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ウィリアム・スタフォード(William Stafford)は、「出来事に押されるようにして、自分の居場所へたどり着くのも悪くない」と記している。もちろんたった一行の詩が、誰かの人生に多大な影響を与えるべきだとは思わないが、この十数語は、私自身の人生に絶大な影響を及ぼしてきた。私はもともと綿密に計画を立てるのが得意なタイプではなく、この言葉は、混沌とした自分の人生に向き合うとき、自分自身に言い聞かせる少し気の利いた返答のようなものでもあった。しかし同時に、この一節には確かに示唆的な知恵があるとも感じている。
そしてあなたはコンピューターや携帯電話の前に座って、「時計を見に来たのであって、詩や混沌についての話を聞きに来たのではない」と思っている人もいるだろう。でも不思議なことに、この一節は私の時計人生において、何よりも強く作用してきた。長年のBring A Loupeを読んできた人なら、以前よりディーラーの出品を取り上げることが少なくなっていることに気づいているかもしれない。その理由は、100%この古い詩の一節のせいだ。もちろん、オークションとディーラー販売のどちらが本質的に優れているという話ではない。ただ私にとって、オークションの魅力は、その本質的な予測不能さにある。
10年以上前、ヴィンテージのチューダー レンジャーがeBayに出品された。もし気に入らなくても売れば損はしない程度の価格だったので、私はそれを購入した。その時計を愛しているかどうかなど全く考えず、またその特定のモデルに深い憧れを抱いたこともなかった。ただその日、そこにあったというだけだ。Craigslistで見つけた1969年製のオメガ スピードマスターや、レマニア2310を搭載したメイランのクロノグラフといった、私が最も夢中になった時計のほとんどは同じような経緯をたどった。自分が何を欲しいのかはよく分かっていなかった。ただ手が届く範囲でかっこいいものが欲しかっただけだ。
その面白さは明らかに、偶然の巡り合わせを感じさせてくれる点にある。もしリサーチや調達のストレスやプレッシャーもなく、偶然チューダー レンジャーを手に入れていなければ、私がそれを欲しがることなどあっただろうか。一方、面白くない点は、時計に詳しい人々のほとんどが、実際に欲しい時計について思慮深く、よく考えられたアイデアを持っているのに対し、ごく一部の例外を除いて、私にはそれがなかったことだ。たとえばヴィンテージのロレックス サブマリーナーを欲しいと思うことを、私はあまり自分に許してこなかった。大好きだし、外観も素晴らしいが、いつものような偶然の形で、時計に巡り合える可能性はきわめて低いからだ。
オークションシーズン真っ只中(編注;現在それらのオークションは終了している)ということもあり(関連記事はこちらとこちら、そしてこちらから)、私自身の凝り固まった時計選びにおける傾向を矯正するものとして、ディーラー出品の時計だけに絞って紹介する。またディーラーという存在は、偶然に左右される時計選びという意味では、ディーラーこそ最前線にいる存在でもあるでもある。彼らは市場に現れた手に入れられる時計を買い、それを必要とする誰かのもとへ届けられると信じて活動している。時計コミュニティに計り知れないほど貢献している。もちろん、疑わしい取引や不誠実な慣行の話がないわけではない。それでも、彼らは大きな金銭的リスクを背負いながら活動しており、結局のところ、我々と同じように筋金入りの時計愛好家でもある。
先週のピックアップの結果をお伝えしよう。ブライトリング Ref.765CPは6500ドル(落札日のレートで約100万円で落札)で落札され、パテック フィリップ Ref.1593は流札。コルナヴァン ダイバーズ Ref.P810は5月9日に販売予定(編注;現在オークションは終了しており、5625スイスフラン/落札日のレートで約110万円で落札)で、オーデマ ピゲ Ref.6005は7000スイスフラン(日本円で約140万円)で落札された。
番外編
エベラール “ロイヤル マティック”。Photo courtesy Adam's
ウィリー・ネルソン氏が歌う『Always On My Mind』はこれまでに録音された最高の曲のひとつであり、『Hallelujah』はジェフ・バックリィ版を超えるものはないと感じている。ブローバ 4420101もニバダ・グレンヒェン F77もオリジナルのロイヤル オークより優れているとは思わないが、企業がクラシックモデルの独自のカバーバージョンを作ろうとする試みには、何か魅力的なものがある。このエベラール ロイヤルマティックもその系譜を同じくらい明白に受け継いでおり、しかもかなり珍しいモデルなので、同じ時計を着けている人に出会う可能性も低い(編注;現在オークションは終了しており、1100ユーロで落札/日本円で約20万円)。少し冒険したいなら、1980年代初頭のこのコンコルド デリリウムは一見の価値がある(編注;現在オークションは終了しており、5000英ポンド/日本円で約100万円で落札)。ソリッドゴールド製で厚さ1.98mmのデリリウムは、70年代後半から80年代前半の雰囲気を強烈に放っている。だが落札者にとっての本当の冒険は、レナータ(Renata)社が333バッテリーをもう製造していないため、交換用の電池を見つけることかもしれない(ティファニーサイン入りのデリリウムがお好みなら、こちらをどうぞ)。最後に、Goodwillにはシャネル ボーイフレンド(編注;現在オークションは終了しており、1702ドル/日本円で約27万円で落札)とカルティエ パンテール 1310(編注;現在オークションは終了しており、2851ドル/日本円で約45万円で落札)の両方が出品されている。
フルセットのパテック フィリップ Ref.3970
Photo courtesy Matthew Bain
マシュー・ベイン(Matthew Bain)氏が出品するこのパテック フィリップ Ref.3970は、いくつもの理由で紹介する価値があるが、なかでもベイン氏自身の熱意は特筆に値する。彼はこの時計を調達した経緯をこちらで綴っており、その最後の一節は引用する価値がある。“こういう時計との出会いこそが、長年経っても情熱を失わせない理由です。何十年この業界にいても、足を止めさせ、なぜ自分たちがこの世界に入ったのかを思い出させてくれる時計は存在するのです”。
Photo courtesy Matthew Bain
また、ディーラーがコミュニティ全体にどれほど貢献しているかという上記の点に関して、2024年のこの記事をチェックして欲しい。この記事でベイン氏は、なぜRef.3970がそれほど重要な時計であり、なぜ(当時は)過小評価されていたのかを説明している。要するに、彼はパテック フィリップ Ref.3970の換金性以上に、その美しさや歴史的重要性そのものを強く評価しているように感じられる。
Photo courtesy Matthew Bain
もちろん換金性がないわけではない。この時計は35万ドル(日本円で約5500万円)で間違いなく購入可能であり、それは驚異的な金額ではあるが、ベイン氏がこの時計について書いた文章を読むと、もし私がその資金を持っていたなら、この時計に使うことは決して狂気ではないと思えてくる。その系譜が(月面を含め)至るところに広がるレマニア社製のムーブメント Cal.CH 27-70 Qを搭載し、豊かなパティーナをまとった18Kゴールド製のケースと、完璧なダイヤルと針を備えている。しかしこの時計には箱、保証書(オリジナルとサービス)、アーカイブ、そしてオリジナルのプッシャーまで、すべての付属品が揃っているのだ。つまりこれは、時計史における重要なブランドの重要なモデルが、きわめて完全なかたちで残されている1本なのだ。
パープルダイヤルを備えた18Kゴールド製のロレックス サブマリーナー Ref.1680
Photo courtesy Tropical Watch
サブマリーナーと言えば、ここで紹介するのはほとんど反則だと感じる1本がある。一体どんな空気、湿気、温度が組み合わさり、このダイヤルをこのような色に変えたのだろうか? 私には見当もつかない。このサブマリーナーを見ていると、スポーツのハイライト映像を見ているような気分になる。文字どおり何かが起こっているのを見ながら、同時にそれが物理的に不可能だとわかるような感覚だ(世代的に、私にとってその代表例はボー・ジャクソンやマイケル・ジョーダンだ)。
Photo courtesy Tropical Watch
トロピカルウォッチ(Tropical Watch)はこの18Kゴールド製のサブマリーナーを5万9550ドル(日本円で約940万円)で販売しており、これはどこを見ても語るべき魅力がありすぎる。未研磨と思われるケースだろうか? ブルーにフェードしたベゼルだろうか? それとも、百万分の一の確率でしか生まれないダイヤルだろうか? 確かに、ブレスレットは新しいものに交換されている。それはいい。しかしオーナーのジャック・コズベック(Jacek Kozubek)氏が、商品説明欄に「この時計を手に入れることで得られるのは、どんな部屋に入っても自分がもっともクールな時計を着用しているという確信です」と書いているが、確かに反論はなかなか難しい。
Photo courtesy Tropical Watch
オメガ スピードマスター Ref.BA 145.022-69
さて時計愛好家の皆さん、これが初めて自分の上がり時計になるかもしれないと思った1本だ。オメガが月面着陸(そういうものを信じるならだが)を祝してこのモデルを1014本製造したと知ったとき、バーガンディのベゼルを備えたソリッドゴールドのスピードマスターは、自分の時計への憧れを託さずにはいられないほど魅力的な存在に思えた。だがそんな時計を買えるはずがないし、仮に買えたとしても、最初に所有した車3台分より高価な時計を気楽に着けられるとも思えなかった。だからオメガのRef.BA145.022-69は長年にわたって、長年の、害のない妄想のような存在だった。
Photo courtesy Menta Watches.
しかし空想というものは、少なくともこの場合においては、そう簡単には消え去らない。このモデルが市場に現れるのを見るたびに私の心は高鳴り、今週Menta Watchesが出品したこの個体も例外ではなかった。
この個体には、オリジナルのゴールドダイヤルから、オリジナルのドット・オーバー・ナインティ(DON)バーガンディベゼル、そして素晴らしい状態に見えるソリッドゴールド製のケースまで、魅力的な点がたくさんある。確かにゴールド製のブレスレットには使用感が見られるが、それは許容範囲だろう。この時計の何がそんなにクールかというと、オメガがそれを実行した(そしてもちろん、数年後に復刻した)という事実そのものだ。自分が、NASAが月面へ向かう宇宙飛行士たちに支給している時計を製造する会社を経営していると想像してみて欲しい。お祝いに何をするだろうか? ソリッドゴールド製のモデルを製造するだろう。そこにはどこか無邪気で愛らしいロマンがある。そしてそのロマンに3万6500ドル(日本円で約580万円)を払う価値があるかどうかは、自分で判断して欲しい。ちなみに、私が確認できる限り、これは現時点で最安の個体でもある。
モバード ポリプラン カーベックス Ref.44009
Photo courtesy The Discreet Peacock
私たちのほとんどは、時間を円環的なものとして考えている。円形の時計で時間の読み方を教わり(小学校で白紙の時計に針を書き込んだ記憶がよみがえるだろう)、毎日が同じ24時間で、周期的に繰り返される(週や月も同様だ)。その文脈を考えると、長く引き伸ばされたレクタンギュラーウォッチには、根本的にエレガントな何かがある。例えばThe Vintage Watch Collectionから入手可能なLIP タンクや、このユニバーサル・ジュネーブは見事だが、私に言わせれば、レクタンギュラーウォッチの最高峰はモバードのポリプランだ。
Photo courtesy The Discreet Peacock
2024年にリッチ・フォードンが語っていたように、私たちはヴィンテージモバードにもっと注目すべきであり、ポリプランはその主張を裏付ける格好の例だ。ポリプランのムーブメントは、大きくカーブしたケースに収まるように角度がつけられているという点で、実にワイルドだ。平らな中央部と、両端に角度のついたふたつのセクションで構成されている。この設計の機械的な論理は、より大きなテンプを搭載することを可能にし、結果としてより優れ、より正確な計時を実現するというものだった。現代のウォッチメイキングの現状を考えれば、それは説得力がないかもしれない。だが、最初のポリプランが登場したのは1912年なのだ。
Photo courtesy The Discreet Peacock
Photo courtesy The Discreet Peacock
The Discreet Peacockが販売しているこの個体は、14Kイエローゴールド製で横22mm×縦44mm、1917年製だ。ブレゲ数字を配したダイヤルは、109年前の時計とは思えないほど素晴らしい状態を保っている。価格は2万5000ドル(日本円で約390万円)だが、正直に言えば、やや強気だ。確かに珍しい時計だが、10年も前なら同じモデルはもっと安価で取引されていた。とはいえ、本当に優れた設計を持つ素晴らしい時計であることは間違いない。そして次に市場へ現れるのがいつになるかもわからない。
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