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パリはこの10年間で、セリカやバルチックを筆頭に、マイクロブランドによる時計製造の世界的な拠点のひとつへと成長してきました。そんなパリで、まだあまり知られていないブランドがその一角を担おうとしています。それがラプス(Laps)です。2015年にアントナン・メルシエ(Antonin Mercier)氏によって設立されたラプスは、木材、タバコの葉、エキゾチックレザー、アーカイブプリントといった型破りな素材を用い、手作業で組み上げたグラフィカルなダイヤルを備えた限定生産の時計によって、その名が知られるようになりました。最新作では、同ブランドを有名にした大胆でデザイン性の高いクォーツ時計から一転、より控えめな、繊細でバランスの取れたスタイルの自動巻き時計へと舵を切りました。
パリといえば、何世紀にもわたって続く老舗ファッションハウスがまず思い浮かびます。だがここ数年、メンズウェアの世界にも身を置いてきた私としては、そうした老舗と肩を並べるように、Husbands、Rubirosa、De Bonne Factureといった独立系の小規模なショップやブランドが次々と登場しているように感じています。そして時計の世界でも、同じような現象が生まれているのではないかと思っています。確固たる地位を築いたブランドを補完するように、バルチックやセリカといった新興ブランドが存在感を高めてきたことが、その好例でしょう。そして新たなアルシュコレクションによって、ラプスもまた、この流れに加わる可能性を秘めていると思うのです。
私にとって、時計において最も重要なのは、常にフォルムと機能のバランスです。どちらかに一方に偏りすぎた時計には、時折戸惑いを覚えます。もちろん、私の好みも振り子のように揺れ動くことはありますが、最終的には中間地点に落ち着きます。ラプスの最新作“アルシュ”は、まさにその中間地点に位置づけられる時計なのです。しかも価格は1000ドル(日本円で約15万7000円)以下。となれば、実物を見ないわけにはいかなかったのです。
アルシュは、ラプスの創業10周年を記念して発表されたモデルであり、ブランド初の自動巻き時計でもあります。新たにステュディオ(Studio)と名付けられたシリーズの第1弾で、2015年の創業以来、ブランドの中核を担ってきたクォーツモデル中心のプリマコレクションとは一線を画す存在です。ラプスはこれまで、控えめなデザインからアヴァンギャルドなものまで、幅広いケースやダイヤルデザインによって独自の評価を築いてきました。これは、近年復活を遂げたデニソンにも通じるアプローチであると言えるでしょう。デニソンは過去のケースデザインを掘り起こし、小ぶりなサイズや幾何学的なフォルム、シャープなラインといった、今再評価されているデザイン言語に着目。最新作アルシュにもまた、1960〜70年代のクッションケースのドレスウォッチを軸にブランドを再始動させたデニソンと同じような発想が息づいていると感じます。
アルシュは同ブランドにとって大きな転換点となるモデルでしょう。本作は、これまでの幅広く多彩なカタログから、より絞り込まれ洗練されたラインナップへと移行することを意味しているように思います。それと同時にプリマコレクションをうまく補完し、ラプスが築いてきたグラフィカルで個性的なダイヤルというイメージをさらに広げ、ブランドの新たな可能性を示す存在とも言えるでしょう。このコレクションはセリエ 01とセリエ 02のふたつのバリエーションがあり、それぞれ2色ずつ展開。どちらも韓国のデザインスタジオ、WGNBが手掛けた建築物のテクスチャー豊かなファサードから着想を得ており、光の当たり方によって表情が変化します。セリエ 01はグリーンとアイボリーのマット仕上げでその質感を表現。一方のセリエ 02はブラックとブルーのエナメルを採用し、光沢のある仕上げによって、セリエ 01とは対照的な奥行きのある表情を生み出しています。
4種類のダイヤルにはいずれも細かなデザインの違いがあるものの、ケースは共通しています。そしてこのケースこそが、この時計の名前の由来となっています。316Lステンレススティール製のケースは37.5mm×9.8mm。その両側には、この時計の特徴であるアーチ型のラグが備わっています。このラグは美しく仕上げられており、ケースと一体でプレス成形されているのではなく、個別に機械加工され、ミドルケースに取り付けられています。こうすることで、ラグの精密な角度と、滑らかな表面仕上げを実現しています。もともとケース径は小ぶりなので、この湾曲したラグには、時計を実際以上に小さく見せる必要はありません。だからこそ、このフォルムは主に美観を追求したものなのでしょう。そしてその造形は、時計全体のデザインとも見事に調和しながらも、さりげないディテールではありますが、装着感の面でも時計をより自然に手首になじませる効果を生んでいます。
ベゼルにも注目しましょう。これは、私の目にはドーム型や段付きではなく、フラットなフォルムに見えます。またこの発想は、WGNBがダイヤルデザインで採り入れた考え方とも共通しています。つまり装飾や立体的な造形に頼るのではなく、仕上げとフォルムそのものに語らせる、フラットな面を採用しているのです。ベゼル自体も、フラットな面にはバーティカルサテン仕上げを、面取り部分にはポリッシュ仕上げを施すことで、美しいコントラストを生みだしています。そのおかげでダイヤルを縁取る輪郭はすっきりとしており、余計な装飾や反射が視線を奪うこともありません。これは控えめなデザイン上の判断ですが、何かをやり損ねたというより、むしろ自信の表れに映ります。その結果、時計の表側全体が、部品を積み重ねたものではなく、ひとつの意図をもって設計された面として感じられるのです。
ダイヤルと針のデザインからは、アールデコを思わせる雰囲気が漂います。もちろん、このデザインに日付表示を組み合わせることに違和感を覚える人もいるだろうし、その意見に一理あると思います。しかしブランド側もその点は十分に検討したはずで、実際、日付表示を4時位置に配置したことで、一般的な3時位置よりもずっと自然にまとまっているように感じられます。とはいえ、私自身は全く気になりません。むしろ、特にダイヤモンド型の日付表示窓とダイヤルの色に合わせた背景の色が、デザインのなかに自然に溶け込んでいるように感じます。
針もまた、その美しさを一層際立たせる重要な要素です。2本の針が描き出す幾何学的なフォルムは、時が進むにつれて変化しますが、それは実に魅力的です。同じく幾何学的なフォルムのインデックスも、ダイヤルから浮くことなく調和しています。特にセリエ 02では、秒針にも同様のこだわりが見て取れます。秒針にもダイヤルの意匠に呼応する面取りが施されており、秒針が動くたびに光が反射し、小さな動きながらも美しい輝きを放っています。これは予想外の小さなディテールでしたが、素晴らしいと感じています。ムーブメントには約42時間のパワーリザーブを備えるミヨタ9015を搭載。ねじ込み式のシースルーバックと5気圧防水を備え、組み立てはすべてパリで行われています。
この価格帯における直接的な競合モデルは、いくつか存在します。なかでも価格面で最もわかりやすい比較対象は、599ドル(日本円で約9万4000円)で、ミヨタ9015を搭載し、日付表示を備えているロリエのアストラでしょう。同じくパリを拠点とするバルチックのHMSも、アールデコ調のセクターダイヤルを採用し、370ドル(日本円で約5万8000円)前後から希少なダイヤルモデルでは1600ドル(日本円で約25万2000円)までと、同様の価格帯で競合しています。ラプスにとって、最も直接的な“地元のライバル”です。それでも、アルシュはこの価格帯で独自のポジションをしっかり築いているように思います。次にパリを訪れる機会があれば、ぜひブティックに立ち寄ってみたいです。
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