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POINT/COUNTERPOINT サマータイムは喜びであり、祝福でもある

確かに1日や2日は眠いかもしれないが、そんな些細な不都合は見事に帳尻が合うものだ。

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今日はホディンキーで最も頑なに自説を曲げない2人の編集者が、永遠の議論の的であるサマータイムについて最新企画Point/Counterpointで取り上げる。このエッセイではコール・ペニントン(Cole Pennington)が、黄昏時の群青色の空にホタルの光が映える晩夏の夜の長く物憂い官能が、春に時計を進める時と秋に時計を遅らせる時の不便を補って余りあると感じる理由を説明する。こちらの記事ではジャック・フォスター(Jack Forster)が、時計の時間を変えるのは、一見無害に見えるものの、死を歓迎して自分の近くに誘う行為だと主張している。Point/Counterpointで、コールとジャックの意見の詳細をご覧あれ。

Beer and watch

私が伝えたい夏の夜をわかってもらえるだろう。こんな感じだ。

自分にとって最も長かった夏の夜、その光が永遠に消えないと思えたあの瞬間を思い返してみよう。あなたは誰かの家の裏庭に座って、ホタルの光が隣の生い茂った草原を照らすのを眺めながら、友人たちと6缶パックのきりっとしたラガービールを飲み干した夜かもしれない。それとも街にいて、デート相手と家路をたどり(もちろん遠回りをして)、通りや公園をうめる人々を観察しつつ微笑んだあのときかもしれない…みんなが幸福そうに見えるから。これはサマータイムの夏のことだ。こういったどこまでも続くロマンチックな夏の夜のイメージは、あながち過去を美化するノスタルジーに包まれているとはいえない。あなたは実際に幸福だったのだ。日光を浴びることで、脳ではより多くのセロトニンが放出される。それをできるだけ多くしたいとは思わないだろうか。

 サマータイムは祝福である。1年中標準時間で過ごすなら、太陽は遅くても午後7時27分には沈む。現在のところ(サマータイムを採用していないハワイとアリゾナを除くアメリカのどこでも)、我々は遅い日没と、それによるビタミンDの増加を享受しているのだ。

sunset

夏には夕暮れ時がとても長く続き、それはとても、とても気分がいい。

 もちろん、冬には日が短くなるという残念な点はあるが、冬は何しろあらゆることが最悪だ。昼間が1時間短くなったところで、私はほとんど気付かないだろう。冬を乗り切る唯一の方法は、ひたすら耐え忍び続けることであり、冬に適した趣味を見つけて、過ぎ去るのを待つしかない。私は冬の1時間を、もっと有効に使える夏の時間のために喜んで犠牲に捧げよう。

Fishing at sunset

魚たちは黄昏時によく食い付くので、その時間が長くなるのは意味のあることなのでは?

 サマータイム廃止についての議論におけるジャックの立場は、事実と数字に基づいたものだ。それは賢明な主張であり、彼はいつものように説得力のある記事を書いた。

 私の主張は純粋に感情的なものだ。

 この時期にはいつもサマータイムの採用と時計の時間を変える習慣について非難する話が飛び交い、その大部分は睡眠リズムが台無しになり、スケジュールがまるっきりガタガタになるという意見に基づいたものだ。確かにそのとおり。ほんの何日かのあいだは。だから何だっていうんだ?

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 サマータイムは本当のところ、1時間の睡眠を得たり失ったりする1年のうちの2日間についての問題ではない(また、たった1時間の睡眠のことで躍起になるような余裕がない人々は考えものだ)。1年のうちの8ヵ月間にそれが生み出すあらゆる機会についての問題なのだ。サマータイムによって我々は、利用できる日光を十分に活用するためのハイレベルな時間管理策を効果的に開発してきた。社会におけるほかの分野でそのような効率性の追求を擁護するとしたら、それは素晴らしいはずではないだろうか。

cars at sunset

こちらは真夏のある日の遅くにニューヨーク州のモンティチェロ・モータークラブで撮影したもの。A Week On The Wrist 「オメガ スピードマスター レーシング マスタークロノメーター」の撮影をしたのと同じ場所。私は黄昏時にトラックを走るのが好きだ。

 ジャックは「サマータイムは人を殺す」という前置きで始まるある記事に言及している。そのなかで著者は、「春に時計を進めるとき」の後の月曜に心臓発作が急増するという主張に基づいて、サマータイムを強く非難している。この記事では、「心臓発作・脳卒中・致命的な自動車事故はすべてサマータイムの開始時付近に急増する」という主張がなされている。皆さんには、私の愛すべき同僚によるたった一つのデータポイントにまつわる近視眼的でセンセーショナルな脅威の誇張に屈することなく、もっと視野を広げて大局的に物事を見てみてほしい。我々は1日だけ苦労するかもしれないが、サマータイムが実施される8ヵ月のあいだには交通関連の大きなメリットがある。照明をつけない時間には道路上の歩行者や他の車、障害物がずっと見分けやすい。これはいたって常識的なことだ。人々が夜間より日中に運転したほうがいいと言うのには明白な理由がある。

grilling steaks in the summer

確かに冬のバーベキューでステーキを焼くこともできるが、夏の方がずっと似合う。

 サマータイムのあいだに犯罪が減少するという証拠もあるが、これはそんなに単純な話ではない。犯罪が問題になるときには、大抵何かしらの意図が絡んでいる。私のこの場における意図はただひとつ、夏に楽しんでいる追加の日中の時間を絶対に奪われないようにすることだ。私はほぼ赤道上で暮らして6年間を過ごしたが、そこでは日の長さにほんのわずかな変化しかなく、私が最も恋しく思ったもののひとつは、長い夏の夜だった。

 Lenというグループが、唯一のヒットとなった1999年の曲「Steal My Sunshine」のなかで最もよく言い表していると思う。

… I know it's done for me
if you steal my sunshine

(…それは私のためだって分かってる
あなたが私の太陽を盗むなら)

– "Steal my sunshine," Len, 1999

 そんなわけで、どうか私の太陽を盗まないでほしい。

 近頃アリゾナでは新たな移住者がかなり多くなっていると聞いている。1年を通して標準時間で過ごしたいという人は、どうぞご自由にアリゾナへ。しかし、そうでない我々にはサマータイムの喜びを享受させてほしい。

Hero Image: Andy Gottschalk