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米国が発表したスイス製品への衝撃的な高関税により、スイスの時計業界は打撃を受け、高級時計最大市場である米国での販売縮小が懸念されている。ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は今週、スイスとの貿易協定が8月1日の期限までに成立しなかったことを受け、時計を含むスイス製品に対して39%の関税を課すと発表した。
この税率はほかの欧州諸国に対する関税のおよそ3倍に相当し、世界的に見ても極めて高い水準だ。これはトランプ大統領が4月の「解放記念日」演説でスイスに言及した際に示唆した31%の関税をも上回っており、業界最大の見本市であるWatches & Wondersを混乱させた発言としても記憶に新しい。また、この税率はEU加盟国であるドイツや、日本といった米国と貿易協定を結んでいる主要時計製造国が合意した15%をも大きく超えている。ロレックスやオーデマ ピゲといった業界の巨頭から、オメガやヴァシュロン・コンスタンタンといったグループ傘下ブランド、さらにオリスやレイモンド・ウェイルといった小規模な独立系ブランドに至るまで、スイスの時計メーカー各社は8月7日(木)に新関税が施行される前に、最大市場である米国への輸出にかかる負担増に直面している。スイスの業界関係者や政治家たちはこうした高関税が発効する前に、スイス連邦内閣および貿易交渉担当者に対し、合意の成立を急ぐよう呼びかけている。
「米国はいまや、我々にとって最大の市場です。これが現実になれば甚大な打撃を被ることは明らかでしょう」と語るのは、オリスの共同CEO、ロルフ・スチューダー(Rolf Studer)氏だ。スイスの経営者である同氏は、今回のような関税が実施されればスイス国内で時計業界に従事するおよそ6万人の雇用が脅かされるだけでなく、米国において販売、マーケティング、広報といった分野で働く数千人のアメリカ人労働者にも影響が及ぶと警鐘を鳴らす。
「10%の関税であれば、まだ耐えられる範囲です。しかし、39%となれば話は別です。それはスイスの時計業界の大部分を米国市場から締め出すことを意味します」と彼は言う。「まだ最終決定ではないことを願っていますし、解決策が見出されることを望んでいます」
スイスのカリン・ケラー=ズッター(Karin Keller-Sutter)大統領は木曜日、関税発効の期限を前にトランプ米大統領と会談を行った。同氏はX(旧Twitter)への投稿で、両国間で交渉された“基本合意に関する声明”に基づく協定は依然として成立していないことを認めたうえで、「米国との貿易赤字が、トランプ大統領にとって依然として中心的な懸念事項となっています」と述べた。スイス政府は引き続き米国側と連絡を取り合っており、土壇場での合意を模索していると説明している。米国通商代表部によれば、米国のスイスに対する貿易赤字は約385億ドルにのぼる。スイスは時計、医薬品、工業製品などを米国に輸出している。
ただし、アップル、グーグル、マイクロソフトといった米企業による金融・ITサービスなど、米国からスイスへのサービス輸出を含めると、実質的な赤字額ははるかに小さくなる。また、統計上の赤字には金も含まれており、これはスイスで精錬されて他国に再輸出されるのが通例である。こうしたなか、スイスの経済界からはいわゆる“相互的”関税の水準について、「危険であり、まったく理不尽かつ恣意的だ」との批判が上がっている。そもそも米国には時計産業の生産基盤が存在せず、1960年代以降、実質的に工業的な時計製造能力は途絶えたままだ。米国でそれを再構築するには、たとえ数十年かけたとしても莫大な投資が必要になるだろう。オリスのロルフ・スチューダー氏は、理論上は米国国内で時計を製造することも可能だとしながらも、「もちろん、それはもはや“スイス時計”とは言えなくなるでしょう」と語った。
ロレックス、リシュモン、スウォッチ グループを含む一部のスイス時計ブランドおよび企業は、現在すでに課されているスイス製品への10%関税に対応するかたちで、米国での価格を引き上げている。これらのブランドを含む各社はさらに高い関税に対応すべく、今後も価格を引き上げる可能性がある。UBSのアナリストは、39%の関税が導入された場合、リシュモンの税引前利益に対し、ミッドシングル(5%前後)のマイナス影響が出ると見積もっており、スウォッチ グループに至ってはほぼ40%の減益が予想されるとしている。バークレイズのアナリストは、各ブランドが関税の影響を相殺するために価格を引き上げると予測しつつも、すべてを価格転嫁する(すなわち39%引き上げる)ことはないと指摘している。“供給に制約のあるブランド”(たとえばロレックスやパテック フィリップなど)は、価格を引き上げても販売数量への影響が小さいと考えられるが、一方で“供給に余裕のあるブランド”は、販売量を減らすことなく価格を上げるのが難しいとし、とりわけマクロ経済(国、世界全体の経済)が軟調な局面ではなおさら困難と見ている。
スイス最大の売上を誇る時計メーカーのロレックス、ならびにティソやオメガなどのブランドを擁するスウォッチ グループはいずれもコメントを控えた。また、カルティエ、ヴァシュロン・コンスタンタン、IWCといったスイス製時計ブランドを展開するリシュモンも、スイスの建国記念日にあたる8月1日現在、コメント要請に応じていない。このような高関税の決定と合意不成立は、業界関係者にとって驚きであり、5月時点で米通商代表が示していた楽観的な見とおしとは対照的である。米国財務長官スコット・ベッセント(Scott Bessent)氏は当時、スイスがジュネーブにおける米中貿易協議を後押ししたことで、貿易協定の優先交渉国として最前列に立ったと発言していた。
米通商代表のジェイミソン・グリア(Jamieson Greer・左)と、米財務長官のスコット・ベッセント(右)。5月12日、ジュネーブにて撮影。
もし39%の関税が実施されれば、米国における時計の消費者、およびディーラーによる購入・取引の在り方が大きく変化すると予想されている。「アメリカ人コレクターとして、少なくとも2025年納品予定の注文については、状況が変わるまでは一切受け取らないつもりです」と語るのは、コレクターであり、米国拠点のオンライン時計オークションサイトであるLoupe Thisの代表を務めるエリック・クー(Eric Ku)氏だ。
さらにクー氏はこう続ける。「ビジネスの観点から、Loupe Thisは米国外からの委託受付を完全に停止するか、あるいは香港にすべての機能を備えたオフィスを開設し、そこからオークション運営を行う計画を前倒しで進めるかのどちらかになるでしょう」
ロレックスグループ傘下のチューダーは、この関税に対応するかたちで約3%の値上げを行っている。
今回の高関税は、米国国内における中古時計市場の活況にも拍車をかける可能性がある。すでに米国に流通しているスイス製中古時計には、これまで以上のプレミアム価格が付くことが予想される。「この関税は、実質的にふたつのスイス時計市場を生み出すことになるでしょう。ひとつはプレミアム価格を支払うアメリカ人向け市場、もうひとつは相対的に“お得”に買えるほかの地域の市場です」と語るのは、“Kingflum”のペンネームでサブスタック(Substack)上の時計ブログ、ScrewDownCrownを執筆する人物だ。
「これは高級時計の取引を地理的にさらに分断し、米国にある関税前の在庫は、今後投資価値のあるコレクターズアイテムのように扱われるようになるでしょう」と彼は続ける。
ヨーロッパを拠点に、中古時計市場のデータ収集・分析を行うEveryWatch社によれば、今年上半期の中古時計の売上は金額・数量ともに30%以上の成長を記録しているという。
同社の共同創業者で事業開発責任者を務めるジョヴァンニ・プリジガッロ(Giovanni Prigigallo)氏は次のように述べている。「関税発表の影響で4月に減速した米国市場はその後、力強く回復し、6月から7月にかけては世界の中古市場を牽引する動きを見せました。今回の39%関税により、一次市場は圧力を受ける一方で中古市場、特にヴィンテージの分野はさらに強さを増すでしょう」。さらに、「ロレックスCPO(認定中古)などのプログラムは急速に拡大する可能性があり、もし関税が恒久化すれば中古市場が一次市場を予想以上に早く追い越すこともあり得ます。最終的にはブランド側が価格転嫁を選ぶか、利益率の圧縮を受け入れるか。その対応が鍵を握るでしょう」とプリジガッロ氏は語った。
米国は、スイス時計にとって単一国家として最大の市場であり、近年では中国本土や香港といった従来の主要市場の経済成長が鈍化するなか、成長を牽引する重要な存在となっている。一方でスイスの時計メーカー各社は、スイスフラン高と米ドル安の為替圧力、さらには金価格などの原材料高騰にも苦しめられている。2024年のスイスから米国への時計輸出額は前年比で5%増加したが、中国向け輸出は25%の大幅減少を記録し、全体としては輸出総額が約260億スイスフラン(日本円で約4兆7640億円)と2.8%の減少を見せた。
2024年、米国市場はスイス時計の全輸出の約17%を占めているが、ブランドによってはこの依存度がさらに高いところもある。今回提案されている39%の関税は輸入価格に対して課されるため、もしそのコストがすべて消費者価格に転嫁された場合、最終的な販売価格は12〜14%程度の値上がりになると、スイスのコンサルティング会社リュクスコンサルト(LuxeConsult)の代表で、モルガン・スタンレーの年次時計業界レポートの寄稿者でもあるオリバー・ミューラー(Oliver Mueller)氏は指摘している。たとえば、ティソ PRXは現在北米市場で775ドル(日本円で約11万4800円)だが、価格が約100ドル上昇して870ドル(日本円で約12万9000円)前後になる可能性がある。ロレックス サブマリーナーの場合は、北米市場での現在の約9500ドル(日本円で約141万円)から1万600ドル(日本円で約157万円)まで、1100ドルの値上げが想定されるという。
今後も、8月7日(木)の関税発効日に向けて、スイスが貿易協定なきまま39%の関税に直面する可能性について、続報をお届けする予定である。
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