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本稿は2020年10月に執筆された本国版の翻訳です。
人間とはおもしろいものである(これはありふれた意見だが、2020年においては例年以上に適切であるように思われる)。このことは、人生において大きな、そしてより解決不可能な問題に直面して、取るに足らないことを心配する人間の性質に現れている。時計の世界では長年にわたって、クォーツウォッチに対する機械式時計の優位性のひとつとして一部で次のような主張がなされてきた。それは、核爆発で発生する電磁パルスによってクォーツウォッチが“焼きついてしまう”ということだ。「ああ、確かにクォーツのほうが正確だよ。でも、いいかい? 核戦争が起きたらどうなると思う?」。ドラマチックな演出のために間を置いて、それから「君のクォーツウォッチは壊れてしまうんだ。ああ友よ、壊れてしまうんだよ」。ここで行われている想像とは、爆発によって発生する電磁パルス(EMP)は、集積回路に依存するあらゆるものを不能にするのに十分なエネルギーを有しており、この障害は永久的に続くというものである。私自身も長年、この主張を人に話す楽しみを満喫してきた。しかしついに、それが果たして本当なのか調べてみることにしたのだ。
EMPが高性能な電子機器を無力化するという設定は、映画やテレビ、漫画など、電子機器を物語的に無力化する必要があるところならたいてい使われている表現手法だ。私が一番興味を持っているのは、“ピンチ現象”と呼ばれるものだ(これはまったくのフィクションではなく、Zピンチは実際に存在する)。『オーシャンズ11(原題: Ocean's Eleven)』でダニー・オーシャンの仲間が使ったEMPはラスベガスの送電網を一時的に停止させたが(しかもありえないほど正確な時間)、一方で周囲数キロの航空機を地表に激突させることはなかった。もうひとつ、(過小評価されている)繊細でキャラクター主導のドラマチックな傑作『パシフィック・リム(原題:Pacific Rim) 』で、ある怪獣がEMPを発生させることで、それを駆逐するために送り込まれたイェーガー(巨大戦闘ロボット)を無力化していた。おそらく、ジプシー・デンジャーと呼ばれるイェーガーがEMPの影響を受けなかったのは、ある登場人物が叫んだように「ジプシーはアナログだからだ!」ろう。これはこれは滑稽なほどあり得ない話で、控えめに言ってもいい加減だと言わざるを得ない。でもまあ、我々は巨大ロボットが巨大モンスターと戦う話をしているのだ(それに勘弁してくれ、“ジプシー・デンジャー”だなんて、オプティマス・プライムのストリッパーネームみたいじゃないか。SFマニアであることが確定している上の息子にこのジョークを言ったところ、彼は本から顔を上げることなく、「率直に言って、“オプティマス・プライム”そのものがオプティマス・プライムのストリッパーネームみたいに聞こえるよね」と言っていた)。
さて、EMPが核兵器によって発生すること自体には議論の余地はない。エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)はトリニティ実験の装置がEMPを発生させることを予期し、実験場の監視装置をつなぐケーブルを遮蔽するという予防策を講じた。しかし、EMPが予期せぬ広範かつ重大な二次的影響をもたらす可能性がどの程度あるのかについては、“スターフィッシュプライム”と呼ばれる高高度核実験の結果、初めて世間に認知された。スターフィッシュプライムは1962年7月9日に行われ、ソーミサイル(アメリカ合衆国の準中距離弾道ミサイル)で上空に運ばれた1.44メガトンのW49核弾頭を高度250マイル(約402km)で爆発させた。
爆発は打ち上げ地点であるジョンストン環礁のほぼ真上で起こり、その際に目に見える形ではっきりと火球が発生すると予想されていた。約900マイル(約1450km)離れたハワイのホテルが、屋上で観望会を開いたほどだ。爆発は想定以上の視覚効果をもたらしたが、同時にハワイの街灯300個を停電させ、電話通信を妨害するほどの強力なEMPも発生させた。この爆発は6基の通信衛星を損傷し、結局永久的に使用不能にした。そのうちのひとつが、最初の通信衛星であるテルスターであった。なお、これはEMPによるものではなく、実験によって発生した放射線帯によるものであることを念のため述べておく(EMPの影響を懸念したソ連は、独自に宇宙空間で一連の爆発実験を行った。しかし、1963年の部分的核実験禁止条約で禁止されると、アメリカ・ソ連双方ともにこのような実験を中止した)。この爆発によって、数千マイル先まで見える明るい高高度オーロラが発生し、ドラマチックな光景も見られた。、いまにして思えば、別に驚くべきことではなかっただろう。要するに140万トンのTNT火薬に火をつけた結果なのだから、どう考えても地球を揺るがすような大爆発になる。しかしまあ、やってみなければわからないものだ。
EMPに関する情報は、実際に起爆したデータが相対的に少ないため(現在我々は宇宙空間で核攻撃を行っていないし、ほかのどの国も行っていない)、多くは機密扱いとなっているが、EMPが発生する基本的なメカニズムはよく理解されている。EMP(いや、HEMPもしくは高高度電磁パルスと言うべきだろう)には3つの要素があり、これらは単にE1、E2、E3と呼ばれている。敏感な電子機器にもっともダメージを与える可能性があるのは、最初に発生するE1だと思われる。核爆弾が爆発すると強力なガンマ線のバーストが発生し、爆発が宇宙空間であった場合、ガンマ線は宇宙の外側へ向かうだけでなく下方向へも広がる。ガンマ線が地球の大気に当たると大気中の原子から電子を奪い、電子も相対論的速度で地球に向かって移動し始める。これらの電子は地球の磁場によって水平に飛ばされ、この相互作用によって実際に電子信号、つまり高周波エネルギーの短波(ナノ秒)が発生する。このエネルギーはアンテナの機能を持つ地上の電子部品と影響し合い、その結果、突入電流が生じる。一般的なサージ防護機器が効果を発揮するには、あまりに短時間で急速に変化し、しかも強力であるため、電気機器が使用不能になったり、破壊される可能性すらあるのだ。
さて、ここで重要なのはEMPのE1パルスは無線周波数であり、それに対するより効果的なアンテナが存在するということだ。本テーマについては、とりわけこの問題を専門に研究している調査会社、メタテックの優秀なスタッフによる素晴らしい論文に、極めて理路整然と、そして詳細に論じられている。目を見張るような詳細な内容を読みたい方は、どうぞご自由に。この論文は2010年にほかならぬオークリッジ国立研究所で発表されたもので、それなりに権威のあるもののようだ。その要点をまとめると、アンテナの長さが長ければ長いほど、EMPからの電力を空気中から取り出して突入電流に変換するのに適しているということである。長い電線や送電ケーブルは、うってつけというわけだ。その結果として生じる突入電流は、まず間違いなく機器を焼損させるだろう。HEMPによるE1サージが、周囲数百マイルのケーブル、変圧器、変電所を焼き尽くすのだ。しかし同時に、物体が小さければ小さいほど、突入電流を発生させるためのエネルギー効率は低くなるということでもある。そして、携帯電話(電波塔は別だ)、ほとんどのクルマ、そしてクォーツウォッチは安全であることが判明した。
論文の最後には、“E1 HEMP Myths(E1 HEMPの神話)”と題された小さくも楽しいセクションまである。ここでは、この論文を引用しよう。クルマについては、こう書かれている。「現代の自動車はすべて最新のエレクトロニクスを使用しているために、ダメージを受け、走行するすべてのクルマが停止するという意見もある(ある映画では、バルク車の非電子部品が破損するシーンもあった)。おそらく影響を受ける車両はあるだろうが、おそらくそのごく一部だろう(ただし、大都市では交通渋滞を引き起こす可能性がある)。クルマにはアンテナとして機能するそれほど長いケーブルはなく、また金属構造からもある程度保護されている」
そして腕時計はどうだ? 「腕時計が壊れるかどうか:ある映画評論家は、ヘリコプターの電子機器は影響を受けたが、出演俳優の電子時計は影響を受けなかったと述べている。HEMPが影響を与えるには、時計は小さすぎるのだ」。そして、これにはいくつか注釈がある。この研究ではE1 HEMPによる影響は複雑であり、魔法のように短いアンテナには関係ないと述べている。まあ総合的に見れば、あなたのクォーツウォッチが問題ないことは事実として間違いなさそうだ。
言うまでもなく、核兵器が実際に使われることで発生するHEMPは、それがテロ攻撃によるものでない限り単発では終わらない。おそらく正気を失った数カ国の政府が、メガトン級の核弾頭を撃ち合うことが問題解決のための素晴らしい方法だと決断を下す結果になるだろう。いったんミサイルが飛んでしまえば、すべての問題はあっという間にどうでもよくなる。そうなるのは当然だ。しかし少なくとも、クォーツ愛好家たちはもうEMPでクォーツウォッチが“焼ける”とつぶやきながらほくそ笑む必要はない。小さな喜びに感謝しよう。