ高額で落札されたからといって、そのブランドが定着したとは言えない。ペラッツィ氏が重視するのは、似たような評価が何度も続くことだ。入札する人の層が厚く、国や地域をまたいで支持があり、結果が単発で終わらないこと。独立系が話題のブランドから“確立した存在”に変わるかどうかは、まさにその点にかかっているのだろう。
フランシス・フォード・コッポラ氏所有のF.P.ジュルヌ “FFC”。HODINKEEでも取り上げた2025年12月に取り上げたニュースだ。
実際、ペラッツィ氏は現在の独立系市場を“インディペンデント・モメンタム”と呼び、その追い風がオークション結果にもはっきり出ていると話す。2025年のフィリップスのグローバルオークションで総落札額トップ20に入ったブランドには、F.P.ジュルヌ、フェルディナント・ベルトゥー、ドゥ・ベトゥーン、ダニエル・ロートといった独立系が数多く名を連ねた。さらにフランシス・フォード・コッポラのコレクションから出品されたF.P.ジュルヌ“FFC プロトタイプ”は、1077万5000ドル(日本円で約17億円)で落札され、独立系メーカーの腕時計としての世界記録を更新している。
ただし、ここでも高値そのものがゴールではない。ペラッツィ氏が見ているのはその先である。今後3〜5年のオークション市場について彼は、より体系化され、透明性が高まっていくと予測する。特定の機構や工芸に焦点を当てたテーマ型セール、来歴の確かなシングルオーナー・コレクション、オンラインとライブを組み合わせたハイブリッド形式。そうした変化によって、独立系は投機の対象という見え方から、評価が積み上がっていく存在へと移っていくはずだという。
物語は、第三者による評価が重要
IAMWATCH 2024 アフターパーティの一幕。独立系時計メーカーと時計愛好家をまったく新しい形で結びつけるイベントとして、大きな熱気を生んだ。
イベント会場では、マックス・ブッサー氏との写真撮影を求める長い列ができていた。
ブランドが自分で語れる時代になったのは確かだ。SJX氏は「特に小規模ブランドではDTC(直接販売)が進み、作り手自身がチャットグループをつくってコミュニティを育てています」と話す。
ただ、それだけで十分ではないと見るのがフォースター氏である。「新しい独立系ブランドはSNSやWhatsApp、コレクター向けイベントなど、使えるチャネルをとにかく試してきました。ですが、自社発信だけでは遠くまで届きません。信頼できる第三者の評価が必要です」
その次の動きとして、彼が注目するのがSubstackだ。Substackは、書き手が媒体を介さずに読者と直接つながれるニュースレター型のプラットフォームである。独立系ブランドにとっては、製品の背景や制作の過程まで自分たちの言葉で継続して伝えられる点が大きい。第三者の評価は引き続き重要だが、こうした自社発信の場は今後さらに広がり、独立系ブランドの物語を支える重要な土台になっていくだろう。
「影響力のある書き手が集まりつつあり、権威とリーチの両方を備え始めています。近い将来、かなり重要な場になるかもしれません」。ニュースレターを起点に広がったSubstackが、独立系の物語を運ぶ次のメディアになる可能性があるというわけだ。
熱狂の次に来るもの
フォースター氏が、これからの独立系で注目したい“クロノメトリーを明確な目標に据える動き”の例として言及したレデラー。
では、独立系ブランドが継続的なカテゴリとして続いていくには何が必要か? 4人の答えはばらばらだが、そのばらつき自体がいまの市場のおもしろさを示している。フォースター氏が挙げたのは、デザインでも複雑機構でもなく、「クロノメトリー(精度)を明確な目標として探る動き」だった。いまのインディペンデントブランドではまだ主流ではないが、精度という時計の根本的な課題に、それぞれのブランドがどう向き合うのかに関心があるという。
ペラッツィ氏は、サステナビリティ、透明性、そしてこれまで中心で語られてこなかった工芸や地域にも光が当たることを含めた新しい価値基準を予想する。責任ある素材調達や修理のしやすさ、来歴の明確さまで含めて、何をもって“いい時計”と見るかが変わるかもしれないという見立てだ。
Source Louis Vuitton
チョー氏は、次の流れをもっと触覚的なものとして捉えている。「いまはおもしろいケース形状が注目されていますが、その次は、手に取ったときの質感や触れたときの心地よさが重視されるかもしれません」と話す。ケースの手触りが重視され、その結果として文字盤はやや小ぶりになる。ルイ・ヴィトンのタンブール コンバージェンスは、その例として挙げられていた。
いっぽうでSJX氏は、その先を簡単には読まない。市場のサイクルは続くが、それがどこに辿り着くかを予測するのは難しいとしつつ、「いちばん時代遅れに見えるものが、あとになって収集対象になることもある」と話す。
4人の答えを見ていくと、注目されているのが新しさだけではないことがわかる。精度、修理可能性、来歴、手に取ったときの感触。どれも、ひとときの話題性というより長く付き合える理由と言える。熱狂の次に来るものは、そうした地に足のついた価値なのかもしれない。
本記事の制作にあたり、以下の皆様に多大なるご協力を賜りました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。Jack Forster, Mark Cho, SJX, Thomas Perazzi
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