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Photos by Yusuke Mutagami
2024年もドバイ・ウォッチ・ウィーク(以下DWW)事務局による「オロロジー・フォーラム」のサテライトイベントが開催された。DWWは中東に大きな影響力を持つアフメド・セディキ・アンド・サンズ(Ahmed Seddiqi and Sons)によって、2015年にスタートしてから現在まで続く世界最大規模の時計展示会のひとつだ。2015年の開催時はまだまだ小規模であった同イベントは、参加ブランドも2019年には30数社、2024年には60社まで拡大。参加ブランド数だけで言えば、Watches & Wondersを凌ぐ大規模なものへと成長した。
同イベントはその他の時計展示会と明確に異なるコンセプトを持っている。それが、時計に関する知識を伝え、後世に残していくために国際的な時計コミュニティを結び付けて成長させていくことだ。ドバイで隔年で開催されるDWWでは各ブースに文化的な啓蒙や啓発を盛り込んだ展示を求めているだけでなく、ビジネスの場としての時計展示会に縛られない革新的な企画を行ってきた。
第10回オロロジー・フォーラム1日目、その最初を飾った「Perpetual Puzzles: Is the Age of Mechanical Innovation Over?(永遠の謎:機械式時計の革新の時代は終わったのか?)」の様子。司会はジャーナリストで作家のロビン・スウィッシンバンク(Robin Swithinbank)氏が務め、ジャーシャン・スー(Jiaxian Su、SJX Watchesファウンダー)氏やニコラス・ビーブイック (Nicholas Biebuyck、タグ・ホイヤー ヘリテージディレクター)氏、ピム・コースラグ(Pim Koeslang、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウCEO兼オーナー)氏が参加した。Courtesy of Dubai Watch Week
セントラルの高層ビル群のなかでも、特異な存在感を放つザ・ヘンダーソンビル。
パネリストたちがひとつのテーマに対して討論を交わすオロロジー・フォーラムは、はじめドバイのメインイベント会場内で行われる催しのひとつであった。しかし、遠くドバイを離れた地でも時計コミュニティと触れ合い、文化的啓蒙を推し進めるべくサテライトイベントとしても実施し始めたのだ。2018年はロンドン、2020年はコロナ禍の影響もありオンラインとなったが、2022年にはニューヨークで第8回オロロジー・フォーラムが開催されており、会場には各分野の著名なリーダーが集結、壇上で活発な議論を交わしていた。
そして今年、第10回のオロロジー・フォーラムが10月22日〜24日にわたって香港にて執り行われた。会場は香港島の中環(セントラル)に位置するザ・ヘンダーソンビル内、今年9月20日にクリスティーズが新設したばかりのアジア太平洋圏新本社だ。香港といえば2021年に発足された「The Horology Club(THC)」をはじめとする時計コミュニティが大きな盛り上がりを見せているだけでなく、高級時計委託販売のスタートアップ企業「リストチェック」も2023年に800万ドルの資金調達に成功し、ますますその勢いを増している。
今回、DWWのCEOであるヒンド・セディキ(Hind Seddiqi)氏はこの香港での開催について「サテライトイベントを開催するにあたり重視していることは、そこに時計愛好家が、コレクターがいるということです。香港はそういった意味でアジアでも突出しており、新品のみならずセカンドハンドの市場も成熟しています。また、THCのような若い時計愛好家が多いというのも重要です。私たちがオロロジー・フォーラムを実施する目的として、それらのコミュニティの活性化も含まれています」と語ってくれた。その中心街にロレックスやパテックなど大手ブランドのブティック、時計小売店がひしめきあい、若い熱心なコレクターが集う香港は、中東圏から見てアジアの高級時計産業の中心地として現在認知されているようだ。
DWW CEO、ヒンド・セディキ氏。HODINKEE Japanのインタビューに答えてくれた。
第10回オロロジー・フォーラムは、大きく分けてふたつのコンテンツで構成されていた。まずひとつ目が、ウォッチメディアの創設者やブランドのファウンダー、ジャーナリストなど時計業界のキーパーソンが登壇し、ひとつのテーマについて1時間という枠のなかで議論を交わす(イベントと同じ名称の)オロロジー・フォーラム。そしてもうひとつが時計製造に関する技術を直接技術者や独立時計師から学べるマスタークラスだ。どちらもドバイで2年に1度開かれているメインイベント、その軸となる催しを切り出したものであり、ユニークな切り口による非常に興味深いプログラムが組まれていた。なお、各種プログラムは今回のオロロジー・フォーラムのために開発されたアプリ「HorologyForum10」および公式サイト上で登録し、自分だけのスケジュールを組むことができるようになっている。
1日目2本目のフォーラム「The Pendulum Swings East: A Panel on Asian Watchmaking Excellence(振り子は東へ揺れる:アジアの時計製造の卓越性を語るパネルディスカッション)」。
フィオナ・クルーガー(Fiona Krüger、フィオナ・クルーガー・タイムピース創業者)氏によるマスタークラス「Create your Automata(オートマタを作ろう)」。Courtesy of Dubai Watch Week
フォーラムの内容には、白熱するアジアンマーケットに焦点をあてたものもあった。22日に開催された「The Pendulum Swings East: A Panel on Asian Watchmaking Excellence(振り子は東へ揺れる:アジアの時計製造の卓越性を語るパネルディスカッション)」はまさにそれで、WatchProfessorAcademy.comのファウンダーであるカーソン・チャン(Carson Chan)氏、THC創設者であるジョナサン・チャン(Johnathan Chan)氏、アトリエ・ウェン共同創設者ロビン・タレンディエ(Robin Tallendier)氏、クリスティーズ・アジア太平洋地域(APAC)副社長兼時計部門副部門長のジル・チェン(Jill Chen)氏ら4名が登壇。そのなかではスイスブランドの知名度や伝統、歴史の長さからくる信頼性を引き合いに出しつつ、アジアのブランドが評されていた。彼らは特に、グランドセイコーの品質、そしてアジアのブランドにまだ欠けているGSならではのデザイン哲学について賞賛(加えて浅岡肇氏のブランドや、大塚ローテックに関してもそのバックボーンに多大なる関心が寄せられていたことも付け加えておく)。そのうえでOEM的な製造業から脱却し、独自の時計製造を課題とする中国の時計業界についての言及がなされた。しかし現在、秦干(シン カン、Qin Gan)氏、ローガン・クァン・ラオ(Logan Kuan Rao)氏といった独立時計師も、メイド・イン・チャイナの価値を塗り替える活躍を見せている。「このフォーラムにロビン・タレンディエ(Robin Tallendier)氏も登壇してもらっていますが、アトリエ・ウェンもマスター・チェン(Master Chen、熟練のギヨシェ職人)の素晴らしい技術を有しています。日本を含めたアジア人の手仕事はとても繊細で、そこから生まれた時計の品質は素晴らしい。Quality is Key。すなわち、プロダクトの品質こそが重要なのです(ヒンド・セディキ氏)」。すでにインディペンデントを含めた日本の市場には一定の評価が向けられつつあるが、今後は中国ほかアジア諸国のウォッチメイキングも時計愛好家たちの注意を引きそうだ。しかしそのためには、スイスブランドに迫るマーケティング戦略も求められることになるだろう。
時計専門誌『Revolution』、服飾専門誌『THE RAKE』の創業者であるウェイ・コー(Wei Koh)氏。パネリストのひとりでありながら、軽快なトークで参加したいくつかのフォーラムの進行役も務めていた。
なおそれぞれのフォーラムのパネリストたちは、自分の出番以外は参加者として会場内で思い思いに動いていた。会場内でフォーラムの合間を縫って行われるインタビューに応じ、かと思えばカフェスペースで旧知の友人とコーヒーを片手にこの日つけてきた時計について語り合う。招待者が主に時計業界に携わる人々であったことも要因かもしれないが、各所で腕時計に関する濃密なコミュニケーションが行われていた。
会場内のスペースにてインタビューを受ける、リストチェックのファウンダーであるオースティン・チュー(Austen Chu)氏。
カフェスペースでは各々が持ち寄った時計を見せ合いながら、談笑する様子も見られた(気さくに話しかけてくれた@fpjourne.collectors.clubとその友人、ありがとう)。
オロロジー・フォーラム初日の夜には、カクテルパーティーも開催された。
ちなみに上記の「振り子は東へ揺れる」のように僕らにとって関係が深いアジアのコミュニティに直結する内容のものもあったが、フォーラムのテーマは基本的にはユニークで自由だ。たとえば23日(2日目)の昼から開催された「Whose Birkin Is It Anyway? A sit down with the experts in vintage(そのバーキン、誰のもの?―ヴィンテージ専門家との対談)」はタイトルのとおり“時計界のバーキン”、すなわち価値あるヴィンテージウォッチが人から人に手に渡ることが普通になり、セカンダリーマーケットの存在が当たり前になってきた現状についての談義が行われた。同フォーラムには、リストチェックCEOのオースティン・チュー(Austen Chu)氏にGraalの創業者であるゾーイ・エーブルソン(Zoe Abelson)氏、フューチャーグレイル創設者であるアリ・ナエル(Ali Nael)氏、そしてHODINKEE Japanでも親交の深いアーモリーの共同創設者マーク・チョー(Mark Cho)氏が登壇していた。
HODINKEE Japanでもお馴染みのアーモリー共同創設者、マーク・チョー(Mark Cho)氏。彼が参加したフォーラム終了後、撮影に快く応じてくれた。
ゾーイ氏はここ数年の時計トレンドについて「予測不能で、その持続期間もわからなくなってきている」とコメント。また、昨今においてこれまで注目されてこなかったヴィンテージウォッチ(特に、ストーンダイヤルや小振りなもの)が注目を浴びるようになったことについて、情報のデジタル化、SNSの影響力の増大が関係していると語った。マーク氏もオークション市場の変化について「以前は購入額を隠したがる購入者が多かったが、今ではむしろ自慢したがる人々が増えている」と述べていたが、これはコレクター同士が直接情報を交換し合うようになり、それぞれが積極的に情報発信を行う(自らのコレクションを誇示したがる)ようになったことも関係していると考えられる。さらにアリ氏からは、コレクターが情報にアクセスしやすくなったことにより、ヴィンテージウォッチの来歴や過去のオークション記録をたどりやすくなったこともセカンダリーマーケットが白熱した理由のひとつだという話が挙がった。
「Whose Birkin Is It Anyway? A sit down with the experts in vintage(そのバーキン、誰のもの?―ヴィンテージ専門家との対談)」の様子。
この日マーク氏は、自身が手がけたカルティエ タンク用のゴールドブレスレットを取り付けたサントレを身につけていた。
そしてオロロジー・フォーラムはアカデミックな場であると同時に、時計愛好家やコレクターの交流の場でもある。2日目の夕方に開催された「The Watch Industry Starter Pack: How to Build a Watch Brand in 60 mins.(時計業界スターターパック:60分で時計ブランドを構築する方法)」ではウェイ・コー氏、フィオナ・クルーガー氏、ジャーナリストのスザンヌ・ウォン(Suzanne Wong)氏、MELB LuxeグループのCEOであるベルトラン・メイラン(Bertrand Meylan)氏の進行により、1時間の枠で時計ブランドの立ち上げを実演。時計のコンセプト、ブランド名、デザイン、想定される購買層、マーケティング手法、ローンチ方法と段階的に作り上げるなかで、会場の参加者たちと活発なコミュニケーションが行われた。最終的に完成した“ジャンク(Junk)”は“Made from Junk, Transformed by Passion”のスローガンを掲げ、再生素材を使用しつつ、時計製造の情熱をレトログラードやメティエダール、アシンメトリーなフォルムで表現した高級時計における持続可能性を示す革新的なブランドとなった。現在の時計業界における課題を熟知し、常に未来を模索し続けている彼らだからこそ描くことができた結果だろう。
この回の終了に合わせ、“ジャンク”のイメージスケッチをお披露目。
我らがマライカ・クロフォードが、“ジャンク”のローンチイベントについて意見を述べるべく壇上に上がる一幕も。
ちなみにヒンド・セディキ氏へのインタビューを行ったのは、イベントの中日である10月23日のランチタイム後だった。そこで、すでに香港のコミュニティと触れ合ったなかで得た気づき、過去にフォーラムをサテライトで実施したロンドン、ニューヨークとの違いについても聞いてみた。「ロンドンで実施した際に感じたのは、洗練です。以前と比べて若いコレクターが増えた印象も受けましたが、ニューヨークなどと比べると比較的コミュニティの年齢層が高いように思いました。対してニューヨークは非常に若い人たちが多い。時計に対する姿勢もカジュアルで、時計を所有していないけれどもフォーラムに参加したい、学びたい、いろいろな時計を試してみたいという姿勢が見られました。そして香港は、それらふたつと大きく違っています。時計に対する熱意には共通するところもありますが、特にウォッチメイキングに対する理解、知識が非常に深い。その関心は現在の時計産業だけでなく、その背景にある歴史にも向けられています」
マスタークラスでは知識としてだけでなく、実際に自ら手を動かすことで時計製造の面白さ、精神性を学ぶことができる。Courtesy of Dubai Watch Week
Courtesy of Dubai Watch Week
続けて、メインとなるDWWに対するサテライトイベントの立ち位置についても、ヒンド・セディキ氏は次のように語ってくれた。「サテライトで開催するオロロジー・フォーラムは、世界に向けてDWWの存在を広めるとともに各地のコミュニティとリンクすることも目的としています。オロロジー・フォーラムに参加している人々は、すでにDWWとつながりがあることが多いのも事実です。実際、初日のカクテルパーティでは以前DWWに来場したというコレクターの方ともお会いしました。しかし、まだDWWを知らない新しい人々、これから時計に触れるという人にも、ぜひ参加して欲しいと思っています」
「2026年のサテライトイベントをどこで行うについては、まだわかりません。来年ドバイで開催されるメインイベント、その来場者を見て、国籍や年齢、そんな人々なのかをデモグラフィック的に分析し、決めていきます。次もまたアジアかもしれませんし、ヨーロッパのほかの都市かもしれません。毎年ドバイでイベントを行えればいいのですが、それができないのが現状です。そのため今回のようなフォーラムを各地で開催し、それらの都市で得た気づきをドバイに持ち帰り、世界へと発信していきたいと考えています」
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