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コロナウイルスの影響を受けて、ロレックス、チューダー、パテック フィリップによる2020年新作の発表の延期のニュースを今年の4月に本サイトで報じたとき、一体どうなってしまうのだろうと僕は不安になりました。しかし、蓋を開けてみれば、確かにバーゼルワールドの事実上の崩壊など大きな出来事はあったものの、2020年のパテック フィリップの新作をいくつも見ることができました。
特に今年は、パテックのモデルとしては珍しくトゥールビヨンとチャイム機構を文字盤側から楽しむことのできる“ミニット・リピーター・トゥールビヨン 5303”のバリエーションモデルや、同社で初めてグランドソヌリとプチソヌリを単独で搭載した“グランドソヌリ6301P”といった非常にテクニカルなピースが登場。技術の卓越性、そして贅沢さを力強く感じることができました。
僕たちは、グランドソヌリ6301Pのリリースに際し、パテック フィリップのR&D責任者フィリップ・バラ(Philip Barat)氏に直接同モデルについて、お話を伺いました。
和田 将治
グランドソヌリ6301Pは、どのようにして始まったプロジェクトですか?
PHILIP BARAT
「まず、パテック フィリップにおけるミニッツリピーターの製作について少し補足させてください。同社では、ミニッツリピーターの製作が、1960年代初めまでには失われていました。しかし、前社長フィリップ・スターンによって、創業150周年を迎える1989年に再開し、腕時計コレクションに含めることになったのです。その後、創業175周年の2014年に我々がグランドマスター・チャイムを発表したことは、ご存知かもしれませんが、今回発表したグランドソヌリ6301Pはそれと同じタイミングで開発がスタートしています。グランドマスター・チャイムの開発はリリースの7年前、2007年のことです」
グランドマスター・チャイムは、同社の中でも最も複雑な腕時計です。1つの腕時計の中に20の複雑機能を備えています。その機能には、グランドソヌリとプチソヌリも含まれているのです。しかし、グランドマスター・チャイムは、ジャックが言うようにまさに「複雑機構の博物館のようなもの」。ケースサイズは、直径47.7 mm × 厚さ16.07mmです。グランドソヌリとプチソヌリの音色を楽しむことができる実用的な腕時計として誕生したのではないかと思います。
グランドソヌリ6301Pを見ているとあることに気が付きます。2015年に発表されたラトラパンテクロノグラフ 5370Pのケースを彷彿とさせるのです。ハイコンプリケーションながら重厚になりすぎず、洗練されたデザインに感じます。
和田 将治
グランドソヌリ6301Pのケースは、スプリットセコンドクロノグラフRef.5370にとてもよく似たケースを採用しているように思いますが、その理由は一体何でしょうか?
PHILIP BARAT
「これはとてもシンプルな理由です。それは、ティエリー・スターンのお気に入りのケースだから。パテック フィリップではモデルにあわせて様々な種類のケースが存在します。その中でも彼のお気に入りがこのケースなのです。一見すると複雑には見えませんが、実際に手に取って、じっくりと見てみるとかなり複雑な構造をもっていることにお気づきになるでしょう。これはまさにパテック フィリップらしさを体現するケースなのです。
ケースだけでなく、文字盤、ムーブメントなど、我々は全てのものに注意を払っています。一つの腕時計を作り上げるまでに、開発の初期からティエリー・スターンとの継続的なコミュニケーションのプロセスがあります。ムーブメントやケースの設計、構造に対してプロジェクトの早い段階から彼が関わっているのです」
同社の自社基準を全て満たしたミニッツリピーターが、最終的にティエリー・スターン社長に提出され、ゴングの音色に対して最終的なジャッジがなされるというのは愛好家たちの間では有名な話ですが、企画の初期の段階から詳細に踏み込んでいるというのは、家族経営のマニュファクチュールとしてのプライドのようにも感じます。
和田 将治
グランドソヌリ6301Pのケースは、これだけの複雑機構を備えながらも、直径44.8mm × 厚さ12mmです。複雑性と薄さを両立するための最大の秘訣は何でしょうか?
PHILIP BARAT
「これは複雑ムーブメントの開発における我々のサヴォアフェール、つまりノウハウによるものです。今日の3D開発ツールは、メカニズムを凝縮し、利用可能な全てのスペースを最大限利用することを可能にしています。例えば、グランドマスター・チャイムは、スターキャリバーと同じくらいの部品数がありますが、ボリュームは5分の1に抑えられているのです。それでも厚さを変えずにジャンピングセコンドをムーブメントに組み込むのは非常に苦労しました」
トゥールビヨンを“ありふれた機能”と言うには、奇妙な感覚がありますが、開発プロセスの革新などによって工業化され、人の手をこれまでよりも介さずに製造できるようになってきました。そのため、より手頃な価格帯のものも登場。今回のリリースの背景にも鳴り物ウォッチのニーズの高まりがあるのではないかと思い伺ってみることにしました。
和田 将治
トゥールビヨンは、代表的な複雑機構の一つですが、近年の技術の向上によって、以前のように珍重されるものではなくなっているのではないかと感じています。一方で、今でもあまりにも多くの手作業と調整を必要とするミニッツリピーターを求める人々が増えているように思うのですが、パテック フィリップの見解はいかがでしょうか?
Philip Barat
「我々も、ミニッツリピーターへのニーズは間違いなく高まっていると感じています。そもそもパテック フィリップでは、トゥールビヨンを観賞するためのものとして製造していません。かつてアブラアン-ルイ・ブレゲがトゥールビヨンを発明した当初の目的は、精度の追求でした。我々は現在もその精度のためにトゥールビヨンを載せた腕時計を作り続けているのです。
現在も、トゥールビヨンを搭載するモデルには、必ず精度の証明書を提供しています。ですが、近年の新しい素材、例えばシリコン製ヒゲゼンマイやガンギ車などによって、非常に安定した高い精度が出せるようになっています。わざわざトゥールビヨンに頼る必要がなくなってきているのです。もちろんコレクションにはラインナップはありますが、トゥールビヨンの新開発は行っていません。
ミニッツリピーターについては、例えば一般的にプラチナはチャイミングコンプリケーションには難しい素材だと言われていますが、我々はケースの構造によって音を増幅させるノウハウをもっています。パテックにとっては、プラチナが最も複雑で良い音を出す素材なのです。今後も我々が考える最高のものを追求していくだけです」
パテック フィリップが純粋に精度を追い求めてトゥールビヨンを搭載した時計を作っているというのは、納得がいきます。彼らのトゥールビヨンは、基本的に文字盤の下に隠されたものであり(ミニット・リピーター・トゥールビヨン 5303を除く)、人に見せるためでは無いのだろうと感じていたからです。
そして、パテック フィリップにおいても、鳴り物ウォッチなどハイコンプリケーションへのニーズがより高まっているということが確認できたのは、とても興味深いこと。市場に出回っているグランドソヌリが極めて少ないことを考えると、それらを比較する条件下であれば、もはやトゥールビヨンを“ありふれた機能”と言ってしまっても良いのかもしれません。
あらゆるものの距離が縮まっている現在、ハイエンドコレクターたちの目が希少なものに向けているのは、間違いないと思います。独立時計師の時計や希少な限定モデルはもちろんですが、とりわけ高級時計製造の中でも極めて難解なチャイミングコンプリケーションは、すぐに工業化されることはないでしょう。複雑機構の頂点にある機構の一つとして今後も君臨し、さらに求められていくのではないでしょうか。
パテック フィリップ Ref. 6301P グランドソヌリ: ケースは950プラチナ製、44.8mm x 12mm。非防水(湿気・ほこりにのみ対応)。表裏にサファイアクリスタル、ソリッドケースバックが付属。ムーブメント Cal. GS 36-750 PS IRM。手巻き機械式ムーブメント、合計703の部品。グランドソヌリ、プチソヌリ、ミニッツリピーター搭載(ゴングは3つ)。ジャンピング・セコンド。チャイムモードを選択するスライド・ピース(プチソヌリ、グランドソヌリ、サイレント)。ムーブメントとチャイム機構のパワーリザーブインジケーター。37mm x 7.5mm、ムーブメントは72時間パワーリザーブ、グランドソヌリは24時間パワーリザーブ。振動数2万5200振動/時。95石。Gyromaxテンプ、Spriomaxヒゲゼンマイ。限定ではないが非常に限られた生産本数。
価格はパテック フィリップ公式サイトより要問合せ。
本モデルについてのジャックの紹介記事「パテック フィリップ グランドソヌリ6301P、プチソヌリと特許取得のジャンピング・セコンドも搭載」もあわせてご覧ください。