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カルティエが今年発表したリリースのハイライトは、意表をついたコンプリケーションであるマス ミステリユーズ、そしてこのタンク シノワーズだろう。前者についてはジャック・フォースターによる詳細なハンズオン記事があるため説明を譲るとして、個人的にも気になる特殊な形状のタンクである本機について掘り下げてみたい。
今回、Watches & Wonders会期中にカルティエ本社マーケティング責任者であるアルノー・カレズ氏にインタビューする機会も得たため、どういう戦略のもと、いかなるプロセスを経てシノワーズが再びリリースされたのかを率直に聞いてみたため、そちらもお楽しみに。
まず、基本的なことのおさらい。カルティエ プリヴェから登場したタンク シノワーズは、ケース全長がオリジナルよりも長いデザインに改められ、現行のタンクと比較するとXLケースよりも少し大きいくらいのサイズになった。そして、この時計のひと目でわかる最大の特徴としては、ケース上下に配された枠がある。このディテールについては1922年のオリジナルに範を取って別体構造となっており、それゆえにポリッシュで美しく仕上げられている。ケース前面と側面に施されたサテン加工とのコントラストは魅力的で、全体的にポリッシュだったオリジナルとは大きく異なる印象だ。まずはこのサイズ感、そしてサイズを変えることに伴うムーブメントの戦略について聞いた。
関口 優(以下、関口)
タンクはオーセンティックなサイズ感で維持されてきたが、タンク シノワーズのように、少し大きくなったモデルのデザイン的意図はどのようなものでしょうか?
アルノー・カレズ氏(以下、アルノー氏)
タンクはカルティエにおける最古のコレクションのひとつであり、アイコンです。1917年に、ユニバーサルとダイバーシティというふたつの側面を包摂して誕生して以来、多くのスタイルを生み出してきました。その歴史の流れは脈々と続いており、1922年のタンク シノワーズは初代誕生からわずか5年後に生まれたもの。マルチプルデザイン、という言葉が最も当てはまると思いますが、タンクは洗練されたものであると同時に、性別を問わずすべての世代に愛される時計なのです。
タンク マストやタンク ルイ カルティエ、タンク フランセーズなどは、その後に進化した多様性の証。ラインナップの拡充はもとより、タンクのダイバーシティに新たな章を加えました。
シノワーズのデザインには、シェイプやフォルムへのメゾンのこだわりが強く現れています。過去のシノワーズから直接的にインスパイアされていながら、当時のモデルはダイヤルがより凝縮されていた意匠でした。今回の新作にはかなりモダンな解釈が加えられており、これはカルティエの哲学です。伝統あるヒストリカルデザインに忠実でありながら、現代的な変化が必ずそこにあるのです。1922年に初めて登場したシノワーズも、オリジナルのタンクに忠実でありながら当時のモダンな解釈が加えられたものなのですから。
関口
タンク シノワーズのスケルトンモデルに搭載されるムーブメントは、既存のタンクよりも大きなサイズ。このムーブメントは今回限りの展開ではなく、こうしたサイズのタンクが他にも登場する予定がありますか?
アルノー氏
タンク シノワーズのスケルトンに搭載されるCal.9627 MCは、現在この時計専用で製造されています。もちろん、クローズドダイヤルのシノワーズに搭載されるCal.430 MCのように、いずれ他の時計へと横展開されていく可能性はあります。しかしながら、現在このスケルトンムーブメントはエクスクルーシブです。外側からは構造がわかりにくいミステリアスな見た目で、このように作り上げるのは本当に困難でした。
カルティエの時計製造は、すべてがデザインからスタートします。もちろん、技術面での挑戦も日常的に行われていますが、必ずデザインが先に立ちます。デザインに基づいて、ムーブメントや外装面でのディテールの開発がスタートするのです。
技術的なアップデートは、現在ではカルティエケアのサービスによく現れてると言えます。現在では最長8年間の保証を提供していますが、これを推し進めた過去2年間、大変成功しました。カルティエの時計は業界全体でも返品率が非常に低い水準なのですが、フリーのケアプログラムはユーザーの皆さんの満足度を高める、人気のカギとなっています。本当にたくさんのお客様が登録してくださっており、我々が直接対応することができる状況になっています。
さて、クローズドダイヤルのシノワーズは、まるでカルティエが発表したまったく新しい時計のように感じる。オリジンのあるリバイバルモデルが持つ特有のクラシック感というか、懐かしい雰囲気がまるでないのだ。この時計がそこまでモダンに写る理由は、ケースの素材にトーンが合わせられたダイヤルにあると思う。僕が実物を見たのは、18KYGと18KPGで、前者はイエロー、後者はより濃いトーンのグレーで別の色味が用いられていた。大まかには白系統の色と言えるが、細かいトーンの調整をするあたり、さすがカルティエ プリヴェである。通常コレクションのタンクではここまでの手は入っていない。
関口
現在は80年代のレ マスト ドゥ カルティエにフォーカスしていますが、ヘリテージを研究することとムーブメントや装飾技術の開発は、どちらに比重を置いていますか?
アルノー氏
これは難しい質問で、簡単にどちらと言えるものではありません。というのも、カルティエの戦略には大きなみっつの柱があり、常にシンプルだからです。それは、「アイコンの活用」「コノサーとの対話」「時計業界でのユニークなポジション」であり、この手法をいかに継続するかです。
本日お話したタンクはもちろんですが、カルティエのアイコンは非常に重要な伝統です。「生けるヘリテージ」とも言うべき輝かしい時計たちが歴史に刻まれており、ヘリテージの研究をすることはその歴史を引き継いでいくことと同義だと考えています。
こうした時計たちを我々が誰のために生み出しているか、ですが、それは世界中のコノサーたちのためです。そこにはコンプリケーションや、今年発表したマス ミステリユーズのような時計も含まれます。どのような時計を彼らが身につけたいと思っているのか、対話を通して時計のシェイプを研究していくのです。
このようなアプローチは、時計業界ではとても珍しいものだと思います。カルティエは「Watchmaker of Shape」を自認していて、様々な形状の時計を作り出してきた、この世界で最もクリエイティブなウォッチメーカーなのです。1847年に誕生したジュエラーが今なお存在し、そのうえで時計を作っているという事実が、カルティエのウォッチメイキングに対する姿勢を決定付けていると思います。
関口
「Watchmaker of Shape」という言葉は、まさにカルティエを表していますね。そういう意味では、今年はタンク シノワーズの他にも、マス ミステリユーズやクッサン ドゥ カルティエなど、ユニークな時計がたくさん発表されました。これらもやはりデザインから創造されたのですか?
アルノー氏
もちろんそうです。ホワイトゴールドのネットで成型したケースを持つクッサンは、ある意味テクノロジーやイノベーションの結晶と言えます。ただし、それはすでに芸術作品としての領域に達したと捉えています。一方で、ミステリユーズは10年にわたる技術開発、チャレンジの末に生まれた時計。ローターのなかにムーブメントのパーツを配して、それ自体を動かすというミステリユーズのアイデアはイノベーションが不可欠でした。イノベーションもまた、カルティエのDNAでありますが、我々はイノベーションのためのイノベーションを起こすことはありません。もちろん、それが時計に価値をもたらすことはありますが、デザインに妥協があってはならないのです。
ヘリテージ研究と技術開発のどちらに比重が置かれているか、という質問のお答えとしては、そのどちらというわけではないとなります。例えば、昨年発表したタンク マスト ソーラービート™がそうであったように、これまでのタンクと並べても見分けがつかないほどにアイコニックなデザインを優先するのがカルティエ。それを達成するために、手段として研究や開発を行っているわけです。
カルティエはタンク シノワーズのリバイバルにあたりしっかりとデザインをモダンに昇華させた。アルノー氏の言葉どおり、まさにWatchmaker of Shapeである。タンクを愛した偉人には、“時間を知るためにタンクをつけているのではない”と言い放ったアンディ・ウォーホルのような人物もいるわけだし、この時計をつけたなら例えば時間表示が見づらいことなど些細な話なのだと僕も思う。カルティエの作品はクラッシュやタンク アシメトリック、ペブルなど、そもそも時計としての一般的なデザイン言語などどこ吹く風、というものが多くあり、エスプリの効いたシェイプを楽しむ人のためのものである。均質化されたものから羽ばたきたいと願う人は安心して欲しい。カルティエはいつも僕らの想像を超えてくれるはずだ。
カルティエ プリヴェ「タンク シノワーズ 」39.5mm×29.2mm×6.09mm。YG、PGモデルが353万7600円、プラチナモデルが398万6400円(すべて税込)、共に世界限定150本。
スペックなど商品詳細については「Introducing カルティエ プリヴェ 「タンクシノワーズ」 1920年代のクラシックがよみがえる」へ。
その他、詳細はカルティエ公式サイトへ。