ADVERTISEMENT
※本記事は2015年4月に執筆された本国版の翻訳です。
バーゼルワールド 2015では(ここで見ることができる)多くの新作が発表されたが、パテック フィリップ 5524 カラトラバ・パイロット・トラベルタイムほど熱い議論の対象となった時計は1つも、本当に1つもなかった。これについて少し考えてみよう。パテック フィリップがパイロットウォッチを作ったのだ。この1文だけでは、あなたを混乱させるのに十分ではないなら、ともかく実物を見て欲しい。それは大きくて大胆で、10時と8時のところに巨大なプッシャーがついていて、そのダイヤルはもっとすごく安価な時計のダイヤルのように見える。バーゼルワールドに7年参加してきたが、これほど議論が巻き起こった時計に出会ったのは初めてだったため、この議論をオンラインに持ち込むことにした。これは、バーゼルワールドで私が話した2人の男性の、2つの個人的な意見だ。この2人の男たちは、今まで何百もの時計を見て、所有した経験があり、彼らの意見を私は尊重している。それはWatch-Insider.comのアレクサンダー・リンツ氏と、Timezoneのウィリアム・マッセナ氏だ。
一風変わったものを支持する
バーゼルワールド 2015では、2つの時計が常に議論の対象になっていた。パテック フィリップ 5524 カラトラバ・パイロット・トラベルタイムと、スマートあるいはコネクテッドウォッチだ。後者はすぐさま忘れて、本題に焦点を当てよう。カラトラバを最初に見たとき― これはバーゼルワールドの数週間前のことだった ― が、私は初めは写真を偽物かと思った。
ジュネーブのパテック フィリップ本社からeメールが届き、まだエイプリルフールまで数週間あったので、デマとは考えられなかったのだが、しかし、一体何だったのだろうか? 私はこの日のことを覚えている。スイスで列車に乗っていて、ビエンヌからジュネーブに向かっていた。車窓の風景が過ぎていく中、私には何度も何度もこの5524を見返す時間があった。それはゼニスのタイプ20を思い起こさせたが、私はその時計をだんだん好きになり始めた。いいじゃないか。タイプ20はゼニスのデザインではなかったし、今もそうではない。それは単純に過去のミリタリー風のデザインなのだ。ほとんど全ての有名なスイス時計製造業者が、当時このようなパイロットウォッチを軍のために作っており、今日のブランドの多くが、このような時計を保管していたり、博物館に展示していたりする。ジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムに行けば、きっとその1本を見ることができるだろう。
だから私にとって問題なのは、パテック フィリップがゼニスを真似たかどうかではなかった:今日ゼニスのタイプ20と強く関連づけられるデザインの時計を発表するのは賢かったのか? これについては最終的に私は次の結論に到達した:ゼニスのことなど、そしてゼニスが何をしているかなどどうでもいい!
ティエリー・スターンは単純に見事な美しさをもつ時計、彼のテイストを反映し、彼の見方で2015年のパテック フィリップを表現する時計を発表したのだ。もっと早く発表して欲しかったくらいだ!
– アレクサンダー・リンツ, 著名な時計ジャーナリストティエリー・スターンは単純に見事な美しさをもつ時計、彼のテイストを反映し、彼の見方で2015年のパテック フィリップを表現する時計を発表したのだ。私はそれをもっと早く発表して欲しかったし、彼が他にもこのようなモデルを発表して欲しかったと思っていた。この新しいカラトラバは、現代のパテック フィリップのコレクションに完璧にフィットする。1976年のノーチラスと同様に勇気ある作品で、時が経てば5524や今後同様のモデルもパテック フィリップのコレクションに加えられ、象徴的な時計になるに違いないと確信している。
バーゼルワールド開催期間中に行ったインタビューで、ティエリー・スターンは私に50%の人々は新作の5524を好み、50%の人々は好きではないだろうと話した。そして、彼は「新作のカラトラバ・パイロット・トラベルタイムが好きではないコレクターのほとんどが、それでもこの時計を購入するだろう」と言った。というわけで、気に入らない人々まで買うなら、5524について他にどんな問題があると言えるだろう?
これは別物ではなく、派生的な時計であり、好機を逸している
IWCが第2次世界大戦時にオブザベーションウォッチ(ドイツ語でBeobachtungs-uhren、あるいは一般に“B-Uhr”)と呼ばれていたビッグ・パイロット・ウォッチの大型バージョンを再び発表してから、ゼニス、ラコや他数社がIWCに便乗して、2000年代最初の10年を通してパイロットウォッチを時計愛好家の間で流行らせた。大きくて不恰好な時計のトレンドはその後徐々に収まって、手首の上の不愉快なツナ缶のようなものより控えめで、エレガントでありながら仕事を十分にこなせる時計にとって代わった。しかしながら、バーゼルワールド2015で、パテック フィリップはそのブームの時代を再訪して、自分たちのパイロットウォッチを発表するのに良い頃合と感じだのだろう。パテック フィリップはパイロットウォッチと歴史的には限定的な繋がりしかないにも関わらず、1930年代中盤に作った2つのアワーアングルウォッチのプロトタイプの写真をしきりに宣伝していた。
Ref.5524Gに、他では見られないような新しい点はない。デュアルタイムだが、それは既にアクアノートのRef.5164やゼニスのType 20 GMT(ちなみにこの時計はRef.5524Gに尋常でなく似ている)でも見られたものだ。ムーブメントは優秀なCal.324SC FUS(しかし、31mmという小さめのサイズなので、パワーリザーブは45時間と比較的短い)。ムーブメントが小型なことはパイロットウォッチの今までの特徴と真逆だ。パイロットウォッチが大きくて不恰好なのには理由がある;元々それは十分なパワーリザーブを備える懐中時計のムーブメントを搭載していたからだ。
さらに、パイロットウォッチの最も重要な特徴は正確さだった。航空技術には生死に関わる計算が必要で、歴史的にパイロットウォッチは対気速度、対地速度、距離、燃料消費量とナビゲージョンを計算できる精密機器だったのだ。正確さこそ、現代の時計メーカーが取り組んでいない最も困難な課題だ。
パテック フィリップは、この歴史的文脈を読み取って、ポルシェのSUVに乗っている連中だけでなく、より大きくて、高級なムーブメントを搭載したパイロットウォッチを求める時計マニアにとっても魅力ある時計を作ることだってできたはずだが、これは違う。
– ウィリアム・マッセナ, 時計収集家パテック フィリップは、この歴史的文脈を読み取って、ポルシェのSUVに乗っている連中だけでなく、より大きくて、高級なムーブメントを搭載したパイロットウォッチを求める時計マニアにとっても魅力ある時計を作ることだってできたはずだ。 パテック フィリップは、このパイロットウォッチに、現在懐中時計のRef.973に使っている17 リーニュのCal.1-17'''を搭載して、より高いクロノメーターとしての精度にムーブメントを調整することも難しくなかったはずだ。
代わりに、我々の元には、ブルーのダイヤル、たった30m防水、片側にデュアルタイムの時計の針を合わせるための2つの大きなプッシャーをもち、そして月の終わりに日付を合わせるのにプッシュピンが必要という、5万ドル(562万円・税抜)の、特徴のないパイロットウォッチが残された。パテック フィリップはバーゼルワールドという教室で最も優秀な生徒と期待されているが、その生徒が既に他の生徒が作ったことのある時計をデザインして、特にその値段で売るならば、以前のものよりもより興味深く、より優れたものでなければならない。しかし、これに関して、この時計は無惨に失敗している。
素晴らしいアイデア、下手な出来栄え、もう少し時間を与えてみよう
アレクサンダーの書いた上記のコラムを読んだときは笑ってしまった。なぜなら、パテック フィリップから5524に関する情報と写真が送られてきたとき、私も冗談だと思ったからだ。実際、私は「これは冗談ですよね?」と返信した。本当にそう思ったのだ。確かに、私はアメリカのパテックの広報担当と仲が良いので、冗談だったとしてもおかしくなかったのだ。しかし、そうではなかった。
5524Gのプレス写真しか見ていない状態では、このトラベルタイム・パイロット“カラトラバ”(これをカラトラバと呼ぶとはけしからん…)は忌まわしいものだと確信していた。我々が知っている現代のパテック フィリップは終わったのだと。そして、私は実際にこの時計を見てみた。
実物としては、5524は悪くなかった。それでもひどく変わっていて、よく言ってたとしても細部は怪しげだったが、予想は上回った。この時計のデザインには気に入らないところがたくさんあるが、腕に着けてみるとある程度の存在感がある。アレクサンダーとの会話の中で彼は、この時計をオックスフォードシャツとバブアーのジャケットを着て、週末に身に着けることは想像がつくし、それは全く問題ないと言っていた。そしてデザインは私だったら全くこうはしなかっただろうが、やはりパテック フィリップらしく、質が高い。ウィリアムでさえ、TimeZoneのリポートで「この時計からはハイエンドの質感が染み出している」と書き記していた。
品質もいいし、コンセプトの証明もできている。もし誰かが数ヵ月前、私に5524の写真を見せないで、パテックが1930年代のアワーアングルウォッチに基づいたカジュアルなパイロットウォッチを作る予定だと聞いたら、非常にワクワクしただろう。他の人たちだってそうだと思う。 Talking Watchesのエピソードでジョン・メイヤーも言ってた通り、素晴らしい時計は“金持ち野郎のライフスタイル”に合っている必要はなく、これは本当に、贅沢な雰囲気を捨てた初めてのパテックの時計といえる。それ自体は素晴らしいことだ。
よくないのはプッシャーの大きさ、そして、それがケースから離れた位置にセットされていることだ。そして上記でウィリアムも言及していたこのキャリバーは優れた堅牢性を備えるものの、42mmのケースにはとても小さく、そして旅行中に着ける時計なのに、日付を合わせるのにプッシュピンが必要なことだ。それにこの時計がホワイトゴールドである必要があったのかどうかわ分からない。実際、スティール製の方がより効果的だったと思うし、パテックがそれに4万7300ドル(562万円。現在の日本での税抜価格)という同じ値段をつけても誰も何も言わなかっただろう。
結局のところ、5524Gについての私の最大の不満は、他のブランドの他の時計に似ているということでなく、パテック フィリップのパイロットウォッチに全く似ていないことだ。パテックはこのような時計を作ってきた歴史を全くもっていない。彼らが歴史的に作ってきたのは下のような時計である:
これらの時計は実に紛れもなく素晴らしいもので、現代にヒット作を作り出す確実な方法があるとすれば、過去を振り返ることだ。例えば、絶対的に完全な今日の5370は、直接過去から引っ張ってきたものだ。パテックははこれまで何度もこのようなことをしてきたが、今回の時計について、パテックは過去をよく見るのではなく、ただちょっと目をやっただけに思えるのが残念だ。
5524は本当に、贅沢な雰囲気を捨てた初めてのパテック時計といえる。それ自体は素晴らしいことだ。
– ベンジャミン・クライマー, HODINKEEファウンダーだが、分かっているだろうか? 5524はきっと圧倒的なヒット作になるだろう。実際、バーゼルワールドでも、パテックの関係者は小売業者からの注文に関する電話やメッセージの多さについて話していた。彼らが作った5524は全て売り切れるだろう。だから私のようなマニアや、アレクサンダー、ウィリアムがなんと言おうと、パテックは今まで175年間そうしてきたように、独自の道を貫くだろう。それどころか、10年後にこの時計が現代の最も収集価値のある時計として話題になっていても驚かない。ともかく待ってみるしかない。
ウィリアム・マッセナの記事をもっと読みたい方はTimezoneへ。アレクサンダー・リンツの記事をもっと読みたい方はThe Watch Insideへ。
パテック フィリップ 5524Gについての詳細を知りたい方はこちらへ。