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ニューヨークのペンシルベニア駅は貧弱なデザインの代名詞のようなものだ。低い天井。全体的に恐ろしさを感じる。この街の主要鉄道ハブは、現在の姿ではホッケーリンクを兼ねたバスケットボール競技場の下に埋もれ、ほとんど余計なもののように存在している。しかし、昔はそうではなかった。
1960年代に取り壊される以前、旧ペンシルベニア駅はニューヨークとアメリカを結ぶ壮大な公共の場だった。8番街を挟んでマディソン・スクエア・ガーデンの向かいにオープンした新しいモイニハン・トレイン・ホールは近隣の人々、街、そして旧ペンシルベニア駅の記憶にとって新たな出発点となるものだ。
モイニハン・トレイン・ホールの中央には大きなパブリッククロックがある。アール・デコの影響を受けつつもチェコのキュビズムを取り入れたデザインだ。この時計を設計したピーター・ペノワイエ(Peter Pennoyer)氏は63歳の建築家(そしてJ.P.モルガンのひ孫にあたる)で、以前はメトロポリタン・オペラ・クラブの再設計を手掛けていた。以下に、ペンシルベニア駅のプロジェクトにおける彼のアプローチについて紹介しよう。
HODINKEE(以下省略):モイニハン・トレイン・ホールは鉄道の旅が華やかとは言えないまでも、少なくとも文化的であった時代を思い起こさせます。自然光がたっぷりと降り注ぎ、中央には美しい時計がある。この空間が、どのように今我々が見ている時計を形作っていったのでしょうか?
ピーター・ペノワイエ氏(以下省略):最初の課題はそのスケールへ対応することでした。巨大な空間ですから、時計も大きくなければなりませんし、あの空間のスケールで読みとることができ、小さすぎたり大きすぎたりしないようにする必要がありました。またグランド・セントラルの時計のように床に設置されているという利点もありません。グランド・セントラルの時計にはコンコースに設置された立派な案内所があり、ある種の身の丈を感じさせるものです。私たちの時計はトラスに吊り下げられていました。もうひとつの課題はこのトラスががっしりとしていて大胆なため、時計もその質感や彫刻のような存在感に負けない十分な質感を持たなければならなかったことです。
4本のケーブルで吊り下げられ、まるで宇宙空間に浮かんでいるように見えます。純粋に実用的な観点からですが、この機構にどのように電力を供給しているのでしょうか?
電力はこれらのケーブルのうちの1本に沿って供給されます。ケーブルは見えません。これは建物全体の電気系統すべてを担当していたエンジニアが設計したものです。1本だけではなく、複数のケーブルを使うことで振り子を吊るしたときの重力の影響も回避できます。100ft(約30.5m)のケーブルに非常に重いものをぶら下げると動いてしまうのです。この方法は本当に安定していて頑丈ですし、耐震性にも優れています。しかし私たちがこの方法を採用したのはこのトラスが工業製品としての性格を備えているからで、もし時計に固定金具を取り付けたら、その特性は損なわれ、尊重されなかったと思います。どうしても固定金具では装飾的、建築的になってしまうからです。
多くの人がポケットのなかのスマートフォンで時間を知る時代、巨大なパブリッククロックは文化的にどのような意味を持つのでしょうか?
少しはそうした要素もあると思いますが、私は単なるノスタルジーではないと考えています。時計のダイヤルを見るとき、私たちが起きている時間の90%はバーチャルやスクリーンなど、永続的でないものを見ているのとはまったく異なる脳のある種の能力が働いていると思いたいのです。時計は物理的、機械的な物体であるため、単なるスクリーンである場合よりも永続的な奥深さを持つように見えます。
私は物理的なものが好きなんです。写真で言えば、F値やシャッタースピードなどの使い方を覚えて、それがフィルム上の画像の結果にどう影響するかを理解するのが好きなんです。私にとってのアナログとは、物事の測定方法を物理的に表現したものです。それはある意味では古風なものですが、私の脳の働きをより現実的なものにしてくれます。
ここニューヨークだけでなく、世界中に鉄道時計の伝統があります。例えばスイスではすべての駅に同じ時計が使われています。この時計が持つべきもの、持たざるべきものは既存の鉄道時計を参考にしたのでしょうか?
はい、そうです。グランド・セントラルからスタートしました。すばらしいインスピレーションに思えましたが、それは球体です。そこで私たちは球体を分解し始めました。そしてダイヤルだけだとしたらどうだろう? そしてペンシルベニア駅の古い時計やヨーロッパの時計を見て、グラフィックデザイナーのダイアド(Dyad)という会社の友人も巻き込んで、DINと呼ばれる数字のスタイルをすすました。これは鉄道や高速道路用にデザインされたものです。それに私は時計が好きなんです。家に軍用時計があるのですが、ベークライト製の機械式時計です。特に貴重なものではありませんが、原子力事故が発生したときの電磁パルスに耐えられるということで軍が使用していたものです。考えたくないことですが、電磁波の発生で電子機器がおかしくなっても動き続けることができるのです。
実際の時計の製作では素材はどのように決めたのですか? 12×6ft(約3.7×1.8m)の巨大なオブジェです。重さも考慮したと思うのですが。
重さは5000lb(約2.27t)を超えてはならず、非常に短い時間で製作と設置をする必要がありました。そのために多くのすばらしい人たちが関わっていました。エンジニア、州政府機関、スキッドモア・オーウィングズ&メリル(Skidmore, Owings & Merrill)建築設計事務所、構造エンジニア、電気エンジニアなどです。シンプルな設計にしたかったのですが、金属製では時間的に間に合いませんし、重量制限もすぐに超えてしまいます。内部には鉄骨が必要でしたが、外側はガラス繊維強化石膏でできています。
もちろん、機構そのものもありますね。それは誰に依頼したのですか?
アメリクロック(Americlock)という会社です。公共スペースに置く大きな時計や鐘もやっていると思います。彼らの専門分野なので、実際にどのようなメカニズムでどのようなことをしているのかは実際に話を聞いてみないとわからないですが。
オブジェクトの何かが永続性を感じさせます。それはダイヤルにも当てはまります。ベージュのような色合いです。
ダイヤルは真っ白ではなく、ある種の温かみを持たせたかったのです。特に内部にLED照明を使用しているため、その光の色は特に夜間には冷たく感じるかもしれません。日光はもちろん色温度が桁外れに高いので、光の色味をデザインするのは非常に難しい空間です。そして内部にはさまざまな照明が施されています。ですから、誰かの家のように2700ケルビンを目指せば、すべての照明がその色になる、というわけではありません。それが難しいのですが、ダイヤルのカラーリングで少し温かみを出しています。そのおかげで看板のように見えることはありませんし、より恒久的なものになったのかもしれません。
モイニハン・トレイン・ホールのプロジェクトはパンデミックの最中にもかかわらず、予定通り、予算内に収まりました。時計の製作で苦労された点はありますか?
いくつかの懸念もありました。ニューヨーク州の人たちから電話があり、「100ft(約30.5m)離れたところから時計が読めるかどうか、どうやって確認するんだ?」と言われました。
私たちには巨大なプリンターがあるので、時計の一部を原寸大で印刷し、私のオフィスのデザイナー、スティーブン・ワージントン(Steven Worthington)というのですが、彼がチェルシーにあるビルの6階か8階にある自宅の窓からそれを吊るしたんです。そしてある日曜日の朝早くに彼がレーザーで正確な距離を測りに行きました。
時計はつけていますか?
はい。私が持っていて今は息子に譲ってしまった時計で、ブローバのアキュトロン・スペースビューです。修理がほぼ不可能なためにまったく使いものになりませんが、60年代には祖父が自慢の時計として持っていたもので、当時は卓上時計として使っていたようです。この引き出しのなかにもひとつありますよ。IWCも大好きです。私が持っているのはフリーガー・クロノグラフです。ユリス・ナルダンも好きでした。とてもベーシックな時計が好きなんです。スウォッチの時計は海へ行くときにつけています。
HODINKEEでは時計を見る時間がとても長いため、デザイナーが時計に何を求めているのか、いつも興味があります。時計に求める明確な特徴というのはありますか?
私は複雑な図形がたくさん描かれている時計、ダイヤルや針、矢印が多すぎる時計は避けています。シンプルで凝縮されたウォッチフェイスが好きなんです。私の場合、クラシックなダイバーズウォッチがいいですね。時計のレリーフはとても繊細であるべきで、今のレリーフは少しがっしりとしすぎているように思います。機能は時計のなかにあるべきもので、フェイス全体にあるべきものではありません。
このインタビューは、わかりやすく簡潔にするために編集されています。
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