時計とモータースポーツの関係は、スポーツウォッチと国際的レースイベントの黄金期において築かれたものである。ロレックスや、タグ・ホイヤーをはじめとする多くのブランドは、ラグジュアリー&スポーティな時計のデザインを、F1やル・マン、デイトナなどの耐久レースの世界と結びつけようとした。果たしてその試みはどうなったかといえば、どれも見事な成功を収めている。
ロレックスのデイトナ(と、それにちなんだレース)、タグ・ホイヤー モナコ(モータースポーツに深く根ざしたブランドによる、好例のひとつだろう)、そして現代ではIWCやリシャール・ミルなどが手がけるスペシャルエディションが、ドライバー、チーム、レース、あるいはシリーズの理念と製品を結びつけている。タグ・ホイヤーのフォーミュラ1の名称が何にちなんだものか、おそらくあなたも知っているだろう。
コールは昨年、もうひとつの注目すべきパートナーシップ、その舞台裏を紹介した。2022年にオーストリアのツェル・アム・ゼーで開催される、GPアイスレースを記念して作られたポルシェデザインのスペシャルウォッチについてだ。
ポルシェデザインとGPチームは今年も、1月27日から29日まで開催される2023年大会を記念した限定モデルを発表した。2022年に引き続いて新しいアイスレースモデルはポルシェデザインのクロノグラフ1をベースにしており、その名もGP 2023 エディションという。
時計については少しおいておいて、まずは昨年のGPアイスレースに関するコールの記事を読むことを強くすすめたい。GPアイスレースは、凍った路面をただ車が走り抜けるだけのものではない。GPの歴史についてはこちらを参照してほしいが、この地の人々は現代的な文脈において伝統的なアイスレースのイベントを再現し、多種多様な自動車愛好家のための祭典へと発展させたのだ。オーストリアのアルプスで行われるアイスレースは、自動車カルチャーのあらゆる要素を氷上という特別な舞台に集約している。
先日フェルディ・ポルシェと時計について語り合ったが、ご覧になっただろうか? 彼はGPを支えるリーダーのひとりであると同時に、スタジオF.A.ポルシェ、さらにはポルシェ・デザインを設立したF.A.ポルシェの甥でもある。僕はふたつの世界を結びつけている、この小さなチームと1週間を過ごした。車と時計に関していえば彼らはどちらにおいても偉大な企業であり、完全なマニアでもあるため、このパートナーシップは非常に理に適っているといっていいだろう。
さて、時計にも触れていこう。ポルシェデザイン クロノグラフ1 GP 2023エディションについてだ。これはクロノグラフ1に特別なアレンジを加えたモデルであり、クロノグラフ1の誕生50周年を記念してリニューアルされた2022年モデルの仕様をベースにしている。しかし、通常のクロノグラフ1だけでなく、前作の2022エディションとも異なる数々の小さな工夫が凝らされているのだ。
GP 2023 エディションは実績あるフォーマットにこだわり、幅40.8mm、厚さ14.15mm、ラグからラグまでのサイズが45mmのチタン製ケースを採用している。ブラックの文字盤に鮮やかなネオンオレンジのクロノグラフ針によるアクセントを配しており、これは70年代初頭にクロノグラフ1を手がけたF.A.ポルシェがデザインした911の計器類を想起させるものだ。また、GP 2023 エディションは60スケールのフランジ(2022年のタキメーターに対して)、デイデイト表示(英語と、当然ながらドイツ語による)、そしてポルシェデザインのヴィンテージロゴも特徴的なモデルとなっている。なお、ムーブメントにはもうひとつのサプライズがあるのだが、それは追ってご紹介しよう。
スタンダードなクロノグラフ1や、完売したGP 2022 エディションからの派生モデルとして最も顕著なポイントは、ブラックチタンカーバイドの表面処理ではなく素のチタンケースを採用していることだろう。しかしこのGP 2023 エディションと時間をともにするなかで、ねじ込み式リューズとクロノグラフのプッシャーのブラック仕上げに加え、ホワイトのナイロン/ベルクロ GP アイスレース ストラップ用のクイックリリースアダプターもブラック仕上げになっているという、楽しいビジュアルミックスが僕の心を捉えた。もしこれがツェルのツートンを取り入れた仕様だというなら、僕としては大歓迎だ。
防水性能は100m、風防のクリスタルはサファイア、裏蓋にはチタン製のクローズドケースバックを採用している。そのケースバックには250本限定のスタンダードエディションナンバーに加え、いくつかのサプライズが潜む。まずは、GPアイスレースのシンボルともいえる、トラクターを運転するイエティの小さな刻印。そして、自動車をテーマにしたクロノグラフには欠かせない特別なひと言……、そう、フライバックだ。
2022年から2023年にかけてのGPエディションの進化は、単に外観の美しさだけにとどまらない。ポルシェデザインは、センターセコンドとフライバック機能を備える12時間クロノグラフを搭載した同社の自動巻きクロノグラフムーブメント、Werk 01.240 をこの時計に搭載した。ご存じない方のために説明すると、フライバッククロノグラフとは、クロノグラフを停止したりリセットしたりすることなくゼロから再スタートすることができる機構だ。クロノグラフの作動中に4時位置のプッシャーを押すだけでゼロに戻り、そのまま続けて次の計測を行うことができる。
フライバック機能のルーツはロンジンや第2次世界大戦中の航空産業にある。しかし、レースカーが次のラップに入るときなど、別のイベントのためにクロノグラフを素早くリセットしたいときなどにも非常に便利だ。フライバック機能がなければ、フライングラップのタイムを正確に計測するために、クロノグラフがもう1本必要になる。
Werk 01.240は、48時間のパワーリザーブとCOSCクロノメーター認定を受けた、2万8800振動/時で動作する独自の自動巻きムーブメントだ。ムーブメント自体は、ポルシェデザイン独自の設定(クイックチェンジやデイデイトなどの要素を含む)で、コンセプト社によって製造されている。ベースデザインはバルジュー7750の実績ある設計を参照しており、ムーブメントがポルシェデザインに納品されると、同社の製造チームが社内で品質管理を行って各ムーブメントがCOSCに準拠しているかを確認する。
実際に手にしてみると、GP 2023 エディションは2022年におけるマイフェイバリットのひとつに若干の変更を加えたぐらいで、ほぼ期待通りの仕上がりだった。ここだけの話、GP 2022 エディションはすでに入手困難な時計(つまり“スタンダード”な2022クロノグラフ1)の素敵なアップデートといえる1本だったので、何かを変える必要すらなかったと思っている。ブランドは2023年のケースバックに付け替えるだけで、同じモデルを作り続けることもできたかもしれない。しかし、GP 2023 エディションの素晴らしさを見て、彼らがそうしなかったことに心から感謝している。
サイジングも素晴らしい。フード付きのラグはさまざまな手首にフィットすることに加え、十分な幅を持たせることでクロノグラフ1にモダンで均整の取れた印象を与えている。インデックスの夜光塗料はしっかりと塗布され、フラットなサファイアクリスタルは眩しさを最小限に抑えることで抜群の視認性を生んでいる。リューズ、プッシャー、ストラップのクイックリリースシステムを解除するための小さなボタンなどすべてのタッチポイントは丁寧に作られており、操作もしやすい。9000ドル強という価格帯の時計にふさわしい、価値があると感じた。
今作のクイックリリースシステムは、僕がこれまで試したどの価格帯の製品とも一線を画するものとなっている。スムーズかつ機械的に作動し(カチッと音がすればはまったことがわかる)、非常に強い力も特殊な形状のツメも必要ない。また、GP 2023 エディションには、ブラックレザーと長めの2ピースホワイトナイロンの2本のストラップが付属する。後者はオーストリアの凍った路面においてヴィンテージレースカーの後ろでスキーをする際、冬用ジャケットの袖の上から着用するためのものだ。真面目な話、これはスキージョアリングと呼ばれるもので……、そういえば、昨年のアイスレースに関するコールの話はもう読んでくれただろうか?
どちらのストラップかにかかわらず、私はクロノグラフ1の装着感をとても気に入っている。ほかのモデルのブレスレットと同じように、ストラップやストラップアダプターに合わせたケースの絞り込みがとても心地よく、モダンな印象を与えてくれる。ナイロンストラップはちょっとしたガジェットのようにも映るが、アイスレースはクルマを楽しむためのものであり、このストラップはその趣旨にぴったりだと思っている。
僕は基本、黒いストラップを好まない。しかし、ポルシェデザイン製のブラックレザーストラップはスリムかつシンプルで、腕にしっくりとなじむ。GP 2023 エディションのチタン製ダブルフォールディングクラスプともマッチしていて、より本格的な見た目と雰囲気を演出してくれる。欲をいえばチタン製のブレスレットも用意して欲しかったところだが、同じようなケースとラグデザインの時計(ジン 144など)を所有していることもあり、ストラップの選択肢に関してはかなり融通が利くと感じている。2023 エディションにはきれいなグリーンのキャンバスストラップがよく似合うと、個人的には思う。
ポルシェデザイン クロノグラフ 1 GP 2023 エディションは250 本限定(HODINKEE Shop でも若干数の販売予定)で、現在 9650 ドル(約123万2000円)にて予約を受け付けている。現行モデルのクロノグラフ 1-オールブラック ナンバードエディションと同じ価格だ。フライバッククロノグラフムーブメントを搭載し、COSC認定を取得していることから、2022 エディションの約8500ドル(約108万5000円)からはささやかながら上昇を見せている。
つまるところ、僕はこの時計をとても気に入っている。そして、いつかはポルシェデザインのクロノグラフ1を所有するつもりである。個性的で優れたルックスを有していることに加えて、正真正銘モータースポーツをテーマにしたクロノグラフであり、実績あるデザインをいじらない一方で細かいディテールが実に秀逸だ。
ポルシェデザインとフェルディ・ポルシェ、そしてGPアイスレースとのつながりを示すものとして、僕はこの時計が一層好きになった。今年はアイスレースに参加できないのが残念だが、GP 2023 エディションの実物を見ることができたので満足している。運がよければ来年は、2024年モデルを携えてスキージョアリングに出かけているかもしれない。
ポルシェデザインの時計は、ブランド公式ウェブサイトおよび一部の小売店にて販売されています。この記事で紹介したポルシェデザイン クロノグラフ 1 GP 2023 エディションは、HODINKEE Shopで限定販売されています。詳細は、こちらをご覧ください。
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