先日、時計業界は再びジュネーブのパレクスポに注目し、2年に一度のOnly Watch(オンリーウォッチ)オークションの最新版が開催された。オンリーウォッチは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの研究に貢献する時計業界にとって特別なイベントだ。そして今年はF.P.ジュルヌに注目が集まっている。
彼がオンリーウォッチのために制作した1点ものの作品、FFC ブルーはクラシックなジュルヌだが映画のようなひねりが加えられている。これは映画『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』(本物志向の方には『ワン・フロム・ザ・ハート』も)などを手がけた伝説的な映画監督、フランシス・フォード・コッポラ氏の言葉を受けて2012年に誕生したものだ。そして、誰かがその価格を高騰させるような入札をしようとしていた。
「私は楽しみにしています」とコッポラ氏はHODINKEEに語る。「現代で作られた時計のなかで最も変わった時計ではないかと思います」
FFC ブルーは通常とはまったく異なる時計だ。ダイヤル中央にブルーの大きな“手”があり、時間を読み取ることができないようになっている。
これはコッポラ氏のアイデアだ。手の上の5本の指は時間に応じて変化する。各時間がどのように見えるかについては下のグラフを。ダイヤル外周にあるミニッツトラックは常に回転しており、針の上部にあるポインターチップで正確な分を読み取ることができる。
ブルーの手は、4人のフランス国王の外科医を務めた16世紀のフランス人、アンブロワーズ・パレの作品からインスピレーションを得ている。パレは生前、初期の義肢の実験を行い、最終的には実際の手の存在感と能力を効果的に再現できる機械の手を開発した。
F.P.ジュルヌのFFC ブルーはパレの作品をベースにしながら、過去のジュルヌウォッチも参考にしている。このモデルは2015年にからオンリーウォッチで販売されているジュルヌウォッチの伝統を受け継いでおり、タンタル製のケースとブルーのダイヤル(この場合は手)が特徴だ。またユニークな時刻表示のために改良されているが、内部のムーブメントはオフセンターローター、5日間のパワーリザーブ、フリースプラングテンプ、18Kローズゴールドの構造を持つF.P.ジュルヌのフラッグシップ Cal.1300を搭載している。
しかし、なぜ“手”を? そしてジュルヌとコッポラの関係は?
ここで初めて2人の巨人が語ったストーリーをご紹介しよう。
はじまりは?
数年前、フランシス・フォード氏の妻であるエレノア・コッポラ氏が彼の誕生日に時計をプレゼントした。それがF.P.ジュルヌだったのだ。彼女はそれを定価で購入したのだが、そうでないと思っているあなたはちょっと恥じるべきだ。
コッポラ氏はたちまちこれを気に入った。
「彼の時計は小さな芸術作品だと思います」とコッポラ氏は言う。「私は常に芸術と科学的な創意工夫に感嘆してきました。F.P.ジュルヌの時計はデザインとエンジニアリングの最高傑作だと思います」
その数年後、ジュルヌ氏はカリフォルニアを訪れた。コッポラ監督が時計のオーナーでありファンであることを知っていた彼はナパバレーにある彼の自宅に立ち寄った。
「その会話のなかで、私は17世紀から18世紀にかけてのオートマトン時代に憧れていたと話しました」とコッポラ監督は語る。「機械工学の創意工夫の歴史のなかには片手だけで時間を知らせる時計を作った人がいたはずだ」
そこでコッポラ氏は、それぞれの指がどのように時間を知らせるかを文字どおり手を使って説明した。
コッポラ氏は「これが特に独創的なアイデアだとは思いませんでした」と言う。「しかし、彼が調べたところ、片手を使った時計の資料が見つからなかったのです。結局、彼はこのアイデアを練り上げ、最終的に私にその時計を作ってオンリーウォッチのオークションに出品してもいいかと尋ねてきました。私はここで専門知識や知恵、クリエイティビティなどを主張することはできません。ただ私にとってはごく当たり前のことだったのです。しかし、それを美しい時計に仕上げるには、もちろんF.P.ジュルヌのようなレベルのアーティストやタイムキーパーが必要でした」
ジュルヌ氏は当然、自分の能力を試すためにこのアイデアを取り入れた。
「不可能だと思いました」と彼は言う。「挑戦することは好きでしたが、いつ完成するかはわかりませんでした。ゼンマイを追加することなくオクタのムーブメントで動作させたかったのです」
そしておよそ8ヵ月前、ジュネーブで話題になること間違いなしの時計をジュルヌ氏が完成させたのだ。
その時計がもつ意味
FFC ブルーのエスティメートは30万~40万スイスフラン(約3700万~4944万円)となっている。これは、オンリーウォッチの全カタログのなかでも最も控えめな見積もりだ。私が話を聞いた多くのオブザーバーはこの時計が2019年のアストロノミック・ブルーの約200万ドル(約2億2600万円)のハンマープライスを超え、オークションで最も高価なジュルヌの記録を作るだろうと考えている。
「絶対に50万ドルを超えると思います」とコッポラ氏は言うが、「私は何もわかりません。私の知らないことは私のビジョンよりも大きいのです」とも言っている。
ジュルヌの市場は中古品・新品を問わず、かつてないほどの熱気に包まれている。FFC ブルーが予想を打ち破っても平均的なジュルヌの中古市場での価格には大きな影響はないだろう(そんなものがあればの話だが)。なぜなら希望価格がすでに青天井だからだ。
だが、FFC ブルーの高額な最終価格が影響するのは、その後のオンリーウォッチの入札どうなるかということであり、特にほかの大物独立系時計の結果がどうなるかということである。FFC ブルーは53ロットのなかの22本目で、セールの半分にも満たない。これが数百万ドル単位で売れたら、ほかの入札者は他の独立系市場に対する自信の表れと受け止めるだろうか。突然、H.モーザー、コンスタンチン・チャイキン、クレヨン、MB&F、ローマン・ゴティエ、ウルベルクなどのロットに、普通なら逃してしまうかもしれない数人の入札者が現れるかもしれない。
FFC ブルーは二度と作られることのないユニークな作品であり、コッポラ監督とのコラボレーションに続編は予定されていないとジュルヌ氏は主張している。しかし、彼が開発したこの技術的なソリューションは? 「特別な機会に」復活させることができるかもしれないと言う。
F.P. ジュルヌ × フランシス・フォード・コッポラ FFC Blue for Only Watch 2021 タンタル製、裏表にサファイアクリスタル、42mm × 10.7mm。
FFC オクタ Cal.1300.3、自動巻き、18KRG、22KPG製逆回転防止ローター、アンブロワーズ・パレ (1509-1590)、F.P.ジュルヌ、F.F.Coppolaの刻印あり。
エスティメート: 30万~40万スイスフラン(約3700万~4944万円)
FFC ブルーのライフスタイル画像はすべてローガン・ベイカー(Logan Baker)によるもの。