先に断っておくが、次に述べることは私の偏見だ。私はブランパンに不甲斐なさを強く感じている。1980年代後半におきた機械式時計産業復興への貢献に対し、十分な評価を得ているとは思えないからだ。
私は最近、HODINKEE Pre-Ownedで2000年代初期のレマン ウルトラスリムを購入し、その確信を新たにした。4ヵ月経った今でもこの新しい時計に夢中だが、正直言って、レマンが私のコレクションに入る最初のブランパンになるとは思ってもみなかった。なぜなら、多くのコレクターと同様、私がブランパンから最も強烈に連想するのは、ダイバーズウォッチであるフィフティ ファゾムスだったからだ。
30年前なら、この発言はクレイジーだと思われたことだろう。1992年当時の時計コレクターは、フィフティ ファゾムスのヴィンテージモデルしか知らなかったのだ。1950から60年代の全盛期を経て1970年代のある時期に生産終了したフィフティ ファゾムスが、長い沈黙を破りブランパンのカタログの定番として復活したのは、2007年と最近のことだからだ。
1953年に発表されたオリジナルのフィフティ ファゾムスのデザインと技術的基盤は、現在プロフェッショナルダイビングに適した時計を規定するISO 6425規格の基礎を築いたが、フィフティ ファゾムス コレクション自体は数十年間ほとんど休眠状態にあった。しかし、2007年以降、ブランパンは失われた時間を取り戻してきた。現在のフィフティ ファゾムス ウォッチのセレクションは、その歴史のなかで最も多様で入手しやすいものとなっている。
私はそれでいいと思っている。そして、フィフティ ファゾムスは、ダイバーズウォッチというカテゴリーを私が理解する上で、常にひとつの到達点を示してきた(つまり、ミルサブに熱狂するコレクターとは対照的に、私はモイスチャー・インジケーターについて語る人間なのだ)。
しかし、新しいフィフティ ファゾムスのカッコよさを理解するには、しばらくの時間を要した。このモデルは、忘れ去られたバチスカーフの正確な復刻版ではなく、フィフティ ファゾムスファミリーのサブラインであり、もちろんHODINKEEチームとのコラボレーションモデルでもない。しかし、このモデルはすでに順調な航海を続けているフィフティ ファゾムスが、さらなる高みを目指すための軌道を修正しているかのように思えた。
未来のフィフティ ファゾムス
フィフティ ファゾムス バチスカーフは、元々主流だったフィフティ ファゾムスの、より若くスリムな(そして恐らくよりセクシーな)兄弟機である。スイスの物理学者で探検家のオーギュスト・ピカールが発明した深海潜水艇にちなんで名付けられたオリジナルのダイバーズウォッチ“バチスカーフ”は、1956年にプロフェッショナル用のフィフティファゾムスを補完する民生用モデルとして発表された。このモデルは、娯楽としてのダイビング市場をターゲットにした小径モデルだった。
2007年に正式にフィフティ ファゾムスの量産が再開されたあとも、ブランパンはコレクションの拡充を続けた。6年後の2013年、初代フィフティ ファゾムスの誕生60周年を記念して、ブランパンはフィフティ ファゾムスのまったく新しい量産シリーズ、フィフティ ファゾムス バチスカーフを発表。このシリーズは、オリジナルのバチスカーフの核となるコンセプトはそのままに、直径を小さくしてより手に取りやすい価格帯とし、技術的な熟練度やプロフェッショナルな仕様を損なうことなく両立したのだった。
バチスカーフの特徴である直径43mm×厚み13.45mmのケース形状を活かし、ブランパンはグレード23のチタン製ケースと、縦方向にサテン仕上げを施したスマートなグレーダイヤルを新世代のモデルに用いて、ダイバーズウォッチの再定義を行った。
グレーなのはダイヤルだけではない。針とアワーマーカーに配されたオフホワイトのスーパールミノバと秒針の先端をレッドに配色した以外は、時計全体がグレーのモノクロームで統一されている(私が一般的にフェイクの経年変化“フォティーナ”と呼んでいるものよりも明るい色調だ)。ケースは、ダイヤルのアンスラサイトの色合いに比べてやや濃いグレーの色調で、完全にマットな装飾が施されているのが特徴。搭載される自動巻きCal.1315も同じようにソフトなサテン仕上げの光沢を放ち、ブリッジにはソレイユ(サンドブラスト)仕上げ、さらにガンメタルトーンのゴールド無垢製ローターを採用。ダイヤル側に目を向けると、デイト表示の下地もグレーで統一されている。
グレーが素晴らしいことは認めよう‐ただ、さらにケース素材にも注目してみたい。チタンという選択は、ブランパンファンにとって楽しいものだ。現行モデルのバチスカーフが生産開始された初年度に、43mm径のセラミックコーティングされたチタンモデル、Ref. 5000-12C30-NABAが、38mmと43mmのオリジナルステンレススティールモデルと同時にデビューを飾ったのは、いわば内輪ネタのようなものだったのかもしれない。バチスカーフの21世紀最初の復刻モデルとして登場したが、短期間しか生産されなかったため、コレクターの手に渡ったのはごくわずかだった。その結果、このモデルは21世紀のブランパンのなかで最も人気が高く、収集性も高い時計のひとつとなっている。
新しいケースはチタン製だが、私たちが時計製造に期待する従来のグレード5チタンではない。その代わりに、ブランパンは最新モデルのバチスカーフに“グレード23チタン”を採用したのだ。
一体グレード23チタンとは何なのか?
僭越ながら地金学者顔負けの解説をさせてもらおう。
というのは冗談で、実際にジャックに聞いてみたところ、サスティナブルな金属とプラスチック製造の業界の牽引役であるEOS社から、さまざまなチタン合金に関する情報満載のパンフレットを親切にも譲ってもらった。
グレード23チタン(Ti6Al4VELI)は、グレード5チタン(Ti6Al4V)をより高純度に進化させたもので、グレード5チタンの優れた特性をさらに向上させたものだ。グレード23チタンは、グレード5と比較して酸素と鉄の使用量が少なく、低密度でクラス最高の耐食性を備えるなど、優れた機械的特性を備えている。これは、水深300mの海水圧と深海のあらゆる状況に対応しなければならない時計ケースにとって、非常に重要なことなのだ。
グレード23のチタンは生体適合性にも優れているため、医療用や歯科用としてもベンチマーク素材として扱われている。人工関節(およびその他の医療用インプラント)から外科用メスに至るまで、あらゆる場所で見られるのだ。
グレード5チタンは、最も一般的に使用されているチタン合金である。実際、今日世界中で使用されているチタンの半数はグレード5であると報告する文献が散見されるほどで、時計製造においても、グレード2に加え、圧倒的によく使われているチタン合金である。先週、オメガが発表した新モデル、プラネットオーシャン ウルトラディープにもグレード5のチタンが採用されている。
機能的柔軟性
バチスカーフ チタンモデルのリリースは、ブランパンにとって、フィフティ ファゾムスのダイバーズウォッチ市場でのポールポジションを確固たるものとする手段だ。このコレクションは、他のダイバーズウォッチとは一線を画すものであり、同時にブランパンの技術時計メーカーとして第一級のステータスを示すものでもある(量産型の新エアコマンドにもグレード23チタンが採用されている)。さらに、フィフティ ファゾムス シリーズにはチタンとの長い歴史があり、2013年に発表されたセラミックチタンよりもずっと前の1960年代初頭、ブランパンがアメリカ海軍掃海艇隊員向けにケース一部にチタンを使用したMIL-SPEC II モデルの製作を依頼されたときにまで遡る。
今日、ブランパンはスウォッチグループの巨大な製造能力の恩恵を受けている。例えば、このフィフティ ファゾムス バチスカーフのグレード23チタン製ケースは、スイス ジュラ州の小都市、デレモンに拠点を置くスウォッチグループのシモン・エ・メンブレ社が製造を担っている。一方、ブランパンのムーブメントは、1980年代後半にフレデリック・ピゲ(現マニュファクチュール ブランパン社)と初めて提携して以来、ブランパンが培ってきたノウハウをもとに、すべて自社製造されている。
新しいバチスカーフに搭載されているムーブメントは、おなじみの顔である。自動巻きCal.1315は、フィフティ ファゾムス コレクションが量産を再開したのと同じ2007年に、新しいフラッグシップ自動巻きムーブメントとして発表された。オート・オルロジュリー(haute horlogerie)級のディテールと仕上げ、そしてフィフティ ファゾムスのツールウォッチとしてのバックグラウンドに恩恵をもたらす機能を兼ね備えている。私にとってこのムーブメントの最も印象的な点のひとつは、直列配列されたみっつの(!)香箱による120時間(5日間)のパワーリザーブだ。ブランパンは早くからシリコン技術を採用しており、Cal.1315のヒゲゼンマイにはこのハイテク素材が使われている。シリコン製ヒゲゼンマイを使用することで、耐衝撃性の向上や耐磁性強化など、さまざまな利点が得られるのだ。
最後に挙げたこの要素は、初代モデルが軟鉄製ケースシールドを採用したフィフティ ファゾムスの要となるものだ。なぜなら、シリコン製ヒゲゼンマイは磁気の影響を受けないためブランパンはサファイアクリスタル製ケースバックを採用。Cal.1315を眺めることが可能とした。Cal.1315のフリースプリング式テンプもグリュシデュール製で、ネジ型もしくはスワンネック緩急針がないのも特徴だ。その代わり、テンプには4つの四角いゴールドの調整偏心スクリューがセットされている。これらのスクリューは衝撃を緩和し、速度の安定性を向上させるのに役立つ。
Cal.1315の仕上げは、控えめで洗練されたものだ。装飾は大げさではなく、ブランパンの血統書を示すもので、非常にクラシカルな雰囲気を漂わせている。最も重要な要素は、ブリッジのソレイユ(サンバースト)仕上げと、ベベル(斜面)の精緻なアングラージュ(面取り)だ。これらの要素により、Cal.1315はブランパンのマニュファクチュールとしての地位にふさわしい一定のプレステージ性を備えながらも、フィフティ ファゾムスのツールウォッチとしての出自を裏切ることはないのである。フィフティ ファゾムの価格帯では、貴金属製ローターの搭載はもちろん、同等の仕上げレベルと機能性を備えた時計は、非常に稀である。
例えばローターは18Kゴールド製で、プラチナ合金であるNACでコーティングされ、ツールウォッチにふさわしい控えめな装飾が施されている。また、ローターには摩擦を軽減するためのセラミック製ベアリングを採用し、高い効率を実現している。
オン・ザ・リスト
新しいバチスカーフ チタンモデルは、直径43mmと大型な部類に入る。しかし、重量は84.055g(ストラップを含む)と非常に軽量だ。時刻は常に見やすくて時計をつけているのを忘れることはないが、軽量性のためにデスクでも水深300mにいても快適さを保ってくれる。今回ブランパンから貸し出されたサンプルウォッチには、ガンメタルグレーのグレード23チタン製ピンバックルを備えたナイロン製NATOストラップが装着されていた。
ナイロンストラップは、ダイバーズウォッチとしてふさわしいものだが、ブランパンは、グレード23チタン製の新しい3連リンクブレスレットも用意している(セイルキャンバス地のストラップオプションもあり)。このブレスレットを実際に見たわけではないが、トリプルフォールディング式クラスプとねじ込み式リンクを備えた、フィフティ ファゾムス本流のコレクションに見られるブレスレットと同様のデザインと構造になっているようだ。
バチスカーフの43mmを試着したことがある人なら、この新しいグレード23に革命的な驚きはないだろう。過去、その軽さに衝撃を受けたことのある人ならば、であれば。私は、現行のバチスカーフにリューズガードがないことを一貫して高く評価している。この時計がインスピレーションを得た1950年代半ばの時代にふさわしいだけでなく、Cal.1315のリューズ操作や手巻きがしやすいからだ。私はこれまで、スムーズでシームレスに巻き上げられない現代のブランパンの時計見たことはないが、それは新しいバチスカーフでもまったく変わらない。
ブランパンは過去10年以上、ダイバーズウォッチに専念してきたように感じられる。このカテゴリーにおけるブランパンの歴史に異論を挟む人はいないし、ダイバーズウォッチをこよなく愛する熱狂的なファンも存在する。しかし、私のように過去10年以内に時計に熱中し始めた人は、ダイバーズウォッチばかりに目が行き、ブランパンの歴史、ムーブメント、ケースなどの全体像を見逃してしまうことがあるだろう。
チタン製バチスカーフを完全に理解するために、部分的な要素と全体をと分けて考える必要があると思うのはそのためだ。これは単なるチタン製のダイバーズウォッチではない。
最先端の金属加工技術とハイエンドな時計製造への伝統的なアプローチをミックスし、ダイバーズウォッチのあるべき姿の基準に最適化された時計なのだ。
ブランパン フィフティ ファゾムス バチスカーフ チタン 43mm、Ref.5000 1210 G52A(セイルキャンバスストラップ)、Ref.5000 1210 98S(グレード23チタンブレスレット)、Ref.5000 1210 NAGA(ナイロンNATOスタイルストラップ):ケース径43mm、厚み13.45mm、重量84.055g(ナイロンストラップを装着した場合)。300m防水。自動巻きCal.1315。35石、直径30.6mm、厚さ5.65mm、2万8800振動/時(4Hz)、パワーリザーブ120時間、シリコン製ヒゲゼンマイ、フリースプリング式グルシデュールテンプ。価格:135万3000円(セイルキャンバスストラップ)、135万3000円(ナイロンNATO)、166万1000円(チタンブレスレット) すべて税込価格。
photos:ティファニー・ウェイド(Tiffany Wade)
ブランパン フィフティ ファゾムス バチスカーフ 43mm チタンは、HODINKEE Shopでお求めいただけます。
詳しくはブランパンの公式Webサイトまで。