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パテック フィリップの動向を予測するのは愚かなことだ。昨年、間違いなく最も壮大かつ冷静なメゾンが、虹色の宝石をセットしたミニッツリピーターのアクアノートを非防水で発表したり、『ゴッドファーザー』のポスターのようにフィリップ・スターン氏(Philippe Stern)の顔を文字盤に入れるという(軽めに言うと)奇妙なことをしたりと、誰も想像しなかったことをしたからだ。美しく複雑な5316/50Pでさえ、パテックがランゲの“ルーメン”を参考にしているというフィードバックが集まった。ただあまりにも生産が限定されていたため、HODINKEEの誰もが、この時計について書くのに十分な時間と触れる時間を確保することができなかった。
私は最悪な予言者のひとりでもある。パテックが自社で何をしようとしているのか、私にはさっぱりわからない。それでもパテックがこれまで歩んできた道、そして2024年以降進む道を理解するために、当てずっぽうだが予測してみよう。
本題に入るが、パテック フィリップは今年、四半世紀ぶりとなる新作コレクションを発表するだろう。どのような形になるかはわからないが、これ以上ないタイミングだ。
ティエリー・スターン(Thierry Stern)がRef.5711 ノーチラスをディスコンにし、代わりにスティールなしでホワイトゴールド製のRef.5811を発表したとき、スターン氏と消費者のあいだでどちらが先に引き下がるかというチキンゲームが始まった。人々はまだノーチラスを欲しがっているが(流通市場での5811の希望価格は約15万ドル、日本円で約2220万円と小売価格の2倍以上で推移している)、私はまだ実機を見たことがない。昨年あたりから、手首の上にノーチラスを乗せている様子を見るのも減ったような気がする。これはスターン氏がパテックの中枢をめぐる争いに勝利しつつあることを物語っており、そしてSS製ノーチラスの5811/1A-001が市場に出るまで、私たちは固唾を呑む必要がありそうだ。
そう、それはまったく問題ないのだ。“あるひとつのモデルが突然、当社のコレクションの50%以上を占め、それがパテックのイメージを支配することは望んでいない”というスターン氏の言葉は正しかった。同ブランドは時計に関して、最高の品質と複雑さを誇っている。ヴィンテージとモダン問わず、私が所有したい時計の頂点に君臨している。時計ブランドとは何かという全体像に関して、パテックをトップから引きずり下ろすようなことは考えられない。しかしここ数年、パテックでは奇妙なことが起きている。
昔を振り返る
レインボー ミニッツリピーター アクアノートより1年以上前に発売されていたRef.5373P-001は、スプリットセコンドのモノプッシャー永久カレンダー Ref.5372Pの、驚くべきも奇妙な“デストロ(左利き用)”バージョンだった。この時計は伝統的なデザインのRef.5204(伝説的なRef.5004の後継機で、何らかの理由がありムーンフェイズも反転していた)よりも薄く、ムーブメントは時計製造の真髄を示す力作であったが、ブランドが行ったのはケースに収められたムーブメントを5373Pから180°回転させ、いくつかの美観を変更するだけであった。一部の人にとっては“デストロ”GMTマスターIIにあまりにも似ているように見えていた。
5316/50Pやアクアノート・ルーチェと並べてみると、パテックは目隠しとなるような情報を取り除いたように見える。5316/50Pが少し“ランゲ風”だったとしたら、アクアノートはオーデマ ピゲの領域に向かったと言えるかもしれない。私はパテックがロレックスの手法を真似しているわけではないと思うのだ。むしろ、他社が資本を投入しているのと同じ市場の需要に注目しているのかもしれない。声高な時計愛好家である私たちは、気に入らないからといって、それは悪いことであり失敗だと考えがちだ。ただし非常に大きな市場のなかで、私たちがいかに小さな存在であるか、忘れてはならない。
2023年のパテックの傑出モデルは、おそらくRef.5261R アクアノート・ルーチェ 年次カレンダー、クルマをテーマにした6007G カラトラバ、トラベルタイムを備えた5224R カラトラバ、そしてトラベルタイム機能付きの5924G パイロット・クロノグラフの4本だろう。しかし、最後のふたつは私にとって大ヒットとはならなかった。その主な理由は、トラベルタイム機能用のプッシャーが、時間を変更するためにペンに手を伸ばさなければならないほどの小さなピンプッシュエリアに置き換えられたからである。
期待するもの
パテックは少なくとも2023年までは頂点であり続けており、これからどこに向かうのかという疑問が出てくる。また昨年は業界全体が落ち込んだ年だったと思う。私が業界全体で話をした多くの同僚は、2023年のWatches & Wondersには大ヒット作が生み出された感覚はなかったと感じていたようだ。毎年、昨年を超えるものが出てくるわけではない。しかし小休止したあとはパテックのみならず、多くのブランドから大物が出てくることを期待している。
私が期待しているこの新コレクションについて、驚くべきことはない。ティエリー・スターン氏は昨年のブルームバーグ誌とのインタビューで、2023年後半か2024年には新しい時計ラインが登場するだろうと述べていた。去年はそれに該当するものがなかったので、近いうちに何かが発表されるはずだ。
ジュネーブで開催されたWatches & Wondersにて、スターン氏は「デザインは完成しており、プロトタイプの準備もできています。それを本当に気に入っています」と話している。しかし、この路線がどのような方向に向かうのかについては、何のヒントも示さなかった。それが新しいスポーツウォッチであろうとなかろうと、まあ、私の予想が当たる可能性は半々だ。ただもっと複雑なものを期待しているから、私はNOと言うつもりだ。
アクアノートとノーチラスのラインは今でも信じられないほど強力で象徴的だ。ただ彼らが得意とするそのほかのコレクションが注目を集めるためには、まだまだ助けが必要だ。パテックのウェブサイトにあるウォッチ“コンプリケーション”ページには、多くの優れた時計が一緒くたに紹介されているが、アクアノートやノーチラスのように(文字盤からケース形状に至るまで)体系化されたデザイン言語を持つものはほとんどない。その代わり、多くは直系としてほかのモデルとつながっているが(5172系と5320系で共通するラグのように)、特定のラインとしてリストアップされたことはない。
実際、パテックのコレクションで名前がついているのは、ゴンドーロ、ゴールデンエリプス、そしてTwenty~4だけだ。多くの人がヴィンテージエリプスを愛しているように、これら3つのラインのいずれかが、スポーツモデルや特定のリファレンスファミリー(永久カレンダークロノグラフなど)のように現代の世界観を象徴するものと見なされるようになったのはいつが最後だっただろうか? 単一のフォームファクタとデザイン言語が、ブランド全体を貫く統合されたコンプリケーションラインを必要としている。おそらく、1度にひとつかふたつのコンプリケーションを加えるだけで、より手の届きやすい価格(あるいはパテックにとって手の届きやすい価格)になるかもしれない。審美的な観点から言えば、5172Gや旧5270P、旧5372Pで、象徴的なサーモンとホワイトメタルのコンビネーションが楽しめるのと同じように、歴史に触れるようなラインを想像している。インライン永久カレンダーは、私がパテックのラインナップのなかで最も過小評価されていると感じる時計のひとつだが、それをより手頃な価格で実現するのは不可能かもしれない。しかし同じようなデザインのシンプルなカレンダーだとどうだろうか?
もしパテックがその方向に進むなら、スターン氏が言っていた新発表に期待しているほどの衝撃はないかもしれない。しかしパテックには184年もの歴史があり、彼らはこのような大きな動きを長期的な視点で見ている。そのため、2024年に注目すべきブランドがあるとすれば、それはおそらくパテックだろう。スターン氏も同じことを語っている。Watches & Wondersでアポイントを入れたため、あとは待つだけだ。