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オークションで大きな結果が出るたびに、ついついそれが全体のトレンドや市場の方向性を示していると思いがちになってしまう。しかしなかには美しい時計や希少なものもあり、素晴らしい1本として成立しているだけの場合もある。私が先週見た、オリジナルのヴァシュロン&コンスタンタン “アメリカン” 1921(ヴァシュロンは20世紀半ばに社名から&/アンパサンド を取っている)がそれに該当し、その後Heritage Auctionにて8万7500ドル(日本円で約1222万円)で落札された。
ヴァシュロンはこの時計を12本しか製造しておらず、1919年に生産を開始し、1931年までにすべての時計を納品した。同オークションはカタログのなかで、これをヴァシュロンに送付して証明鑑定書を発行したと記載している。このモデルは1919年製でありファーストシリーズと呼ばれる初期のもの。夜光を盛ったアラビア数字インデックスにカテドラル針、そして右側へとずれた文字盤を備えている。ヴァシュロンは1921年にセカンドシリーズの生産を開始したが、そちらは左側へとずれていて、インデックスにはブレゲ数字が使われている(これは現代のヒストリーク・アメリカン 1921のインスピレーションのもととなったものだ)。
どちらのシリーズも特別な依頼を受けて、アメリカ市場向けに製作されたものだ。2011年にオリジナルを見たとき、最初の納品は著名な聖職者でキリスト教ラジオのパイオニアであるS・パークス・キャッドマン(S. Parkes Cadman)牧師だったと記事内で説明している。
このヘリテージのアメリカン 1921は、1919年にニューヨークに納品。アメリカの宝石商であるJ.E.コールドウェル社が製作したすらっとした印象の42mm×32mmの金無垢ケースに、従来は10時位置だったところ、12時位置からリューズが突き出ている。コンディションは良好で、オリジナルのエナメル文字盤にわずかなクラックがあるのみ。ラジウムの夜光部分もそのまま残っている。ラグは細いが、モダンなアメリカン 1921のようにもう少し重厚感のあるデザインでもよかったかもしれないと感じた。これは状態にも表れており、ある時点で底部のラグが再度溶接されたようである。ヴァシュロンによって追加されたと思われる薄いメッシュのゴールドブレスレットは、1921年のアール・デコの雰囲気にピッタリだ。なお最近では、夜光が付いたダイヤルを持つ1921のいくつかが、オークションに出品されているようだ。2017年に約4万4000ドル(当時の相場で493万5000円)で販売されたものと、2019年に2万5095ドル(当時の相場で273万5000円)で販売されたことがある。この結果はHeritage Auctionの、2万ドルから4万ドルという見積もりを大きく上回る結果となった。
それだけではなく、つけていて楽しい時計であり、ヴィンテージのドレスウォッチとしては最適なサイズである(少なくとも私にとっては)。ほかのどの時計とも比べることができないほど珍しい。これは大きな褒め言葉だ。100年以上の歴史があり、その起源である狂騒の20年代を誇ったものだが、それでもデザインは完全にモダンだと感じる。これらのドライバーズウォッチは、ひとたびコツを掴めば驚くほど直感的に時間を読み取れる。時刻を確認するたびに腕を回す必要はほとんどない。まあつまり、ハンドルに手をかけていないときに限るのだが。
モダンでミドルサイズのアメリカン 1921は、ヴァシュロンのカタログのなかでも私のお気に入りの時計のひとつだが、真にオリジナルに勝るものはない。希少性とコンディションのよさを考えればこの1921が高額で販売されたことは驚くべきことではないが、最終結果には少しだけ引いてしまった。ドレスウォッチや金無垢、特徴的なシェイプケース、そしてヴィンテージのヴァシュロンがあまりにも過小評価されていることについて、私のような男性たちが黙っていないこと(今はそうではないかもしれないが)など、この時計がマッチする可能性のあるトレンドをいくつか挙げるのは簡単だ。
しかしこのようなオークション結果は、単なる1度の結果に過ぎない場合もある。これはおそらくヴィンテージウォッチにおいて何よりもコンディションを重視するという一般的な傾向に傾いているということを除いて、大きなトレンドを示すものではない。春のジュネーブオークションを取材したあと、私はそれらを統括した“ジュネーブシーズンの10のトレンドと収穫”というような記事を書く衝動にかられた。神様は私たちが以前にもやったことがあることを知っている。私もやったことがあるしね。ネオヴィンテージやロレックス、ピアジェのストーンダイヤル、ジュエリーウォッチ、あるいは単に“ヴィンテージの再来”などについて書くことができただろう。
でもずっと気になることがあった。今はあらゆるものがトレンドになっているか、はたまた少なくともトレンドになろうとしているか、またあるいは誰かがそうさせようとしているかのように感じるのだ。
そしてすべてがトレンドであると感じたとき、なんだかトレンドなんてすべて関係ないような気がしてくるのだ。膨大な情報とデータがあり、その伝えたい3つの点を結ぶことができそうだ。オークションを例にとってみよう。もしいくつかの(ここやここにあるような)ネオヴィンテージヴァシュロンが桁の多い数字で売られているのを見たら、それは90年のヴァシュロンが次に来る大きなものになるということを意味するのだろうか? 数日のうちに1000本の時計が販売したことで、ユーザーが望むほぼすべての傾向をリバースエンジニアリング(製品を分解・分析して、製造方法や設計、構造を明らかにすること)するのに、十分な情報とデータがあったということだ。
しかし、このアメリカン 1921のような希少な時計のように、それだけで成り立っていることもある。あまりにも珍しくてトレンドや市場などを示すものになりえない。あくまでも、そのよさを楽しむべき時計だと思うのだ。トレンドを超越した時計だ。100年前につくられた当時も、そして現在もカッコいいものなのだ。
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