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Hey, HODINKEE! 何をもってムーブメントを“すばらしい”と評価できるのか?【長文版】

あなたの質問に(とことん)お答えしよう。

Hey, HODINKEE!シリーズで私のお気に入りのひとつが、枝葉を削ぎ落とした本質的な答えを出さざるを得ないことだ。同僚たちから指摘されるように、話が脱線しがちな私にとって、これはとてもすばらしい訓練になるし、自制心が養われるからだ。しかし、ときには番組内では伝えきれないほどの長い回答を必要とする質問が寄せられることもある。このような質問を放置せず、長文でとことん回答してみたいと思う。

最近、番組内で紹介しきれなかった質問のなかに、こんなものがあった:

“時計の世界では「あれはすばらしいムーブメントだ」と誰かが言うと、みんなが納得して話が進むことがあります。時計収集を始めたばかりの人にとって、時計のムーブメントが“よい”かどうかは、どのように評価すればいいのでしょうか?”

 私が頭に銃を突きつけられて(あるいは番組のマスコット、ドリンキーバードの頭に銃を突きつけられて?)30秒で短く答えるであろうことは、おおよそ次のようなことだ。“その答えはひとつではない。なぜなら、ムーブメントは異なる優先順位で設計されているからだ。問題は絶対的な意味で何がいいかではなく、むしろ、設計とエンジニアリングの使命は何かということ、さらにそのムーブメントがどれだけその使命を満たしているかだ”。

 私はそう答えたあとで悔やむだろう。なぜなら第一に、これはあまり役に立たないし、有用な答えではないからだ。第二に、ムーブメントの設計と仕上げには実際に基準があり、それを知ることが時計を総合的に判断する上で重要な要素であるという事実と向き合っていないからだ(あるメーカーが価格に見合った本当の価値を提供しているかどうかを判断するのに役立つのも偶然ではない。高級時計製造は何年も前から大金持ちでなければ手が出ないほど高価なものになっているため、この問題はますます切実になっているのだ)。

Classic from the 1970s: the Valjoux/ETA 7750.

1970年代の古典的ムーブメント:バルジュー/ETA 7750。

それではいってみよう。


すばらしさの(一応の)定義

まず、ムーブメントのすばらしさを見出すポイントは、人それぞれであるという事実だ。例えばバルジュー/ETA 7750は、“すばらしい”ムーブメントの一例だ。決して美しいものではないが、外観の美しさだけではなく、信頼性が高く、正確な自動巻きクロノグラフムーブメントを量産可能とするために設計され、設計者であるエドモンド・キャプト(Edmond Capt)氏はその設計に天才的な才能を発揮した。つまり、オート・オルロジュリー(超高級時計)のムーブメントでは許されないこと(受け石の付いていない軸受けや、金属を曲げただけのバネの使用など)でも、機械の用途に応じた賢い選択があるということである。芝刈り機のエンジンが、サーキットでチューニングされた手作りのV12エンジンではないからといって、それを非難されないのと同じだ。

Rolex caliber 3255

ロレックス Cal.3255

 ムーブメントの“すばらしさ”は精度の高さでも評価される。現在、ロレックスとオメガは恐らく、いや間違いなく、両社がこれまで製造してきたムーブメントのなかで最も精密で耐久性のあるムーブメントを製造していると言えるだろう。ロレックスは標準的なスイスレバー脱進機を徹底的に改良することを好み、オメガはハイテク素材とコーアクシャル脱進機の量産化の道を選んでいる。

The caliber 3861 is a METAS/Master Chronometer-certified version of the caliber 861/1861.

Cal.3861は、Cal.861/1861のMETAS/マスタークロノメーター認定版ムーブメントだ。

 両社ともに、かつてのマリンクロノメーターメーカーが涙を流して羨むような高精度のムーブメント(しかも大量に再現可能なもの)を取り揃えている。国家戦略として資金を投入して高精度の航海時計をオーダーメイドするということは、特に18世紀半ばにおいては驚くべき偉業だが、ジョン・ハリソン(John Harrison)の大ファン(私もその一人だ)でさえ、それがビジネスとして成り立たないことを認めざるを得ないだろう。

 これらは技術的な基準だ。時計のムーブメントは時を刻むための機械だが、製造上の実用性、メーカーにとってのコスト、強固なサプライチェーンへの依存、そしてもちろん消費者にとって経済的に魅力的なパッケージの存在などの基準をクリアしなければならない。年間50万個の7750ムーブメントキットを製造している場合、製造を打ち切りたいと思わない限り、手で磨かれ、ひとつひとつ焼き入れされたスティール製のバネを搭載することはないだろう。


ムーブメントの設計とレイアウト

ここで、ムーブメントの美的観点に話を移そう。また技術的に優れていそうな(多くの場合、間違いなく優れている)ソリューションではなく、伝統的な職人技を必要とする伝統的なソリューションを採用する方が、より魅力的に映る場合があるのではないかという疑問についても掘り下げていきたい。このカテゴリーの基準のすばらしい点は、個人的な評価に深く根ざしているため、時計ライターのケネス・ウリエット(Kenneth Ullyet)が“...お互いに議論することで得られる強烈な喜び”と呼ぶ愉悦を、決して他人に奪われることがないことだ(神に感謝しよう)。ここから先は伝統的な品質基準だけでなく、私の個人的な好みについてもお話しすることをご承知おきいただきたい。

 デザインについても触れたい。私は昔から2、3番車にはS字型のブリッジ、4番車と脱進機にやや小さめの受けが付く伝統的なフルブリッジのムーブメントが好きだ(一般的にブリッジは地板に2本以上のネジで固定されているのに対し、受けは1本で固定される)。

Patek Philippe ref. 3509, with the full bridge caliber 23-300

フルブリッジのCal.23-300を搭載するパテック フィリップのRef.3509。

 まず、3/4プレートのムーブメントに比べて輪列をより多く見ることができ、さらに、このようなムーブメントの調和のとれた外観に何か深遠な優美さを感じる。私は常々、この種のフルブリッジムーブメントのデザインは目に見えない時の流れをも可視化するものだと考えている。

 しかし、それだけで飛びつくわけではない。例えばフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)はリューズ、ラチェット車、香箱、4番車、3番車を1枚のブリッジで構成しているが、ブリッジの形状や仕上げがとても格調高く、これ以上のものは考えられないほどだ。ロジャー・スミス(Roger Smith)も、A.ランゲ&ゾーネでは有名なランゲ1に3/4プレート、ゴールドシャトンを採用している。これらのケースでは、時計のクラフツマンシップが経済的な理由ではなく、審美面で選択されていることは明らかだ。

Movement, Dufour Simplicity

フィリップ・デュフォー シンプリシティのムーブメント。

 時計職人にとっての最大の違いはフルブリッジのムーブメントの方が作業しやすいということだ。ムーブメントを分解することと、それを元通りにすることは別物だ。私はしばらく自分の時計工作から離れてしまっているが、3/4プレートの懐中時計ムーブメントを元通りにしようと試みてきた。何年もかけて少しずつ上手になったが、それでも悪夢のように大変な作業だ。

 下側の歯車の軸を受け石にセットするのは簡単だが、問題は上の3/4プレートをどうにかしてスムーズにセットするために、軸が同時に受け石に入るようにしなければならないことだ。ランゲ1の場合は、この忌々しい軸が8本もある。初めて懐中時計のムーブメントでこの作業をしようとしたとき、私は何度も冷静さを失い、落ち着きを取り戻すために近所の周りを散歩しなければならなかった。きっとこんな題の映画を作ることができだだろう:『罵倒』

 そして大事なことを言い忘れていたが、最も決定的なのがムーブメントの仕上げだ。これについては多くのことを学ぶことができるが、同時に多くの混乱も生じる。


ムーブメントの仕上げのスタイルと手法

最初のハードルはムーブメントの設計やレイアウトと同様、その仕上げにもさまざまなアプローチがあるということだ。ムーブメントの仕上げは基本的には機能的なものだが、美的効果を追求した結果、驚くほど洗練されることがある。

Dressed for work, dressed for the ball: Left, the Omega cal. 321, right, the Vacheron Constantin caliber 1142, both based on the Lemania CH 27.

仕事用の時計と舞踏会のための時計:左はオメガ Cal.321、右はヴァシュロン・コンスタンタン Cal.1142、いずれもレマニア社Cal.CH27をベースにしている。

 また、同じ仕上げを施すにしても、一般的にはいくつかの方法があることも留意すべきだ。低価格のムーブメントに施される装飾の多くは部分的または完全に自動化された工作機械によるものだ。しかし高級品になると、同じ装飾でも手作業で行われるものがあり、こちらはまったく別物になる。

 フランス語圏スイス流では通常、フルブリッジのレイアウトが採用され(必ずしもそうとは限らないが)、確立された装飾技術のデザイン文法が採用される。具体的にはロジウムメッキ(地板やブリッジに使われているのは真鍮だが、その限りではない)、ジュネーブストライプ、面取りされたポリッシュ仕上げのエッジ、皿穴のポリッシュ仕上げの面取り、ネジ頭のポリッシュ仕上げ、ネジ頭の面取り、面取りとポリッシュ仕上げのネジ穴、ストライプのないさまざまな表情を持つペルラージュ仕上げ、ポリッシュ仕上げのムーブメント側面(面取りとは別)、すべてのスティール製部品のポリッシュ仕上げ、伝統的で適切な場合にはブラックポリッシュや反射鏡面研磨、ポリッシュ仕上げの面取りなど、多種さまざまな手法が存在する。

Jaeger-LeCoultre observatory tourbillon, one of 12 made between 1945 and 1956, with Guillaume balance. JLC archives.

ジャガー・ルクルト製天文台コンクール出展用トゥールビヨン、1945年から1956年までに製造された12個のうちの1個、ギョームテンプ付き。JLCのアーカイブより。

 そしてもちろん、仕上げはムーブメントのすべての部分に見えないところまで、同じように完全かつ丁寧に施されなければならない。豪華なペラルージュ仕上げが施された地板を裏返してみると、ダイヤル側にほとんど、あるいはまったく手仕上げが施されていないことがあると、一杯食わされた気持ちになるものだ。高級時計のムーブメントであるならば、巻き上げや時刻合わせを担うキーレス部分のスティールの仕上げが不十分なのも最たる元凶に数えられる。

 手作業で仕上げられたムーブメントを作るためには、それぞれの装飾技術を習得するのに何ヵ月も何年もかかり、その訓練に費やす時間を考えれば、ムーブメントが高価になるのも当然だ。そして、それは単に費やした時間のコストの問題ではなく、500年に渡る技術の進化を直に感じることへの対価なのだ。

 対してイギリス流は、まったく別物だ。イギリスの時計メーカーは、より厳粛なものを求める傾向がある。通常、彼らはムーブメントの地板やブリッジに水銀を使った金メッキや艶消し加工を施し、フルプレートや3/4プレート構造を採用する。また、全体的に重厚な構造を好む傾向があり、米英両国の時計製造の伝統において、超薄型の時計が製造されることはなかった。

 19世紀末から20世紀初頭にかけての典型的なイギリス製高級懐中時計は、3/4プレート構造で、すべてのスティール部はブラックポリッシュまたは青焼き加工され、ゴールドシャトンにセットされた受け石、大口径のフリースプリング式テンプ、タイミングスクリューと補正スクリューを備えたバイメタルカットの温度補正テンプ、そして多くの場合、スイスレバー式ではなくクロノメーターデテント式脱進機を備えていた。言うまでもなく、ヒゲゼンマイはブレゲ巻き上げ式であった。

Tourbillon by George Daniels, sold to Edward Hornby, 1971

ジョージ・ダニエルズのトゥールビヨン(1971年、エドワード・ホーンビーに売却

 ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)は、大著『ウォッチメイキング(Watchmaking)』のなかで、時計師は技術的な問題を解決する必要がない場合、「宝石のような仕上げをすることで気を紛らわせる」と侮蔑を込めて皮肉っている(この指摘は半分事実であるが、私はこの指摘には古き良きナショナリズムが背景にあるのではないかと考えている。ダニエルズは、フランス語圏スイス流のあからさまな輝きよりも青焼き加工やポリッシュされたスティールやアマルガムメッキの地味な威厳が好みだとも記している)。

John Harrison's H4 marine chronometer, first tested aboard the HMS Deptford, 1761. On display in the Royal Observatory.

ジョン・ハリソンのマリンクロノメーターH4は、1761年にHMSデプトフォード号で初めてテストされた。現在、王立天文台に展示されている。

 ロジャー・スミスがクラシックなイギリス流スタイルの時計を製作していることを知らなければ、彼のムーブメントにジュネーブ・ストライプが見当たらない理由も、彼が目指しているものも全体的には理解できないだろう。私は彼のムーブメントの仕上げが酷いという趣旨の指摘を読んだことがある。“ジュネーブストライプがないなんて、ダメだね”と。しかし、それはあまりにも事実に反していて私の頭は混乱させられた。無知ゆえの発言かもしれないが、グレープフルーツ用のスプーンで自分の目玉をえぐり出したくなるような発言だ。

 もちろん、両者の要素を組み合わせられないわけではない。スイスで活躍しているグルーベル・フォルセイは、スイスとイギリスの両方の時計製造スタイルを組み合わせた超高級腕時計の興味深いモデルだ。


私にとってムーブメントとは

では、私自身が考えるムーブメントの“素晴らしさ”とは何だろうか? 私に言わせれば(そして実際言ったことがあるが)、私はすべてを求めている。私はイギリス流とフランス語圏スイス流の間を行き来しているが、どちらにしても何もかもが欲しいと思っている。フランス語圏スイス流であれば、足がかりにデュフォーのような精巧な仕上げが欲しい。振動数は2.5Hz、1万8000振動/時を希望する。2万8800振動/時(またはそれ以上)のキャリバーのチマチマした音よりも、落ち着いていてしっくり感じるからだ。

 理想的にはプレーンなスティール製で、手作業で形成されたフィリップス曲線の巻き上げヒゲゼンマイ、それも内側の先端を手作業でコレットに固定したもの(レーザー溶接や接着よりもずっと洗練された方法)が希望だ。ギョームテンプはプラチナ製の偏心錘の付いたフリースプリングでカットされており、もちろん温度補正されているのがよい(シャルル・エドゥアルド・ギョーム〈Charles Édouard Guillaume〉は、幅広い温度範囲で寸法が安定したニッケルとスティールの合金の研究で1920年にノーベル賞を受賞している。ロレックスがギョームテンプをキュー天文台認定クロノメーター腕時計に採用したことは有名だ)。

Patek Philippe observatory tourbillon wristwatch movement, by Bornand. Guillaume balance; completed in 1945, cased and worn as a personal watch by Philippe Stern, retired president of Patek Philippe.

アンドレ・ボルナン(Andre Bornand)が製作したパテック フィリップの天文台用トゥールビヨン腕時計のムーブメント。1945年に完成したギョームテンプは、パテック フィリップの元社長フィリップ・スターン氏が個人的に着用していたものである。

 私はクロノメーターデテント脱進機か、あるいはペトのクロスデテントのような、あまり知られていない派生形、あるいはコーアクシャル脱進機を選びたい。

 このような時計の魅力は、それを作るに伝統的な高級時計製造の技術、材料、方法のすべてが必要だということだ。特殊合金もなければ(確かにギョームテンプはちょっと無理があるかもしれないが)、LIGAもなければ、半導体産業のノウハウや先端素材もない。隅から隅まで本格的なの時計製造だ。もちろん、このような時計に精度、堅牢性、耐久性などの技術的な卓越性は当然のことだ。これらは偉大さの必要条件ではあるが、十分条件ではないと私は考えている。

 したがって、私にとってこれが真の偉大なムーブメントの基準だ。この時点で、この基準に近いムーブメントはこの世にそれほどないことがおわかりいただけるだろうし、ここまで突き詰めているメーカーは片手の指で数えられるほどだろう。しかし、時計愛好家として時計製造の醍醐味を味わいたいのであれば、まず基準があることを理解し、それを学ぶことが自分自身への義務であると私は思う。そうすることで全体がよりおもしろくなるのだから。