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4月のWatches & Wondersでは、広大なパレクスポ会場で怒涛のように発表される新作時計に酔いしれながら、3日半で39件のアポイントという過密スケジュールに必死でついていった。しかし一方で、レマン湖畔沿いにあるホテル ボー リヴァージュでもブランドが出展しており、そこはひとときの安らぎを与える華やかな場でもあった。スモールインディペンデントたちはホテルのスイートで力作を披露したが、雰囲気は親密でフレンドリーだった。なかでもカタールを拠点にするブランド、ベダーア(Beda'a)のソヘイブ・マグナム(Sohaib Maghnam)氏とハデル・アル・スワイディ(Hader Al-Suwaidi)氏に会ったことは特筆に値する。そのとき目にしたエクリプスIIが強烈な印象を残したからだ。
エクリプス II
そして今夏、その時計はGPHGのプチ・エギュイユ賞にエントリーされており、見た瞬間に驚かされる外観を持っている。直径37mm、厚さ9.5mmのジャンピングアワー レギュレーター風のデザインは、まるで大型時計からラグだけ移植してきたようで、6時や12時位置にリューズがあるのは好みが分かれるだろう。しかし数字のフォルムをかたどったレザーストラップは夢のように快適な装着感であり、力強いラグがスリムなケースに対して意外なほど一体感のあるコントラストを生み出している。ダイヤルは、12時位置にジャンピングアワー表示窓を備え、アベンチュリンの輝きを背景に丸みを帯びたソード型の分針が時を刻む。6時にはヘアライン仕上げのスティール製スモールセコンドが配置され、さらにシャンパンカラーのギヨシェによる双円が8の字をかたどり、ダイヤルに3種類目の仕上げが加わっている。5000ドル(日本円で約73万8000円)以下という価格ながらスイス製であり、そしてセリタ製ムーブメントを搭載したこの限定生産の時計は、独特の魅力と高い価値を兼ね備えている。
エクリプス I
エクリプス I
エクリプス I
ほかのブランドとは異なり、今回のGPHGには現在も入手可能な前作エクリプスIも、チャレンジ部門にエントリーされている。初代エクリプスは、進化版のエクリプスIIと同様に904Lスティール製ケースを採用し、直径37mm、厚さ8.1mmとよりスリムで、ムーブメントにはSellita SW300を搭載。この初期デザインは力強いラグとコンケーブベゼルを持ち、分表示用の丸い開口部を縁取っており、そして12時位置に配置されたジャンピングアワーは、はっきりと面取りされた円形のマットスティール製センターディスクに切り抜かれたギシェ型の窓から表示される。ブランドCEOでありデザイナーでもあるソヘイブ・マグナム氏が時計業界の出身ではないことが、ベダーアの時計が小ぶりなケースとドレッシーな魅力を備えた独創的なデザインになった大きな理由のひとつであることは間違いない。
スイス的な制約から解き放たれ、ロンドンとミラノで工学を学んだソハイブ・マグナム氏は、2016年に設立されたカタールのブランドを率いている。そして起業家であるハデル・アル・スワイディ氏は、中東を高級時計の有力市場としてだけでなく、創造の拠点としても地図に刻むべくベダーアを創業した。ソハイブ・マグナム氏は自身の名を冠したブランド、マグナムも運営しているが、過去2年間はベダーアのCEO兼チーフデザイナーも務めている。エクリプスI、エクリプスII、そして自身のブランドの1本がGPHGにエントリーされたことは、マグナム氏にとって大きな驚きであり、彼のキャリアを振り返る絶好の機会となった。
パレスチナ/ヨルダン出身の彼は、2023年にアル・スワイディ氏からカタール・ドーハでベダーアを率いるよう依頼を受けた。そして、そのふたつの役割について語ってくれた。
「ふたつのブランドを運営していますが、両ブランドは構造的にも財政的にも理念的にもまったく別の存在であり、異なるチームが支えています」とマグナム氏は話す。そして彼は日々の執務時間をふたつのブランドのあいだで分けているとも語った。さらに、「ベダーアの創業者であるハデル・アル・スワイディは、私がふたつのブランドを両立できるよう計り知れないほどの助けとなってくれたビジョンを持った人物です。彼には計り知れない恩があります」と付け加える。
時計への関心を持ちながら育ったことについて、彼はこう語る。「私の時計づくりのスタートは異例なほど遅いものでした。というのも、社会的にも経済的にも時計と結びつきのない場所で育ったからです」とマグナム氏は続ける。「私が育ったヨルダンでは、上位1%にあたる最上位層の憧れはロレックスであり、そのさらに1%にとってはパテックと言えるでしょう。そして多くの場合、それは時計製造の技術への愛ではなく、社会的地位の象徴にすぎません。私が初めて時計を作ったのは2018年で、利益を出せるようになったのは2023年になってからでした」
フォーム 5:ヌール
マグナムの名を冠したブランドの革新性は、実際に触れればはっきりと感じ取れる。ソハイブ・マグナムがGPHGにエントリーした3本目の時計、フォーム 5:ヌールは、宇宙船を思わせる大胆なデザインを持ち、エクリプスIと同じくプチ・エギュイユ部門で競う。ダイヤルは通常の表示を持たず、カウンタックなどのスーパーカーに採用されたポップアップライトから着想を得ており、ケースの滑らかなウェッジシェイプの6時位置にあるボタンを押すと表示が跳ね上がる仕組みで、手首に対してほぼ90°まで開くと、ジャンピングアワーと回転するマグナムのロゴが分表示を示す。チタンとスティールを組み合わせたケースはわずか42gと軽量で、閉じた状態では縦49×横33×厚さ10mmというスレンダーなサイズ感に収まる。1万ドル(日本円で約147万8000円)未満という価格でありながら、MB&Fに匹敵するほどの独創性を誇る。「ふたつのブランドの仕事を時間で明確に切り分けるのは賢明ではないと学びました」とマグナム氏は語る。「少なくとも私にとっては、決まった時間にどちらか一方だけに集中するのは不可能です。デザイナーの仕事には多くの空想が含まれます。だから何か追求する価値があると思えば、今やっていることを止めてそちらに集中するのです。多くのアイデアはその最初のひらめきを超えて進展しませんが、形になるものこそが大切なのです」
ソハイブ・マグナム氏は自身の精緻で想像力豊かなデザインについて、フューチャリスティックという形容の仕方をあまり好まない。「私の時計はあなたが正しく表現してくれたように、私が異世界的と呼ぶものから着想を得ています。それは私たちの世界と同じくらい自然で有機的でありながら、もう少しエキゾチックな物語やコンセプトから生まれるものです。現実は不公平で退屈ですが、だからこそ芸術は人々により多くの創造性、自由、喜びをもたらし、日常という制約から解放する器となるのです」。マグナム氏はまた、その姿勢を幻のコンセプトカーの世界に重ね合わせる。観衆を熱狂させながらも、研ぎ澄まされた初期の約束を実際には果たせないことが多いコンセプトカー。「それはコンセプトカーが株主、衝突安全性能評価、生産の容易さ、大衆の好みといったあらゆる現実に縛られないクリエイターによって導かれているからです。私はコンセプトウォッチをつくりたいのです。そしてその過程では、可能な限り現実を無視するように努めています」
フォーム 5:ヌール
私にとって、ベダーアとマグナムというふたつのブランドがオマージュではなく、自由な発想による現代的なデザインを生み出している理由のひとつは明らかだ。それはソハイブ・マグナム氏が時計職人でも時計師の家系の出身でもないという事実である。彼は機械工学と自動車工学の修士号を持ち、それが自身の歩みにおいてきわめて重要だったと語る。「この分野に入ったばかりの私は、無知という幸運に恵まれていました。何を“してはいけないか”という概念がまったくなかったのです。その代わりに工学で学んだ知識を生かして、機構(モジュール)や小さな構造物(ケース)をつくることができ、そしてそれがたまたま時を刻むものだったということです。ケースが3つの部品から成るべきだとか、ケースの壁が特定の厚みでなければならないとか、そういうことは知りませんでした」。こうした新鮮な視点は、試作前にいくつか議論を呼んだことは間違いないだろう。しかし、そのおかげでベダーアとマグナムのデザインは一層ユニークで魅力的なものになっている。
GPHGに3本もの時計をエントリーできたことは、いかなる若いブランドにとっても大きな成果であり、GPHGの歴史のなかでも記録に迫る快挙だ。マグナム氏は次のように語る。「自身の、そして自分が率いるブランドから3本もの時計がGPHGのロングリストに載ったことは、私が時計を愛する人間から、愛する分野で実際に活動するプレーヤーへと進化した証です」。ベダーアを率いる彼にとって、純粋にオンライン販売だけに頼るのは大きな挑戦でもあった。しかしその未来についてはすでに前向きな展望を語っている。「時計を完全にオンラインだけで売るのは難しいことです。時計は感情的な対象であり、腕に着けて初めて本当の魅力を理解し、つながりを感じられるものだからです。Watches & Wonders、Geneva Watch Days、ドバイウォッチウィークのようなイベントがなければその挑戦はさらに大きなものになっていたでしょう」
フォーム 5:ヌール
将来について語るなかでマグナム氏はこう述べている。「これから数年の私の焦点は、自分の仕事にを可視化し、より多くの人に直接体験してもらえるよう、適切な場所で適切なリテールパートナーを見つけることです。うれしいことに近日、ベダーアは本拠地カタール・ドーハに初の単独ブティックをオープンします。また、世界の主要都市のひとつに進出する具体的な計画もありますが、その詳細はまだお話しできません」。ソハイブ・マグナム氏の創造活動に対する純粋な喜びこそが彼の仕事を突き動かす原動力となっているのは間違いない。11月、GPHGでスイスの名だたるブランドと競い合う彼の幸運を祈らずにはいられない。
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