trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

Magazine Feature 知る人ぞ知る名品、ロンジンのストップセコンド

ロンジンが1936年に発表したフライバッククロノグラフCal.13 ZNは、ヴィンテージウォッチ市場で愛好家たちの憧れとなっている。しかし、その2年後に登場したストップセコンドCal.12.68 Z STOPも、決して見過ごしてはならない名機である。

本記事は、2023年7月に発売されたHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.6に掲載されたものです。Vol.6は現在、Amazonなど各種ネット書店にてご購入いただけます。HODINKEE Magazine Japan Editionの定期購読はこちらから。

1936年、ロンジンはヴィンテージウォッチ市場において愛好家垂涎の的であるフライバッククロノグラフCal.13 ZNを世に送り出した。そしてその2年後、まったく系統が異なる機構を持ったCal.12.68 Z STOPを生み出している。それを搭載した時計の名は、ストップセコンド。あまりに名高く偉大なCal.13ZNの陰に隠れているように思われがちだが、ストップセコンドは軍や航空会社にも納品されたプロ用計器の名作である。もっと評価されるべき、その思いで筆を取った。


繰り返し計時に特化したパイロット用計器

 ロンジンファン必読書のひとつ『At the Heart of an Industrial Vocation: Longines Watch Movements (1832-2009)』において、著者のパトリック・リンダー氏は「ストップセコンドは、当時の増え続けるクロノグラフの需要に応えるため、コストダウンの一案として開発された」と説く。Cal.13 ZNが誕生した1936年は、軍靴の音が聞こえ始めたころ。軍用としてのクロノグラフの需要に応えるためにストップセコンド機構を搭載するCal.12.68 Z STOPを開発したとする説には説得力がある。

 ロンジンによるヘリテージ・アーカイブの精査と整理は極めて優秀で、それを統括するロンジンのヘッド・オブ・ブランディング・アンド・ヘリテージあるでダニエル・フグ氏が来日した際には次のように語っていた。

 「Cal.13 ZNは、200点以上の部品を含む高度なキャリバーで、多くの微調整が必要でした。また見事なデザインのコラムホイール、ミニッツレコーダー、そして半瞬間的にジャンプする分針を備えています。対してCal.12.68 Z STOPはコラムホイールを持たず、部品点数も少なく簡素化された構造で、精度も高かったのです」

左がCal.12.68 Z STOP、右がCal.13 ZN。どちらもクロノグラフ用輪列の構造はほぼ同じだが、レバーとハンマーの構造は明らかに違う。Cal.12.68 Z STOPのレバーとハンマーはふた股状で、その連結部をボタンで直接押してそれぞれを働かせる設計だ。対してCal.13 ZNは分積算計が備わるぶん、レバーとハンマーの数は多く、すべてがコラムホイールを介するため有機的にカーブしている。Cal.13 ZNは構造自体が極めて美しい。一方のCal.12.68 Z STOPの機構は武骨で計器らしい印象だ。

 上の写真のようにふたつのキャリバーを見比べれば、Cal.13ZNが有機的で複雑なカーブを描くハンマーやレバーを有し、見るからに複雑で美しいのに対し、Cal.12.68 Z STOPはハンマーとレバーの形状が簡略されているのがわかる。コラムホイールの姿も見えず明らかに量産に向いたつくりだ。プッシュボタンもリューズの上側にひとつ備わっているだけ。それゆえストップセコンドは、しばしばワンプッシュクロノグラフと記載されるが、それはある意味では正しいが間違いでもある。ボタンがひとつという意味ではそうかもしれないが、ダイヤル中央にあるクロノグラフ秒積算計針は通常のセンターセコンドのように常に動き続け、ボタンを軽く押し込んでいる(半押し)あいだだけ停止し、さらにボタンを押し込むとフライバックするという仕組み。厳密には通常のクロノグラフとは異なるものだ。

 Cal.12.68 Z STOPは、スモールセコンド式のCal.12.68にストップセコンド機構(ハック機構とは別物)を追加し生まれた。香箱と丸穴車の上にレバーとハンマーが載る構造はいささか強引だが、6時位置のスモールセコンドを直接動かす4番車に重ねたクロノグラフ駆動車、そして中間車を介して中央の秒クロノグラフ車へと至る輪列は、一般的なクロノグラフと同じ。しかしクロノグラフ駆動車と秒クロノグラフ車は常にかみ合い、秒積算計針は動き続ける。ふた股に分かれたレバーとハンマーは、ボタンを半押しするとまず下側のレバーが動いてクロノグラフ中間車にブレーキをかける。この位置ではハンマーを固定できないため指を離すと再び動き出すが、ボタンを全押しすると上側のハンマーが秒クロノグラフ車に備わるハートカムを打ち、秒積算計がリセットされる。

 ボタンを軽く押せば止まり、離せば再び動き出し、強く押せばリセットできる。ストップセコンドの操作性はパイロットに必要な繰り返し計時に適していた。また1946年には、世界初のセンター同軸秒・分積算計へと進化。一般的なインダイヤル式よりはるかに大きい分積算計針を得たストップセコンドは揺れ動く飛行機の操縦中でも極めて優れた視認性をかなえ、プロパイロットからの絶大な信頼を勝ち得ることとなる。

Courtesy Longines

ストップセコンドは繰り返し計時機能を求める多くのプロや、さまざまなシーンで重用された。3カ国語でストップセコンドを紹介する1939年の広告(1枚目)ではスポーツマンや医者向けの時計として紹介。2枚目の広告では“世界で最も名誉ある時計”としてワールドシリーズを含むすべてのメジャーリーグの試合が、ロンジンのストップセコンドで計時されていることを訴求している。Courtesy Longines Farm


審美性にも気配りされたCal.12.68 Z STOP

 既存のムーブメントに秒積算計とその停止・リセット機構を追加するというロンジンのストップセコンドの構造は、一般的なクロノグラフよりはるかに設計期間が短縮でき、製造がたやすく、コストが抑えられた。また当時は水平クラッチが主流の時代だ。クロノグラフを作動させるとテンワの振り角が落ちて精度を下げるが、ストップセコンドは常に秒積算計針が動いているため、テンワの振り角に変化は生じない。前出のフグ氏が「ストップセコンドは精度が高かった」と語った理由がこれだ。むろんベースとなるムーブメントが高精度であることが前提条件である。

 その点、ロンジンがベースムーブメントに用いたCal.12.68 Zは、フグ氏によれば「1942年から1946年のあいだにヌーシャテル天文台にも提出され、最も厳しい精度テストをクリアしていた」といい、その出自は申し分ない。各ブリッジのエッジは十分に面取りされ、すべてのネジは高度に磨かれ、香箱の角穴車とリューズ機構の丸穴車の表面には仕上げが施されている。実はヴィンテージウォッチ市場において、ベーシックなCal.12.68 Z搭載モデルの評価は高い。上の写真のストップセコンド用Cal.12.68 Z STOPは初期型でありテンワの受けの耐衝撃機構が心もとないが、1940年代以降はCal.12.68 Zともどもインカブロックが採用されている。追加した機構に関しても、ブリッジにしっかりとした面取りが見て取れ、ハンマーとレバー、ブリッジは肉厚で耐久性に優れているとわかる。クロノグラフ輪列の各歯車のしつらえは、名機Cal.13ZN譲り。その性能は折り紙付きである。

 Cal.13 ZNと見比べると武骨に感じるCal.12.68 Z STOPは、単体でつぶさに見れば、各パーツが丁寧に作り込まれ、審美性が高いことに気づくだろう。ストップセコンドの構造は、のちにいくつものメーカーが模倣した。上の3つのモデルは、その一部だ。これらと比べてもCal.12.68 ZSTOPの美しさは群を抜く。とはいえ、他社もそれぞれに個性的な魅力を有していた。

オメガ ジュネーブ クロノストップ。1960年代製。90°ダイヤルを回転させたレーシングクロノの秒インデックスは、現行のスピードマスター レーシング クロノグラフも用いるチェッカーフラッグタイプ。Cal.865搭載。

 オメガのジュネーブ クロノストップは1966年に登場し、若者向けの低価格クロノグラフとして多くのバリエーションが作られた。なかでも最もユニークなのが写真のモデル。クルマのステアリングを握った際にダイヤルが正対するよう、右に90°回転して取り付けたレーシングクロノだ。ティソのメディオスタットは、1942年末から販売されたといわれている。当時ティソのクロノグラフはレマニア製だったが、メディオスタットが載せるCal.27-53は自社製との説が有力だ。製造がたやすい構造の利点が生きた好例である。以上2モデルのプッシュボタンはストップセコンドと同じくひとつで、操作方法もストップセコンドと同じ。一方ジャン・ルイ・ローリッヒのストップは秒積算計針が常に動いているのは同じだが、ふたつのボタンを有し、上側のボタンで秒積算計針を停止し続けられる。下側はリセット用で、一般的なクロノグラフに近しい構造とした。

ティソ メディオスタット。1940年代製。ベースムーブメントはロジウムメッキもなく、そのつくりは簡素だ。ケース径は33mmと当時としては標準サイズで、ボンベダイヤルとドーム型風防とも相まって、いかにもレトロな雰囲気である。

ジャン・ルイ・ローリッヒ ストップ。1950年代製。その製造は19世紀にヌーシャテル天文台のコンクールで何度も入賞を果たしたブルスフィルスが担った。ダイヤル外周に30回ベースのパルスメーターが備わるドクターウォッチだ。

 なお、オメガのジュネーブ クロノストップは、1967年にスイス時計連盟主催の創造性向上を目的としたコンクールでクロノグラフおよびスポーツウォッチ部門の名誉賞を受賞している。この構造とメカニズムを、ロンジンは30年近くも前に実現していたのである。オリジナルではなく後発が名誉に輝いたことはなんとも寂しい事実ではあるが、これがロンジンのストップセコンドがもっと高く評価されるべき名作なのだというひとつの証拠でもある。


バリエーション豊富なロングセラー機

 1938年に誕生したストップセコンド用Cal.12.68 Z STOPは、1961年まで製造されたロングセラー機となった。そのあいだ、1939年には早くもセンター同軸分積算計(60分まで登録可能)が発明され、1940年代初めにはインカブロック耐震装置を導入するなど、多くの改良が加えられた。

 フグ氏は、「最初のセンター同軸分積算計採用モデルとなるRef.5824は47.5mm径の大ぶりなパイロットウォッチで、まず航空会社のKLM(オランダ航空)で使用されました。その後スイス航空(現スイスインターナショナルエアラインズ)でも採用され、イスラエル空軍にも納入。日本の自衛隊向けには1949年にアメリカのロンジン-ウィットナー社を通じて、1954年から59年までは服部時計店を通じて納品されました。クロノグラフ機構としてはシンプルかもしれませんが、ムーブメントのつくりは堅牢で、その機能はプロフェッショナルにとって必要にして十分なものでした」と語る。

 ストップセコンドのベースであるCal.12.68 Zは、2番車を中央に置いて分針をダイレクトに回す設計であり、分積算計をセンター同軸に配置するのに都合がよかった。分積算計針も秒積算計針と同様に常に運針し、ボタンを半押しすれば止まり、全押しすればリセットする。Cal.12.68 Z STOPは歴史が長いぶん搭載モデルのバリエーションも豊富だ。P138の写真で砂に埋もれている時計は、1939年製というストップセコンド最初期のモデルで、上の写真にもボタンの形状こそ異なるが、同じ32.5mmケースの軍用ストップセコンドがある。60単位のアウター回転ベゼルと12時間単位の目盛りが刻まれたインナー回転ベゼルを備え、4時位置のリューズで固定する仕組み。アメリカ海軍のウィームス大佐が設計し、ロンジンファンにはよく知られた機構だ。

 またロンジンでは多くの個体に、ベゼルを回して風防内のマーカーを操作する独自のムービングアワーマーカーが備わる。アワーと名が付くが分針にマーカーを合わせれば、ウィームスタイプと同様に分単位の計時が可能だ。さらにどれもダイヤル外周にタキメーターを装備し、オリジナリティが光る。

 センター同軸分積算計を装備した個体では、ゴールドカラーやレッドの針が、それぞれ分を積算する。機構は同じでも印象はまったく異なり、バリエーションの豊かさを実感させられる。上の写真右端のモデルは民生用で、経年変化で焼けてはいるがパティーナしたダイヤルとブルースティール針のコントラストが美しい。ケースはほかよりもひと回り大きく、ステップベゼルやリューズ先端にカボションが備わるなど洗練された装いである。ケースを大型化した結果広がったダイヤルは、外周に秒積算計用の目盛りを幅広のスペースに置くことで、間延び感を見事に解消している。プッシュボタンも角型のほか、ロンジンによって1937年に考案された防水性を持つキノコ型のものまで、ディテールはさまざまだ。まったく異なるモデルがいくつも見つけられるストップセコンドは、コレクター心理をくすぐるという意味でも名作といえよう。

ストップセコンド センターミニッツカウンター(1940年代)。1940年代後半に製造された民生用のストップセコンド。10金の金張りケースやゴールドカラーのブレゲ数字の植字インデックスなど、これまでに紹介したモデルとはデザインの方向性がまったく異なる。リーフ型の時・分針もゴールドカラーで整えられ、見るからにドレッシーな装い。ブルースティール針が秒積算計用だ。

ストップセコンド 海上自衛隊モデル Ref.5824-7(1959年)。裏蓋に海上自衛隊の文字とシリアルナンバーが刻まれた個体。Ref.5824は1946年に発売されたが、写真の時計は1959年製の最終モデルだ。大ぶりサイズで拡張されたダイヤルは外側に幅広のスロープを設けて秒・分目盛りを刻み、フルダイヤルで60分の経過時間を読めるプロのツールにふさわしい高い視認性を得ている。

Photographs by Yoshinori Eto, Styled by Eiji Ishikawa(TRS), Courtesy Curious Curio&Carese

ADVERTISEMENT