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Interview グランドセイコー スプリングドライブ U.F.A.が改めて打ち出した、精度追求の先にあるもの

グランドセイコーが、改めて精度の追求にフォーカスした理由とは? セイコーウオッチ社長、内藤昭男氏がその真相を語る。

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グランドセイコーにおける2025年の新作の目玉と言えば、やはりスプリングドライブ U.F.A.だろう。U.F.A.とは、Ultra Fine Accuracyの略で、これまでのスプリングドライブを大きく凌駕する“超高精度”を意味する。年差±20秒という驚異の高精度ムーブメントを搭載しながら非常に薄くコンパクトな37mm径にまとめ上げた、まさにグランドセイコーの技術力の結晶である。2025年のWatches & Wondersの会場においても展示の中心となっていたのはスプリングドライブ U.F.A.であり、この新作の発表に合わせてスプリングドライブの歴史を振り返るべく、開発の足跡を辿る貴重な資料も展示されていた。

エボリューション9 コレクション スプリングドライブ U. F. A.限定モデル Ref.SLGB001は世界限定80本(うち国内40本)、グランドセイコーブティックのみの販売。価格は550万0000円(税込)で7月11日(金)に発売された。

通常モデルのSLGB003。グランドセイコーブティックおよびグランドセイコーサロンでのみ購入可能で、価格は151万8000円(税込)。限定モデル同様、7月11日(金)に発売。時計の詳細はこちらの記事を確認して欲しい。

 確かにスプリングドライブは唯一無二の存在である。だが、近年のグランドセイコーの躍進における原動力となっていたのは、日本の美意識に根ざした自然や季節にインスピレーションを得たダイヤルの存在が大きい。そんななか、なぜ“精度”という機能性に改めてフォーカスした新作を送り出したのか? セイコーウオッチ社長、内藤昭男氏へのインタビューの機会を得ることができたため、その理由について直接話を伺った。

内藤昭男

1960年、茨城県生まれ。セイコーウオッチ代表取締役社長。1984年、服部セイコー(現セイコーグループ)に入社。2002年にセイコーオーストラリア社長、その後もセイコーグループ法務部長、常務取締役、セイコーアメリカの社長などの要職を経て、2019年にセイコーウオッチ副社長に就任。2021年より現職。画像提供:セイコーウオッチ


感性的価値として精度をアピールするU.F.A.
佐藤杏輔(以下、佐藤)

いまや圧倒的な刻時精度を持つ時計が存在するなか、 新作のスプリングドライブ U.F.A.のように改めて精度を追求するのはなぜですか?

セイコーウオッチ社長 内藤昭男氏(以下、内藤氏)

 1960年にグランドセイコーがスタートした際、やはり一番に大切にしたのは精度でした。スイスの高級腕時計と比肩するような精度を追求したいという思いからグランドセイコーは始まり、ヌーシャテル天文台コンクールなどスイスの天文台コンクールにも出展するようになるわけですが、この精度の追求こそ、そもそもグランドセイコーの原点なのです。

 この60年以上のあいだに腕時計の性質、腕時計に求められる価値というものはずいぶん変わってきました。それこそ機械式しか存在しなかった時代では、その精度が腕時計としての実用性、機能的な価値を決めていたわけですが、その後クォーツウォッチが生まれ、そしてGPSウォッチ、近年で言えばスマートウォッチのようにスマートフォンとBluetooth®接続することで時間を自動修正して正確な時間を表示することも可能になりました。単に精度と言っても、そのあり方は今では技術的な基盤によって多様化している時代だと言えるでしょう。

 そういった意味での絶対的な精度というのは、我々自身もその時々の技術革新を追求してきました。現代の精度競争は、外部に基準となるもの(わずか10万年に1秒の誤差の高精度な時刻)があり、それと通信をして表示する。時計が表示デバイスとなって精度を担保するというのが現代的な精度追求の考え方と言えます。

 今回の新作となるスプリングドライブ U.F.A.は、腕時計のなかだけで完結し精度を追求することを目的としました。つまり、かつての機械式の時代と変わらず、ひとつの製品として完結する機械体として、人の手が作るものとして、どこまで精度を高められるかということです。精度の追求は、グランドセイコーの原点です。もう1度その原点に立ち戻って、腕時計というひとつの完結した世界のなかで、どれほど精度を高められるか挑戦する意志から生まれました。

赤と青のコードが繋がれたスプリングドライブ開発初期の試作ムーブメント。

佐藤

精度の追求は、グランドセイコーのブランディングにおいてどのような意味を持っているのでしょうか?

内藤氏

 2010年にグランドセイコーはグローバルローンチをしました。それまではほぼ日本国内だけで販売していましたが、我々はその技術力や品質に自信を持って海外に打って出たのです。しかし売り上げが拡大しないまま3年、4年、5年と経っていきました。そこで2016年に私が会社から与えられたミッションは、まず米国でグランドセイコーを拡大せよというもの。そのために米国へ赴任したのですが、そこで気が付いたのはセイコーやグランドセイコーに対する市場からのイメージです。グランドセイコーとセイコーでは価格も違いますが、市場におけるブランドのイメージはラグジュアリーなものではありませんでしたから、これをなんとか分けていかなければならないと考えました。その戦略のひとつがブランドロゴを変えて、文字盤12時の位置にあったセイコーの名を取り、グランドセイコーの名前だけを入れること、いわゆるブランドとして独立化することでした。

 そしてもうひとつが別会社の設立です。以前はセイコーアメリカ(Seiko Corporation of America)という会社で、グランドセイコーとセイコーの両方を販売していましたが、2018年にグランドセイコーアメリカ(Grand Seiko Corporation of America)という別会社を作って組織を分けたのです(編注;セイコーの販売会社はSeiko Watch of America LLCと改称)。そしてグランドセイコーアメリカの社長には、当時米国で有力なスイスブランドの社長をしていたブリス・ル・トロアデック(Brice Le Troadec)氏を招き入れ、マネジメントチームもラグジュアリーウォッチビジネスの経験がある人材で固めました。こうしてグランドセイコーはイメージの面でも、コミュニケーション、あるいは流通の面でも明確にセイコーとは異なる戦略を取ることで、売り上げが伸びていくことになります。精度を追求することはグランドセイコーの原点ではありますが、ラグジュアリーウォッチにおいては単に機能だけを訴求をしても限界があるということに気が付いたのです。

今年も多彩なダイヤルが登場。Ref.SBGH368、桜隠しダイヤル

Ref.SBGH353、秋分(しゅうぶん)ダイヤル

Ref.SBGH351、立夏(りっか)ダイヤル

Ref.SLGH02、岩手山ダイヤル

佐藤

セイコーグループは創業145周年となる2026年へ向けて、「SMILE145」という経営計画とともにMVP戦略〈=感動(Moving)、 高付加価値(Valuable)、 高収益(Profitable)を掲げています。そのなかで高精度を追求するものづくりは、グランドセイコーにとってどのような目的がありますか?

内藤氏

 先ほど申し上げたように、グランドセイコーを独立化したことで、ラグジュアリーウォッチには何が必要かということがわかりました。いわゆるエモーショナルバリュー(感性的価値)、たとえばブランドの生い立ちやメッセージ、作り手の思いですね。単に精度がいい、防水性に優れているというようなハードウェアとしての価値ではなく、ずっと一緒に人生を過ごしたいと思わせる何か、そうしたエモーショナルバリューを伝えることが必要なのだと。そこで我々は、たとえばネイチャーダイヤルのように、ダイヤルに日本の美しい自然の情景を見立てたモデルを、“THE NATURE OF TIME”というブランドフィロソフィーの“自然”の側面を掲げて感性的な価値訴求を始めたのです。グローバル展開を始めたグランドセイコーが伸びる要因となったのは、この機能的な価値から感性的な価値への訴求シフトであったと考えています。

 こうして時計好き、時計に詳しい方たちのなかでグランドセイコーの知名度を上げることができました。特に米国では相当知名度が上がったと思っていますが、それほど腕時計に詳しくない人たちにもグランドセイコーを知ってもらわないといけない。ブランドが次のステップに行くにあたって、もう一度原点に立ち返ってみようと考えました。つまり、閉ざされた腕時計という世界、プロダクトのなかで、機能的な価値である精度をもう一度世界に発信したいということですね。そして我々には、機械式に比べて圧倒的に高い精度を出すことができるスプリングドライブという唯一無二のムーブメントがあります。これをもって、グランドセイコーがそもそも高精度を追求するべく生まれたブランドなのだということを、単なる機能的価値としてではなく、ブランドフィロソフィーの“本質”の側面を掲げ、感性的な価値として訴求しようと考えたのです。

佐藤

世界の市場、特に米国市場において機能訴求だけでは響かない、つまり感性的な価値が求められることを感じるようになった具体的なきっかけ、出来事というのはあったのでしょうか?

内藤氏

 これは腕時計に限ったことだけではありませんが、機能というものはコストパフォーマンスと言いますか、どうしても価格と紐づいて比較されてしまうんですね。ですが、ラグジュアリービジネスにおいてブランドというのは、それではいけません。そうした文脈においては“ラグジュアリーブランド”には、なかなかなれないのです。たとえば、“A”というブランドが好きな人は“A”というブランドの商品を買いたいのであって、それがないから別のブランドの何かを買おうとはならないわけですから。ブランドに対する思い、あるいはアタッチメント(愛着)と言いますか、そうしたものがラクジュアリービジネスには必要で、それをどのようにグランドセイコーで作るかということを考えました。ひとつは先ほど申し上げた“THE NATURE OF TIME”というブランドフィロソフィーを標榜したことですが、そのなかで我々は、日本のユニークな文化を背景にしたブランドだということを打ち出して、スイスを中心とした有力ブランドとの差異化を図ろうと思ったのです。

佐藤

いわゆるユニークさ、独自性を確立しようと考えたわけですね?

内藤氏

 はい、そのとおりです。機械式時計のメカニズムで言えば、スイスも日本もそこまで大きくは変わりません。スプリングドライブは我々にとって唯一無二のものですが、機械式時計の機構自体は大きく違うものではないですから、それを作っている人の思い、あるいはダイヤルに込めた日本の情景など、そうしたものを我々のコミュニケーションの柱とし、ブランドを展開してきたわけです。

 我々のスプリングドライブにおいて、精度の追求はずっと続けていました。もともと月差±15秒という精度がスプリングドライブにおける標準だったのですが、Cal.9RA系では平均月差±10秒にまで高められました。技術陣からは相当な改善、ステップアップになったと報告が上がってきましたが、私自身はより高い目標にチャレンジしたかったのです。そこで“年差”という、より上の精度を目指せないのか? という発言をして社内で紛糾もしましたが、議論を重ね、ようやく今年のWatches & Wondersで年差±20秒(平均月差±3秒相当)のU.F.A.を発表することができました。Watches & Wondersは1年のなかでも一番重要なイベントですから、今年はこのU.F.A.を中心にアピールしようということになったわけです。

佐藤

グランドセイコーは、いまや国内売上高を海外売上高が上回っていると聞きます。あるインタビューでグランドセイコーの将来はグローバルスケールで考えているということですが、具体的なこれからのお考えをお教えください。

内藤氏

 2022年に初めて、海外におけるグランドセイコーの売上が国内を超えました。ほんの10年前まではグランドセイコーの売り上げのおよそ9割が国内だったのですが、急激に海外で伸びたのです。その後、インバウンドでの需要が伸びたこともあり、今年は日本国内での売り上げのほうが若干多い状況ですね。

 我々のグローバルブランド戦略では、基本的に国内も海外も販売するモデルのラインナップは同じという考え方をしています。たとえば80年代や90年代では、国内向けと海外向けでモデルに違いがあったり、商品企画の担当や、製造地も地域別で分けていた時代がありました。アジアとヨーロッパではサイズが違うといったこともありましたね。ですが、現在は特にラグジュアリーセグメントの商品を購入される方々というのは世界中を旅行されていますし、メディアもグローバルではおおむね同じものをご覧になっています。ですから地域別に分けるということではなく、むしろどこに行っても同じブランドイメージを展開することが重要と考え、今ではそうしたコミュニケーションをしています。これに伴い、これまでは国内営業本部と海外営業本部それぞれでグランドセイコーとセイコーを扱っていたのですが、2024年からはグランドセイコーとセイコーそれぞれでブランド別の本部に分けることにしました。

2024年時点ですでに高級時計市場の需要の減退については予想されていたが、 2025年のWatches & Wonders会期中に発表された、トランプ米大統領によるいわゆる“トランプ関税”に関する一連の発言によって混乱が拡大。市場は、より一層、不透明な状況となった。そんな混沌とした状況を報じたHODINKEEの第一報記事はこちら

佐藤

2025年の時計市場は、需要の減退や価格の変動が予想されています。これについてどのようなお考えをお持ちですか? 

内藤氏

 腕時計の需要が減退するというお話は、マクロではそうなのかもしれませんがブランドでの優劣というのは大きくなる気がしています。ブランドによっては相変わらず高い需要が見込まれると思いますし、一方では厳しいブランドもあるのではないかということです。では、我々はどうなのか? 地域によってやはりアップダウンはあると思いますが、ブランド全体の売り上げとしては引き続き伸びていくと見ています。

 グランドセイコーの売り上げは新型コロナのパンデミック以降もずっと伸びています。特に国内はとても強いですね。一昨年、昨年と史上最高の売り上げを更新しており、インバウンドの影響はもちろんありますが、まだまだ伸びるのではないでしょうか。と言いますのも、現時点で、全世界の売り上げにおける中国市場でのポーション(比率)が少ないのです。このところの需要減退は中国市場が中心であり、我々は中国市場ではほとんどグランドセイコーを展開していなかったため、大きな影響を受けていません。

 ブランド自体の知名度が大きくなるに伴って需要も売り上げも大きくなっていくわけですが、生産キャパシティについてはあまり心配していません。それは機械式もスプリングドライブもそうですが、考えうる最大のところまで需要が伸びたとしても、ここ数年を見通して生産を大幅に増強しなければならないという状況にはありません。まだ比較的余裕があると言えますね。


グランドセイコーのさらなる市場拡大の原動力とは?
Interview セイコーウオッチの内藤昭男社長が語る、グランドセイコーの未来

HODINKEE USのエディター、マーク・カウズラリッチによる内藤昭男氏への渾身のインタビュー記事(2024年10月公開)のなかで、アメリカ市場での成功の道筋について語られていたほか、“THE NATURE OF TIME”の哲学に基づくコミュニケーションやマーケティングにおける課題についても示唆されていた。

佐藤

グランドセイコーがさらに市場で存在感を示すには、どのようなことが大切だと考えていますか?

内藤氏

 実は我々がまだ伸ばすことができていないマーケットがあります。それは中近東のマーケットです。中近東では歴史的にセイコー5(現セイコー 5スポーツの前身)を中心に販売をしていました。非常に安価なカテゴリーですね。グランドセイコーは地域におけるメインの商材ではなかったのです。そしてもうひとつは、中近東におけるビジネスは長らく代理店を経由したものです。現地に販売会社はありますが、現地法人ではありません。つまり、セイコー5を中心に展開してきた第三者の代理店では、ラグジュアリービジネスに対応する流通網を持っていないということです。ですが、現在の中近東、ドバイなどはまさにそうですが、高級時計におけるとても大きなマーケットになっています。我々が中近東市場でビジネスをするためのプラットフォームはまだ十分ではない状況ですので、現在は新しい展開を模索しているところです。我々には銀座の和光本店にグランドセイコーのフラッグシップブティックがありますが、近年は中近東の方々も同店を訪れ買い物をされています。これからの将来を見据えて、中近東の富裕層のお客様と直接繋がるようなイベントなど、さまざまな施策を展開していきたいと考えています。

 Watches & WondersでのU.F.A.に対するフィードバックは、とてもポジティブなものであると理解しています。SNSでのコメントなどを見ていても、おおむね皆さんに評価していただいている様子が感じられます。スプリングドライブのことを知っておられる人はもちろん多くいらっしゃいますが、知らない人もまだまだいますので。先ほども申し上げたように、もう一度原点に戻って、グランドセイコーのアイデンティティは、やはり精度の追求にあるということを発信していきたいですね。

新開発された年差スプリングドライブCal.9RB2。

佐藤

精度の追求、スプリングドライブが今後のカギになるということですね?

内藤氏

 もちろんそれは機能的価値から感性的価値へという話が前提にあるのですが、“腕時計という限定された世界のなかで追求する精度”というのは逆説的に、感性的な価値としての側面があると考えているのです。つまり、閉ざされた、制約のある腕時計のなかで人の手が優れた精度を作り出すところに驚きや感動があるのではないかということですね。これまではどちらかと言うと外装の美しさなどで感性的価値を訴求してきたわけですが、ブランドの原点である精度に立ち返ってストーリーを描くことは、機能的価値であり感性的価値でもあるのではないかということです。

 我々がブランドフィロソフィーとして掲げる“時の本質の追求”、制約があるなかでの追求というのは、茶道などに象徴されるような、いわゆる日本的な“道”の精神にも通じています。これまでは“THE NATURE OF TIME”の“自然”をテーマとした側面がわかりやすく伝えられていたと思います。今回、改めて“時の本質”をメッセージとして強く打ち出したわけですが、各所からのフィードバックを聞く限り、何かこれまでと違ったことを言い出しているのではないかというようなネガティブな反応はなく、おおむね我々のメッセージがうまく伝わっていると感じています。

 日本におけるグランドセイコーの販売本数というのは数量ベースで言うと、機械式、スプリングドライブ、クォーツでそれぞれほぼ3分の1ずつとだいたい同じくらいです。ところが、米国では圧倒的にスプリングドライブが多く、クォーツはグランドセイコーの認知拡大に伴って近年売れ出したばかりです。スプリングドライブはやはり我々しか持っていないムーブメントでありますし、精度の単位が機械式とはまったく違うというところもある種わかりやすいのだと思います。
 
 グランドセイコーの米国での認知度が上がった今日において、次なる我々の課題は、時計に詳しくない人にどうやってその魅力を伝えていくかということになります。そういった意味でも、我々にしかないスプリングドライブというのはとてもわかりやすいでしょう。そのためにも2025年はスプリングドライブを持って、もう一度顧客層の拡大を図りたいと考えています。

そのほかの詳細は、グランドセイコーの公式サイトをクリック。

特に記載のない写真は、すべてBy Kyosuke Sato