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1926年から1989年まで続いた昭和は、戦争、復興、高度経済成長、そしてバブル前夜を駆け抜けた勢いある時代だった。この激動の時代を生きた人々は、勇ましくもどこか艶っぽく、今なお私たちを魅了する。そんな彼らのもとで時を刻み続けた時計には、きっと彼らの哲学や美意識が宿っているに違いない。昭和を象徴する8人の作家、政治家、銀幕のスターそれぞれの手元に注目し、その時代と生き様を読み解いていく。
アーネスト・ヘミングウェイ(1899~1961年)
photo courtesy of Getty Images/Mondadori Portfolio
ロレックス “バブルバック”
『老人と海』『誰がために鐘は鳴る』などで知られるヘミングウェイは、20世紀文学を代表し、実際に現地に赴き行う徹底的な取材を基に執筆する行動派作家だ。彼の人生は旅や冒険とともにあり、カナダ、フランス・パリ、キューバ、アメリカ・キーウエストなどさまざまな土地に滞在し、狩猟や船に乗って釣りをした。また、L.L.ビーンのブーツやルイ・ヴィトンのトランクを長く使い続けた姿から、彼が流行よりも自らにとってタイムレスであること、そして何より実用と耐久を重んじていたことが伺える。だからこそ彼が、防水性を備え、過酷な自然環境に耐えられた堅牢なロレックス “バブルバック”オイスター パーペチュアルを選んだのは納得できる。また、彼はブレスレット仕様(恐らくRef.6084)だけでなく、ストラップ仕様(アーミーバブル)も愛用していたようだ。
白洲次郎(1902~1985年)
吉田元総理の特使として渡米する白洲氏。photo courtesy of 共同通信社 1950年出版
ブラックダイヤルを備えたロレックス “バブルバック”
兵庫・芦屋の裕福な家に生まれた白洲氏は、若くして英国へ渡り、ケンブリッジで学んだ。戦後、吉田茂の側近としてGHQとの折衝にあたった際には「従順ならざる唯一の日本人」と評された。優れた美意識を貫き、権威に迎合しない彼の生き様は、今なお多くの男性を魅了している。そんな彼は、“上質なもの”の経年変化こそ楽しんだ。ツイードはあえて外で干したあとに着用し、エルメスのクロコ製アタッシュケースや、父から譲り受けた19世紀製造と推測されるジョン・ベネットのハーフインターケースを備えた懐中時計を修理しながら使用。その流儀は腕時計にも現れ、“バブルバック”と呼ばれる、堅牢でありながらエレガントなロレックス オイスター パーペチュアル、なかでもブラックダイヤルを備えたゴールド製のRef.6085を傷をつけながらも愛用した。しかし当時ブラックダイヤルは高い視認性を備えた軍用品としての印象が強く、あえて私用でそれを選ぶ者は少なかった。妻・正子氏が「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」と言ったが、ご多分に漏れずここにも彼の“プリンシプル”が見て取れる。
田中角栄(1918~1993年)
ゴールデン・エリプスを着用する田中氏。photo courtesy of Getty Images/United Archives
パテック フィリップ カラトラバ、ゴールデン・エリプス第一世代
第64・65代 内閣総理大臣の田中氏は、1972年から74年の在任期間には日中国交正常化を実現し、高速道路や新幹線網の整備を推進した。勉強のため毎朝2時に起床し、その知識量でも、当時、東大法学部卒以外は認めないとされた大蔵省の官僚からも絶大なる信頼を集めていた。そんな姿から「コンピューター付きブルドーザー」と称された彼がパテック フィリップを愛用していたことは、すでに有名すぎる話だろうか。
photo courtesy of ARBITRO
その2本のパテック フィリップ、2針のカラトラバと、ホワイトゴールド製のゴールデン・エリプス(ホワイトダイヤルとする説もあるが、数枚のカラー写真を確認するとブルーダイヤルに見えることが多い)を選挙演説、外交、ゴルフのときでも、下駄を履き自宅“目白邸”での囲み取材を受けているときでも、常に着用していた。高級品を豪快に日常的に使用し、我が物にしていく様はかっこいい。現在カラトラバは娘・眞紀子氏に受け継がれているが、当時角栄氏は竹班のレザーストラップや、あるときには突起のあるホーンバックのクロコ製ストラップを合わせていた。自他共に認める大の汗かきで、額をぬぐうタオルを欠かさなかった彼は、おそらくレザーストラップを頻繁に付け替えていたことだろう。
三船敏郎(1920~1997年)
ベネチア国際映画祭で男優賞を受賞した際、カラトラバを着用する三船氏。photo courtesy of Getty Images /Archivio Cameraphoto Epoche
パテック フィリップ カラトラバ Ref.3520、カルティエのタンクレベルソ、マストタンク
中国・青島生まれの三船氏は『羅生門』『七人の侍』に出演し、戦後の日本を勇気づけ、黒澤明監督との名コンビで日本映画の黄金期を築いた。豪放で野性味あふれる演技は“ミフネ”の魅力であり、ベネチア国際映画祭で受賞するなど海外でも高く評価された。
photo courtesy of 宝石広場
そんな彼が、12時位置に“PARIS”表記を備えたカルティエのタンクレベルソやマストタンク、そしてパテック フィリップ カラトラバ(1960年代製のRef.3520だと思われる)などを愛用していたのは興味深い。武骨なイメージとは対照的に、選ぶのはいずれも抑制の効いたエレガントなドレスウォッチ。余白を活かしたミニマルな美しさを持つ時計は、まるで彼の内にある日本人らしい精神や知性を映すようだ。スクリーンでは豪胆な彼が、手元には穏やかに、カルティエやパテック フィリップを選び取る。それらを自然体で着けこなす姿からは、成熟した大人の余裕が感じられる。
三島由紀夫(1925~1970年)
スクエア型のカフスを留めた袖口からアキュトロンがのぞく。photo courtesy of AP/Aflo
ブローバ アキュトロン、ロレックス オイスター パーペチュアル
『金閣寺』『潮騒』といった代表作を残し、壮絶な最期を遂げたことによって時代に衝撃を与えた三島氏。文才はもちろん、英語や仏語を操る聡明さを携えながら、30代からはボディビルに打ち込んだ。その両極を磨き上げようとする姿勢は、徹底した美意識の表れでもある。実際、仕事道具は洗練されており、カフリンクスなどのファッションアクセサリーについて寄稿していることを思えば、当然、時計選びにも気は抜かなかっただろう。
photo courtesy of Art Deco Wristwatches
彼は、学習院高等科卒業時に拝受したという“恩賜の銀時計”を原点に、書斎の机には1960年代製のオメガのデスククロックを置き、手首には1960年代製造の“TVケース”を備えたブローバ アキュトロン 514(14KG製で、当時最先端の音叉式機構を搭載)や、エンジンターンドベゼルを備えた1950年代製のロレックス オイスター パーペチュアルを選択。精神と肉体の調和を求めた彼は、時計に対しても、外観の美しさと内蔵されているムーブメントの質を検討し、名実ともに素晴らしいものを選び取ろうとしていたのかもしれない。しかし同時に、彼のお気に入りらしいアキュトロンは、その非対称ケースに遊び心が感じられ、ピュアなときめきのみで選ばれたのかもしれないとも思う。
高倉健(1931~2014年)
photo courtesy of 国際情報社『映画情報』第31巻1月号(1966)
IWC ビック・パイロット・ウォッチ IW500202など
第1回日本アカデミー賞を席巻した『幸福の黄色いハンカチ』で主演を務めた高倉氏は、観る者の心を打つ演技で数々の主演男優賞、紫綬褒章、そして文化勲章を受章した。また、お世話になった人へ感謝のしるしとして、裏蓋に“~様 高倉健”とエングレービングした腕時計を贈ったというエピソードは義理堅い人となりを表す。
photo courtesy of tropical watch
その贈り物は、第3世代のブレゲ タイプXX アエロナバル、ゼニス グランドクラス エル・プリメロ 500本限定モデル、そしてロレックスやヴァシュロン・コンスタンタンの数々。かなりの時計愛好家であろう彼自身は“右手首”に、有名なところで言うとブラックダイヤルを備えたロレックス エクスプローラーⅠ/ⅡとGMTマスター(ブレスレットだけでなくストラップも装着)、また、カルティエ サンチュールやエベル スポーツワン、そして晩年にはブルーダイヤルを備えたIWC ビック・パイロット・ウォッチ IW500202などを着用した。しかし時計を贈ったことは有名でも、自身のコレクションについての情報や着用時計が確認できる写真は少ない。誇示せず、気取らない姿には、純粋な時計への愛が感じられる。
石原裕次郎(1934~1987年)
1964年のカンヌ国際映画祭にて、黒紋付姿の石原氏。右手首には時計が輝く。photo courtesy of Getty Images/Gillbert Tourte
18KG製のオイスター パーペチュアル Ref.1007など
戦後最大の映画スターと言われる石原氏は、代表作『嵐を呼ぶ男』、代表曲「銀座の恋の物語」に象徴されるような華やかで都会的な感性を持つ。それは遺された計15本の腕時計にも息づいており、今回は9本を抜粋して紹介する。まずロレックスの4本で、“ロングE”ダイヤルを備えたGMTマスター、“デイデイトのブレスレットを装着した”GMTマスター Ref.16758、ローマンベゼルを備えたチェリーニ、そして上記画像で着用している独特の7連ブレスレットを装着した18KG製のオイスター パーペチュアル Ref.1007。ピアジェからの2本は、ラピスラズリダイヤルを備えたトラディション Ref.12421A6と、最愛のまき子夫人から贈られたRef.9591のサルバトーリ・ダリとのコラボモデル。そしてユニバーサル・ジュネーブ トリコンパックス クロノグラフ Ref.222100-1や芸術的なジャガー・ルクルトのミステリーウォッチ、ゴールド製のホイヤー クロノグラフ カレラ Ref.1158と多彩な顔ぶれだ。スポーツ、ドレス、アートピースと幅広いが、すべて、少年期から絵や工作に秀で、芸術家のダリを愛した彼の確かな審美眼を基に選ばれたのだろう。
橋本龍太郎(1937~2006年)
1996年の官邸中庭にて、サテン仕上げが美しいチェリーニを着用する橋本氏。photo courtesy of Aflo/Yoshitaka Nakatani
セイコー クオーツQT、ロレックス チェリーニ
1996年から98年にかけて第82・83代内閣総理大臣を務めた橋本氏は、在任期間には定額減税や普天間基地返還に尽力した一方で、山一證券の自主廃業というドラマティックな出来事にも直面した。趣味の剣道をする袴姿、ポマードヘア(実際はムースだそう)で煙草を吸うアイコニックな姿を思い出す人も多いだろうか。
photo courtesy of ANTIQURIOUS
そんな彼が愛用したのは、38系のムーブメントを搭載したゴールドトーンのセイコー クオーツQT。まだクォーツ時計が高級品だった1970年代のモデルで、当時、グランドセイコーに迫る存在感を放っていたという。“登山好き”の縁からか、現在はアルピニストである野口健氏がこの時計を所有するが、橋本氏が国産ブランドを選んだ姿には国を背負う矜持が感じられる。また、ゴールド製で1970年代に製造されていたロレックス チェリーニ Ref.3805も着用。ロレックスの発明品であるオイスターケースをあえて用いないドレスウォッチで、手巻きムーブメントを搭載する。いずれも存在感のある金色のケースだが、彼が身に着ければ不思議と悪目立ちせずエレガントに見える。
hero image: photo courtesy of Getty Images/Bettmann
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