チューダーといえば、常にブラックベイやペラゴスばかりというわけではない。確かに2012年にブランドがアメリカ市場へ復帰して以来、チューダーの成功を支えてきたのは、ヘリテージ クロノ、ペラゴス、そしてもちろんブラックベイのようなモデルだった。これらはいずれもヘリテージ性を前面に打ち出しながら、当時の愛好家市場が求めていた価格、スペック、デザインを的確に押さえた比較的オーソドックスな時計だった。
その後の10年でこの成功はひとつの定石となり、ペラゴスやブラックベイは、オリジナルのコンセプトをより細分化したバリエーションへと展開していった。だが、その定石から外れるチューダーはどうだろうか。ノースフラッグやファストライダーを覚えているだろうか。あるいはブラックベイ P01はどうだろう。左リューズ仕様、シルバーケース、チャンネル状のラグなど、ブランドは定石の範囲内で巧みに展開を広げてきた一方、異なる方向性への挑戦がすべて成功したわけではない。しかも、それは単に歴史的背景があるかどうかの問題でもない。ノースフラッグやファストライダーはかなり現代的なモデルだったし、P01はブランドのアーカイブに基づく、実用性重視のきわめてニッチな存在だった。
時計ブランドでも、音楽アーティストでも、あるいはブランディングが隅々まで行き渡った現代社会におけるほとんどすべての存在でもそうだが、自分たちの“持ち場”から外れて活動することは簡単ではない。それは本来そのブランドが得意としてきた領域かもしれないし、あるいは現在のブランドイメージによって、そう見なされるようになった領域かもしれない。
Watches & Wonders 2026で、チューダーは基本的にこれまでの成功パターンに沿った展開を見せた。細部の改良やスペック向上、新しいブレスレットの追加などが中心だった。だが、そのなかで唯一異彩を放っていたのが“モナーク”だった。ブランド創業100周年に関連づけられた真の新作であり、きわめてユニークな存在である。このモナークは20世紀末に存在したチューダーの同名コレクションを参照しつつも、1920年代から70年代までの要素を織り交ぜたデザインを採用しているモダンな自動巻き時計だ。ケースは角張り、様々な仕上げが施されており、ブレスレットには光を反射するポリッシュ仕上げのセンターリンクが組み合わされている。ダイヤルは淡い銅色のメタリックベースに、カリフォルニアダイヤル風のレイアウトを採用。針(時針と分針の両方)はゴシック調にアレンジされたネオ・スノーフレークデザインで、インデックス類はブラックで統一、秒針は6時位置のインダイヤルに配置されている。
発表時点では、モナークはM2639W1A0Uという単一リファレンスのみで展開され、夜光塗料もデイト表示も備えていない。本作を初めて見たとき、正直なところ私の第一印象は戸惑いだった。しかしその背景や仕上がりを知るにつれ、その感覚は次第に興味へと変わっていった。数時間後、ジュネーブで実機を見る機会を得たのだが、その話はのちほどにしよう。
チューダー モナークとは何か(あるいは何だったのか)?
チューダーは90年代や、2012〜2013年のアメリカ市場復帰以前の歴史について積極的に語るブランドではない。しかし今回のモナークの原点となったのは、まさにその時代だった。初代モナークは1991年に登場し、クォーツと機械式の両方を展開する、ややマスマーケット寄りのスポーティでエレガントなモデルとして位置づけられていた。実際には複数のバリエーションが存在し、そのコンセプトもかなり幅広いものだった。
左から1997年と1994年のチューダー モナークの広告。
オンライン上で入手できる情報をざっと確認する限り、モナークには明確で一貫したアイデンティティがあったとは言い難い。一体型風のブレスレットを備えたツートン仕様モデルもあれば、中国の十二支が描かれたベゼルを備えたGMT、エベルを思わせるクロノグラフ、いかにも90年代的なトノーウォッチまで存在していた。
2005年のチューダー モナーク。
しかし、モナークコレクション全体を通して比較的一貫して見られる要素もあるようだ。それが、12時位置のインデックスとしてチューダーの盾ロゴを使用することだ。この特徴的なディテールは過去のさまざまなモデル(オイスターデイト クロノグラフ Ref.7031/32やチューダー アエロノートなど)でも見られたが、新生モナークにも引き継がれている。
2026年版のモナークとは?
Introducing記事を読んでいない人(あるいは会期中に発表された大量の新作に追いつけなかった人)のために、新しいチューダー モナークのスペックを整理しておこう。ケース素材はステンレススティールで、サイズは直径39mm×厚さ11.9mm、ラグ・トゥ・ラグ46.2mm、ラグ幅20mm。ねじ込み式リューズを採用し、防水性能は100m、シースルーバック仕様となっている。ブレスレットは2連リンク構造(T-fitクラスプ付き)のみで展開され、チューダー独自のファセット加工が施されている。価格は81万6200円(税込)だ。
ムーブメントには新開発のMT5662-2Uを搭載。COSCとMETASの両方の認定を受けている(日差0〜+5秒という高精度を実現)。また、従来のチューダーのムーブメントよりも高いレベルの仕上げが施されており、ローターにはゴールドのインレイを配し、ブリッジ周りにはコート・ド・ジュネーブやペルラージュが施されている。テンプは横断ブリッジで支持される、シリコン製ヒゲゼンマイによって1万5000ガウスの耐磁性能も確保している。振動数は2万8800振動/時で、パワーリザーブは65時間だ。
プレスリリースの情報はこれくらいにして、実機を見ていこう。モナークは手に取り手首に乗せた瞬間に、ラインナップのなかでも特別な存在だと感じさせる。独特な装着感、複数の時代感覚を融合させたデザイン、そして印象的なダイヤル表現が、その個性を際立たせているのである。
チューダー創業100周年へのオマージュとして、モナークには1920年代にさかのぼるデザイン要素が取り入れられている。多面的なケースフォルムや6時位置のスモールセコンドなどには、上に挙げた歴代モデルと明らかに共通している。そしてブランドを象徴する歴史的ディテール(最も顕著なのはスノーフレーク針だ)と組み合わせることで、新生モナークは、チューダーの長い歴史を横断的に参照した1本に仕上がっている。
そうした多彩なインスピレーションを締めくくる要素として挙げられるのが、エラープルーフダイヤル(いわゆる“カリフォルニアダイヤル”)の存在だ。モナークという名称自体は1991年に登場したものだが、2000年代初頭には、このダイヤルを採用したモデルが実際にラインナップされていた(下に掲載された2002年前後のプリンス系リファレンスがその好例である)。このエラープルーフダイヤルは、1940年代にロレックスが視認性向上を目的として開発したもので、1942年にはそのデザインの特許も取得している。
チューダー プリンス、2002年。
インスピレーション源と、ちょっとした歴史的背景を踏まえると、新しいモナークは過去のチューダーの要素を組み合わせたモデルと言える。しかし実際の仕上がりは斬新だ。装着感の優れた角張ったケースは、サイズ自体は特別大きいわけではないものの、細いベゼルとすっきりとしたダイヤルデザインによって、実寸以上の存在感を放っている。ケースとブレスレットもうまく調和しており、2連ブレスレットの山型に磨かれたセンターリンクが美しく光を捉える。スポーティではないが、かといってドレッシーというわけでもない。少し奇妙な言い方かもしれないが、どこかロレックスのバブルバックを現代的に解釈したような雰囲気すら感じさせる。それもここまで見てきたデザインの流れを踏まえれば、(おそらく)不自然ではない。
ダイヤルの色味はかなり鮮やかで、輝くようなカッパーオレンジだ。しかしベースとなるサテン仕上げや、スモールセコンド部分のスネイル仕上げを損なうほど強すぎるわけではない。Watches & Wondersの会場で実機に触れられた時間は25分ほどだったが、その後じっくり写真を見返しているうちに、このモナークの個性を決定づけているのは、やはり針とインデックスだと感じるようになった。もしこれがホワイトメタルで、カリフォルニア数字を採用していなければ、印象は全く違っており、もっと無難な(伝統的とさえ言える)時計になっていたはずだ。だが実際にはダブルスノーフレーク針、ブラック仕上げ、そしてカリフォルニアダイヤルという組み合わせが、ブランド100周年という節目に求められる要素を押さえながらも、どこか挑戦的な空気を生み出している。
はっきり言っておくと、私がこのモナークを挑戦的だと感じるのは、期待、デザイン、そして訴求の方向性といった意味においてだ。これは意図的に賛否が分かれるようにつくられたデザインだと思うし、単なる記念ダイヤルを備えたブラックベイでもなければ、過去モデルをそのまま現代化したものでもない。チューダーというブランド全体の流れのなかで見ると、2026年のモナークはこれまでの定石から一歩外れた意思のある存在なのだ。
単一リファレンス、新型ムーブメント、そしてブランドにとって記念すべき年に生まれた特別なモデルだ。
通常であれば、私は新しいチューダーを数年前のモデルと比較する。ブラックベイと新しいブラックベイを、あるいはぺラゴスと新しいぺラゴスを、といった具合にだ。だがモナークに関してはそう簡単にはいかない。このデザインに引かれるのであれば、実際に手に取り、手首に乗せて確かめるしかないだろう。私はかなり気に入っているが、その魅力はペラゴス39や、これまで試してきた数々のブラックベイに感じたものとはまったく異なる。
チューダーの歴史を語るうえで、価格は重要な要素のひとつだ。特にアメリカ市場へ復帰した当時、彼らのポジショニングと、愛好家目線の価値設定は大きな注目を集めていた。新しいモナークの価格は81万6200円(税込)であり、この価格設定をどう受け止めるかはこの10年ほどのチューダーの歩みをどう見ているかによって、大きく変わってくるだろう。チューダーの自社製ムーブメント時代の初期を振り返ると、主力モデルの価格帯は3000〜4500ドル(日本円で約46万~70万円)ほどだった。しかし状況は変わった。先日、マイアミGPのために発表されたF1エディションの記事で、ティムは価格についてはまた別の機会に語るべき話題だと述べていた。では、その話を今始めてみよう。
インフレ、スイスフラン高、人件費の上昇、そして率直に言えばチューダーというブランド自体の強さを考慮すると、この5年で基本価格は上昇傾向にある。例えばブラックベイ58は、2020年時点では3375ドル(日本円で52万8000円)だったが、現在は4975ドル(日本円で約77万9000円)。実に47%の上昇である。数字だけ見れば、あるいは実際に支払う側からすれば、大きな値上がりだ。とはいえ貨幣の価値(そしてそれによって購入できる製品)は、過去6年間で1対1で比較できるものではない。
CPI(消費者物価指数)ベースのインフレ率で換算すると、2020年時点の3375ドル(日本円で約52万円)は、現在ではおよそ4125ドル(日本円で約64万6000円)に相当する。そう考えると、実質的な値上がり幅は850ドル(日本円で約13万3000円)、過去6年間で約22%(年平均では約3.6%)まで縮まる。そのあいだにチューダーはブラックベイ58をアップデートし、ケースをより薄型化したうえ、マスタークロノメーター認定も取得した。確かに価格は上昇しているし、以前ほど高い価値を感じられるモデルが少なくなったように思えるのも事実だ。しかし一方で、製品自体のスペック向上に加え、ル・ロックルの新施設開設、さらにアメリカ市場における関税問題への対応なども進めている。もうひとつ比較例を挙げよう。ペラゴス39は2022年に4400ドル(日本円で約68万9000円)で登場した(2026年の価値換算では約5000ドル/日本円で約78万3000円)。現在の価格は5625ドル(日本円で約88万円)だ。私は2023年初頭に購入したが、この3年間で約13%の値上がりがあったとしても、もう一度買うことをためらうことはないと思う。
とはいえ価格設定の話題(そしてそれに伴う不満や緊張感)はチューダー1社だけの問題ではなく、(特にチューダーのような愛好家主導のブランドにとっては)愛好家の視点から考える必要がある。どんなブランドにも、どんな製品にも超えてはいけない価格帯のようなものがあり、その感覚を見失えば、時計(やブランド)そのものが愛好家たちの会話の中心から外れていくことになる。
根本的に、あらゆるものがこれまで以上に高価になっている(そしてそのように感じられる)時代のなかで、チューダーは主力ラインの価格設定を比較的現実的な範囲に保っていると思う。だがそれは過去10年以上にわたってこの製品を愛してきた人々にとって、ショックを受けないという意味ではない。実際、2008年にSKX007を170ドル(日本円で約2万6000円)で買えた時代を覚えている人は、私だけではないはずだ。価格上昇は現実のものであり、価格への敏感さは購買動向や、あるカテゴリーにおける時計の支持そのものに大きく影響する。
ブラックベイ、とりわけブラックベイ58の存在感が揺らいでいるとは思わない。しかしモナークは新しく、型破りで、価格帯としても一段上に位置するモデルだ。これまでチューダーの主力価格帯が3500〜4500ドル(日本円で約54万8000円~70万円/多少の増減はあるが)だったとするなら、現在ではそのレンジ自体が広がり、より高価格帯のモデルも含むようになったと感じる。現在のスポーツ系ラインに関して言えば、中心価格帯はレンジャー(税込55万6600円)から始まり、ぺラゴス(税込83万2700円)あたりが上限だと考えている。もちろん、ウルトラやカーボンケースモデルはさらに高価だが、それらは主力ラインの延長線上にある存在だと思う。
そうした価格帯のなかで、モナークの6000ドル(日本円で約93万円)未満という価格設定は、2026年のチューダー、そしてこのモデルの立ち位置を考えれば、現実的な範囲に収まっているように感じられる。確かに主力モデルではないが、独自のムーブメント、仕上げの向上、そしてブランド100周年という記念碑的な意味合いを備えた特別なモデルでもあるのだ。
さて、モナークの話に戻ろう。
チューダーは、既存ラインのアップデートや新色、ブレスレット展開などを数多く発表したが、そのなかで本当に新しいものと言えるのはこのモナークだけだった。そしてそれは、チューダーの過去と現在の両方をしっかり映し出した、刺激的な1本だと思う。単一モデルとして展開される点もいいし、100周年記念モデルでありながら、ソリッドゴールド仕様や過剰な記念刻印に頼っていないところにも好感が持てる。全体としては控えめだが、装着感は非常によく、しっかりと個性もある。そして何より、ブラックベイやペラゴスと混同されることもなければ、それらを置き換える存在でもない。
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