Photos by Kasia Milton and Greyson Korhonen
よく知っていると信じ込んでいたものが、予期せぬ形で変化していくのは不思議なことだ。今年3月、左側にリューズ(と日付)の付いたロレックスGMT-マスターIIが発表された。ひと目見ただけでは、とても理解できるような代物ではなかった。
正式発表の前から噂は絶えなかった。“レフティ(左利き)”や“デストロ(イタリア語で左を意味する)”GMTの可能性を聞いたとき、私は「ロレックスがそんなことをするわけがない」と言い切った。だが、それが現実のものとなった。そのとき記事を執筆したのだが、この時計はずっと私の頭のなかの貴重な場所を占めていた。よって私は、その続きを書かなければならなかった。Watches & Wondersのロレックスのブースで、窓のない(しかし豪華な)部屋でこのモデルを見ただけでは十分ではなかった。私は、この時計と本当の意味で密度の高い時間を過ごす必要があったのだ。
そうして私は、この新しいGMTマスター Ref.126720VTNRを携えて、ボストンでのウィーク・オン・ザ・リスト...いや、2本の手首を使った旅に出かけた。
ブラック&グリーン
この時計が選んだ配色は、必ずしも鮮烈なものではなかったが、確実に派手な色といえるかもしれない。2007年、ロレックスは初めてセラクロムベゼルを採用したスティール製のGMTマスターIIを発表した。ブラックダイヤルにグリーンのGMT針、そしてオールブラックのベゼルが特徴だ。ダイヤルのフォントもエメラルド色で統一されている。かつてのオールブラックアルミニウムベゼルを彷彿とさせる風貌だ。ロレックスがセラミック製のツートンベゼルの量産化技術をまだ確立していなかったからである。
技術革新を迎えるには、さらに6年の歳月が必要だった。Ref.116710BLNRは、青と黒のGMT、“バットマン”として発表されたのである。実は私はその時計を所有している。2016年からずっと愛用しており、この記事でそのすべてを読むことができる。その後、2018年にスティールで有名な“ペプシ”仕様が復活。ロレックスは、途中でオールブラックモデルの生産終了している。2022年になると、このグリーンとブラックのモデルがリリースされた。オリジナルのセラミック製モノクロームウォッチの色合いを持ちながら、さまざまな意味でその頂点に立つことができたのだ。
もちろん我々の目を釘付けにしたのはツートーンベゼルではなく、リューズと日付表示の配置だった。ベゼルカラーが追加されただけでなく、ロレックスはCal.3285ムーブメントに手を加え、左側リューズと新しい表示を実現したのである。現行型のGMTに倣い、この時計もオイスターブレスレットとジュビリーブレスレットの2種類が発売された。
概要はこんなところだ。このシリーズを知っている読者なら、この時計も知っているはずである。40mmケース、ツートンカラーのセラクロムベゼル、70時間パワーリザーブを備えるクロノメーター認定のCal.3285、エクステンション機構付きのロレックスブレスなど、もう語るべきことは何もない。そのすべてが残っている。唯一私に残されたのは、この時計を身につけること、つまり実際に体験することだった。そして、私はそれを実行に移した。
手首に1週間つけてみて
HODINKEEの動画プロジェクトの一環として、ニューイングランドへ新しいGMTを持ち込むことができた(詳細は後日)。同じタイムゾーンとはいえ、旅行中に時計を持っていくわけなので、非常にワクワクした。
時計を受け取って最初に思ったことは、“これはどちらの腕につければいいのだろう?”ということだった。興奮した私は、自分のInstagramアカウントに時計をつけた写真を投稿した。そのときは左手首につけていた。私が時計をつけるのはいつも左手首だからだ。すると、たくさんの方から、もちろん丁重に、間違った手首につけていることを知らせてくれるコメントが届いた。
この件に関しては、正しいとか間違っているとかいう概念はない。というのも、めったにないことだが、レビューのためにこの時計を手にしたとき、私は両手首でこの時計を体験しようと思ったからだ。
左手首は、GMTマスターIIを着け慣れているという意味では馴染み深いものだったが、スタイリングはまったく新しく感じられるほど異なっていた。手首の上にあるリューズは見ず、ケースのエッジだけを見る。ある意味、それがとても魅力的だった。今さらだが、ロバート・レッドフォードが右腕につけているサブマリーナーは、リューズがないのがうらやましい。この向きのケースを見るだけで、既成概念に新しい次元が加わるのだ。
もちろん、この時計を左手首に装着することにはデメリットがある。ロレックスはCal.3285を180度回転させ、日付窓を3時位置から9時位置に移動させたからだ。つまり、シャツの袖口やジャケットの袖で日付表示窓が隠れてしまうことが多いのだ。これはちょっと残念なことではあるが、まるでノンデイトモデルであるかのような魅力があるといえよう。
続いて右腕に装着してみた。腕時計では初めてではないが、デストロは初めてだった。これまで、右腕に時計をつけると、いつも何か変な感じがしていた。某有名俳優が愛用しているにもかかわらず、私の右腕には馴染みのなさ(つまり、むき出しの手首に重さが加わる)とリューズの向きにどうしても違和感があったのだ。しかし、左利き用のGMTを右腕に装着してみると、すべてが変わった。それは、まさに…正しかったのだ。なぜ、このような時計が右利き、左利きの人たちにとって大きな意味を持つのか、すぐに理解できた。この時計と過ごした1週間は、左腕よりも利き腕につけていることが多かった。
右利き、左利きの話をしたところで、巻き上げの操作感についても触れたい。私はずっと右利きだ。左手は基本的にトマトソースの瓶の固くなった蓋を開けるときしか使わない。この時計は、表向き左手で巻き上げることになっているが、ここに問題があった。認めよう、これがなかなか難しいのだ。これに対処するため、私は単に私が上下逆さまに時計を回すと、いつも通り利き手で巻き上げ操作できることがわかった。変だって? 確かにそうだ。だが、これが意外と上手くいくのだ。
正直なところ、私はどんな配色であれ、GMTマスターIIのデザインが気に入っている。その機能をよく使うので、絆が深まった時計だ。私の妻はポーランド出身で、親族の多くがそこに住んでいる。そこで時間を把握しやすいように、ベゼルのトライアングルを9時の位置に合わせておくことが多い。この新しいGMTと過ごした1週間でも、同じことをした。
また、私はこの時計のオイスターブレスレットのバリエーションに慣れ親しんでいるので、同じものがデストロに備わっていることも満足だ。ジュビリーのデザインもおもしろいが、やはりオイスターが自然で、ロレックスのスポーツウォッチにぴったりなのに対して、ジュビリーはGMTには重々しく映るのだ。
1週間が経つにつれ、最初に考えていた以上にこの時計を楽しんでいる自分に気づいた。その日の気分でつける手首を変えても、快適で良い時計だった。
競合モデル
本節では、競合モデルという観点に対して、別のアプローチを取りたいと考えた。もちろん、この時計を“通常の”リューズと日付表示のあるGMTマスターIIと比較したいのだが、同時にほかのデストロモデルとも比較したい。そこで、現代の時計界のアイコニックピースを何本か選んでみた。GMTと同じ機能を持つとは限らないが、有名で時代を超越した、ちょっと変わったスポーツウォッチを探している人にとって、比較検討材料になりそうなクラシックウォッチを取り上げるのが狙いだ。
左利き用と右利き用を比較することがこのレビュー全体で最もわかりやすいポイントとなるのではないだろうか。価格は若干異なるが(130万9000円vs.127万2700円)、機能性は同じであり、間違いなく楽しい選択肢を選ぶだけの大胆さがあるかどうかの問題だ。
3時位置リューズの人気モデルがふたつもあるペラゴスに、GMT同様、意外性のあるモデルとして選んだのがこのモデル。GMTが日付表示をダイヤル左側に移動させたのに対し、ペラゴスは3時位置の日付表示はそのままに、ルーレット配色の日付ディスクで華やかさをプラスしている。新しいGMTが移動時間に楽しみをもたらすのと同じように、ペラゴスもまた、一風変わったダイビングの活力を与えてくれる。
へそ曲がりで、ワイルド、そして奇妙な美しさと言えば、プロプロフは左側リューズをさらに極端に表現している。ヘビーデューティー向けダイバーズモデルとしては唯一の仕様で、これにはしかるべき理由がある。右側にリューズがあることを想像してほしい。あなたの手は耐えられないだろう。私が言えるのは、LHD(Left-Hand-Drive)の時計はより楽しいと思われることで、プロプロフはその考えを実証するものだ。
そして、ケース左側のリューズに負けないくらいワイルドなケースデザインを持つ時計で締めくくりたい。モナコの初代モデルはこの向きで発表され、後に通常の右利き用のスタイルに軌道修正された。現在、モダンなモナコのうち、クラシックなレフティルックを採用するモデルは数少ない。もし、LHDとして誕生した象徴的な時計をお探しなら、モナコにチャンスを与えてほしい。
最終的な考え
さて、この新しい左利き用GMTは、全体としてどのような意味を持つのだろうか。それは、ロレックスの現在の方向性、そして今後数年間の方向性を表しているのだと考えられる。ロレックスのスポーツウォッチに対する需要は相変わらず高く、サブマリーナー、デイトナ、GMT(主にペプシ)に対するウェイティングリストはますます長くなる一方である。
ロレックスがマニアックになったり、ニッチになったりするのはあまり見ることはないが、この時計はその両方を象徴するものだ。GMTマスターIIのほかのカラーバリエーションほど、このモデルにウェイティングリストの長い列が生じるとは思えない。また、本モデルはリリースにあたり、騒動を引き起こしたわけではない。これはロレックスが策を巡らせ、クリエイティブな方法で需要を調整し、コントロールしているからである。すると、どうだろう? そうすることで、ロレックスは本当に驚くべき、楽しいものをもたらしてくれる時計を作り出したのだ。
全体的に、オイスターブレスレット(私の好みであって、必ずしもNBA選手ラッセル・ウェストブルックの、というわけではない)のこの時計を身につけている私の時間は、自分がよく知っていたと思った何かに驚くことを受け入れる練習のようなものだった。私はこれをあまりにも早く判断し過ぎ、正直なところ、それを再検討するのに時間がかかりすぎた。しかし、この8カ月ほどで、そこに新鮮な視点を持ち込むことができた。最終的にはリューズと日付の配置を変えただけだが、まったく新しい時計になったように感じている。
ロレックス GMTマスターII、Ref.126720VTNR。ケース:ステンレススティール、100m防水、直径40mm。ムーブメント:ロレックス Cal.3285、COSC認定、クロマライト(青色)夜光塗料。価格:1万1050ドル(日本国内定価は税込130万7000円)。