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Inside The Manufacture パルミジャーニ・フルリエ アンダーステートメントな表現に潜む揺るがぬモノづくりの哲学

パルミジャーニ・フルリエの時計を特徴付ける、控えめすぎるともいえるミニマルスタイル。それは、同ブランドのウォッチメイキングを担うスイス屈指の高級時計サプライヤーと、そこで腕を振るう職人の技術への絶対的な信頼が支えていた。

Watches&Wonders 2024開催に先立つ3月某日。パルミジャーニ・フルリエCEOであるグイド・テレーニ(Guido Terreni)氏にインタビューする機会を得た。その時間はわずかなものであったが、筆者を引きつけるのには十分だった。彼は、そのインタビューのなかでブランドが最も大切にしているコアバリューについて、こんなことを語っていた。

 「ひとつ目は、とても深く高い技術力とそれがもたらす文化です。ミシェル(ブランド創業者)はもともと時計の修復から始めましたが、そこで得た知識や技術、仕上げはより洗練され、審美性にもつながっています。もうひとつがアンダーステートメントで、表現が控えめということです。(中略)私はよくプライベートラグジュアリーと表現するのですが、周囲にひけらかすのではなく、自身が満足を得ることこそが非常に大事な要素なのだと考えています」

 グイド・テレーニ氏がブランドCEOに就任後に初監修したトンダ PFは、そんな彼の言葉を体現するコレクションだ。ダイヤルに大げさなシグネチャーはなく、あるのはブランドを示すシンプルな「PF」ロゴのみ。そこに控えめなインデックスを合わせることで、文字盤に施されたギヨシェ装飾と針の存在を際立たせる。トンダ PF コレクションは基本的にこのコードに則ってデザインされているが、まさに“アンダーステートメント”という表現がふさわしい。どこか余裕のようなものすら感じる同コレクションに、筆者はインタビューを通してますます興味を引かれるとともに、そんな時計がどのように作られるのかを、どうしても知りたくなった。幸いなことにWatches&Wonders 2024の会期終了後、筆者はパルミジャーニ・フルリエ本社、そして同ブランドのウォッチメイキングを担うサプライヤーのいくつかを巡るファクトリツアー参加の機会を得て、今回の取材が実現した。

日付なしで発表された2024年の新作、トンダ PF マイクロローター。時計の詳細はこちらの記事をチェック。

 パルミジャーニ・フルリエは、スイスのフルリエという地でミシェル・パルミジャーニ氏によって1996年に設立された。スイスでも数少ない独立系ブランドのひとつで、創業時からサンド・ファミリー財団の傘下で運営されている。創業からまもなくして製造体制の構築が進められ、マニュファクチュールを構成する5社のサプライヤーは、現在まとめてパルミジャーニ・フルリエのウォッチメイキングセンターと称されている。その5社とは、カドランス・エ・アビヤージュ(Quadrance et Habillage)、レ・アルティザン・ボワティエ(Les Artisans Boîtiers、旧ブルーノ・アフォルテ)、ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ(Vaucher Manufacture Fleurier)、アトカルパ(Atokalpa)、エルウィン(Elwin)だ。今回、ムーブメントに必要なほぼすべての部品製造を行うアトカルパ、そして小さなネジなどの微細パーツを製造するエルウィンの訪問は叶わなかったものの、自社製比率約95%を誇るという、パルミジャーニ・フルリエの時計づくりの舞台裏をしっかりと見ることができた。


ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ

まず最初に訪れたのは、ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエだ。2003年に設立された同社は、ウォッチメイキングセンターにおけるエンジニアリングの中枢として、手巻きおよび自動巻きの高品質な機械式ムーブメントを製造している。製造だけでなく、研究開発部門としての役割も担っておりパルミジャーニ・フルリエの新しいムーブメントはここで生み出されている。同ブランドのムーブメントだけでなく、並行して他社への供給も行われており、いまやいくつもの高級ブランドを顧客に持つ、スイスでも屈指の高級ムーブメントメーカーとしても知られている。それゆえ撮影できるところはかなり限られていたが、可能な限りの写真とともに紹介しよう。

CADにより行われるムーブメントの設計。写真は2024年の新作として発表されたトリック クロノグラフラトラパンテに搭載されるCal.PF361のものだ。

ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエで導入されていたウィルミン・マッコデル社のCNCマシン。これによりパーツが切削加工される。

 ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエでは235名のスタッフを抱えているといい、3Dプリンターによるプロトタイプの製作やブリッジのレーザーカッティング、ムーブメントの地板やその他のパーツ製作、多軸のCNCマシンによるさまざまな素材の加工、パーツの仕上げなどが行われていた。なお、同社ではCNCマシンを15台ほど所有しており、2年前と比べると生産量が2倍になっているそうで、また部品の精度チェックなどはコンピュータを用いた自動化も進められている。

 印象的だったのは最新のマシンを用いる一方で、昔ながらの金型による部品製作を導入しているほか、すべての部品の装飾や面取り加工などは職人による手作業で行われていることだった。そう、パルミジャーニ・フルリエの美しいムーブメントは機械化が進んでいるとはいえ、職人の手で支えられているのだ。

ムーブメントのペルラージュ装飾は写真のようなマシンを用いて行われる。

機械による作業ももちろんあるが、細かなムーブメントの装飾、面取り仕上げなどは職人の手に委ねられている。


レストレーション・アトリエ(パルミジャーニ・フルリエ本社)

パルミジャーニ・フルリエ本社の向かいにあるレストレーション・アトリエ。

パルミジャーニ・フルリエ本社。1820年に建てられたという歴史ある建物だ。

続いて訪れたのは、パルミジャーニ・フルリエ本社とレストレーション・アトリエだ。ここで時計の製造が行われるわけではないが、同ブランドにとっては極めて重要な意味を持つ。そもそもパルミジャーニ・フルリエは創業者であるミシェル・パルミジャーニ氏が、アンティーク時計の修復を専門とする工房「ムジュール・エ・アール・デュ・タン」を開業したことに始まる。その工房では、アンティーク時計の修復をする一方、複雑時計の設計や製作、個人的な創作活動が行われていた。このレストレーション・アトリエは、そうしたブランドの出自をいまに受け継ぐ重要な場所なのだ。

ミシェル・パルミジャーニ氏が修復した、世界にただひとつだという1820年製のオートマタ。ロシャ兄弟という時計師により作られたもので、サンド・ファミリー財団が所有している。杖の頭の部分として使われていたもので、上部の蓋が開くと小鳥が羽根を動かし向きを変えながら、本物の鳥のような音を立ててさえずる。

歴史的な作品がパルミジャーニ・フルリエの時計におけるインスピレーションの源泉になっていることをまさに示すスケッチ。古い懐中時計とともに「PF」ロゴを持つ腕時計が描かれている。

 ここでは、いまも世界中からミュージアム級のアンティークのオートマタや時計が運び込まれ修復が行われている。修復はもちろん重要な仕事のひとつだが、時計文化の継承も大きな目的としており、ルネサンス時代、つまり1500年ぐらいから現在に至るまでの時計を収蔵しているという。ヒストリカルピースは、それ自体も極めて重要だが、時計文化の継承においては非常に大切なもので、過去の素晴らしい作品がパルミジャーニ・フルリエの時計におけるインスピレーションの源泉にもなっている。

レストレーション・アトリエで修復師として働くフランシス氏。オートマタのデモンストレーションとともに、その修復に際して作られた資料も見せてくれた。

 修復と修理はイコールではない。 修理は壊れた部分に手を加えて、元どおりの機能を回復させることに主眼が置かれているが、修復の場合は機能の回復はもちろん、破損したところを作り直して元の形に戻すこと、つまり当時のそのままのものをなるべく残して、 できる限り当時のままの姿を維持するということが重要になる。時計の修復では、まずは全部をばらしてみて、どういう構造を持ち、どのように作られたかを見直し、時計を理解することから始まる。 何百年も前のものであり、設計図や説明書があるわけではない。そのため、修復をする際には、まずどういう状況で作品が作られたかということを歴史的な背景を踏まえながら、どんな工具を使いどのように作られたかなど、時計への理解を深めていくという。

アトリエに置かれていた貴重な時計の数々。

 先日のグイド氏のインタビューで、修復の仕事では作者に敬意を持ち、決して⾃分の作⾵が前に出てはいけないと語っていた。そしてパルミジャーニ・フルリエには、時計修復を通して培った価値観がコレクションに息づいているのだと。そうした価値観を持っていることを情報としては理解していたが、このアトリエを訪れることで同ブランドが、いかにこのことを重要視しているかを知ることができた。

取材当日、レストレーション・アトリエにはミシェル・パルミジャーニ氏の姿もあった。彼からも修復についてのさまざまな話が聞けたが、時計の修復は考古学に似ているという言葉が耳に残った。


レ・アルティザン・ボワティエ、カドランス・エ・アビヤージュ

最後に訪れたのは「レ・アルティザン・ボワティエ」と「カドランス・エ・アビヤージュ」だ。このふたつのサプライヤーはフルリエではなく、ラ・ショー・ド・フォンを拠点としており、ともに同じ建物に入居している。

ケースの試作品の数々。いくつか段階を経て製造工程を検証し、実際のケース製造へと進む。大まかな形状は、下の写真のような大型のCNCマシンを用いて加工される。

 レ・アルティザン・ボワティエはケース製造を担うサプライヤーであり、2000年5月にウォッチメイキングセンターに統合されて以来、パルミジャーニ・フルリエのあらゆるケースを製造している。どのモデルも、まずデザインオフィスにて3Dで設計されたのち、CNCマシンにより加工され、その後は職人の手で溶接、研磨、最後の仕上げが行われる。その工程は鍛造ではなく切削加工することで、複雑な形状のケース開発・製造を可能にしている。

これは研磨加工前のトンダ PFのケース。

こちらは研磨加工前のトリックのケースだ。

ケースのバフ掛け。一見すると簡単そうに見えるが、美しく仕上げるには力加減やかける時間、角度など、熟練した職人技術が必要になる。

いくつもの工程を経て研磨されたケース。これはトリックのケースだが、よく見ると複雑なディテールを持っているのがよく分かる。

 ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエでもそうだったが、機械を多用したケースづくりといえども、興味深いのはやはり職人の手作業により最終的には仕上げが繊細に行われているという点だ。パルミジャーニ・フルリエの時計はその表現こそ控えめであるが、ケースは人の手によってラグをロウ付けし、細かいところまでポリッシュされた手の込んだディテールを持っている。それを可能にしているのは、やはり熟練した職人の存在なのだ。

CNCマシンで加工されて間もないダイヤル。

表面の研磨作業を経て液体に浸されたダイヤル。

これはダイヤルのカラーリングサンプル。さまざまな色表現があるが、これがパルミジャーニ・フルリエの多彩な文字盤表現の要となる。

ダイヤル素材にカラーリング加工が施されると、専用の器具にセットされて乾燥する。ダイヤル製作のセクションの上部にはこうした器具が数多く吊り下げられていた。

こちらは、いまやトンダ PFの象徴ともなっているバーリーコーンギヨシェが施されたダイヤル。

トンダ PF マイクロローター用のダイヤル。トリックもそうだが、現行コレクションはすべて植字インデックスを採用している。

新作トリック プティ・セコンド プラチナモデルのダイヤルを発見! インデックスの取り付けはこれからだが、ほぼ最終段階まで進んだ状態だ。

 レ・アルティザン・ボワティエと同じ建物に入居しているカドランス・エ・アビヤージュは、ダイヤルを製造するサプライヤーだ。2005年12月、自立した生産体制を整えるために設立されるのと同時にパルミジャーニ・フルリエのウォッチメイキングセンターに統合され、文字盤の開発、製作、仕上げを担当している。

ほぼ最終段階になっても厳しいチェックに変わりはない。インデックスの取り付け工程に進める基準を満たしているか、職人の目でしっかりと確認される。

いくつもの厳しいチェックを経た文字盤だけが、インデックスの植字工程へ進む。写真はトンダ PFのダイヤルにダイヤモンドインデックスを取り付けているところ。

 文字盤も基本的にはケース同様、さまざまな素材を職人たちがCNCマシンを用いてカットすることから始まる。加工された素材は、専門の職人が研磨、電鋳メッキ、カラーリング、艶出し、表面仕上げを施す。最終的にはスケールや、インデックス、針などのパーツを取り付ける工程へと進んでいくが、文字盤は時計の顔となるだけあってひとつの工程ごとに必ずチェックされ、品質基準を満たさないものは弾かれて次の工程へ移ることはできない。そしてその工程のほとんどが職人の手作業によるものだ。


取材を終えて

新作、トリック プティ・セコンド プラチナモデル。その詳細は、マーク・カウズラリッチが撮り下ろし写真とともにHands-On記事としてまとめているので、ぜひとも読んでみて欲しい。

 機械式の冬の時代を経て大手ブランドの多くは職人の技、職人による時計づくりをストーリーテリングし、特別なものとすることで復活を遂げた。しかし年々高まる需要に応えるため、大手ブランドの多くは製造の多くで機械化、オートメーション化を進め、いまや製造現場における人の役割は作ることではなく、機械の管理が主になっていると聞く。もちろん、そうしたことによるメリットは大きいし、機械化、オートメーション化を進めることが悪いと言っているわけではない。一方で創業から今日に至るまでパルミジャーニ・フルリエにおいても設備投資を積極的に行い、着々と生産体制を強化してきたが、同社ではいまなお時計づくりの重要な部分を職人の手に委ねるという道を選んでいる。それはなぜか?

 かつて現CEOのグイド・テレーニ氏は、とあるインタビューでラグジュアリーとは何か? という質問に対して、ラグジュアリーとは最高であることの表現だと語った。そしてラグジュアリーとは感情に訴えるものであり、価格ではなく何を与えてくれるかということこそが重要なのだと。

 パルミジャーニ・フルリエの時計がアンダーステートメントであることは、もちろんブランドの出自である時計の修復における哲学である、決して⾃分の作⾵が前に出てはいけないという思いがあるのだろう。だが、単にそうした理由だけではなく、グイド氏が語るように最高のものを提供しているという自負、そして自身の時計に対するクオリティに対する絶対的な信頼と自信があってこそ、そうした表現を可能にしていると、筆者は強く感じた。それが100年以上の歴史を持つ老舗の多いスイスにあって、創業から30年弱という若いパルミジャーニ・フルリエがたどり着いた答えなのだと、今回の取材を通して実感することができた。

 パルミジャーニ・フルリエは2024年の新作としてブランド創設当時の主力コレクションであるトリックを、アンダーステートメントなコレクションとして再定義し復活させ、ジャーナリストを中心にWatches&Wondersの会場で高い評価を得ていた。ブランドが掲げる哲学を大切にし、いまの時計づくりを続ける限り、ターゲットとする⾃⾝の審美眼で時計を選ぶ⼈、すなわち時計製造に精通し、伝統と優れた技術を高く評価することができる多くの時計愛好家の心を掴むことができると、筆者は確信している。

 その他の詳細はパルミジャーニ・フルリエ公式サイトへ。