trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

Interview 説明のつかない美を求めて。Wolf & Wolff 石崎孝之氏が語る、フレンチケースとオブジェとしての時計哲学

青山と渋谷のあいだで完全予約制の時計店を営む石崎孝之氏のウォッチコレクションは、通り一編の価値基準では判断できない魅力を放っている。極めてニッチだが、時計好きの多くが膝を打つ絶妙なセレクト。100年前のヴィンテージすら、彼の審美眼を通すと最先端の刺激に満ちた一本に見えてくる。


異例づくしの洋品店から、孤高の時計店へ

筆者が石崎氏の存在を知ったのは、馴染みのビスポークテーラーの工房だった。ナポリ仕立てを基調としたクラシックなスーツやジャケットに混ざり、総手縫いのダッフルコートを発見したのがきっかけである。ハンドメイドのダッフルとは異例中の異例。ナポリのサルトリアで同じリクエストをしたら失笑されるか、あるいは「出て行け!」と怒鳴られるかもしれない。なぜそれをわざわざ? と尋ねると、「時計仲間を通じて知り合った、ちょっと変わった洋服屋さんのリクエストで仕立てた」との答えが返ってきた。なんともその人物が気になり、一度合わせてほしいと願い出たのがきっかけだった。

 かくして対面した石崎氏は、ガムテープを貼って「Wolf & Wolff」と手書きで店名を記したアルミのドアの前で佇んでいた。「中へどうぞ」と招かれて入ると、塗り立ての白壁に囲まれた空間はほとんどがらんどう。棚の中には、当時まだ知る人ぞ知る存在だったT.Tの服が数着だけ置かれていた。「いつもこんな感じなんですか?」と訊くと「まあこんなものです」と石崎氏。「昔はもっとブレていたんですけれど、最近は自分の方向性に確信めいたものが生まれてきました。だから……、そろそろ洋服屋は終わりかも」。こんな会話を交わしたのが2022年のことだった。

 石崎氏はコアなファッション好きのあいだで、孤高のカリスマとして信望されてきた。そのキャリアはとにかく異色である。生まれは1986年。ティーンエイジャーのときに最も影響されたのは、キャロル クリスチャン ポエルやポール ハーデンといった、いわゆる“アルチザンブランド”だったという。自らの店を立ち上げるまでアパレルの経験はゼロだった。その道に入ろうとしたきっかけは「大いなる勘違い」だと話す。

 「20歳になる少し前、あるセレクトショップのオーナーにアメリカへ連れていってもらったんです。彼は単身で海外へ渡って、現地で一点ものの特注品を作っては持ち帰り、それをお店に並べていたんですね。その様子を見て、『なんだか楽しそうだし、気楽でいいな』と思ってしまったんです。楽しいはともかく、気楽っていうのは全くの勘違いでしたね。いざお店を始めるにあたっても、とにかくアパレルのコネもノウハウもゼロなので、有名なブランドからは全く相手にされませんでした。そこで仕方なく、まだ日本でほとんど知られていないようなブランドを買い付けるようにしたんです。そうしたら、なんだかヘンなお店になっちゃった」

 「Atelier 103」と名づけて2010年に立ち上げた彼の店には、しばしば長蛇の行列ができた。新進気鋭の人気店として注目される存在になったが、その後の動向がまた普通ではなかった。大ヒットを記録したアイテムも、あっさりと販売終了。そしてまた、誰も知らないようなブランドを買い付ける。店舗も転々と場所を変え、「Atelier Historic Instruments」、「Gallery Atelier」そして「Wolf & Wolff」と店名も次々と変わった。「ワンオーナーでやっているお店って、軸が固まってしまったら勝負できないと思っているんですね。だから、常にブレ続けていくことが重要。というより、自分が心から熱狂できるものを常に探していかないといけないんです。場所も名前も、僕のなかで熱狂の対象が変わっていくのに連動して変えていきました」と石崎氏。彼にとって“ブレる”とは、尋常ならざる熱量から生じる運動エネルギーなのだ。

 話は戻って2022年。ファッションの軸が決まってしまったと話していた石崎氏だが、実はもっと大きなところで“ブレ”が生じていた。ここから時計店・Wolf & Wolffとしての歴史が動き出す。

 実は石崎氏はかねてからのヴィンテージウォッチ好きで、とりわけロレックスにはひときわの情熱を注いでいた。冒頭のテーラーが「時計仲間を通じて石崎氏と知り合った」と話していたのはそれゆえである。ずいぶん前から海外へ買い付けに行くと現地のウォッチディーラーにも会い、商品としても細々とバイイングをしていたという。「それが気づいたらメインになってしまった」と氏は話すが、それも自身の熱量と正直に向かい合った結果だ。

 ここまでの内容から想像が及ぶかと思うが、Wolf & Wolffは数多あるヴィンテージウォッチショップのなかでも極めて異色だ。「多分、世界でいちばん資金力のない時計店じゃないですかね」と石崎氏は笑うが、ゆえにそのコレクションは鮮烈なほど純度が高く、そして独特である。といっても、いわゆるキワモノやイロモノ揃いというわけでは決してない。時計業界の潮流を敏感に読み取り、そこにファッションやアートの観点も加えて選び抜かれた逸品は、感性に響き脳髄を揺さぶるような魅力を放つ。Atelier 103から培ってきた石崎氏の感性や審美眼がここに生きているわけだ。


時代の綾が生んだ、珍奇で美しいヴィンテージウォッチ

「もはや私物と商品の境目は極めて曖昧で、とりあえず本当に欲しいと思ったものを購入します。すると“それを売ってくれ”とよく言われる。そこで商売に頭を切り替えて“いいですよ”と話が進む。いつもだいたいそんな感じです」と石崎氏。ゆえにここから紹介する品々は、石崎氏の“今の気分”を表すコレクションとしてセレクトしてもらった。まず、近年注目しているのが“フレンチケース”だという。

フレンチケースのユニバーサル ジュネーブ、1940年代。

 「第二次世界大戦中、フランスでは金の輸入を厳しく制限していました。つまり、金時計も輸入が難しいというわけです。苦肉の策として、ムーブメントと針だけをスイスのメーカーから輸入し、ケースや文字盤をフランス国内のジュエラーが製作して販売した……これが“フレンチケース”とよばれる時計です。こちらはユニバーサル ジュネーブのもので、ダイヤルの意匠が非常に独特。レターの雰囲気も全く違いますし、手彫りで彫ったところに赤いエナメルを流すというユニークな仕立てが施されています。

 もちろんメーカーが公式に行った施策ですが、ケースやダイヤルは全く別物なわけですから、真正性という観点からするとよくわからなくなってくる。事実、10年くらい前まではこれらを“100%本物”とはみなしていなかったと思います。ただ見方によっては、スイスの本格時計ブランドとフランスのジュエラーの共作と捉えることもできる。実はケースを見ると、製作を手がけたジュエラーの紋章が刻印されているんです。その紋章とジュエラーの名前を照合できる資料もあります。ちなみにこちらだと、ユリス・パーソンというジュエラーが作ったものとわかります。僕としてはユニバーサル ジュネーブの時計というより、“ユリス・パーソンの作品”と考えていますね」

ジャガー・ルクルト製ドライバーズウォッチ、1940年代。

 極上のコンディションを保った黒文字盤のジャガー・ルクルトもまた、1940年代に製作されたフレンチケースだという。

 「こちらはジャガーのアトリエで作られたケースのようですね。ドライバーズウォッチで、ハンドルを握ったときに見やすいよう、当時の人は親指の下に文字盤がくる形で身につけていました」

 「この時計にはちょっと面白いエピソードがあって、この時計は本来、リューズが下ではなく上にくるのが正解なんです。でもオーバーホールするときに職人が上下を逆にしてしまった。60年代以降はリューズが下にくるのが一般的だったので、間違えたんでしょうね。それで、そのオーバーホールを手がけたのは元ジャガー・ルクルトの職人だったという。本家のスペシャリストですら惑わせた歴史の綾というか、なんだか心惹かれる話だなと思いました。もちろん直すこともできるんですが、僕はこのままのほうがバランスがいいと思うので、あえてそのままにしてあります。ちなみに尾錠は先ほど話に出たユリス・パーソンのものですね」

ロレックス オイスター、1920年代から30年代ごろのもの。

 石崎氏が長年愛好するロレックスについても、近年は選びの志向に変化があるという。

 「ヴィンテージのスポーツロレックスはもはや手の届かない代物になっていますし、バブルバックも近年人気が再燃していますよね。なので、ちょっと違うところを攻めたいと思って。近頃はクッションケースが気になっていますね。こちらは1920年代後半から30年代前半のロレックス オイスターで、英国向けに作られたもの。ブレスレットは9Kゴールド製のレアなボンクリップです」

ロレックス クロノグラフ Ref.2811、1937年。イタリア・ミラノの老舗高級宝飾店であるロンキ・ミラノとのWネーム。

 「こちらは1930年代のクロノグラフRef.2811。ピンクゴールドのケースにピンク系のダイヤルがセットされています。こういうトーン・オン・トーンの時計も最近、好きですね。このごろは泣く子も黙るような超人気モデルより、一点ものに近い時計に惹かれるようになりました。海外のウォッチコレクターも、そういった人が増えているように感じます。ヴィンテージとしての価値というより、単純に美しいかどうかが選択基準。いわばひとつのオブジェとして、いかにオーラを放っているかを吟味するようにしています。それでいて各パーツのコンディションやオリジナリティ、経年変化といった時計好きとしての条件にも適うもの。そんなところが選ぶポイントだと思います」

モバード クロノグラフ M90、1940年代。所有者であった女性パイロットの銘が刻まれている。

 1940年代に作られたモバードのM90もまた、美しさに惹かれて購入したものだ。

 「14Kゴールド製のケースにエレガントなブレゲインデックス、ホワイトが経年変化したブラウンのダイヤル。そして何より、このブルーに痺れました。フレンチブルーという表現がぴったりですね。ちなみにこちら、歴史的なストーリーもあって、アルマ・アーレン・デイヴィスという女性パイロットのパイオニアが所有していたそう。裏蓋に彼女の名前と飛行機免許のライセンスナンバーが刻印されていて、内側には彼女にこれを贈ったと思われる人物からのメッセージも彫られています」

ギャレ フライングオフィサー、1940年代。

 「こちらはギャレというニッチなメーカーの時計。アメリカンのトルーマン大統領が着用したことで知られ、今年電撃復活を遂げて話題になりました。1939年ごろに製造された初代のフライングオフィサーで、径34.5mmという小ぶりなサイズが特徴です。個人的に長年探していて、ついに日本のヴィンテージウォッチショップで販売されていたものを入手。ブラック文字盤でコンディションがよいものとなるとほとんど巡り会えないため、即座に購入を決意しました。近ごろ人気なのは隙のない洗練されたデザインの時計ですが、これはいわば真逆です。“情報を詰め込みすぎた”デザインが、実にマニア的で格好いいですね」

エルメス ケープコッド PM。90年代のもので、レザーストラップはオリジナル。

 エルメスのケープコッドは、時計本体だけでなく“ストラップ”に惹かれて購入したものだという。

 「ロサンゼルスに住んでいる友人に頼んで譲ってもらいました。彼女が90年代にバーニーズ ニューヨークで購入した時計で、ストラップを交換せず30年近く着用していたそうです。その経年変化に魅了されたわけですが、ただの使い古されたストラップではなく、ひとりのオーナーが長い時をともにして育て上げてきたという背景に味わいを感じたんですね」

 「Instagramに写真をポストしたところ、僕と同じ感慨を抱いた方がいたようで、購入希望の連絡がきました。僕も手放す決意をしたところで、元オーナーから『ごめん、やっぱり返してくれない?』と連絡が。愛着があるから……と話していましたが、おそらく彼女もこれが単なる“使い古した時計”でないことに気づいたんでしょうね」

 石崎氏は時計の買い付けにおいて、自ら海外各地を飛び回って時計市やオークション、現地のコレクターなどを訪ね歩いているという。インターネットと輸送を駆使して買い付けを行うことがもはや主流になりつつある現在において、このアナログなバイイングはまたしても異例だ。

 「アメリカの田舎で開催されている小さな時計市まで足を運んで、なんとかブレスレット1本だけ掘り出して帰ってきた……なんてこともしょっちゅうです。効率は極めて悪いのですが、やはり世界各地に足を運ぶと目に見えない発見がたくさんあるんです。まだ表面化していない時計の新潮流とか、びっくりするほどセンスのいいコレクターの感性とか、海外の空気を吸って得られるインスピレーションとか。これまで気にも留めなかった時計が、突然最高にクールな一本に見えたりもしますね。フレンチケースなんかはまさにその典型例です。資金やマンパワーで勝負できない僕にとって、“異常な愛情”みたいなものだけが武器で、すでに確立された価値基準では測れない“説明がつかない美しさ”を発見して、お客様に提示していかなければならないと考えています。もともとはそれを洋服で表現していましたし、それが今は時計になっている、という感じですかね」

 常に異例の道を歩んできたからこそ育まれた、鮮烈な感性。石崎氏のコレクションには、爽やかな新風が常に吹いている。

Photographs by Yusuke Mutagami