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クイック解説
時計愛好家にとってビッグニュースだ。タカノが復活を遂げたのだ! …のっけから興奮気味に書き出してしまったものの、“タカノってなんだ?”という方も少なくないかもしれないので紹介したい。
タカノはかつて存在した日本の時計ブランドだ。1899年に設立された高野時計金属製品製造所を前身としており、1938年に高野精密工業と改称。1957年からタカノの名で腕時計の製造を開始したが、長くは続かなかった。1962年に理研光学工業(現リコーエレメックス)のグループ会社が事業を継承したことで、時計ブランドとしてのタカノは終焉を迎え、その後はリコーの名のもとで時計製造を続けた。
腕時計の製造開始から5年と経たずにリコーに吸収されてしまった理由だが、1959年9月に紀伊半島から東海地方を中心に襲った伊勢湾台風により工場が打撃を受けて、というのが通説だ。だが、かねてより過大な設備投資などをしていたということも背景にあったとも言われている。
そんなタカノでは世界的な高級時計を目指すことをコンセプトに掲げ、1957年に“タカノ銘での”ファーストモデルとなる200シリーズを送り出した。“タカノ銘での”とわざわざ強調したのは、実は54年にタカノ初の腕時計が製造されているからだ。その時計は“ラコ(ラコーとも)型”という愛称で呼ばれているが、これはダイヤルにドイツの時計ブランドであるラコの名前が入っていることに加えて、ムーブメントにドイツ・ドローヴェ社製のムーブメントを搭載していたからだ。これには当時の高野精密工業が54年からラコの腕時計の組み立てを請け負っていたことが背景にある。
そうした経緯もあり、タカノの名で初めて製造された腕時計には面取り仕上げや耐震装置に変更はあるものの、ほぼドローヴェの機械といって差し支えのないのムーブメントを同社のライセンスを取得して製造したと言われている。下の2枚の写真を見比べてみると、それがよく分かる。
新生タカノの復活を主導し、腕時計の製造を手がけるのは、浅岡 肇氏が率いる東京時計精密だ。復活に際して、同社はタカノの商標を持つリコーエレメックスからライセンスを取得。満を持して先日発表されたのが、シャトーヌーベル・クロノメーターだ。
当時のタカノが目指した“世界的高級時計を目指す!”というコンセプトを受け継ぎ、浅岡氏が出した答えが日本初のブザンソン天文台クロノメーターウォッチだ。ブザンソン天文台のクロノメーター検定に合格したのは、国産時計としてはこのシャトーヌーベル・クロノメーターが史上初となった。
ケースバックから見える蛇の頭の刻印(回転ローターに小さく入れられている)は、ブザンソン天文台クロノメーター合格品の証。ケース径は37mmで、ケース素材はステンレススティール。高級時計にふさわしい仕上げとして、ケース全面に鏡面のザラツ研磨を施している。ダイヤルはいかにも浅岡氏らしいデザインを採用する。象徴的なのが超高層ビルディングを模したスカイスクレーパー針。その針先は、ボンベダイヤルや風防のカーブに沿うようにカーブを描くが、これらのディテールはクロノ ブンキョウ トウキョウの時計にもよく見られるもので、浅岡氏らしいポイントだ。
ダイヤルはホワイトとブラックの2種類。前者はベージュの表地とブラウンの裏地、後者はブラウンの表地とブラックの裏地を合わせたレザーストラップを合わせる。気になる価格は88万円(税込)。限定モデルではないが、購入は抽選販売方式で、2024年8月中旬からの一般発売を予定している。
ファースト・インプレッション
先日催された新生タカノ披露のレセプションに参加したのだが、会場でのプレゼンテーションでは、浅岡氏がいかにこだわり抜いてシャトーヌーベル・クロノメーターを手がけたのかが、よく分かった。ムーブメントは2万8800振動/時の国産自動巻き、ミヨタの自動巻きムーブメントをベースに東京時計精密でクロノメーター仕様に調整されたものを搭載している。浅岡氏はミヨタベースにした理由として、国産ムーブメントをベースに用いることにこだわりを持っていて、国産ムーブメントの価値向上を願っているからこそ、今回の企画に至ったのだと話す。
ちなみに現在クロノメーター検定を行っているのは、スイスだとCOSCとTIME LAB、ドイツのグラスヒュッテ天文台、そしてフランスのブザンソン天文台。そのなかで、自国以外の時計を試験で受け入れているのがブザンソン天文台だ。日本の時計ブランドが、なぜフランスのブザンソン天文台クロノメーターを取得するのかというのは、これが理由である。
試験はどのように行われるのかというと、ブザンソン天文台ではケーシングされた状態、つまり製品の状態で実施される。これがかなりハードルが高い。というのも、ムーブメントに対して検査が行われるCOSCでは製品には使用されない軽い針を付けてのテストが可能なため、精度が出やすいと言われているのだ。そのため、ブザンソン天文台でクロノメーター認定を得ようとするのであれば、そうしたことも念頭にデザインされる必要がある。
本作はシースルーバック仕様になっているが、これも試験の特性ゆえだ。ブザンソン天文台では試験に際してムーブメントのシリアル番号が確認されるのだが、クローズドケースバックでは確認するにはケースバックを開けないといけなくなる。そんなことをしたらせっかく精度を追い込んでも調整に影響しかねない。つまり確認しやすくするための配慮なのだが、実質シースルーバックにすることは試験の前提条件となっている。
なお、最初に天文台に送られた10本のうち合格したのは3本。その結果を受けて精度調整をかなり厳しくしたそうだが、それでも試験をパスできるのは全体の60%ほどだという。
いかにクロノメーター認定を得るのが大変かという話を聞いたものの、筆者が個人的に引かれたのは、その整ったダイヤルだった。タカノの初代シャトー(1961年登場)に倣ったというボンベダイヤルには、フラットだが縁が柔らかくカーブしたサファイアクリスタル風防を合わせる。そこから見えるダイヤルにはポリッシュ仕上げのドットとバーの植字インデックスが浮かび、バーインデックスに至ってはエッジが90°に整えられている。スカイスクレーパー針は全面ポリッシュとすることで繊細だが存在感があり、精緻なレイルウェイインデックスにぴたりと合うように考えられたデザインはクロノメーター機であることを静かに、だが力強く主張する。しかもホワイトは梨地風のわずかに表面を荒らした仕上げであるのに対し、ブラックは艶やかな仕上げと、ダイヤルの質感を変えている。そうした細やかで神経の行き届いたディテールは、いかにも浅岡氏らしさを感じさせていた。
時計は極めて魅力的であったが、気になった点がふたつある。まずひとつは、このタカノプロジェクトが今後も続くのかどうかということだ。実はタカノの時計はタカノ創立60周年の1998年と80周年の2018年に復刻モデルがリコーエレメックスから限定で発売されているが、一部の愛好家の注目を浴びただけで継続生産には至らなかった過去がある。タカノは5年弱のわずかな期間であるが、さまざまなモデルが作られている。そうした魅力的なアーカイブにインスピレーションを得た新作が今度も登場してくれることを個人的には期待している。
そしてもうひとつは価格だ。こだわりは理解できたが、税込で88万円。この価格になると選択肢は非常に多い。それを押してこの時計を選ぶには、もう少し別の、特別感のあるムーブメントが欲しいというのが筆者の正直な気持ちだ。とはいえ、本作は限定ではないといっても、クロノメーター取得の手間を考えるとそれほど数は生産できないだろう。抽選販売という方式を取ることからもそのあたりの事情はうかがえるが、“浅岡氏が手がけた”ということがブランド化しているいま、同じようなスタイルで販売をしてきたクロノ ブンキョウ トウキョウでの販売実績を考えると、おそらくあっという間に売れてしまうのだろうと想像している。
基本情報
ブランド: タカノ(TAKANO)
モデル名: シャトーヌーベル・クロノメーター(Chateau Nouvel Chronometer)
型番:PWT
直径: 37mm
厚さ: 8mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤色: ホワイトとブラック
インデックス: 3・6・9・12時位置はバー、それ以外はドロップインデックス
夜光: なし
防水性能: 3気圧
ストラップ/ブレスレット:レザーストラップ、SS製尾錠
ムーブメント情報
キャリバー: 90T
機能: 時・分表示、センターセコンド
直径: 約25.9mm(11 1/2’’’)
厚さ: 3.9mm
パワーリザーブ: 約42時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 24
クロノメーター認定: あり。ブザンソン天文台によるクロノメーター認定書付き
価格 & 発売時期
価格: 88万円(税込)
発売時期: 2024年8月中旬からの一般発売を予定
限定:限定モデルではないが、抽選販売。
詳細は、タカノのウェブサイトをクリック。