“作れば、人はやって来る”。これはウォッチメイキングをめぐる、昔から語り継がれてきた(フィールド・オブ・ドリームスの)名言だが、私の解釈が正しければ、野球を題材にしたどこか不思議なほど感傷的な映画に由来する。A.ランゲ&ゾーネは、ずっと続けてきたこと(より伝統的で手仕事を重んじる手法で、美しく、機械的にも見応えのある時計をつくること)によって、コレクターから、待ち望まれていた評価をようやく得つつある。野球のたとえを続けるなら、昔ながらのスモールベースボールでワールドシリーズ進出を果たす、ミルウォーキー・ブルワーズ(Milwaukee Brewers)のようなものだ。ノスタルジーの力は強い。『レイ、長い年月を通じて変わらなかったものは、時計づくりだった』
でも突き詰めて考えると、ランゲのラインナップには欠けているものがあった。2000年代後半にカタログから姿を消したブレスレット仕様を、通好みのコレクターたちは待ち望んでいたのだ。ランゲがプフォルツハイムの宝飾メーカー、ウェレンドルフ(Wellendorff)との提携を終えたあとも、その名は長く人々のあいだで語られていた。ランゲを愛するHODINKEEチームが、ずっしりとした存在感を放つブレスレット仕様の新作ダトグラフ・パーペチュアルを目にしたとき、それは過去と現在が見事に結実した姿だった。『それは、かつてよかったものを思い起こさせる。そして、それは再びよくなりうる』
“ウェレンドルフ”製ブレスレットと二次流通市場
最近、私がA.ランゲ&ゾーネを初めて手に取ったときのことを思い出した。その時計にはウェレンドルフのブレスレットが付いていた。地元で開かれたRedBarの集まりに参加していたとき、ランゲの著名なコレクターが、堂々たるブレスレットを備えたプラチナ製ダトグラフ・パーペチュアルを着けて現れたのだ。実物を見たことがないと伝えると、そのコレクターは(それまで会ったこともなかったのだが)時計を手首から外して私に手渡し、そのまま立ち去った。いろいろな意味で衝撃を受けた。その体験が今も心に残っているのは言うまでもない。
ランゲの市場は過熱している。この記事を書いてから公開するまでのわずか数日のあいだに、ここで挙げる二次流通価格が大幅に上がっていても不思議ではない。市場の現状(あるいはその正当性)について長々と論じるつもりはないのでひとつだけ述べておこう。予想どおり、市場はついに、ブレスレットを備えたランゲの希少性と魅力に気づいた。その後は歯止めが利かなくなり、正気とは思えず、(あくまで私の意見だが)持続可能とも思えない水準にまで高騰している。
ウェレンドルフのブレスレットを備えたA.ランゲ&ゾーネ Ref.110.030 ランゲ1 ソワレ。このスタイルのブレスレットは、当初ブレスレット仕様ではなかったダトグラフにも装着されている。Photo courtesy Phillips
ランゲのブレスレットといえば、ウェレンドルフの名が挙がる。歴史的に同社がランゲのブレスレットを数多く製作してきたことから、いつしか単に“ウェレンドルフのブレスレット”と呼ばれるようになった。ただしブレスレットにはいくつものスタイルがあり、時計に装着されているものが必ずしもその時計に適合するとは限らない(たとえスタイルが合っていても、当初からその時計に付属していたとは限らないのだ)。だからこそ、今回の発表には意味がある。ファンへのサービスであり、その真正性を疑う余地はない。
ウェレンドルフのブレスレットが実際にどれほど希少なのかはわかっていない。ランゲ以外の誰かが示す数字は、基本的に割り引いて考えるべきだろう。それでも、希少で魅力的なことは確かである(オークションハウスの決まり文句を借りるつもりはないが)。ただし、手に入れるものが何なのかを正確に把握しておく必要がある。
正規の仕様を備えた453.135。実物を目にする機会はきわめて少ない。Photo courtesy of European Watch Co.
注意:これは私が複数の情報源から集めた、現時点で最も確かな情報である。ただし、ランゲから直接確認したものではないため、誤りが見つかれば喜んで訂正したい。そのうえで、私が正しいと考えている内容を紹介しよう。
ダトグラフに見られる、正しい仕様のブレスレットは3種類ある。私が“ストレートリンク”と呼ぶゲイ・フレアー社製のものだ。これはビーズ・オブ・ライス風のリンクに、ストレートバー型のエンドリンクを組み合わせている。そしてあるコレクターが“スクエアリンク”と呼んだもの、さらにリンクが外側に向かって広がる“ドッグボーン”ブレスレットと(私が)呼ぶものだ。3種類はいずれも、幅方向に7列のリンクで構成される。最初の2種類は、丸みを帯びたリンク4列と角形のリンク3列を交互に並べたもの。3つ目はリンクの並び方が異なる。またこれらとは別に、一部の時計には“ウェーブ”ブレスレットが見られる。
初期のダトグラフを扱った記事で、SJX Watchesが紹介した453.135と453.035の図版。
私の調査(およびコレクターたちから得た情報)によれば、ウェーブ型のブレスレットは、後から時計に取り付けられたものと考えるべきだ。これらのブレスレットはランゲマティック用に製造され装着されていた。しかし、ケースの形状と寸法が近かったため、利益率の低い時計からブレスレットを外し、より“魅力的”なブレスレット付きクロノグラフに仕立てることが容易だったのだ。ある気の利いたコレクターは、自分の時計を“+ウェレンドルフ”と表現していた。“ウェレンドルフ付き”ではなく、後付けであることを示すためだ(しかも、かなり希少なダトグラフに後付けしたものだった)。
ウェーブ型ブレスレットが付いたダトグラフ。この時計を出品したHairspringは、書類がない場合、はんだ付けされていないブレスレットの真正性は保証できないと明記していた。だがこうしたタイプのブレスレットは、もともとダトグラフに装着されていたことはないとされる。Photo courtesy Hairspring
正規仕様のブレスレットは、前述した3種類である。ブレスレット仕様で出荷された第1世代のダトグラフには、それぞれ専用のリファレンスナンバーが付けられていた。プラチナ製の初期モデルは、403ではなく453で始まるリファレンスを持つ。第1世代のプラチナ製“メーター”ダイヤルのダトグラフでは、ストレートリンク型が最初に提供されたブレスレットであったようで、ケースから取り外すことができた。正しい仕様の個体は見つけるのが非常に難しく(ほかのスタイルよりはるかに希少だ)、この仕様の時計を購入するならリファレンスは必ず453.135でなければならない。
“ドッグボーン”ブレスレットを備えた、正規仕様のダトグラフ 403.432。Photo courtesy European Watch Co.
スクエアリンク型はプラチナモデルにも見られ、ブレスレットがラグに直接はんだ付けされていた。この仕様のリファレンスナンバーは453.035である。なお、ケースとの接合部ではリンクが短くなっている。そして3列の角形リンクを見ると、ホワイトゴールドかプラチナかを見分けられる。プラチナは中央のリンクがサテン仕上げである一方、WGブレスレットは全体がポリッシュ仕上げだ。
ブレスレット仕様のトゥールビヨン“プール・ル・メリット”。Photo courtesy Christie's
一方、ストレートリンク型のブレスレットは、ほかの時計にも見られることがある。現在では、当初からそのブレスレットを備えていたわけではない時計に装着されている例もよく見られる。この事実を明かさない人もいるが、ブレスレットが付くことで価格が2倍、3倍になることさえある。高値で取引されるようになった時計のオリジナリティや価値が気になるなら、書類でその仕様が裏付けられているか、ブレスレットがランゲから別途直接購入されたことを確認すべきだ。
最後に紹介するのは、2006年にダトグラフ・パーペチュアルの登場とともに採用されたドッグボーン型ブレスレットだ。基本は7列の構成で、各リンクの端が特徴的に広がっている。また時計によってリンクの並びが異なり、丸型・角型・丸型を交互に配するパターンにはなっていない。取り外し可能なブレスレットと、ラグにはんだ付けされたブレスレットは、エンドリンクとケースの間隔でも見分けられる。@ALangeJourneyの協力とジェームズ・コン(James Kong)氏(@waitlisted)による写真でその違いがわかるだろう。スクエアリンク型のブレスレットをサイズ調整する際に、一部の角形リンクが裏返しに取り付けられているのだ。
これらの後期型ブレスレットははんだ付けされておらず、装着モデルのリファレンスも変更された。その結果、より多くの第1世代ダトグラフでブレスレットを選択できるようになった。例として、プラチナ製の403.435やRG製の403.432が挙げられる。実際、こうしたスタイルのブレスレットはホワイト、ローズ、イエローの各ゴールド、およびプラチナの4種類すべての素材で見られる。ただし、YG製は最も希少で“Yellowjacket”にのみ存在する。
実にわかりにくい話だ。こうしたブレスレットを備えた時計や、ブレスレット単体に付けられている価格を見るとなおさらである。2年前でもすでに高額な(しかも見つけるのがほぼ不可能な)買い物だったプラチナ製ウェレンドルフのブレスレットは、8万ドルから9万ドル(日本円で約1300万~1400万円)ほどだったかもしれないが、価格はその2倍以上に跳ね上がり、今では買い手は20万ドル(日本円で約3200万円)を払うことになる。ブレスレット付きの第1世代プラチナ製ダトグラフは、最近44万5000ドル(日本円で約7000万円)で出品され、リファレンスは403.035だった(ブレスレット付き時計のリファレンス番号ではない)。ある著名なコレクターは、この時計がスクエアリンク型だったなら、価格は55万ドル(日本円で約8700万円)に近かっただろうと見ている。
決して、価値に見合う価格や手頃さを論じているわけではない。だがランゲが発表したばかりの新作と比べてみよう。技術的に優れ、ブレスレットのデザインも改良されている。市場価格を考えれば、この新作は約30万ドル(日本円で約4700万円、編注;日本価格は要問い合わせ)の時計としては破格に思える。
“顧客に何が欲しいか尋ねていたら、もっと速い馬が欲しいと言われただろう” — 実機レビュー
考えてみて欲しい。これほど他社製のブレスレットに関心が集まっているのだから、コレクターに何が欲しいか尋ねていたら、ランゲに同じ手をもう一度使ってくれと言っただろう。だがランゲは、そこにさらにひと工夫を加えた。
ブレスレットの話はそろそろ切り上げよう(もっとも、今回の主題はほぼブレスレットなのだが)。ランゲの世界有数のコレクターのひとりにウェレンドルフ製ブレスレットの歴史について尋ねたところ、彼はこう答えた。要約すると、“これはウェレンドルフとは関係ない。オデュッセウスコレクションの系譜の一部だ”。実際、そのとおりである。
最近発表されたダトグラフ・パーペチュアルと、2023年発表のオデュッセウス・クロノグラフ。
サテン仕上げの面や面取りの形状は異なるが、そこには理由があり、基本的な考え方は同じだ。
こちらのブレスレットはより繊細な印象。その理由のひとつは、ブランドがブレスレットをラグの外縁を超えて広げなかったことにある。
ランゲが近年発表した、もうひとつのブレスレット仕様クロノグラフと比べてみよう。そう、オデュッセウス・クロノグラフだ。しかし、2年前にハンプトン・コート宮殿のコンクール・オブ・エレガンスに登場したユニークピースも忘れてはならない。見比べればその違いがわかるだろう。この時計には、サイズの異なるリンクを全面ポリッシュ仕上げにした、7列構成のドッグボーン型ブレスレットが採用されていた。
珍しいスタイルのブレスレットを備えたダトグラフ ハンプトンコート・エディション。リシュモンが特許を取得したリンク着脱システムは搭載していなかった。
限定モデルのダトグラフ・パーペチュアルは幅方向に5列のリンクを備える。外側と中央のリンクは、上面がサテン仕上げで、面取り部分がポリッシュ仕上げ。そして中央に交互に配された2列は全面ポリッシュ仕上げとなっている。これは初代ダトグラフのブレスレットとは仕上げを正反対にしたもので、デザインも全体に角張っている。だが最大の違いはそこではない。
ブレスレットを裏返すと、リシュモンの特許であるリンク機構をランゲが採用しているのがわかる。この機構はもともとIWCが開発し、のちにオデュッセウス向けに改良が加えられたものだ。オデュッセウスと同様、面取りは手作業で行われ、仕上げがさらに高められている。爪楊枝、または付属の工具を使い、外側のリンクに埋め込まれたボタンを押せばリンクを取り外せる。作業は比較的簡単だ。ブレスレットの側面から見てもピンは隠れている。
そう、オデュッセウスのようなプッシュボタン式の微調整機構は備えていない(この機構はサプライヤーのブロジョーリ/Brogioliが開発し、リシュモン傘下以外のブランドにも採用されている)。ただこのような時計には、バタフライ式の2ボタン・デプロワイヤントバックルのほうが理にかなっている。また、クイックチェンジ機構も備えていない。より繊細な7列ブレスレットが好みなら、見た目の好みは分かれるだろう。だがそうでなければ、正統な技術的進化と見るほかない。
それからダイヤモンドのインデックスもある。私はダイヤモンドインデックスが好きで、とりわけバゲットカットが好みだ。ダイヤモンドが単なる現代の流行ではない理由を繰り返す代わりに、このテーマを擁護した私の最近の記事を読んでほしい。ダトグラフのブラックダイヤルにダイヤモンドを合わせれば、期待どおり見事に映える。いや、ランゲがそうするように、ベゼルにあしらってもよく似合っただろう。私がこの時計を“ほぼ完璧”と評したとき、言いたかったのはこのことだ。自身の好みを言えば、サブダイヤルや日付窓に遮られていない位置(具体的には1・2・10・11時位置)のダイヤモンドインデックスは、文字盤の余白とのバランスを取るため、もう少し長くてもよかった。
ほかの部分もランゲらしい最高水準の仕上がりだが、過去のモデルと一貫した内容でもある。厳密に言えば、ムーブメントに新しい要素はない。ある顧客は、VIPたちが激しく争う“ご褒美”のようなモデルとして扱われる一方で、2015年に登場した第2世代ダトグラフ・パーペチュアルの寿命を延ばすためのモデルとも見ていると話していた。ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨン(以降、DPT)に採用された瞬転式のカレンダー機構や、より長いパワーリザーブがほかのモデルにも展開されるのは、もう少し先になるかもしれない。もっとも、この新作が旧キャリバーへの最後の花道であるなら話は別だ。
つまり、この時計のパワーリザーブは比較的短く、手巻きキャリバーとしては特に物足りない約36時間にとどまる。DPTとは異なり、瞬時に切り替わるカレンダー機構も備えていない。パテック フィリップは先日、ミラノでRef.5978Pを発表した際にこの機構を大きくアピールしていた。
しかし、ダトグラフファミリーのムーブメントに共通する瞬時に切り替わるミニッツカウンターは備えている。また都市のように入り組んだ、立体的な構造と美しい仕上げも魅力だ。このサイズのウォッチメイキングにおいて、最高峰、あるいは最高峰のひとつと評してもよいだろう。少なくともクロノグラフの仕上げは、間違いなく最高峰だと私は思う。DPTで採用されたカレンダー機構とパワーリザーブの改良は、将来の世代でダトグラフ・パーペチュアルにも引き継がれると予想している。
テンプ受けの手彫りは何度見ても飽きないが、先日グラスヒュッテを訪れ、実際に彫る様子を見たあとではいっそう見事に感じられる。
2024年に登場したDPT“ルーメン”が、今なおダトグラフの究極の進化形であることに異論を唱えるのは難しい。パーペチュアルカレンダー、ルーメン、ハニーゴールド。すべてそろっている。DPT“ルーメン”の定価は62万ドル(日本円で約9800万円)で、限定数も今回の新作と同じだった。デザインもより明確にモダンな方向を打ち出していた。限定モデルのダトグラフ・パーペチュアル ダイヤモンド仕様は、旧来と新しさの境界に位置する。
残念ながら、グラスヒュッテにはかりを持って行かなかったため、新作の重量は測れなかったが、プラチナブレスレット仕様ならではの重厚感には驚かされた。DPT“ルーメン”と同様、新作のダトグラフ・パーペチュアル ダイヤモンド仕様は、見た目にも手首に載せたときの重量感にも圧倒的な存在感がある。サイズは41mm×13.5mmで、すでにパテック フィリップ Ref.5270Rより少し厚い。Ref.5270Rにもブレスレット仕様はあったが、ブレスレットもそれ以外の部分も、ランゲの時計に見られるような仕上げには及ばなかった...手首に着ければ、その重みを常に感じるだろう。
私が話を聞いたコレクターたちのあいだで主に議論になっているのは、ブレスレットが7列から5列に変わったことで、見た目も変化した点だ。より“力強く”、存在感が増したと感じる人もいる。一方でエレガンスが失われたと惜しむ人もいる。どちらの意見にも一理あるが、その点を理由にこの時計を断る人はいないだろう。
27万6000ドル(日本円で約4400万円)という価格を安いとは言えないが、市場価格と比べれば驚くほどお買い得に思える。ブレスレット仕様のパテック フィリップ Ref.5270Rは、2024年12月時点で23万2490ドル(当時の相場で約3500万円、現在は生産終了)であったが、二次流通市場では定価を維持できなかった。一方この新作は、ほぼ間違いなく、今後しばらく値上がりを続けるだろう。
顧客たちと話したところ、購入する余裕があり、こうしたモデルを提案される立場にある人たちは、価格はかなり妥当だと感じているようだ。実際、インディペンデントブランド以外の新作について、熱心なコレクターたちがこれほど盛り上がるのを聞くのは久しぶりである。しばらくなかった形で、ランゲに多くのコレクターが期待する要素をすべて備えている。今後ランゲがこの熱狂的な需要を受けて、クロノグラフ用ブレスレットをさらに製作するかどうかは、これから明らかになるだろう。『作れば、人はやって来る…ああ、人々はやって来る、レイ。間違いなくやって来る』
新作A.ランゲ&ゾーネ ダトグラフの詳細は、ブランド公式サイトをご覧ください。
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