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そして今...パパからの一言

HODINKEEコミュニティから、父親としての生活に寄り添う時計についてお伝えしよう。

5月に掲載した母の日の記事が好評だったため、今度はHODINKEEコミュニティの父親たちにも日の目を見てもらおうと考えました。そこで、HODINKEE読者、ライター、そして愛好家の方々に、日々の生活の中で父親であることと時計がどのように関わっているのかを聞いてみました。いくつかの素敵なエピソードを紹介しましょう。


クリストファー・ペリー, オハイオ州トゥインズバーグ

 パンデミックの肯定的な点の1つは、幸運にもこれまで以上に多くの時間を子供たちと過ごすことができたということです。お互いのことをよく知っているからね。彼らが注目しているのは、私の時計のコレクションです。彼らは、私のApple Watchのミッキーマウスをタップしたり、カシオのG-SHOCKのライトを押したりするのが好きです。ですが、いくつか理由があって、父親としての私のお気に入りはロレックス デイトジャスト(Ref.116233)です。亡くなった叔父から譲り受けたもので、名づけ親でもある彼は、私が愛し、尊敬する人物です。正直に言うと、もっと彼のことを知りたいと思っていました。私が受け取った時、この時計にはツートンカラーのジュビリーブレスレットがついていました。限りなくゴージャスではありますが、私のスタイルには合わず、日常的に派手なものを身に着けるのは気が引けました。そこでブレスレットを、私のコレクションにある別の時計のレザーストラップと交換しました。それ以来、家で仕事をしたり、子供と遊んだりする時には、毎日この時計を身に着けています。

 パンデミックの間、ロレックスは私が生きたいと思う人生について毎日思い出させてくれました。私の子供たちが誇りに思えるような人生を。叔父のような人生を。最後に私の父へ。父の日おめでとう!


クワメ・モルデン, ノースカロライナ州シャーロット

 2019年、私は末娘の誕生を待ちながら、立ち上げたばかりの自分の時計ブランド、SPGBK Watchesをどうやって“次のレベル”にもっていくか、そのアイデアに頭を悩ませていました。私たちの成長は順調でしたが、もう一人子供が生まれるという間接的なプレッシャーが、私に“今しかない”と、事業拡大への意欲を与えました。ライトレール(路面電車)に乗ってシャーロットの住宅街に向かっている時、何年も前に考えていたことを思い出しました。それは、とてもカラフルでインパクトのある時計コレクションをリリースして、それをコーディネイトのアクセントにしようというものでした(新品のクールな靴のように)。

 末娘の誕生をきっかけに、私は前進することを決意し、今では有名になったネオングリーンにSPGBKのロゴを配したパインフォレストウォッチを発売しました。この時計は、私の娘が誕生したのと同じ週に発売され、現在の会社の礎となりました。パインフォレストは、娘たちのために成功したいという私の情熱を表しており、私の心の中で特別な拠り所になっています。


ベンジャミン・グリューンヴァルト, オーストリア・ウィーン

 1歳半の娘は、私の時計への情熱をすでに理解しています。彼女は時々NATOストラップを手首に巻いてくれとせがみ、巻いてあげると最高の笑顔を見せてくれます。若い親に必要なのはスポーツウォッチ、それもダイバーズウォッチです。頑丈で、水にも強い。ダイバーズウォッチのベゼルは、最初の6カ月で重要な昼寝や哺乳瓶を与える間隔を計るのにも役立ちます。育児に携わる親にとって、かけがえのないツールです。


ダニエル・J・カーティン Jr., テキサス州オースティン

 ロースクールを卒業したら買おうと言っていたのに、買いませんでした。その後、40歳になっても買いませんでしたが、私と家族の関係が一変したタイミングで買いました。娘は5歳で、妻と私は最近離婚したばかりでした。記念するには奇妙な機会ですが、そんな時にサブマリーナーを手に入れたのです。

 この時計は、私の父親としての生活に常に寄り添ってくれています。娘に時間の計り方を教えたり、マカロニ・アンド・チーズの茹で時間を計ったり、寝る時間になったかどうか、学校に遅刻しないか、ママのところに行く時間になったか、そして冒険に出かける時間になったかどうかを確認しています。日々の仕事も特別な楽しみも、ほとんどこの時計1本が伝えてくれます。

 それから、幸運にも他の時計をいくつか手に入れました。しかし、私のサブマリーナーは、娘が言うように「王冠がついているやつ」で、これは私にとって父親の時計なのです。


デイビー・オジェロ, ニューヨーク州ブルックリン

 ホワイトダイヤルのロレックス オイスター パーペチュアル 39を所有して3年、いろいろなものを見て、いろいろな人生を歩んできました。この時計を妻と一緒に買ったのは、私がHODINKEEに入社して1カ月後の新婚の時でした。HODINKEEのオフィスのすぐ近くで式を挙げましたが、その時彼女は次女を妊娠して3カ月めでした。私は、妻、子供、新しい仕事、そしてロレックスと、4つの大切なものを全て1年で手に入れたのです。

 多くの人は、大きな節目や重要な旅をしたかどうかで人生を測ります。2020年以前の私は、15年ほどノンストップで旅を続けていましたが、踏みならされた道、故郷と呼べるような安心できるした場所はありませんでした。私たちが経験したような1年を経て、この時計の3本の針が正確に動く様子を愛でることや、娘たちの日々の成長を喜ぶこと、そして魅力的でシンプルな日常から幸せが得られることを私は学びました。娘たちの足がベッドからはみ出すのを見たり、何気ない音が言葉になり、それが魅力的な文章になっていくのを知りました。今では重要な節目が毎日のように訪れますが、それはそれほど難しいことではありません。私はそれを知るのに適切な時計をもっているのです。


ペドロ・ビダル, ニューヨーク州ブルックリン

 6月10日(木)、朝4時半に妻がトイレから「破水した」と叫んで私を起こしました。

 朝5時には病院に行く準備が整い、5時半に到着。6時には病室に入り、10時40分、息子のニコラスがこの世界に誕生したのです。

 息子が生まれた日の午後、看護師が部屋に入ってきて、息子の心拍と呼吸を計るために時計を着けているかどうかを尋ねられました。この時、私は興奮していて、かなり気を張っていたのですが、看護師の質問にびっくりしてしまいました。「時計? そうそう、時計を着けています!」。

 ブルックリンのグリーンポイントにある自宅からマンハッタンのアッパーイーストサイドにある病院まで急いでいる最中に、病院に着けていく時計を選んだことをどうにか思い出しました。妻の妊娠初期に、クラシックでクールなグレーのニューバランス990を購入する時が来たと考えていました。これは理想的なダッドスニーカーです。その時、生まれたばかりの小さな相棒と一緒に出かける際に身に着ける時計も、同じようにクールなグレーのものが必要だと思いました。そうして購入したのが、グレーのカシオーク、G-SHOCK GA2110ET-8Aです。ダッドスニーカーに合うだけでなく、“オーデマ ピゲのロイヤル オーク オフショア”のような雰囲気もありました。頑丈で、今もこれからもどんな仕事にも対応できそうです。特に病院の機械が発する磁場は強すぎて、デリケートな機械式時計には合わないのではないかと心配していたので、この時計は最適でした。

 その日は完璧な一日で、カシオのG-SHOCKは、病院での新生児検査や、家に帰ってから息子の授乳時間を計るのに最適なツールとなりました。


ニコラス・フェデロヴィッチ, イリノイ州アーリントンハイツ

 子供をもつことは冒険であり、厄介なことでもあります。遊んだり、ケンカしたり、掃除をしたり、あらゆることを私は時計と一緒に過ごします。エクスプローラーIIと私は、決して切れることのない絆で結ばれているのです。なぜなら、私たちは一緒に多くのことを経験し、それを証明する傷があるからです。

 子育ての長い一日の終わりにエクスプローラーIIを見ると、風防には子供の指紋が、ブレスレットには食べ物の汚れが、そして避けられない新しい傷がついているのを見ると、この時計への愛情が深くなります。妻と一緒に子育てをすればするほど、彼女のことが好きになるのと同じですね。

 エクスプローラーIIの戦いの傷跡を見せびらかすことに誇りを感じます。ですが、それは私が息子と娘の父親であることへの誇りとは比べものになりません。


ジャック・フォースター, ニューヨーク州ニューヨーク

 私の長男は今週で25歳になる(時は流れるものだ)。彼が生まれたのは、私が初めてスイス製の良い腕時計を手に入れたのとほぼ同じ時期で、それは中古のオメガ スピードマスターだった。それからの5年間は、ほとんど毎日その時計を着けていた。私は仕事から離れて専業主婦になり、家庭教師と一緒に古典ギリシャ語を学び、『オデュッセイア』の翻訳を始めた(これは決して完成しない。なぜなら、私は偉大なリッチモンド・ラティモアではないのだから)。私は、目的に忠実で、有人宇宙飛行での生死に関わるこの時計のようなものに出会ったことがないし、今後も出会うことはないだろう。夢には責任が伴うと言うが - スピードマスターは夢を叶えてくれたし、想像もしなかった責任を負ってくれる仲間だった。そうそう、私はおむつ交換にかかる時間を計るのにも使用したのだ。


クリス・アレン, ジョージア州アトランタ

 2回めの父の日を迎え、父親になってからの時計との思い出を振り返ってみたいと思います。最初の時計は、初期のエレクトリックウォッチの1つ、セイコーのA159でした。子供の頃、父がよくそわそわしながら私と妹にこの時計の仕組みを見せたり、繊細な陶器のように扱っていたのを覚えています。私はこの時計の魔法のような数字と機能に魅了され、万が一壊してしまった時に備えて、この時計がいかに高価であるかを常々教え込まれました。当時、エレクトリックウォッチは機械式時計よりも高価なものだったのです。

 2つめは、非常に気前の良い話をもつ時計です。義理の父から譲り受けたPAM00111です。彼は一生懸命働いて貯金し、必要以外のものはあまり買いませんでしたが、退職した際にこの時計を購入しました。私がHODINKEEに就職したことを知ると、迷わずこの時計をプレゼントしてくれました。偶然にも、パネライはプレゼントされる前から私のお気に入りのブランドだったのです! 今までにもらったプレゼントの中で、最も心のこもったプレゼントだと思います。

 父の日おめでとう! 私のガジェットへの愛と、できれば寛大さを子供たちに伝えられたらと思っています。