Apple Watch - この言葉から思い浮かぶのは、腕の上の、コンピュータを搭載した洗練された四角いスマートデバイスではないだろうか。現代の我々の生活にすっかり浸透しているテクノロジーのひとつだ。しかし、ティム・クックが2014年にデビューさせた(2015年に発売された)ものは、初代Apple Watchではない。あまり知られていない、ほとんど忘れ去られたWWW.時代の遺物が、丸10年前に登場していたのだ。
この物語を語るためには、タイムマシンに乗って1980年代から90年代に戻らなければならない。アップル社の共同創業者であり、気難しい夢想家であったスティーブ・ジョブズは、初代マッキントッシュをめぐる長期にわたる争いの末、会社から追放されていた。その後、アップル社は毎年同じ技術を繰り返すという、ある種のイノベーションの停滞に陥っていた。その結果、ライバルであるマイクロソフトがビジネスシーンに本格的に参入する準備を始めたこともあり、徐々にシェアを落としていった。
1991年、アップル社は「Macintosh System 7」を発表した。これは、オリジナルのMacintoshインターフェースをベースにした新しいOSだ。それまでのフロッピーディスク(憶えている人は?)を挿入して動作させていたのに対し、初めてコンパクトディスク(これも憶えている人は?)を採用したのが特徴だ。1991年から1995年にかけて、アップルはこのOSを少しずつ改良していき、1995年5月に発売されたSystem 7.5にたどり着いた。「電子メール、ファックス、インターネットへのワンストップアクセス」等、さまざまな新機能を搭載していた。
Macintosh System 7.5の価格は134.99ドル(約1万4800円。インフレ調整後、現在の価格は約2万6500円)と、CD-ROMを積み上げたものにしてはかなりの金額だった。当時、新しいMacを買えばOSは標準装備されていたが、使っているコンピューターをアップグレードするならお金を払わなければならなかった。その値段の高さに気づいたためか、アップル社は新製品にいくつかのおまけをつけることにした。
そこでこんなインセンティブを用意した。System 7.5を購入すると、追加料金なしでConflict Catcher 3というソフトウェア(Macintosh上で動作するサードパーティ製アプリケーションの問題を解決するためのもの)か、あるいは...Apple Watchのどちらかを選ぶことができる。しかしこの時計はあなたが思っている物とは違う。
それは、いかにも90年代のアップル社らしい広告に印刷されている。太い赤枠で、まるでテレビ広告のように「さあ、今すぐSystem 7.5にアップグレードして、無料のプレゼントを手に入れよう」とある。
誰もConflict Catcher 3を選ばないことはわかっていたが、この時計に関してはどうだろう?
このプロモーション景品の時計について最も興味深いことは、いかに先見性があったかということだ。デザイン上の特徴の多くは、アップルの過去ではなく未来を指し示している。
ケースはステンレススティール製だが、ベゼルにはブルーアルマイト処理を施したアルミニウムを採用している。これは、MacBookシリーズからiPhoneまで、あらゆるApple製品に採用されている素材だ。ラグはポリッシュ仕上げのSS製で積層構造になっており、両端にクロノプッシャーのようなデザインが施され、中央には小さな隙間がある(ただし、これは絶対にクロノグラフではない)。ブルーのベゼル上には、スティール製の小さな円の突起が左右対称に配置されている。3時と9時の位置に2個ずつ、6時と12時の位置に1個ずつだ。
eBayやEtsy、Redditなどに出品されるたびに、インターネット上で「待てよ、これは本物なのか?」という声を聞く。最近、自分で実際に使ってみたが、確かに本物であり、アップル社がこれまでに発表したなかでおそらく最も奇抜なデザインだろうということが確認できた。
文字盤の表面には何もないとは言えないまでも、余白が多い。分や秒を示すマーカーはなく、12、3、6、9の位置にポリッシュ仕上げの楕円形が施されているが、時間を知るうえではあまり役に立たない。文字盤には「Quartz」と「Japan Mov't」という最低限の文字列がある。いくつかの点(すなわち色と形)で、デザイナーのアラン・シルベスタインの作品に似ている(ただし、シルベスタインよりバハウス的なスタイルで、Apple Watchはメンフィスのデザインを採用している)。他の点では、より印象派的だ。しかし、これはほぼ、楽しくて変わったものと言っていい。
針はどうだろう! 率直に言って、現代美術館に飾られているカルダーのモビールのようだ。時針は緑の太い三角形、分針は赤の角の丸い長方形でアイスキャンデーの棒のような形をしている。秒針は一見すると、針の交錯点にある円につながる、ただのくねくねした線のように見える。目線を中心円に合わせてよく見ると、昔のMacの「ホッケーパック」マウスにそっくりだ。くねくねした線は、コンピューターの後ろに続くマウスのコードにあたる。しかし、このマウスが発売されたのは、この時計が世に出た3年後の1998年だった。
さらに、この時計に付属していたOEMストラップには、1997年まで使われていなかった「Mac OS」の文字が入っているのだ。1995年の時点では、OSは単に "System "と呼ばれていた。
ストラップといえば、私が購入した時計にはブラックレザーのオプションがつけられていた。オリジナルのラバーは経年劣化で崩れてしまったためだ。ブルーのバックルに合わせてオリジナルのものを着用したかったのに残念だ。ともかく、経年劣化はそれだけにとどまらず、ラグが汚れていることでもわかる。きれいにすることはできたか? もちろん。そうしたかったか? 絶対にしたくない。時計の経年変化は、その時計の歴史をより深く理解させてくれる。青いベゼルが時と共に傷つき、ダイアルアップモデムの音のように消失していく様子が気に入っているのだ。
裏はSS製のクローズド・ケースバックとなっており、日本製のクォーツムーブメントが搭載されていることがわかる。また、わかりにくいかもしれないが、"Contemporary Design "という刻印もある。
Macintosh System 7.5の(そしてこのApple Watchの)発売から2ヵ月後、マイクロソフトからの発表があった。1995年8月24日、ビル・ゲイツとその共同経営者はWindows 95を発売し、パーソナルコンピューターの世界を変えた。アップルはほぼ完全に終わったようだった。奇跡が起きなければこの会社を救うことはできなかったろう。少なくともこの現代的な腕時計では無理だった。1997年、ジョブズは自分が設立した会社に戻ってきた。そしてその後の数年間で、アップル本社の置かれたクパチーノからはさまざまなものが生み出された。カラフルなコンピューター、円形のマウス、アルマイト加工されたノートパソコンや携帯電話、そして最終的には、今日私たちが知っているApple Watchが発表されたのだ。
All photos, Kasia Milton
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