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インド最大の時計およびジュエリーブランドの本拠地とは思えないほど、ベンガルールにあるタイタン(Titan Company Ltd.)キャンパス構内は、まるでテック企業の遊び場のようににぎやかでモダンである。3000人を超える従業員が敷地内を行き交い、共用エリアで紅茶やコーヒーを囲んで談笑し、年間約1500万本もの時計の設計・製造を監督する業務に取り組んでいる。これらの時計の大半は、インド国内市場向けである。
「人材の確保にはまったく困っていませんよ」と語るのは、タイタンの時計部門でプロダクト責任者を務めるヒマニシュ・ムケルジー(Himanish Mukherjee)氏だ。白鳥やカモが泳ぐ小さな湖のほとりを歩きながら、3棟の本社ビルを指し示す。かつてベンガルール(旧称バンガロール)はインドにおけるテクノロジーの中心地であり、世界最多の人口を擁するこの国の南部に位置する。人口約1400万人をかかえるこの都市は、インドのIT輸出のおよそ3分の1を担い、国内有数の大企業が数多く拠点を構えている。
タイタンもそのひとつだ。創業は1984年と、およそ40年前にさかのぼる。インドの巨大コングロマリットであるタタ・グループと、タミル・ナドゥ州産業開発公社(TIDCO)による合弁事業として設立された。その目的は明確で、インドの消費者のためにインドで時計を製造することだった。この目標はまさしく達成された。当初はフランス・エボーシュ社との技術提携や、セイコーおよびシチズン協力のもとクォーツウォッチに特化しており、これらのタイタン製ウォッチは成長著しいインドの中間層にとって手の届く価格帯で提供されていたのだ。あれから40年経った今、インドで一定の年代の人々に初めての腕時計は何だった? と尋ねれば、多くの人がタイタンと答えるはずだ。
インド・ベンガルールにあるタイタン本社。
現在、タイタンは1日におよそ5万〜6万本の時計を製造している。生産本数で見ると世界第5位の規模を誇るウォッチメーカーであり、インドを代表する国産消費者ブランドのひとつだ。同社は今や、バッグ、アイウェア、サリーをはじめとする衣類、そして何よりも重要なジュエリーを手がける、総合ライフスタイル企業へと進化を遂げている。ジュエリー分野は1994年にタニシュク(Tanishq)というブランドを展開しはじめて以来、急速に成長し、現在ではタイタンの売上全体の80%以上を占める最大の事業分野となった。インド国内でもトップのジュエリーブランドとしての地位を確立している。とはいえ、同社はウォッチメイキングの技術を基盤に持つことによってこそインド国内において驚異的な市場シェアを維持しているのだ。伝統的な時計市場では約60%、ウェアラブルやスマートウォッチを含む全体市場でも約27%を占めている。その背景には国内に3000店舗以上を展開する広範な販売網の存在があり、その多くがヘリオス・チェーン(タイタンが展開する高級時計専門の小売チェーン)に代表される時計専門店だ。
現在もクォーツウォッチはタイタンの時計事業の主力だ。一方、年間約1500万本を製造するなかで、機械式時計はわずか12万本ほどにとどまる。この理由は単純に経済的な要因だと、プレミアムおよびラグジュアリーウォッチ部門の営業・マーケティング責任者を務めるカルプラナ・ランガマニ(Kalplana Rangamani)氏は語る。
「インドは対照的なものが共存する国です。極度の貧困と、きわめて裕福な層とが同居しているのです」
「ですから、インドではクォーツウォッチは終わったわけではありません。今も時計の95%はクォーツ式であり、価格帯の最も低いファッションウォッチ市場が大きく成長しているのです」とランガマニ氏は続ける。
タイタン本社。
だからといって、タイタンのクォーツウォッチがおもしろみに欠ける、ウォッチメイキングにおいて革新性がないというわけではない。2002年に発表された同社のエッジ(Edge)ラインは、現在でも世界最薄クラスのひとつである。タイタンのエンジニアたちは、このエッジムーブメントを社内で独自に開発し、必要最小限の部品だけを残して設計を簡素化。さらにケースバックをメインプレートの一部として一体化させることで余分な厚みを排除し、公差をミクロン単位にまで抑えた。その結果、高価な合金や特別な素材を用いることなく、厚さわずか3.5mmという極めて薄く軽やかでエレガントなクォーツウォッチが完成した。
エッジラインは今なお、タイタンの主力ラインナップのひとつであり、興味深いことに現在では機械式バージョンも製造されている。これはタイタンとそのインドの顧客層にとって、時代の流れに沿った動きである。世界の多くの地域と同様に、インドでも伝統的な機械式時計への関心が高まりつつあり、パンデミック中に急増した時計への興味が今もなおその成長を後押ししているのだ。
「ウェアラブルに移行していた若年層が、再びアナログウォッチに戻ってきているのを実感しています。そしてその原動力となっているのはクォーツです」とランガマニ氏は語る。「一方で、その対極にはプレミアムという価値観から、機械式時計への非常に大きな関心も見られます。そこには、より豊かな物語性が求められているのです」と彼女は付け加える。
タイタンによる時計事業のプレミアム化戦略は、着実に成果を上げつつあるようだ。ジュエリー部門にはいまだ及ばないものの、同社の最新の会計四半期においては、時計およびウェアラブル部門の販売台数が24%増加し、税引前利益率も約23%上昇したという。加えてアナログウォッチの売上は、販売本数と価格の双方が伸びたことにより、同期間中に28%の大幅な伸びを記録したと同社は発表している。
タイタン エッジ ウルトラスリム。
タイタンのベンガルール本社から、タミル・ナドゥ州のホスール市までは車で約45分の道のりだ。渋滞が激しく、クルマやバイクのクラクションが入り乱れる混沌とした道中である。所得格差を象徴するかのように、ポルシェのSUVが、緑と黄色のトゥクトゥクや赤いホンダのバイクと道路のスペースを奪い合っている。ホスール市にはタイタンが国内に5カ所展開する工場のうち、最初に建設され、そして最大規模を誇る時計製造施設がある。
午後も深まった時間に施設へ到着するとちょうど交代の時間で、大勢の作業員が道路沿いを歩いたり、バスに乗り込んで帰路につく姿も見られた。ホスールの施設には数十棟もの建物が立ち並ぶ。この広大な施設で、タイタンはエントリークラスからハエインドモデルまでを製造している。
最も大きな建物のひとつに入ると100人を超える作業員が時計師用のテーブルに並んで座り、それぞれの作業に従事している。ダイヤルに針を取り付ける者もいれば、機械式ムーブメントの調整を行う者もいる。そこは工場らしく大きな音が響きわたり、騒音レベルはスウォッチブランドの機械的な組み立てラインに近いが、スイスの製造工場よりはるかに多くの人手が投入されているのだ。
インドのタミル・ナドゥ州ホスール市にあるタイタンの製造工場。
敷地内の別棟では、タイタンの上位ブランドであるネビュラ(Nebula)向けに、ゴールド製ブレスレットや時計ケースの成形・研磨・組み立てが行われており、警備はひときわ厳重だ。作業員は入室時に靴を脱ぎ、ポケットの中身を空にしたうえで、貴金属を扱うエリアに出入りする際、警備員による検査を一人ひとり受けなければならない。もちろん、これは時計メーカーとしては珍しいことではない。スイスの工場でも、盗難防止のために作業員が検査を受けたり、場合によっては監視下に置かれることもある。
常に貴金属製ケースを採用するネビュラは、タイタンが展開するウォッチブランドのなかでも最上位に位置付けられている。そして2024年、タイタンはオートオルロジュリーの領域において、このインドを拠点とする同社で史上最高峰といえる機械式トゥールビヨンウォッチを完成させた。ギヨシェ彫りのダイヤルとフライングトゥールビヨンを備えたこのモデルは、設計から製造までをタイタンが手がけ、メカニズムの検証およびムーブメントの仕上げに関しては、スイスのパートナーの協力を得ている。製作本数はわずか4本のみであった。
「これはひとつのマイルストーンでした」とランガマニ氏は語る。タイタンがより高級なタイムピースを製造していく意志を示すものだった。
しかしタイタンの経営陣は、この時計が、インド最大の時計メーカーとして技術面およびデザイン面での成果を示すものであった一方で、インドの文化や伝統、そしてクラフツマンシップを特に強く想起させるものではなかったと認めている。
タイタン ジャルサ(Jalsa)・ネビュラ。
ここで登場するのがジャルサだ。3年にわたるプロジェクトの成果として、今年7月に初公開されたこのネビュラブランドの時計は18Kローズゴールド製ケースに三部構造のミドルケース部分として赤メノウのリングをあしらっている。これはインドの技術力と芸術性を示す証となるよう意図したものであり、その目的を十分に果たすどころか、我々がこれまで目にしてきたなかでもひときわユニークで驚きに満ちたオートオルロジュリー作品のひとつとなっている。
この時計の紛れもない主役は、磨き上げられた大理石に手描きでペインティングされたダイヤルだ。製作される10本それぞれが、インドの著名な細密画家シャキール・アリ(Shakir Ali)氏による一点物の作品となっている。インドで最も権威ある民間人勲章のひとつ、パドマ・シュリーを受章したアリ氏は、伝統に根ざした独自の技法で調合した絵具と極細の筆を用い、きわめて小さな面積に壮大な情景を描き出す。彩色は淡くくすんだ赤を基調とし、題材はジャイプールの歴史的建築、“風の宮殿”と呼ばれるハワー・マハル。本作は、この建築の225周年を記念して製作されたものだ。同宮殿を建立したサワーイ・プラタープ・シング(Sawai Pratap Singh)藩王の王室行列が、彼が建設を命じた壮麗なファサードを背景に描かれている。象の皮膚や草、装飾を施した絹の質感までをも巧みに描き分ける細密画家の技によって、見る者はその緻密な描写に思わず引き込まれてしまうだろう。そしてこの時計の特異性に加えて、大胆なまでにシンプルな構成であるがゆえに、没入感をいっそう高めている。
夜光を充填したサファイア製分針の反対側にはサファイア製ルーペが取り付けられており、1時間かけてダイヤル上をゆっくりと一周しながら、大理石絵画のさまざまなディテールを際立たせたり、ダイヤルの開口部から覗くフライングトゥールビヨンを拡大して見せたりする。搭載される手巻きトゥールビヨンムーブメントは、スイスの時計メーカーのパートナーから一部の部品供給や技術的助言を受けつつ、タイタンが設計・開発・製造を行ったものだ。全144個の部品と14石を使用し、振動数は2万1600振動/時(3Hz)で、パワーリザーブは36時間を誇る。シースルーバック越しには、ケースに用いられたものと同じ赤メノウを使ったブリッジなど、独自の装飾が施されたムーブメントを鑑賞することができる。
ケースサイズは直径43.5mm、厚さ14.5mm。ジャルサはまさにタイタンの声明を発表する存在であり、価格は405万インドルピー(日本円で約680万円)となっている。
タイタンのマネージングディレクター(最高経営責任者)であるC.K.ヴェンカタラマン(C K Venkataraman)氏は、ジャルサの発表は単なる時計のローンチではないと語る。「我々が提示しているのは文化的価値を持つ作品です。インドの芸術的壮麗さと時計製造の精緻さを、我々のチームが融合させて具現化した、きわめて希有な作品なのです」。同社はこのジャルサを、ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)の“アーティスティッククラフト”部門に出品。ヴティライネン、ルイ・ヴィトン、ティファニー、ピアジェ、ヴァン クリーフ&アーペルといった錚々たる競合ブランドとの熾烈な争いに挑むことになる。
では、この時計は誰をターゲットにしているのか。タイタンの幹部によれば、その主な顧客はインドの富裕層であるという。実際、インドのラグジュアリーマーケットは活況を呈しており、その規模は年間約100億ドル(日本円で約1兆4700億円)に達し、年平均成長率は6%超と、フランスを上回るスピードで成長している。市場規模ではスイスを凌駕する勢いだ。
「この時計のターゲットは基本的にインド国内です」とチーフ・マーケティング・オフィサーのランガマニ氏は語る。彼女はインドの深い文化的遺産、芸術的表現、そして技術力を、より広い時計収集の世界に持ち込もうとする試みに対して、国内の鑑賞者が評価してくれることを期待している。
ジャルサおよびタイタンに関する詳細は、こちらをご覧ください。
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