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時計市場は階層構造になっている。コレクターたちは、経験的にどれが絶対的に優れているかを見極めるために、人生と銀行口座を捧げているのだ。もちろん、それは不可能なことである。確かに、ある時計は他の時計よりも優れた構造を備え、他の時計よりも優れた外観を持ち、他の時計よりも優れたムーブメントを搭載しているかもしれないが、結局のところ我々は好きなものを買うのだ。もっと現実的に言えば、自分が買えるものを買うのである。
多くの人がパテック フィリップを所有することを夢見ている。しかし、どんなブランドであっても、たとえ高級品であってもエントリーポイントがあることを忘れてはならない。たとえそれが誰にとっても "安い"とは言えないものであっても、何かがメニューのなかで最も安いものでなければならないのだ。私が調べ始めたとき、実はパテックの機械式のエントリーポイントが何なのかイマイチわからなかった。カラトラバだろうか? いや、そうではないのだ。
それが約250万円弱のアクアノートだとようやく気付いたとき、私は愕然とした。しかし、同社の2つのクォーツの選択肢はさておき(その通り、パテック フィリップはまだクォーツ時計を作っている)、これが事実なのだ。これはウェブサイトでも確認することができる。サイト内には、高級時計を小売価格順に並べることができる便利な機能があるのだが、これは二つの意味で面白い。一つは、パテックを買える人は小売価格でソートする必要がないから。そして二つめは、これらの時計を小売価格で買える人はいないということだ。
アクアノート Ref. 5167A-001は、ジェラルド・ジェンタがデザインした名機ノーチラスにその系譜を遡ることができる。アクアノートは1997年に発表されたが、当時は収集のための時計が生まれるような時代ではなかった。70年代のノーチラスにインスパイアされているにもかかわらず、このモデルはまさに90年代のデザイン感覚を備えている。パテックのケースをラバーストラップに取り付けるなんて、他には考えられない。
アクアノートは、パテックのエントリーモデルとして、これまで同社の時計を購入したことのない若い層にアピールするために意図的に作られた。外観や雰囲気は、スポーティさとある種のミリタリーテイストのバランスが取られている。オリジナルの5060Aは、コレクターのあいだでは「グレネード」と呼ばれる文字盤の深い模様が特徴的だった。この模様はケースからストラップにまで及んでおり、パテックはこれをトロピカルと呼ぶ(1970年代のトロピックストラップにちなんだものかもしれない)。
多くの意味で、アクアノートは長いあいだ、アイコニックな兄貴分の影に隠れていた。多くの愛好家は、ウェイティングリストが長すぎてノーチラスを手に入れることができないパテックのバイヤーのためのプランBと考えているようだ。
現在、現行のアクアノート5167Aの小売価格は、248万6000円である(税込、これは夢ではない)。忘れられた貯金箱や古いジャケットのポケットには見つからない金額だ。これがパテックである。知名度と人気の点で唯一のライバルはロレックスであり、王冠そのものだ。パテックといえば高価だとすぐ思い浮かぶと思うが、このエントリーモデルもそれなりのお金が必要だ。とはいえ、シンプルなゴールド製の時刻表示のみの手巻きカラトラバ(282万7000円)やスティール製のノーチラス 5711(401万5000円)、ホワイトゴールド製の5396G(614万9000円)を買うよりは安いだろう。
例えば、あなたがお金を持っていて、パテックのインサイダー・オンリーの世界に入る準備ができているとしよう。さあ、どうするか? もし合理的な資本主義社会の論理的な個人であれば、自分に問いかけるかもしれない。近くのブティックはどこだろう? 勇気を持って店内に入り、時計を選んで自分のものにすることを期待する。しかし、現実の世界では、ショーケースのなかにアクアノートが入っていないという問題に直面するだろう。スティール製のスポーツパテックは希少価値が高い。2019年には、パテックは1年間に6万2000本ほどしか製造しておらず、そのうちスティール製は約20%しかないのだ。
「我々はスティールに焦点を当てすぎたくない」と、ブランドのCEOであるティエリー・スターン氏は2019年にフォーブスに語っている。「スティールは、ビジネスが低迷し、ブランドがより高価な時計を売ることができないときに重要となる金属です」。 言うまでもなく、これはパテック フィリップが抱える問題ではない。スターン氏は、スティールは「我々のビジネスのなかで占める割合は小さく、今後もそれを変えるつもりはない」と付け加えた。そのため、入荷待ちの期間はロレックスの2倍から3倍になることもあるわけだ。しかも、すでに正規販売店とのお付き合いがあることが前提である。そうなのだ。
つまり、アクアノートはパテックの機械式時計のエントリーモデルでありながら、買おうと思ってもなかなか手が出せないということだ。セカンダリーマーケットで見つけることはできるが、そこではもはやエントリーレベルの価格ではない。それどころではないのだ。
議論のために、すべてのお役所仕事をすり抜けることができると仮定して、パテックへのエントリーポイントで得られるものを見てみよう。
まず第一に、文字盤にブランド名が入っていること、これはそれだけでファンタジーだ。5167Aは、90年代後半に作られたオリジナルのデザインを再構築した、アクアノートの最新かつモダンなモデルだ。バーゼルワールド2007で発表された本機は、アクアノートの新しい時代を象徴している。なお、リファレンスナンバー末尾のAはAcierの略で、フランス語でスティールを意味している。
初期のアクアノートのケース径は、36mmまたは38mmだったが、現行モデルは40mm(正確には40.8mm)にサイズアップし、外観においてもいくつか手が加えられている。文字盤のデザインも変更されており、パテックは3の数字を削除して、日付窓と夜光マーカーを中央に配置。ストラップも再設計され、まるで一体化したブレスレットのようにケースに直接取り付けられている。ストラップはラバー製(パテックに言わせればコンポジット製)で、時計は120mの防水機能を備えている。アクアノートと名付けられたのには理由がある。
あの手榴弾のような文字盤もなくなり、刻まれた模様の特徴も和らげられている。今では、手榴弾というよりも地球儀のように見える。文字盤からストラップへのシームレスなパターンもつながったようなデザインではなくなっている。
時計本体はフルステンレス製で、様々な仕上げが施されている。ベゼルは全体的にサテン仕上げで、ケースの他の部分はサテン仕上げと鏡面仕上げの組み合わせだ。文字盤には、アプライドのアラビア数字とペイントされたマーカーを組み合わせ、実用的なフィールドウォッチとしての外観を維持。ケースの外観は、ノーチラスのような舷窓のデザインで、ジェラルド・ジェンタの系譜がはっきりと示されている(実際、この時計がノーチラス コレクションの一部として検討されていた時期もあったのだ)。そして、ケースの厚さはわずか8.1mmと、あり得ないほどの薄さだ。
さて、あなたは自分自身にこう言いたいのではないだろうか「これがエントリーレベルの時計であることは認めたが、スティールとラバーであることに変わりはないじゃないか。この高額な価格設定はどこから来ているのだろう?」。
それは手首に一番近い部分から現れる。ムーブメントだ。自動巻きCal. 324 SCは、アクアノートだけに搭載されているわけではない。本ムーブメントはアクアノートに限らず、パテックの様々なモデルに搭載されておりそれらの価格も上昇している。ノーチラス、カラトラバ、Twenty-4オートマチックなど、このムーブメントはブランドにとって重要なものだ。もちろん、このムーブメントはトランスパレントバックから見ることができ、実際のケースの仕上げがどのようなものかを楽しむことができる。百聞は一見にしかずと言う。それでは、どうぞご覧あれ。
石数は29個、パワーリザーブは45時間で、振動数は4Hzだ。特筆すべきはハック機能がないこと。つまり、時刻を変更するためにリューズを引き出しても、秒針は動き続けるのだ。これは個人的には気になるのだが、私の(想像上の)パテックの楽しみを妨げるものではない。でも、200万円以上するのだから、ハック機能は付いていて欲しいと誰もが思うのではないだろうか。
しかし、このムーブメントは非常に美しく、ロレックスのような実用的な仕上げよりもはるかに高級時計にふさわしいものだ。繰り返しになるが、これがこの2つのブランドの価格差の大きな理由である(ロレックスの入門機は小売価格で税込61万8200円)。
同社は長年にわたってアクアノートのベースとなるモデルを作り続けてきたが、そのなあにはコンプリケーションモデルも含まれている。ジョン・メイヤー氏やキーガン・アレン氏が愛用するトラベルタイムがその一例である。二人ともラバーストラップで着用している。このモデルにはブレスレットもあるが、それにはさらに予算が必要だ。
大物コレクターたちはよりコンプリケーションを搭載したアクアノートを選ぶため、5167Aはスターターウォッチになってしまう。そんなことを言うのは馬鹿げているかもしれないが、これが真実なのだろう。
残念なのは、実際に手に入れることができないこと。私は、時計は自分の目で見て、自分の手で触ってみないと決められないと思っている。しかし、ほとんどの人にはそのような余裕はない。200万円以上の金額を決断するという事実としては、残念なことだ。アクアノートを見て、その魅力がわかった。ノーチラスではなくアクアノートを選ぶか? それは誰にもわからない。ウェイティングリストは心理的におかしなことをもたらす。
これは知的エクササイズのようなものだ。理想的な世界では、すべての時計が入手可能であり、アクアノート 5167Aはパテック フィリップのファミリーに入るための鍵である。200万円以上の高価な鍵だ。しかし、このクレイジーな時計の世界では他のすべてのものと同様に、すべては相対的なものなのだ。
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アクアノートについてもっと知りたいという方は、パテック フィリップ公式サイトへ。