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僕が単なる時計好きから時計愛好家になった時期は、いわゆる“マイクロブランド”の黎明期と偶然にも一致している。この呼称が問題視されるほど、その後数年で市場は大きく進化したが、これらのワンマンオペレーションは、よりコストのかからない世界的な時計製造へのアクセスと、従来の小売店での時計販売の世界を覆すインターネットを活用したD2C(消費者への直接販売)モデルを時計販売の世界にもたらした。
最初に断っておくが、“マイクロブランド”という言葉は、ここで取り上げた多くのブランドが好んで使うものではない。僕がこの記事のために話を聞いたほぼすべての人が、この用語に嫌悪感を示し、オンラインで活動する小規模な時計ブランドに対する包括的な用語として機能していることから、質の高い生産者が詐欺師や一攫千金のスキームと一緒くたにされていると感じている。僕はこの意見に全面的に同意するものの(僕も常に“ブロガー”という言葉を嫌っている)、これらのブランドと一緒に生まれたより良い言葉が見つからない(ウィキペディアでもそうだ)。ちなみに、この記事の主要な回答者はすべて高品質な製品と愛好家向けの考え方をもっているという理由で選ばれている。しかし、話は変わる。
初期のころは、時にWatchUSeekの野心的なスレッドから生まれたように、これらの小さな事業はゆっくりと動いており、時計愛好家のためだけでなく、より広い時計ファンのなかでも小さくニッチなグループのためにデザインされた時計を生産していた。インターネットにとって新しいアイデアではなかったが、これは時計にとってはまったく新しい出来事であり、多くの人が初期のタイムファクターのドレッドノートやオーシャン7のLM-1のようなフォーマットの初期の例を覚えていることだろう。わずか10年の間に、いくつかのブランドが豊富な知識をもつ疑いの余地のない人々を対象とした時計を作ったことに始まったこの動きは、一夜での成功を期待する無数のブランドがあらゆるインターネットプラットフォームを活用して、巨大な市場へと発展していった。
ここ数年のマイクロブランドの変化について、ハリオスのジェイソン・リム氏は次のように語っている。
「大まかに言って、2つの市場がより発展していると感じています。1つめは、既存の時計愛好家で、ロレックスやオメガなどの有名ブランドを集めている人たちが、バリュープライスのマイクロブランドを購入することに前向きになっていることです。そして第2に“コレクター”であると認識していない、または時計に特別な関心をもっていることを認めていない新しい時計愛好家です(彼らのなかには、現在流行っているため、時計を調べ始めた人も含まれるかもしれません)」
同様に、レイヴンウォッチ(旧ベナラス)のスティーブ・ラフリン氏も次のように付け加える。
「ここ数年、新しいマイクロブランドが登場し、低価格で時計を提供するというブームが起きています。そのなかには、オマージュデザインや、ブランドの背後にいる人物に関する情報が曖昧なままウェブサイトを立ち上げている会社も少なくありません。マイクロブランドブームのなか、大手ブランドのなかにも、ウェブサイトからの直接販売を行うなどの変化が見られ、パソコンやスマートフォンから高額な時計を購入する人が多くいることがわかります」
この10数年の間に多くのブランドが生まれては消えていった(僕が初めてオーシャン7のLM-2について書いたのは2007年)が、草の根のマイクロブランド市場は、古株のプレーヤーや若者、そしてその中間の人たちがいるほど長く続いている。
先にも触れたが、消費者に時計を届ける上でこれらマイクロブランドがどのように機能しているのかを基本的に理解することが重要だと思う。従来の時計の販売においては、メーカーが時計を設計・製造し、たとえダイヤルに“Swiss Made”と表示されていても、世界中の部品を使用することが多い。メーカーは時計の価格を決定し、それが小売店に伝えられる。小売店はマークアップ(コストと利益率をカバーする)を加え、これらの合計がその時計の小売り価格となる。マイクロブランドの場合は、基本的に小売店のマークアップを省き、時計をデザインして作り、世界的な(多くは中国だが、それだけではない)小規模生産での試行錯誤を経て、最終的に実際の時計をシリーズ化している。そして、その時計はブランドのウェブサイトを通じて、一般販売または予約販売の形で消費者に直接販売される。このようなコンセプトはほかのディープなマニア向け商品にも見られ、通販カタログの時代に相当するものである。
僕が長年追いかけてきたほとんどの企業では、このプロセス全体を一人の人間が管理している場合が多い。デザインから製造ルートの確保、マーケティング、販売、品質管理、フルフィルメント(受注から配送までの一連の業務)、出荷、カスタマーサービス、アフターサービスまで、一人の人間がハンドルを握っているのだ。しかし、オーシャン7、バシィ、ハリオス、ベナラスなどのブランドは特定のモデルが有効であることを証明すると、市場は拡大し、進化していった。2000年代末にインターネットが普及すると、マイクロブランドの時計も、電子決済、ソーシャルメディア、デジタルフォトへの継続的なアクセス、そして愛好家たちの記事の拡散などを利用して発展してきた。当初の顧客数は少なかったが生産量も少なかったため、規模の拡大を必要としなければ、50人の熱心な顧客のために50本の時計を作ることができた(今でもできる)。
拡大に伴い、市場は進化と衰退の両方を経験した。精通したブランドは、プロセスの各段階でより良い最終製品のためにノウハウを用いて、メーカーや価格帯のスイートスポットを見つけ始めた。形成期ではあったが、いくつかのブランドは雑音のなかから立ち上がり、自分たちが売っているものを買いたいと思ってくれる安定した、時には発展途上の顧客を見つけることができた。アウトドローモのブラッドリー・プライス氏は「この市場で“時計のピーク”はいつ訪れるのだろうかと考えることがあります」と語る。「一方で、時計への関心はますます高まっています……。それと同時に顧客層が拡散して、あまり情熱的ではない顧客たちが増えているのではないかとも考えています」
最近の傾向として、ブランドの爆発的な増加が挙げられる。これはKickstarterのようなプラットフォームに関連していることは間違いないが、最近の時計熱の高まりとFacebookやInstagramのようなプラットフォームでの拡散も影響している。この世界では、フォーラムは依然として重要な役割を果たしているが、マーケティングとコミュニケーションの部分は、ほとんどがソーシャルメディアと愛好家による記事に移行している。比較的新しいブランドであるウニマティックのジョヴァンニ・モーロ氏は、ソーシャルメディアの重要性について次のように述べている。「私たちのような小さな会社が、広告予算ゼロで、自分たちの製品を多くの人に伝え、見せることができる時代に生きているということは、とても幸運なことです。これは大きな可能性であり、数年前までは考えられませんでした」
今日、マイクロブランドの市場は計り知れないほど大きくなっている。それは、次の革新的なラグジュアリーデザインを携えた未知のブランドが突如として乱立しているからだ。自身でGoogle検索してみて欲しい。また、あなたが売る側の立場であれば、競合他社とのDM交換をしてみて欲しい。僕がこの記事を書こうと思ったのは、この分野の多くの優れたブランドに長年魅了され、愛用してきたからだけではなく、この分野はすべてが同じではないということを強調したかったからだ。最近この分野に参入してきた企業の多くは低価格競争に邁進し、本来の理念を無視し、本来のフォーマットとは反するように見える。
確かに、マイクロブランドの市場では、従来の小売店による時計販売環境を覆そうとしていたが、成功の鍵は時計への情熱と直接結びついていたところにある。僕の定量的な意見ではないが、最近のソーシャルメディアやクラウドファンディングを利用したブランドの多くは、次のダニエル・ウェリントンを目指しているというよりも、次のハリオスやレイブンを目指していると言った方がいいかもしれない。ブラッドリー・プライス氏は、僕へのメールのなかで次のように語っている。
「Kickstarterの人気は、新しいブランドの爆発的増加を引き起こしました。そのなかには質の高いものも希にありますが、ほとんどは明らかに質の低いものです。残念ながら、Kickstarterは品質や信頼性よりも目新しさや安さを求める傾向があり、その結果、一部の時計購入者の間ではマイクロブランドが一括りにされてしまうという副次的な被害が出ています。つまり、事態はより複雑になっています。私たちは、“マイクロブランド”から完全に脱却できるほど大きくはありませんが、同時に評判や地位、実績をもつ確立された名前でもあるのです」
僕は基本的に中傷や陰口を言わないようにしているので、この話は全般について簡潔に説明しておく。ここだけの話、カジュアルで魂のこもっていない製品、特にマニア向けの製品に僕は愛着がない。ほかでは真似できない情熱的な人々によって作られた、マニア的で詳細に考え抜かれたものが好きで、そして読者の皆さんもそうだと思っている。人生はつまらないものには短すぎるし、長続きしないものには長すぎる。
では、マイクロブランドの世界における次なる展開とは何か? 次のステージはあるのだろうか? フェーラーのポール・スウェーテナム氏に尋ねてみると、「マイクロブランドでは、ソーシャルメディアや直接販売によって、大規模なブランドとの競争が多少なりとも平準化されているようです。マイクロブランドが次のステージに進むためには、立体的な存在であることが不可欠です。これこそが、現代の優れたブランドを構築するものだと考えています。卓越したデジタルサービスの提供、魅力的な製品、そして自分自身が関わる活動や探求心。この3つが同じペースで発展しなければ、マイクロブランドを超えて進化することは非常に難しいと思います」と答える。
顧客が実際に増えているのであれば、初心者がブランドの無限の海のなかで真の時計愛好家を見極めるのは非常に難しいのではないだろう。もしあなたがこの世界に入ったばかりなら、フォーラムに参加したり、レビューを読んだり、ブランドのタイムラインを作ってみたりして欲しい。そして、その成功が思い入れのあるマニアックな製品というよりも、ブランディングやウェブデザインの結果であったとしても驚かないで欲しい。良いニュースがあるとしたら、Worn & WoundのWind-Up Watch Fairのような実店舗での体験に加え、愛好家向けのメディアが継続的に成長していることで、マニア向けブランドへのアクセスがかつてないほど良くなっていることだ。
マイクロブランドの形成期に購入したお気に入りの時計を振り返ってみると(僕にとってもマイクロブランド市場にとっても)、時間の経過とともに製品の品質が繰り返し向上していること、そしていくつかのブランドが戦いを乗り越えて生産環境を次のレベルに引き上げていることの両方が印象的だった。確かにマイクロブランドという呼び名は終わったものかもしれないが、この市場の継続的な成長は、明らかに旧態依然とした時計業界が、新しい成功の秘訣をまだ習得する能力があることを示唆している。