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腕時計は日常生活でほとんど必要とされないことを考えると、多くの(おそらくほとんどの)時計ブランドにとって、現代においてコンテクスト(腕時計を使い続ける環境)を作り出して維持することができれば成功したも同然である。時計は確かに機能を備えているが、それが提供するサービスは、世のなかの他のデバイスやテクノロジー(HODINKEEのようなサイトを閲覧するためのものも含む)によって完全に飽和してしまっているのである。このように、時計という概念を現代の購入者に理解してもらうためには、コンテクストが最も重要な要件となる。現代の購入者は、時計が提供する本来の機能を必要としていない可能性が高く、感情に訴えかける必要があるのだ。装飾的な観葉植物からスーパーカー、Hi-Fiステレオ、チョコレートミルク、そして腕時計ですらそのほとんどは、僕たちを幸せにするために存在しているのである。
現代的なコンテクストを持つ時計としてもっとも成功しているのは、おそらく地味なダイバーズウォッチのカテゴリだろう。この場合、最新のダイバーズウォッチは、時計を必要としない世界の重みを担わなければならないだけでなく、1)ダイバーズウォッチを持っている人が実際にダイビングをすることは少ない、2)ダイビングをしたとしてもダイバーズウォッチの基本機能はダイブコンピュータの出現に取って代わられた、といった、より特殊で階層化されたコンテクストで生き残らなければならない。純粋な時計への熱意がなければ、ダイバーズウォッチはナットのないボルトであり、今日の数学では解けない数式の一要素でしかないのである。要するに、非常に美しく決定的に面白いボルトを作成する必要があるのだ。
ロレックスやオメガのようなブランドはこの点で優れており、時計についてまったく知らない人々のあいだでも広く普及している。ドクサのようなあまり知られていない、よりインサイダー的な製品の場合、そのコンテクストを確立するのは難しい。もっとも一般的な方法は、古い時計のコンテクストを応用して新しいモデルを作成することだろう。過去10年のあいだ、時計デザインの最大のトレンドは間違いなく「ニューヴィンテージ」デザインだった。これは成功したが、失敗もあった。その一方で、多くのブランド、特に独自の現代的なコンテクストを見つけるのに苦労しているブランドは、アニーミア(注:知らない時代や場所へ感じる郷愁)というコンセプトに依存してきた。ここで時計は、過去から関連性のあるレガシーを引き継ぎ、ノスタルジアという甘いバラ色の魅力に頼って、その過去の重要性をより現代的なコンテクストに移植しようとするのだ。
ドクサはその近代的な歴史のなかで、上記の戦術をさまざまに用いてきたが、2017年に、魅力的なサブ 300の50周年記念モデルを限定発売して話題になった。それは1967年に発売されたオリジナルのサブ 300をほぼそのまま再現したもので、古さを感じさせるように作られた新しい時計であった。僕はふたつ所有しており、限りなく魅力的な時計である。しかも、ここで紹介するサブ 300は、似ているようでいて大きく異なっている。ドクサはサブ 300 カーボン アクアラング USダイバーズで、その常識を覆した。新しい時計を古い時計らしく作るのではなく、古い時計を真新しい時計として作り上げたのである。
サブ 300 カーボンは、サブ 300の50周年記念モデルと同じオリジナルデザインを採用し、50年以上前のデザインを鍛造カーボンとチタンで再現している。サイズは1967年のモデル同様、直径42.5mm、ラグ幅44.5mm、厚さ13.4mmで、アウターケース、ベゼル、ダイヤルはすべて鍛造カーボン製である。「アウターケース」と言ったのは、一般的な鍛造カーボンウォッチでは、ムーブメントや裏蓋、リューズを固定するために金属製のインナーケースが使われているからである。このモデルでは、インナーケースと裏蓋にチタンを使用している。鍛造カーボンの主な利点は、スティールよりもかなり軽いことである。ドクサは、総重量(フィットするようにカットするラバーストラップと、ブラックDLCスティール製のプッシュボタンと、延長クラスプを含む)を87gと発表している。ちなみに、ストラップなしのサブ 300 カーボンの重量は45gであり、スティールケースのサブ 300 50周年モデル(比較的どっしりしており、重量74g)より40%軽くなっている。
サブ 300 カーボンが発売されたときに僕が最初に紹介した記事でも取り上げたが、そのカーボンケースに収められているムーブメントは、COSCの認証を受けたETA 2824-2である。2824は基本的に、シボレースモールブロックのようなムーブメントだ。派手ではないが、非常に信頼性が高く、ドクサに(このように派手なものにも)よく似合う。
ケースとベゼルについては、鍛造カーボンはカーボンファイバーと似ているが、カーボンシートを使用して最終的な形状を作るのではない。鍛造カーボンは、繊維をペースト状にしたものを樹脂と混ぜ合わせ、圧縮して所定の形状に仕上げたものである。鍛造カーボンは、カーボンファイバーと同様、軽くて丈夫なので、さまざまな形状を作ることができる。そのため、自動車の外板にはカーボンファイバーが使われるが、鍛造カーボンは、ラミネート加工されたシートを使えないような部品に使うことができるのだ。ランボルギーニのウラカン ペルフォルマンテ スパイダーなどの車で、車内の通気孔から巨大なスポイラー(下記の写真参照)などの車体の各部にいたるまで、あらゆる部分に使われているのを見たことがある。ランボルギーニはこの加工法を 「フォージドコンポジット(鍛造複合材)」と呼んでいるが、基本的には同じコンセプトで、最小限の重量、エキゾチックな外観、柔軟な加工性などの理由から使用されている。
このサブ 300 カーボンの仕上がりがエキゾチックであることは間違いない。ドクサのファンとして、この時計を箱から取り出して腕にはめるのは奇妙な体験だった。その形とサイズは、僕や僕の手首に馴染みがあるものなのに、その出来栄えはシャープでモダンであり、僕が予想していたよりもずっと特別な感じがしたのである。こんなことを言うと馬鹿げているように聞こえるかもしれないが、コンテクストを探っていくと、リシャール・ミルや、これまで何年にもわたって試着させてもらったロイヤル オークのハイエンドモデルばかりが思い出された。その鮮やかな色彩、おもちゃのように軽い手触り、そして昔ながらのフォルムに包まれるような感覚だ。
同様に、ヴィンテージの形状をカーボンで再現するというアナクロニズムも、オーデマ ピゲがロイヤル オークを従来とは異なる素材で再現したのと似ている。ロイヤル オークとサブ 300はまったく異なる時計だが、そのデザインのベースが生まれたのはたった5年の差だ。オーデマ ピゲは、ロイヤル オークをセラミックで製造し、そしてロイヤル オーク オフショアを鍛造カーボンで製造した。はっきりさせておくと、サブ 300 カーボンは鍛造カーボンの効果を除けば、ロイヤル オークやリシャール・ミルとほとんど共通点がない。これがドクサであることに変わりはないが、手首の存在感が大きく異なる。
個人的には付属のラバーストラップはあまり好きではないが(とにかく僕の手首には大きすぎた)、ケース、ねじこみ式リューズ、ベゼルはすべて非常に美しく仕上げられている。ベゼルは、鍛造カーボン構造に由来する最小限の遊びと特別なクリック感のある動作で、タイトで機械的な感じがする。さらに、僕が使っているスティール製のサブ 300(ちょうどいいのだが、少しぐらつきがあり、ときに不安定である)に比べて、リューズがかなりしっかりしていると感じた。カーボンは、エッジがくっきりとしたマットな仕上がりで、素材の質感、色、色調の面で限りないコントラストを生み出している。僕の目には、まさに幻想的な時計に見える。
ラバーストラップをさらに明るいグレーのNATOストラップに交換すると、このドクサの大胆な黄色は目立たなくなる(また時計に視線を落とすまでは)。ベゼルの黄色のアクセント、鮮やかな黄色の分針 (ブランド初である) 、US ダイバーズのロゴに使われるやや温かみのある黄色(詳しくはこちら)など、デザインはさまざまだが、ドクサとしては違和感がない。ドクサ以上の色使いをしているブランドはないと僕は思うし、シャークハンターの文字盤(ブラックダイヤルの代名詞といえる)で初めて黄色のハイライトが入っているのも素晴らしいと思う。ドクサの長所のひとつは、遊び心と風変わりな魅力だ。カーボンを使うことで、このドクサからツールウォッチっぽさがなくなり、それがこの遊び心を増幅させているのだ。
サブ 300 カーボンを身につけていた一週間ほどのあいだに、僕はこの文字盤が一番好きになった。US ダイバーズのロゴはなくてもいいが、カーボン製文字盤の多彩な色調のプレートによって、通常の黒い文字盤にはない外観になっている。比較的小さなポイントに思えるかもしれないが、カーボン製の文字盤が大きな違いを生んでおり、下記のシーランブラー(シルバー)やプロフェッショナル(オレンジ)と比較するとその差は歴然である。パッケージ全体として、そしてドクサのダイバーズウォッチというニッチな分野で見ると、僕のスティール製のサブ 300の代わりにはならないが、カーボン製のシャークハンターが僕のコレクションのドクサ三部作を完成させてくれることを望んでやまない。とはいえ、インターネットの空白地帯に勧める商品として、いくつか注意点がある。
まず、鍛造カーボンがどれだけ長持ちするかがわからないこと。確かに丈夫で軽いが、腕時計ケースに使用した場合にどのように酷使されるのか、あるいは単なる消耗品に過ぎないのか、具体的なイメージが湧かないのである。このために僕がこの時計の購入を思いとどまるわけではないが(購入できるものならば)、スティールの時計と同じように扱うのはやめておくかもしれない(面白いことに、これは僕が多くのセラミックの時計について感じていることでもある)。
もうひとつ注意すべき点は、この腕時計について多くの人が最初に指摘するであろうことだが、サブ 300 カーボンはドクサで見慣れているものよりもはるかに高いということ。実際、一見すると非常に高価で、4790ドル(約60万円)というのは、それ以前に発売されたスティール限定モデルのほぼ倍の価格である。このカーボンエディションは、これまでの多くのサブ 300 Limited Edition(LE)と同様、300本限定である。この時計は、少数の人々を驚かせつつ、もっと多くの人々にドクサブランドに注目してもらうことを意図しているのだと思うが、これは演出というよりも、すでにドクサを知っている人々に販売するにあたって、彼らが望むものを妥当な値段で販売したケースだと思う。また、鍛造カーボンのダイビングウォッチに特化した場合、この価格帯では比較するものがまったくないことも特筆すべき点である。この価格帯では、テンペスト、ディートリッヒ、マーグレッティ、タグ・ホイヤー、ビクトリノックスなどのブランドがこの素材に手を出しているが、このドクサのようなパッケージを提供しているブランドはない。サブ 300 カーボンは一般的なドクサよりも確かに高価だが、その価格に見合うだけの価値があるのだ。
もっと競争力のあるダイバーズウォッチが5000ドル(約63万円)前後であるのだろうか。もちろんである。チューダーのブラックベイやペラゴス、オメガのシーマスター 300M、ブレモンのS300やS500、オリス、グランドセイコー、ブライトリングなど、さまざまな選択肢が考えられる。非常に多くの素晴らしい選択肢があり、競争も激しいため、多くの場合、どれを選ぶかは個人の好みに左右される。サブ 300 カーボンは、この価格帯で思いつく現代のダイバーズウォッチのなかで、僕のベスト3に入る(おそらく、青のチューダー ペラゴスや、信じられないほど素晴らしいのに無視されがちなオリスのレギュレーターウォッチマイスター タウハーに匹敵する) 。 現時点では、ドクサが最も特別に感じられるので、僕はそれを選びたい。このケースのつけ心地も、カーボンの外観も、そして他のサブと並んでいる姿も気に入っている。腕時計が欲しいという以上の理由で腕時計を必要としない世界で、ドクサは僕に語りかけ、このカーボンLEは親しみやすさと高揚感の両方を感じさせてくれるのだ。万人向けかどうかと言えば、決してそうではない。さらに、この魅力がアピールする層はやや狭いと理解しているので、このサブ 300はドクサの新しい経営陣のもとでブランドの方向性を示すものではなく、ドクサの奇異な存在であって欲しいと願っている。この限定モデルは間違いなくクールだと思うが、ドクサの核心は、もともとジャック・クストーのような人たちを魅了したファンキーで昔ながらのダイバーズウォッチの領域に残っていて欲しい。
限定版のダイバーズウォッチについて、僕は購入して自分のものにする余裕がないのに語りすぎたかもしれないが、ドクサ サブ 300 カーボン アクアラング US ダイバーズを身につけることができたのは本当に嬉しかった。この時計を身につけることはとても楽しいことで、史上最高のダイバーズウォッチのデザインを大胆にアレンジしたものを体験する機会は、僕を幸せな気持ちにさせてくれた。「ニューヴィンテージ」 ウォッチデザインという安全策から一転して、サブ 300はカーボンで生まれ変わった。軽量で装着しやすくなり、そして、ダイビングとダイバーズウォッチの黄金時代から長く愛され続けてきたフォルムを、なんともユニークにアレンジしたのである。
ドクサ サブ 300 カーボン アクアラング US ダイバーズは、ケースが42.5mmの鍛造カーボン製、内部構造とケースバックはチタン製。300m防水で、ねじこみ式リューズ、カーボンベゼル、サファイアクリスタルを装備し、COSCの認証を受けたETA2824を採用している。小売価格は4790ドル(約60万円)。詳細は、こちらから。