ソーシャルメディアは、時計の趣味やコレクションに大きな影響を及ぼしている。以前は、時計店に入ってカウンターの下にあるものを見て、純粋に気に入ったから買うというのが普通だったが、今ではあらゆる外部要因が考慮されるようになっている。写真映えするか? 人々が「いいね!」ボタンを押すだろうか? フォロワーは増えるか? 話題の時計なのか? 私はこれまで、このような時計業界の陰謀には極力関わらないようにしてきたが、その影響が忍び寄ってきていることは否定できない。そこで、今回の「A Week on the Wrist」では、そんな状況だからこそ生まれたといえるような時計を選んでみた。
2021年に発表されたアップデート版のオメガ シーマスター 300は、ブランドがヴィンテージにインススピレーションを得た時計に全面的に傾倒したことを象徴した。オメガがこの路線を歩むのは、今回が初めてではない。シーマスター レイルマスターやファースト・オメガ・イン・スペース、あるいは先代のオメガ 300ラインを見れば、ここに至った経緯がわかるはずだ。
しかし、これらの時計は、ヴィンテージの理想形の終着点に到達することはなかった。レイルマスターは、モダンなデザイン美学とヴィンテージの色調をうまく融合させ、やや難解なモデル群の歴史を思い起こさせた。ファースト・オメガ・イン・スペース(FOIS)は、基本的にスピードマスターの歴史的モデルを再現しているものの、フェイクパティーナの採用は見合わせた。生産中止となった2021年以前のシーマスター300は、オリジナルの300ダイバーの雰囲気を呼び起こすという点ではレイルマスターと同様であったたが、まったく現代的な印象を与えるダイヤル上のテキスト表記や、リキッドメタルのセラミックベゼルが採用された。
この新しい300は、チューダーに倣った上で、さらに前進するために過去を振り返ることを選択した。その結果、ヴィンテージ感のある夜光(通称“オールドラジウム”)、マットダイヤル、アルミニウムベゼル、そしてオールドスクールなブレスレットが採用されることとなったのである。
このモデルでは新たにパネライのようなサンドイッチダイヤルが採用され、奥行きと視覚的な面白さが増している。また、「派手な」ダイヤルテキストを排除し、昔ながらのヴィンテージ・シーマスター300のように“Seamaster 300”と書かれた1ラインのテキストを採用した。
私はこの時計を、ヴィンテージ風のデザイン全体の頂点と見ている。ヴィンテージ風デザインの軌跡を折れ線グラフで表すと、シーマスター300がちょうど頂点になるのかもしれない。ここから先は下り線だ。まるでオメガの幹部がInstagramをスクロールして、完璧なソーシャルメディアウォッチを作るための要素を抽出しているかのようだ。
それが、この時計なのだろうか? わからないが、間違いなく必要な要素を満たしている。ヴィンテージの魅力、フェイクパティーナ、ダイヤルマーカーの深み、マットな質感、そしてスティール製のスポーツウォッチだ。明らかに、オメガは草の根的なリサーチを実施したに違いない。
私の考えでは、最新のオメガ シーマスター300は、そう、インスタ映えする時計だ。最も読みやすい時計ではないかもしれないが、写真写りは抜群に良い。そして、もし「いいね!」や「フォロー」を求めているのなら、この時計はあなたにぴったりかもしれない。
今回、この時計を紹介する理由は、まさにInstagramにある。シーマスター300(税込で82万5000円)は2021年に発売されたが、時を経て、このブルーダイヤルモデルは熱狂を呼ぶ時計としてちょっとした評判になっている。私はその真偽を確かめるべく、検証に着手した。
1週間つけてみて
このアップデートされたモデルの発売から間もなく、私が最初に考えたことを振り返ってみよう。こちらは必読。
さて、この時計は私が初めてじっくりと体験したものとは程遠いものだ。私は昨年、この新しいコレクションの発売と同時に、基本的にすべてのカラーと素材のバリエーションを手に取ることができたからだ。しかし、人生における多くの事柄と同様に、時の経過が私の感覚に影響を与えた。衝撃と畏怖の念が薄れてしまったのだ。ちょっとした距離感が、私に時計の観察と手に取ることを許した。ただ以前と違って、今は外部の雑音に直面している。元々、この作品は派手な新作だったが、今は他の人たちの頭にも、そして心のなかにも、しばらくのあいだ、居座ることになった。私はというと、不合理な熱狂に踊らされることなく自分なりの批評をしようと思った。
私は、この時計が何を意図しているのかを探っていた。それは、「何でもできる」日常使いの時計ということだ。そして、正直なところ、この時計はその目的に適っている。現代的なサイズの41mm、300m防水のダイバーズ、そして誰も不快にしない魅力的な懐かしいデザインについて書いた。
今回、私はより多くの時間を割いて、ダイヤルが陽光のなかでどのように輝くのか、そしてその煌めきが全体の視認性にどのように影響するのかに注意を払った。この点については、残念なことに、何点か減点されることになった。特にこのブルーモデルでは、ダークネイビー、ニアネイビー、そしてエイジング加工されたフェイクパティーナの組み合わせが、実際の使用シーンではコントラストに欠ける仕上がりになってしまったからだ。もちろん、この時計をカメラで撮影し、照明を正しく当てれば、完璧に読みやすい、ヴィンテージ感あふれる時計として仕上がる。しかし、Instagramでは、そうはならないのである。
ダイヤル上のインデックスは完璧に読みやすいとは言えないが、十分なレベルであることは間違いない。その上、見ていて純粋に楽しい。手首のバックルを外して、数センチ先まで顔を近づけたいような、時計マニアのために作られた時計だ。サンドイッチのようなダイヤルの質感の高さがそこにある。マットな文字盤とアルミベゼルのさまざまな質感の変化を確かめるために、陽光の下でくるくると回している自分に気づいた。
手首につけると、モダンな時計でありながら、アンティークのようなビジュアルに気づく。ケースやダイヤルと同じように、ブレスレットやクラスプのデザインにも気を配ったオメガに脱帽だ。すべてが一体化しているように感じられ、それゆえに素晴らしい体験が得られるのだ。
手首から外してみると、60時間のパワーリザーブを備えたMETAS認定の自動巻きムーブメント、マスターコーアクシャル Cal.8912が見える。オメガは、高級時計製造における“コストをかけない”ムーブメント技術に関して、ある種のゴールデンスタンダードとなっており、このムーブメントも例外ではない。このムーブメントは、この時計の最も現代的な構成要素でもある。実際のヴィンテージ・シーマスター300でエキシビジョンケースバックを持つモデルは存在しないが、もし私がこれほど優れたムーブメントを作ったら、それを見せびらかさずにはいられないだろう。
シーマスターを比較する
ヴィンテージ・シーマスターの話題になったので、最新のシーマスター 300とオメガの他のモダンなシーマスター、そしてヴィンテージモデルを比較するのはよい考えだと思いついた。そこで、オメガのダイバーズウォッチを代表する、まったく異なる時代に製造された2本のモデルを選んでみた。ひとつは1967年に製造されたヴィンテージのシーマスター300、もうひとつは1990年代の象徴的なボンドシーマスターのデザインを踏襲した現代のシーマスターダイバー300Mである。
新しいシーマスター300は、多くの点で両方の時計の特徴を併せ持っている。ダイバー300Mから現代的な構造と機能を受け継ぎながら、波模様のダイヤル、赤いテキスト、90年代のブレスレットなど、現代的なデザインの装飾を排除されている。ヴィンテージモデルを見ると、数字のレイアウトや“Seamaster 300”表記など、新型シーマスター300がどこからインスピレーションを得ているのかがわかる。
しかし、やはりこの比較を考えるきっかけとなったのはInstagramだった。ヴィンテージ300とプロフェッショナル300mは、このソーシャルメディアの主役だ。このアプリが登場した当初から、世界中の時計インフルエンサーがこれらの時計の写真を投稿している。この新しいシーマスターは、Instagramに対する答えのように感じられるので、私はそれがどのように積み重なるかを見てみたかったのだ。
新型シーマスター300を表現するのに最もふさわしいのは、ヴィンテージ風デザインにインスピレーションを得た時計ということだ。このモデルは、特定のヴィンテージ・オメガの焼き直しではなく、むしろヴィンテージの理想形を抽出したものなのだ。このモデルは、古いシーマスターの特定リファレンスをベースにしていると思われるかもしれないが、そうではない。ある意味、だからこそクールなのだ。なぜなら、このモデルはエイジング加工やオールドスクールな魅力を備えている一方で、古いものを復刻するよりも現行シーマスター300のデザインをアップデートしたような、独自の魅力を放っているからだ。
そして、このモデルはソーシャルメディア上でその役割を担っているようだ。シーマスター300は、2021年初めに発売されたものの、多くの時計と同様、店頭に並ぶまでに時間がかかり、その結果、現在のような不合理な熱狂の対象に達する勢いを得ることができたのだ。その勢いを持続できるかどうかは、時間が経ってみないとわからないが。
競合モデル
記事のなかで最も多くライバルとして取り上げられている時計だが、それには十分な理由がある。シーマスター300と同様、BB58はヴィンテージの理想を追求したデザインだ。スティール製ブレスレットのダイバーズウォッチで、ベゼルのゴールドプレートのナンバリングや、ややフェイクのエイジングの入ったマーカーなど、デザインも似ている。また、このモデルはコレクションのなかで「何でもできる」時計として、その座を争っているのだ。そして、チューダーがオメガの半額近い価格で手に入ることも特筆に値する。
価格: 43万1200円(税込)
これは無理があるように思われるかもしれない。パイロットウォッチがダイバーズウォッチと比較されるなんて荒唐無稽に見える。しかし、もちろんそれには理由があるのだ。その理由とは、デザインの理念と関係がある。パイロット・ウォッチ・オートマティック “スピットファイア”は、IWCのスピットファイア・コレクションを再構築したもので、ヴィンテージの雰囲気をそのまま抽出したようなモデルだ。この時計は、マークXIと現代的なマークXVIIIを組み合わせたようなデザインで、アラビア数字をモチーフにした懐古趣味なスタイルと、針とパティーナを組み合わせたようなデザインを備えている。その結果、日常使いに最適で魅力的な時計が誕生した。
価格: 62万7000円(税込)
これまでパネライのようなサンドイッチダイヤルについて触れてきたが、ここで改めて実際に触れてみるのも一興だろう。実際のパネライに言及することは、理にかなっている。そしてここに、パネライのデザインコードの完璧な統合が見られる。このダイバーズウォッチは、ミリタリーにインスパイアされたもので、サンドイッチ効果によって夜光を強調することで知られており、それゆえこの名前が付けられたのだ。この時計は44mmと巨大だが、オメガの競争相手として考慮する必要がある。
価格: 62万7000円(税込)
シーマスターと別のシーマスターを比較しない手はない? 私はすでに、ダイバー300Mのシリーズのなかで異なるダイヤルのバリエーションを比較することで、それを実現しようとした。しかし、このモデルは、ダニエル・クレイグのボンドとしては最後の作品「No Time To Die」公開のために製作された特別モデルであり、趣が異なる。シーマスター300と同様、このモデルもヴィンテージの理想を実現し、それをさらに高めている。フェイクパティーナを施した全面発光ダイヤル、そしてエイジングを感じさせるデザインのアルミニウム製ベゼルを採用している。さらに、シーマスター300と同様に300m防水とMETAS認証ムーブメントを搭載している。価格はこちらの方が少しアグレッシブだが、ジェームズ・ボンドのような存在になりたいと思うのなら受け入れるしかない。
価格: NATOストラップは103万4000円、チタンブレスレットは116万6000円(すべて税込)
最終的な考え
最新のオメガ シーマスター300は、ロレックスのサブマリーナー同様、日常使いの時計として最適だ。実際、ダイヤルの下にはより優れたムーブメントが搭載されていると言える。審美面では、ザ・クラウン(もちろんロレックスのこと)の弟分であるチューダーとの共通点が多く、価格面では基本的に人気を二分している。
私は今、この時計と過ごすために2度ほど長い期間を取っていた。そしてそのいずれでも、この時計は持続力のある時計だと感じた。私はダイヤルのサンドイッチ効果にとても引かれているのだが、オメガがこのデザインを今年初めに発表した最新のスピードマスター '57のような時計へと展開させ続けているのを見て、胸が熱くなった。
この時計は筋金入りの時計マニア向けの時計であることは確かだが、そのデザインとても魅力的であり、その過程で新しい層を取り込むことは間違いないだろう。その新しい過程とは、Instagramを介したものであれば、それでも構わない。時計の世界の扉を開くのに間違った方法などないのだから。
オメガ シーマスター300は、41mmのステンレススティール製、厚さは13.85mmだ。300m防水、エキシビションケースバック、ブルーのサンドイッチダイアル、それにマッチしたアルミニウムベゼルを備えている。Seamaster 300は、METAS認定の自動巻きムーブメント、Omega Master Co-Axial キャリバー8912(60時間パワーリザーブ)を搭載。価格は82万5000円(税込、スティール製ブレスレット仕様)だ。
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