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タイメックス(Timex)は、この1世紀でコカ・コーラと並ぶほど広く普及したアメリカのブランドである。タイメックスが時計の世界に与えた影響について議論するとき、ブランドの近代を象徴する技術として、インディグロほど重要なものはない。この30年間で、インディグロを搭載した文字盤はタイメックスのほぼすべてのモデルに網羅された。この発明は時計製造の歴史における技術的な変革を意味するものであった。
タイメックスは19世紀の創業以来、革新的な技術に裏打ちされた歴史を歩んできたブランドだ。1854年にウォーターベリークロックカンパニーとして設立されて以来、斬新な発想でその名を轟かせてきた。同社は、歯車を木から削り出すのではなく、金属からプレス加工をすることで製造してみせた最初の時計ブランドのひとつである。また、ヘンリー・フォード(Henry Ford)が行うよりも早く、製造に一貫生産方式を採用した初めての企業でもある。その後100年をかけて、タイメックスはクロック製造のリーダー的存在から、懐中時計、そして最終的には腕時計ブランドへと移行していく。1944年にタイメックスの社名が採用され、我々が知る現代の姿となった。
その後40年間で、タイメックスはアメリカ文化の一翼を担うリーズナブルで高品質な腕時計を提供するブランドとして世界中に知られるようになった。1970年代、多くの時計ブランドがクォーツムーブメントの出現と普及に苦闘するなかで、タイメックスはこの変化を素直に受け入れた。タイメックスはクォーツの登場を、高価なスイス製機械式時計に代わる手ごろで信頼性の高い時計を製造し、その名声をさらに高めるチャンスだと考えたのだ。1980年代後半のタイメックスは“時計と機械式限流ヒューズにおける世界最大規模のメーカー”であることを自負していた。しかし、タイメックスは決してその地位に甘んじるようなメーカーではなかった。同分野にはまだまだ開拓の余地があると判断し、世界一の企業になるという課題に再び取り組み始めたのだ。
1988年10月4日には、米国特許第477万5964号が発効された。特許自体の内容は特別おもしろいものではなく、“アナログ表示の時計におけるエレクトロルミネッセンス文字盤とその製造方法”を説明した5ページの文書である。お役所的な書類はともかく、特許の成果を実際に目にすることは多くの人にとって興味深く、魅惑的でさえあった。暗闇でも視認性を確保することは、腕時計の草創期から時計メーカーが取り組んできた課題でもあったのだ。
20世紀初頭に時計メーカーは、ラジウムと硫化亜鉛の混合物が文字盤に夜光の輝きをもたらし、暗所でも時刻を視認できることを発見した。20世紀中にその化学式が変わることがあっても、結果自体が変わることはなかった。それもタイメックス社の特許が発行されるまでのことである。
タイメックスはそれまでの夜光について、ないよりましではあるものの、限界があると認識していた。当初使用されていたラジウムは放射性物質ゆえに危険であることはもちろん、より安全な代替物質を使用しても時間を読み取るためには心許ない鈍い光を放つだけだった。しかもその光は、短時間のうちに消えてしまうのがほとんどであった。そこで、タイメックスのエンジニアは暗闇での計時という問題に対し、独創的な解決策を思いついた。その答えが、エレクトロルミネッセンスパネルの採用だったのだ。
インディグロウォッチの仕組みは、比較的単純である。蛍光物質をベースにした発光体を透明な導体の上に置き、2枚の薄いプラスチック(またはガラス)のあいだに挟み込むのだ。そこに電極を加えるとほら、この通り! 時計の内部から明るく心地よい青緑色の光を放ち、暗闇で文字盤全体が輝く。しかも、ただ光るだけではない。リューズを押し込んでいるあいだ、ずっと光り続けるのだ。同機能は、ほとんどのアナログ時計に搭載されていた標準的な夜光をはるかに凌駕しており、タイメックスを21世紀における重要な“クールファクター”へと押し上げるものであった。
そのほかの用途ではエレクトロルミネッセンスパネルが使われることがあったが、腕時計に搭載することを思いついたのは誰もいなかった。数年にわたるテストと開発を経て、タイメックスは1992年にインディグロ機能を搭載した最初の腕時計を発売。同社は、高額でなくとも耐久性のある時計を必要とする顧客のために、頑丈で堅牢な時計を提供するべくアイアンマン(Ironman)シリーズを生み出した。このアイアンマンシリーズは、タイメックスの伝統的なスローガンである“It takes a licking and keeps on ticking(衝撃を受けても動き続ける時計)”を体現するものであった。また1993年のテレビ広告にあるように、アイアンマンを求めるようなユーザーが沼地など低照度の環境における視認性を必要としていることをタイメックスは知っていた。これがタイメックス初のインディグロ機能対応時計がアイアンマンとなった理由だ。
発表されるや否や、タイメックスによるインディグロ機能搭載の時計は大反響を呼んだ。優れた技術と巧みな広告の組み合わせにより、一躍人気商品となったのだ。90年代初頭は技術的に大きな飛躍を遂げた時代であり、その最たるものがインターネットの発達と拡大であった。当時は誰もが最新技術に夢中で、流行に敏感なアーリーアダプター(初期採用)文化が主流になりつつあるタイミングでもあった。タイメックスは喜んでその波に乗り、新技術であるインディグロを発表したのだ。
インディグロはタイメックスによる巧妙な技術的判断によって生まれたものであるが、同時にビジネスとしてもスマートであった。スイス機械式時計の巨頭について語るとき、たいてい“自社製”という言葉が使われる。現在では、それぞれのモデルのために開発された自社製ムーブメントこそが、他社製ムーブメントよりも優れていると考えられている。そのためロレックスのようなブランドは、最終的に使用していたサードパーティーのベンダーすべてを買収することで、ロレックスの時計にまつわるすべての要素を自社生産できるようにしたのだ。タイメックスは特許申請とインディグロ社(タイメックス100%出資)の設立によってその技術を管理し、ほかのブランドがその技術を自分のものとして使用(したり、コピーしたり)できないようにした。いまやインディグロといえば、人々はタイメックスを思い浮かべるはずだ。
高級時計の世界では、往々にして904Lスティールやジャイロトゥールビヨンなどの先進技術に目を奪われがちだ。しかし時計業界においては、あらゆる層のブランドが変革の可能性を持っていることを忘れてはならない。タイメックスのインディグロテクノロジーは、それこそ永続的な成功を収めたといえるだろう。暗闇のなかで時刻を刻むという、それまでの常識を覆す衝撃的な出来事だった。また1世紀近くも閉塞的な業界を苦しめてきた問題を、明快かつ愉快に解決してみせた。このような背景から考えると、発売から30年以上経った今なおタイメックスのインディグロが脚光を浴び続けているのは、当然のことなのだ。