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2026年3月1日(日)から5月10日(日)まで、東京・銀座のシテ・ドゥ・タン ギンザで開催されている『ロンジン アーカイブ展~時を紡ぐウォッチメイキングの軌跡~』は、スイス・サンティミエのロンジン ミュージアムから厳選したヘリテージピースを通じて、「エレガンス」「パイオニア精神」「精度」という3つの視点からブランドの歩みを紹介する企画だ。ロンジンの歴史を振り返るとき、航空時計や計時機器、あるいはスポーティなモデルが注目を浴びやすい。しかし、その美意識の核をより端的に映し出しているのは、むしろ小径で薄く、角形やオーバルのケースをまとったエレガントウォッチかもしれない。そこには、装いに寄り添う優雅さだけでなく、小さなムーブメントであっても精度を成立させようとした、ロンジンならではの思想が宿っている。本稿ではアーカイブ展の開催にあわせ、ロンジン ヘッド・オブ・ブランドヘリテージのダニエル・フグ氏に、小径・角形ウォッチの系譜をとおして見えてくるブランドの本質について聞いた。
牟田神 佑介
本アーカイブ展は、ロンジンの「エレガントウォッチ」の分野を紐解く貴重な機会となりました。昨今は主にパイロットウォッチや19世紀中期のアーカイブを中心としたコミュニケーションが主流であったように思いますが、今回厚く取り扱っているエレガントウォッチの系譜はどこから始まるのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
我々の歴史のなかで、非常に早い時代までさかのぼります。ロンジンのアーカイブには、1894年に“腕に着けるためのタイムピース”の記録があります。残念ながらその個体の写真は残っていませんが、現存する最古の時計として1902年製のものを今回は展示しています。さらに1911年には、女性のために特別に作られた最初の腕時計を製造しています。ロンジンにとって、エレガントな腕時計の歴史はごく早い段階から始まっていたのです。
現存する、ロンジン所蔵としては最古の腕時計。
牟田神 佑介
その流れを語るうえで大きなウェイトを占めてくるのが、レディスウォッチなのですね。
ダニエル・フグ氏
そう思います。当時のスイス時計産業の主流は大型の懐中時計でした。そうした時代に、正確さを保ちながら小さな機械式ムーブメントを作るのは、非常に難しかった。ロンジンはそこに早くから取り組んでいました。たとえば1902年のCal.11.62は約26mmでしたが、その後は516系(11.5 x 16.5 mm)などを経てさらに小型化が進み、1930年にはCal.4.21のような極小キャリバーにも到達しています。小さくすること自体が難題だった時代に、それと精度と両立させようとしていたことが重要なのです。なお私は、腕時計の本格的な始まりは第一次世界大戦ではなく、それ以前のレディスウォッチにあると考えています。男性がまだ懐中時計を使っていた時代、女性たちはより早く腕時計を必要としていた。小型化の歴史は、そうした着用文化とも結びついているのです。
Cal.5.16N
Cal.4.21
牟田神 佑介
ほかのブランドを見てみても、1900年初期に腕時計の小型化に注力していたブランドは片手で数えるほどもありません。当時はルクルトがその筆頭に挙げられますが、彼らは工作機械から自分たちで手がけることで精度の高い加工技術を獲得し、1929年にCal.101を生み出しました。ロンジンが小型化を可能にした背景には、どのような製造体制があったのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
ロンジンは1867年という早い時期から、部品製造の標準化と機械化に取り組んでいました。それによって生産効率を高めるだけでなく、部品精度を安定させ、時計全体の精度向上にもつなげていったのです。工具や機械の多くも自社で開発していたと考えられます。さらにアーカイブを見ていくと、ロンジンは金、銀、スティールなどのケースを手がける工房を持ち、装飾やジェムセッティングも社内で行っていました。ムーブメントから外装までの高い内製力があったからこそ、小さくても完成度の高い時計を作れたのだと思います。もっとも、必要な分野では外部の専門家とも協働していて、常に“何が最善か”を基準にしていたのもロンジンらしいところです。
1889年製、18Kゴールド製シェル型懐中時計。
外蓋にはエナメル装飾とダイヤモンドセットが見られる。ロンジンの高い装飾技術がうかがえる逸品である。
1938年の18Kゴールド製ジュエリーウォッチ。極小ムーブメント、Cal.5.16Nを搭載しつつ、ケースにはダイヤモンドのジェムセッティングが光る。
牟田神 佑介
今回のアーカイブ展では、角形やオーバルケースの時計の存在が際立っているように見えます。こうした造形は、ブランドのなかでどのように発展していったのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
1911年ごろは基本的に丸型ムーブメントを製造していましたが、1916年になるとレクタンギュラーやオーバルのムーブメントが登場します。ここで重要なのは、ロンジンにおいてはムーブメントの形がケースの形に対応していくことです。ロンジンにとってのエレガンスは、単にケースの輪郭が美しいことではありません。ケースとムーブメントがきちんと呼応していること、内部構造まで含めて調和していることが大切だったのです。しかもそれらは非常に薄く、たとえば1916年のものではケースの厚さが2.75mmほどしかありません。内外のシンクロだけでなく、薄さもまたロンジンにおけるエレガンスの重要な要素でした。
1937年製のレクタンギュラーモデルであり、ケースの形状に沿うトノー型の手巻き式ムーブメント、Cal.9.47NN(20 x 28 mm)を搭載していた。
1937年の広告。Cal.25.17搭載モデルの姿が見られる。
牟田神 佑介
その思想を象徴するムーブメントとして挙げられるのが、やはり名機と呼ばれるCal.9LやCal.25.17になってくるのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
ええ。ちなみにCal.9Lはアメリカ市場での呼称で、実質的にはCal.25.17と同じものです。このムーブメントの特別なところは、美しいだけでなく大型のバイメタルテンプのおかげで非常に高精度だったことにあります。実際、ロンジンは1937年に公的機関による「一級公式認定」を受けたクロノメーター認定のCal.25.17を搭載したふたつの腕時計を発売しました。これらは角形のエレガントウォッチで、そこまでの精度を実現していたのは当時として本当に例外的です。さらに、この時計にはすでにサファイアクリスタルが採用されていました。ロンジンの1920〜30年代のカタログには、“エレガンス”と“精度”という言葉が並んで出てきますが、それは単なる宣伝文句ではありませんでした。そのふたつを実際にひとつの時計のなかで両立させようとしていたのです。
牟田神 佑介
Cal.25.17に関連して、“ABC”という表記もとても興味深いものでした。これは、通常のCal.25.17をさらに薄くした仕様を示すもので、ロンジン独自の美意識をよく表しているように感じます。この“ABC”は、ブランドにとってどのような意味を持っていたのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
私にとっても面白いディテールです。Cal.25.17には“ABC”表記の派生型があって、これはより薄く、よりフラットにした仕様を示すものでした。つまり、通常のムーブメントをさらにスリムにしたバージョンです(標準的な4.0mmのムーブメントをわずか3.5mmまで薄型化)。ロンジンにおいてエレガンスとは、文字盤の装飾やケースデザインだけではありません。ムーブメントそのものを薄く、整った構造に仕上げることもまた、美しさの一部だったのです。技術的な挑戦が、そのまま審美性につながっている。そこにロンジンの面白さがあります。
Cal.14.17搭載のレディスウォッチ。
牟田神 佑介
ロンジンの小型ムーブメントのなかには、まだあまり知られていない名作もあるのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
個人的にひとつ挙げるなら、1956年に発表された極小自動巻きムーブメント、Cal.14.17です。サイズはわずか15.2×16mmほどですが、そこにローターを備えることで自動巻き機構を成立させています。これは本当に驚異的でした。さらにロンジンは1945年に独自の自動巻き機構を開発していて、それは双方向巻き上げ式で効率が高く、しかも巻き上げ時の音も発生しませんでした。ここも重要です。ロンジンにとってのエレガンスは、見た目や精度だけでなく、“音”にまで及んでいたのです。耳障りなノイズを出さないことまで含めて、時計のたたずまいを整えようとしていた。そう考えると、このブランドのエレガンスはかなり広い概念にわたるものだと言えます。
レディスウォッチ用の非常に小型の自動巻きムーブメントCal.14.17。1956年に製造。
牟田神 佑介
ジュエリーウォッチの系譜もまた、小型化と切り離せないものですよね。
ダニエル・フグ氏
そうですね。1920年代にはホワイトゴールドやプラチナを用いたラグジュアリーなモデルが数多くありました。そこには当時のファッションとの結びつきも見て取れます。時計は単独で存在するものではなく、その時代の装いと響き合うものだったのです。一方で、ロンジンは装飾性だけに向かったわけではありません。1931年にはすでにサファイアクリスタルを備えた時計も作っていましたし、素材や技術の面でも先進的でした。美しさと技術が、常に同じ方向を向いていたということです。
1920年に製造された、オーバルケースのジュエリーウォッチ。1920年代初頭より、ロンジンはアール・デコ様式を取り入れながらエレガントなレディスウォッチを多数輩出していた。
1963年の18Kゴールド製レディスウォッチ。厚みのあるサファイアクリスタル製のカットガラスは同年代のモデルにも多く見られた仕様である。
牟田神 佑介
最後に、ロンジンにおける“エレガンス”という考え方は、いまどのように受け継がれているのでしょうか。
ダニエル・フグ氏
本質は変わっていません。1910年代以降のカタログにも、“エレガンス”という言葉は繰り返し登場します。ロンジンにとってそれは昔からある価値基準なのです。もちろん時代によってデザインは変わりますし、スポーティな表現が前面に出る時期もあります。それでもなお、ケースをより流麗に見せること、時代を超越した、むしろ純粋主義的なデザインを貫き、文字盤を過剰にしすぎないという姿勢は変わらず、技術的にもより優れた解決策を探し続けています。だからこそ、小径や角形の時計を見ていくと、ロンジンというブランドの本質がよく見えてくるのだと思います。
Photographs by Yusuke Mutagami, Masaharu Wada
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