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Auctions カルティエ ロンドンのマキシ ロンドが、ロンドンにて売りに出される

この丸みを帯びたクラシカルな時計は、カルティエ ロンドンによるただの退屈なモデルか? それとも、カルティエ クラッシュに湧く愛好家に向けられたエレガントな鎮静剤か?

ロンドンを拠点とするオークションハウス、ウォッチズ・オブ・ナイツブリッジが、非常に希少な18Kイエローゴールドのカルティエ ロンドン マキシ ロンドを出品する。

 いま、カルティエのニッチなアーカイブにまつわる話題がホットだ。ヴィンテージ カルティエのオークション相場が上昇しているのは、ソーシャルメディア上の盛り上がりや、カルティエのやや過激な(しかし間違いなく成功している)マーケティング戦略、セレブリティの起用によるところが大きいだろう。そして言うまでもなく、2022年のペブルや昨年のタンク ノルマルのように本格的なコレクター向けのヴィンテージ復刻も改めて注目を浴びている。企業戦略とオーガニックなマーケティングが絡み合い、どこからが本物のブームなのか、最近はよく分からなくなっているようにも思う。ここ数年、セレブリティや大物コレクターがこの時計メーカーを崇拝するようになったことで、カルティエがそのスタイルを取り戻しつつあるのは確かだろう。

Cartier London Maxi Ronde

 一方でベン・クライマーは、「クラッシュは、いまやありふれたものになった」と淡々と主張している。彼が言いたいのは、セレブリティや大金持ちが天文学的な価格の入手困難な(ヴィンテージ)時計や、(現行品でも)注文が困難な時計を身につけている姿があちこちに氾濫しているということだろう。まあ、彼がロンドン クラッシュを例外的なものとしてカウントしていることは付け加えておこう。しかしクラッシュ的なシェイプは飽和状態に達している。コレクターの領分をはるかに超えて、時代の潮流になりつつあるのだ。一部の人間には耐え難いことかもしれないことかもしれないが、私もそうだ!

 突然、誰もがクラッシュとは何かを理解し、メゾンのその他のヒット商品についても少しずつ知られるところとなった。カルティエのクラッシュがトリクルダウン効果(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなるとする経済理論)を発揮していることは、最近のオークション結果を見れば明らかだ。昨シーズン、ジュネーブのクリスティーズではクッサン「バンブー」が5万スイスフラン(当時のレートで約840万円)で、カルティエ ロンドンの「ダイス」が13万8600スイスフラン(当時のレートで約2330万円)で落札された。これらのモデルは、事前の見積額を大幅に上回って着地している。そして、今週末のジュネーブ・オークションにも注目すべきだろう。同オークションに出品される特別なカルティエ ロンドンのマキシ ロンドの見積額は4万〜9万英ポンド(日本円で約775万6000〜1745万円)に設定されている。また、レディースサイズのバンブーも同時に出品されており、そちらに興味があれば見積額は6000~1万2000英ポンド(日本円で約116万〜233万円)となっている。

Cartier vintage watches

左:70年代のカルティエ クッサン「バンブー」。右: 1972年のカルティエ ロンドン「ダイス」。

 カルティエ ロンドンは一般的に、極めて実験的なイメージが強い。1965年から1973年までパリとニューヨークはカルティエの直営ではなかったが、ジャン=ジャック・カルティエ(Jean-Jacques Cartier)とカルティエ ロンドンのデザイナーであるルパート・エマーソン(Rupert Emmerson)の才能と野心が結集し、デカゴナル、オクタゴナル、マキシ オーバル、マキシ ロンド、ペブル、ロザンジュ、ツインストラップなど風変わりでエキセントリックなモデルが次々に生み出された。

 カルティエ ロンドンの最後の年である1972年に製作されたこのマキシ ロンドは、イエローゴールド製としては現時点で2本目、ロンドン製のマキシ ロンドとしては全4本のうちの1本となっている(ホワイトゴールド製は2本存在する)。ジャガー・ルクルト製の手巻きキャリバー(P838)を搭載し、ケース径は35.2mmで厚さ6.55mm。ケースバックにはジャック・カルティエを意味する“JC”の刻印と1972年製であることを示すロンドンのホールマーク、そしてカルティエ ロンドン独自のストックナンバー“1334”が刻印されている。

Cartier London Maxi Ronde caseback
Cartier London Maxi Ronde hallmarks

 マキシ ロンドは、カルティエ ロンドンが設立したライト&デイヴィス(W&D)の工房で製造されている。 これは戦後の贅沢税により、カルティエ パリ製の人気モデルのロンドンへの輸入が禁止されたことをうけての対応である。W&Dでは主に、カルティエ ロンドンが販売する腕時計を製作していた。1950年ごろ彼らはタンク ノルマルやその他おなじみのモデルを製造しており、ボンドストリートのブティックでカルティエ ロンドンを象徴するようなケースデザインの時計を販売するようになったのは1965年から66年にかけてのことだった。

Cartier London Maxi Ronde on wrist

 マキシ ロンドはロンドン カルティエのほかのモデルほど難解ではなく、外観だけを見ればやや控えめな印象だ。「タンク以外のロンドン カルティエがマーケットに受け入れられるかどうかは、非常に興味深いところです」と語るのは、The Keystoneの創設者であり、オンラインオークションプラットフォーム Loupe Thisの共同創設者でもあるジャスティン・グルーエンバーグ(Justin Gruenberg)氏だ。「私にとっては、写真で見るよりも実際に手首の乗せたほうがよく見える、素晴らしい時計です」。グルーエンバーグ氏が購入した最初のカルティエ ロンドンのひとつである1970年製のロンドン デカゴンを、最近私も試着してみた。私たちはふたりとも、この時計がある種の不格好な美しさを有し、グルーエンバーグ氏が私に教えてくれたように“Jolie Laide(フランス語で、美人ではないが愛嬌のある女性)”であることに賛同した。マキシ ロンドとは正反対の、トレンドを感じさせるルックだ。

 これはきっと、見た目の美しさではなく、希少性について語るべき時計なのだろう。華やかさにはいささか欠けるマキシ ロンドの生産数はごくわずかで、「このロンドンウォッチが“ハンドメイド”で製造されていたという事実を物語っている」と、HODINKEE専属のカルティエ研究家であるトニー・トレイナは説明する(私がSlackで彼に意見を求めたあと)。「よく考えてみると、“退屈な”丸型のカルティエというのはヴィンテージカタログのなかでも比較的珍しく(そうそう、ロンドのことね)、その事実だけでもおもしろい。それに古いジャガー・ルクルトのムーブメントはいつ巻き上げても素晴らしいものだね」。トレイナに対して、これはクラッシュのブームに対する非常にまっとうな鎮静剤かもしれないと冗談を言った私に、彼は「確かに“ああ、クラッシュやその他もろもろも楽しかったけど、60年代はもう終わったんだ。ラウンドウォッチに戻ろう”って感じだね」と返した。

Cartier London Maxi Ronde

 次に何が起こるかは誰にもわからないが、カルティエ熱はすぐに冷める気配はない。 それはブランドがポップカルチャーに長きにわたり与え続けてきた影響の証明である。それこそ王侯貴族から、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)、タイラー・ザ・クリエイター(Tyler the Creator)までだ。時計界のマニアたちはカルティエの人気はピークに達したと言うだろう。だが、このハイプが一風変わったルックスから来るものなのか、それとも希少性が需要を生むというもっと予測しやすいシナリオに帰結するものなのかは、興味深いところである。

ウォッチズ・オブ・ナイツブリッジのModern, Vintage & Military Timepiecesは、日本時間の6月1日20時に公開されます。