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スイス連邦裁判所は、ロレックスと、時計のカスタマイズ業者アルティザンズ ドゥ ジュネーブ(Artisans De Genève)との訴訟について、前例となる判決を下した。1月19日、スイス連邦裁判所は、AdG(アルティザンズ ドゥ ジュネーブ)が時計の所有者の要求に応じて、商業的ではなく個人的な使用に限り、時計をカスタマイズできるとの判決を下した。裁判所はまた、限られた例外を除いて、AdGは同意なしに他ブランドの商標を使用・改変した製品を販売または宣伝することはできないと裁定した。
したがって同裁判所は、顧客がすでに所有している時計をAdGに提供してカスタマイズするという現在のビジネスモデルは、いかなる法律にも違反しないと判示した。しかし、その決定に照らして、裁判所はAdGのマーケティングと広告が適用される法律に違反しているかどうかの問題を再検討するべく、下級裁判所に差し戻しをした。
スイス連邦裁判所がこのパーソナライゼーションとカスタマイズの問題を検討したのは今回が初めてのことであり、ロレックスやAdG、時計業界(およびそのほかの業界)に長期的な影響を及ぼす可能性がある。詳しく見ていこう。
まず背景について
2020年12月、ロレックスはAdGを提訴している(注:スイス裁判所の判決ではカスタマイザーの名前は伏せられていたが、そのほかの詳細からアルティザンズ ドゥ ジュネーブであることは間違いない)。話はそれ以前の2020年2月に、ロレックスがAdGから3万2580スイスフラン(当時の相場で約370万円)で改造デイトナを密かに購入したことから始まった。これはAdGがオリジナルデイトナを提供し、カスタマイズを施すというものだった。またこのカスタマイズには、文字盤にあるロレックス、オイスター、コスモグラフのマークと王冠のロゴを削除して付け直すことも含まれていた。訴訟を起こす前に、ロレックスはAdGに対し、カスタマイズされたデイトナを入手したことと、商標権侵害の可能性があることを通知した。
ロレックスからの通知後、AdGはビジネスモデルを変更し、カスタマイズされた時計をウェブサイト上で販売しないようにした(ロレックスはこの方法でデイトナを購入している)。AdGは顧客がすでに所有している時計をAdGに提供し、カスタマイズしてもらうという現在のビジネスモデルに移行したのだ。
裁判所はまた、同社が“私的使用のために顧客の要求に応じて、時計のパーソナライズサービスを提供する独立した工房”であり、時計の製造や販売を行っておらず、いかなるブランドとも関連していないという警告を閲覧者が受け入れた場合にのみ、AdGのウェブサイトへアクセスできると述べた。さらに、AdGは時計をパーソナライズしたあと、オリジナルのメーカー保証が無効であることを明記して、顧客に新たな保証制度を提供していた。
2023年2月、下級裁判所はロレックスを支持し、広告やカスタマイズの提供を含め、AdGがロレックスの商標を使用することを禁止した。その後、AdGはこの決定に不服申し立てをした。
ロレックスはHODINKEEのコメント要求に対して、“ロレックスは、公式ネットワークおよび認定サービスセンター以外の第三者による製品のいかなる改変も、それがいかなる者であれ承認していません”と回答した。“管轄外で行われたすべての作業は、ブランドが提供するすべての保証を無効にすることになります。したがってオリジナルと見なすことができず、つまり緑色のロレックスシールで保護されていない状態になります。1度改造されると、その時計は精度、防水性、自動巻き、自律性、耐磁性、信頼性、耐久性の面で、ブランドの品質基準を満たしていないため、公式ネットワークで提供されるロレックスのサービスを受けることができなくなります”。
アルティザンズ ドゥ ジュネーブは、HODINKEEのコメント要求に回答していない。
異なるふたつの法的問題
まず第1に、商標の目的は、企業の製品やサービスを他社の商品やサービスと区別することだと覚えておく必要がある。消費者が混乱する可能性がある場合、つまり、購入者がロレックスの時計を購入したと思っていたが、実際には別の会社の時計だった場合に、侵害が起こりうるということだ。スイス連邦裁判所によると、この訴訟にはふたつの異なる法的問題があると提示している。
- 物品の所有者に代わって、要求に応じてパーソナライズする。最初の事例は、顧客がAdGに時計を持ち込んだ際、所有者の要求に応じて私的使用のためにカスタマイズするときに発生する。裁判所は、この活動は“サービス提供者が物品の所有者の要求に応じて行動し、カスタマイズされたアイテムがその所有者に返される場合に限り合法”とし、市場に提供されるものではないと判示した。
- カスタマイズした製品を販売するためのマーケティング・広告。この2番目の事例は、カスタマイズされた時計の広告、販売、および販売用の提供を含む。裁判所は、ブランドの所有者(この場合、ロレックス)によって許可が与えられない限り、この種の活動は違法であるとした。
AdGとロレックスに関連するこれらふたつの法的問題を検討する前に、裁判所はまず、スイス法の下で“商標の消尽”または“権利消尽の原則”と呼ばれるものが存在すると明らかにした。これは基本的に、商標権者が商品を販売したあとは、それが個人的な使用のためである限り、買い手がその商品で何をしようとも、商標権者はコントロールすることはできないことを意味する。後述するように、これは商標の私的使用が許可されていることを意味するため、重要になる。言い換えれば、商標が誰かの時計をカスタマイズするためだけに使用されている場合、それは販売のために提供されていないので、ロレックスの権利を侵害しておらず、より広範な消費者の混乱を引き起こす可能性がある。
ロレックス対アルティザンズ ドゥ ジュネーブの判決
問題1: 所有者代理でパーソナライズする
前述のように、AdGはロレックスから特許侵害の可能性があると指摘されたあと、ビジネスモデルを変更した。裁判所によると、AdGの以前のビジネスモデル下での活動は、適用される法律に反していた。というのも市場でカスタマイズされた製品を宣伝し、販売していたからである。しかし、AdGの新しいビジネスモデルでは、クライアントはすでに所有している時計を提供する必要があり、そのクライアントの要求に応じて時計をパーソナライズするのみで、時計の一般販売は行っていない。裁判所は、AdGのカスタマイズがロレックスの商標を削除して再適用する場合であっても、この改訂ビジネスモデルでは適用される法律に違反しないと判断した。
裁判所の論拠はこうだ。
誰かが時計を購入したとき、好きなように改造することができる。またそのカスタマイズが所有者のためのものであり、商業目的ではなく個人的な使用に限定される限り、時計の所有者が代わりの別の会社に時計を改変またはカスタマイズさせることを妨ぐことはできない。これは商標権の消尽の原則の拡張であり、1度ロレックスが時計を販売したあとは、個人的な使用に限り、所有者個人らがその時計をどうするかは自由である。
裁判所は、商品が商業的に提供されていない以上、市場で商品やサービスを区別するという商標の目的を損なうものではないとしている。
問題2: 広告とマーケティング
裁判所は、AdGの現在のビジネスモデルはこのように合法であると判断したが、AdGの広告とマーケティングに関連する2番目の問題については、同じ結論を下す準備ができていないとした。
裁判所によると、第三者が改造したブランド製品を販売したい場合は、商標権者の承認を得なければならない。例えば、AdGが顧客向けにカスタマイズしたロレックスの時計を宣伝するには、ロレックスの承認が必要になる。これは同社の商標を商業的に使用することになるからだ。
しかし、AdGによるロレックス商標の使用を完全に防ぐことはできない。特に広告において、そのような使用が広告されているサービスと明確に関連している限り、AdGは情報提供の目的で第三者の商標を使用することができる。
しかしAdGとロレックスのあいだにつながりがあるという誤った印象を与えれば、そのような行為は違反となる可能性がある。言い換えれば、AdGは消費者の混乱を招いたり、ロレックスの評判を悪用したりするようなことはできないということだ。
愛しい君との関係が終わっていく
裁判所は、AdGは個人的な使用のために時計をカスタマイズすることができると判示しながらも、広告とマーケティングに関する2番目の事例は、判決に照らしてさらなる検討をすべく、下級裁判所に差し戻しをした。下級審は、AdGのウェブサイトやそのほかの広告およびマーケティング活動を調査し、裁判所が判決で定義したパラメータに違反しているかどうかを判断しなければならない。スイス連邦裁判所は最初の判決で、下級審はAdGのウェブサイト上でのロレックス商標の使用と、それらがAdG自身のサービス提供と明確に関連しているかどうかを適切に評価しなかったと書いている。さらに“非常に評判の高いブランド”であるロレックスが、AdGの活動の評価にどのような影響を与えるかについては検証していない。
“非常に評判の高いブランド”とは?
これは訴訟の主な争点ではないが、スイス連邦裁判所はロレックスが“非常に評判の高いブランド”であることを明確に指摘し、通常の商標所有者では得られない特別な保護が与えられているとした。例えば“高い評価”を得ているブランドは、たとえ製品やサービスが競合するものでなくても、(サービスを識別するための)マークをほかの製品やサービス、あるいは広告に使用することを妨げる可能性がある。仮に第三者がベッドシーツを販売するためにコカ・コーラを使用したり、香水を販売するためにナイキを使用したりすることはできない(どちらも実際の事例だ)。
これは興味深い指摘であり、ロレックスにとっては喜ばしいことだが、法的な意味合いもある。スイス連邦裁判所はAdGの広告の問題を再び取り上げる際には、ロレックスの“非常に評判の高いブランド”としての地位が法的判断にどのように影響するかを考慮する必要があると述べている。
大きな問題: 誰がパーソナライズできるか?
訴訟はロレックスとAdGのあいだで行われているが、スイス連邦裁判所はこの訴訟で提起された個人使用のためのカスタマイズ問題について、判決を下したことはないと述べている。しかし、これは時計産業に限らない重要な問題である。
“ブランド品のパーソナライゼーションの重要性が高まっていることは、オリジナルの第三者ブランドを有する商品を改造する企業とブランド所有者とのあいだに新たな紛争が生じていることを反映している”と裁判所は記している。
ロレックスとAdGの話に戻ろう。ロレックスのウェブサイトに行くと、すでに時計を“設定”するオプションが用意されている。例えばデイトジャストのページにアクセスしても、製品カタログは表示されない。代わりに、自分でデイトジャストの構成を選ぶよう求められる。まずサイズ(31、36、41mm)を選び、次に素材、ベゼル、(素材によって)ブレスレット、ダイヤルを選ぶ。デイトジャストの場合、その選択肢はあっという間に数百にのぼる。これは、ロレックスの固定されたSKUを一般消費者に見せる別の方法であることは周知の事実かもしれないが、パーソナライゼーションという何か別のもののように感じ始めるかもしれない。AdGが顧客に提供するような、真のパーソナライゼーションを、ロレックスが提供する未来は容易に想像できる。実際、近くのロレックス正規店に行くと、さまざまな言語での日付・曜日ホイールなど、本格的なカスタマイズオプションがすでに用意されている。
これがロレックスの目指す方向であるならば、AdGのパーソナライゼーションビジネスはさらに競争力を増しているように感じられる。また、ロレックスは以前にも訴訟を起こしてカスタマイザーを締め出したこともある。数年前、アメリカのラ・カリフォルニエンヌ(Le Californienne)社が、鮮やかな色のヴィンテージデイトジャストやデイデイトの文字盤をカスタマイズして再販売していたのを防止することに成功している。この訴訟は、ロレックスの製品ロードマップを示唆していたかもしれない。というのも、この訴訟のわずか数年後に、ロレックスは鮮やかな色のオイスターパーペチュアルダイヤルを発売したからだ。
スイス連邦裁判所が指摘しているように、パーソナライゼーションは消費者にとってますます重要になっており、ロレックスもそれを認識しているようだ。
一方、AdGは絶妙なバランスを保とうとしている。スイス連邦裁判所は、同社の中核的なカスタマイズ事業は合法であるとしているが、カスタマイズサービスのマーケティングや広告の方法には極めて慎重でなければならず、ロレックスの商標を使用するには、情報提供の目的やAdGのサービスに関連する方法である必要がある。AdGのソーシャルメディアでは、それぞれのカスタマイズに使われている“独自の職人技”や技術を強調した投稿が見られる。それぞれの投稿には、AdGが“お客様の唯一の要請に基づいて…お客様の私的使用のためにのみ”仕事を行うと説明する、苦渋の法的免責事項が添えられている。
裁判所の判決は、時計愛好家にとっておそらく直感的に感じられること、つまり個人的な使用に限り自分の時計で好きなことができると肯定し、明確にした。このカスタマイズや改造をサードパーティに依頼することができると。
結局のところ、時計のカスタマイズ、改造、バスダウン(時計を豪華な装飾やダイヤモンドで飾ること)には長い歴史がある。それは個人的な楽しみであり、いかなるブランドもそれをコントロールすることはできないはずだ。同時に、ブランドにはブランドを守るという正当な利益もある。このふたつの利益のバランスを取るのは難しいことで、今のところはロレックスとAdGの争いになっているが、これは時計の将来に大きな影響を与えることになる。
Rolex vs. A.________ SA, 4A 171/2023の判例の全文はこちらから。