※本記事は2017年7月に執筆された本国版の翻訳です。
2017年のバーゼルワールドで、モデル誕生50周年(1967年発売)の節目に発表されたロレックス シードゥエラー Ref.126600。このモデルは、ロレックスの最も重要な製品のひとつだが、売れ筋を狙った時計からは程遠い、真のプロフェッショナルに応える正真正銘のツールウォッチだ。最新モデルはまさしくシードゥエラーなのだが、数多くのアップデートが施されている。技術的には些細なことながら、心理的には従前のモデルから大きく変化しているように見えるものもある。今回のア・ウィーク・オン・ザ・リストのレビューでは、これを検証し、その意味を解き明かしてみたいと思う。また、この時計が何をするためのもので、何をするためのものではないのかについてもお話ししよう。
ロレックスと防水性能の追求
私が2015年に執筆した記事「ロレックス 全4工場の舞台裏に足を踏み入れる」では、創業者のハンス・ウィルスドルフが、ロレックスの時計を特徴づけることになる3つの異なる目標、すなわち「精度」「 自動巻き機構の確実な巻き上げ 」「防水性」を追求したことについて触れた。なぜウィルスドルフにとって、これらのことが重要だったのだろうか? というのも、1926年にオイスターが発売されるまでは、腕時計(当時は懐中時計が主流)はスポーツ観戦以外では傍流の存在であったからだ。
しかしウィルスドルフは、スポーツをするときに競技参加者自身が身につけることができる時計にこそ、真の市場があると考えていた。初期のオイスターケースには、ロレックス初のフルーテッドベゼルが採用されていた。もちろん、ねじ込み式のオイスターリューズもロレックスの重要な技術革新であり、これらの時計によってそれまで以上に深い水中で活動できるようになったのだ。
1953年、ロレックスとブランパンがプロフェッショナル向けのダイバーズウォッチを発表し(どちらが先かは議論の余地がある)、我々の多くが愛してやまないカテゴリが誕生した。フィフティ ファゾムスは数十年前に製造中止となり、その後、新生ブランパンが現代に復活させたが、サブマリーナーは60年以上にわたって時計界に不動の地位を築いている。発表当初は、ねじ込み式リューズ、ラジウム夜光ダイヤル、回転ベゼルを備え、(当時としては)驚異的な100mの防水性能を誇った。
実際、Ref.6204とオリジナルの“ビッグクラウン”Ref. 6200は、ダイバーたちに非常に堅牢なツールウォッチを提供することとなった。そのあとに続いたRef. 6205、6536、6538も、今日我々が知るのちのサブマリーナーも同様だ。
それ以前にも、ロレックスは1950年代以前のダイバーズウォッチの最高峰ともいうべきモデルを製造していたが、それらはダイヤルにロレックスのシグネチャーが入っていなかった。そう、この時代にイタリア軍のダイバーのために納入されたオリジナルのパネライには、完全にロレックス製のケースとムーブメントを搭載しているものがあるのだ。初期のパネライのすべてがロレックスのそれを使用していたわけではないが、最初期にはわずかに存在し、それらは今でも非常に人気の高いコレクターズアイテムとなっている。その内のトロピカルダイヤルの個体をジョン・ゴールドバーガー氏が所有する(「Talking Watches 有数のコレクター ジョン・ゴールドバーガー世界に数本しかないヴィンテージを公開」)。
"サブマリーナー"は常にサブマリーナーであることを意図していたわけではなく、ロレックスがデイトナやその他の今ではよく知られているモデルの名前を実験的に変えたように、ロレックスのダイバーズが"サブアクア "と呼ばれていた時期があった。2013年にアンティコルムで落札されたこのモデルのように、初期モデルにこの名前が付けられたものが数年にもわたって出回っている。
ロレックスはその後もサブマリーナーを途切れることなく生産し続け、今日に至っているのはご存知の通り。消費者やプロ向けのダイバーズウォッチが製造されるようになった最初の数十年は、他社製の本格的なダイバーズウォッチが存在していたが、技術的には素晴らしいものであっても、その多くは広く普及しておらず、サブマリーナーのようなプロの要求基準を満たしつつ商業的にも成功を収めた例は、ほとんど無かったのではないだろうか。
オメガのシーマスターシリーズは、1960年代にサブマリーナーの唯一の競争相手となった手頃なダイバーズウォッチだ。しかし、その話は別の機会に譲り、サブマリーナー登場から14年後に登場したロレックスの別のダイバーズウォッチの紹介に移ろう。
サブマリーナー以外のダイバーズモデル
シードゥエラーは、いろいろな意味でロレックスというブランドを如実に表している。このモデルは発売当初から、ロレックスが過剰なまでのエンジニアリングと、何よりも性能にこだわっていたことを示しているからだ。ロレックスには、サブマリーナー Ref. 5512と5513という十分な性能を持つダイバーズウォッチがあったが、さらにタフなもの、つまり水中で働くだけでなく、場合によっては実際に水中で生活する人のための時計を模索したのである。
シードゥエラーが誕生したのは、まだ訪れたことのない極限の環境への大いなる探検が始まって間もない時代だった。人類はまだ月に降り立っていなかった。エドモンド・ヒラリー卿とテンジン・ノルゲイがエベレストに初登頂したのがまだ10年前で、その数年後の1960年には潜水艇“トリエステ号”が海の最深部への潜航に成功している。また、南極大陸に最初の常設観測所が設置されたのもこの時期であり、初の原子力潜水艦ノーチラス号が極地の氷の下を通って北極点に到達した時期と一致する。
この時代は科学的発見の時代だった。ドン・ウォルシュとジャック・ピカールがマリアナ海溝に潜ったことで、当時ほとんどのアメリカ人が愛読していたライフ誌の表紙を飾り、忍耐と決断を必要としたこの偉業に世界中が魅了されたのだった。繁栄の時代があったからこそ、人類は偉大な探検をすることができたのであり、ベビーブーム世代の心を掴んだのは、偉大な世代による偉業の数々であった。1950年代後半から1960年代前半にかけて、宇宙や深海の探検ほど興奮させる話題はなかったことは、ロレックスがこの時代にシードゥエラーを開発した事実と符合する。
シードゥエラーは、トリエステ号がチャレンジャー海淵に潜ったときに船体の外側に取り付けられていた“ディープシー・スペシャル”のあとに登場した。しかし、あの時計は巨大で、とても身につけられたものではなかった。同じことは、2012年にロレックスが製作したもうひとつのプロト機、“ディープシー・チャレンジ”にも言える。この時計は、映画監督ジェームズ・キャメロン氏が1960年の歴史的な潜水を再現する際に、船の外側に取り付けた直径51mmの巨大な潜水用時計である。シードゥエラーは、一度しか使わない道具や、他の技術の参考となるプロトタイプとして開発されたのではなく、世界で最も本格的なダイバーのために作られ、毎日、長期間にわたって着用されることを想定して設計されていた。
RolexMagazine.comのジェイク・アーリック氏は、宇宙飛行士としても潜水士としてもロレックスを身につけていたスコット・カーペンター氏の素晴らしい歴史を紹介している。
前述したように、外なる宇宙と“内なる宇宙”(トリエステの潜航成功後、アイゼンハワー政権が作った言葉)のつながりは、確かに存在した。実際に、NASAの有名な人物がその両方で活躍している。マーキュリー計画に参加した7人の宇宙飛行士の1人であり、オーロラ7号でアメリカ人による2回目の有人軌道飛行のパイロットを務めたスコット・カーペンター氏は、1965年にNASAを休職しSEALABと呼ばれるアメリカ海軍の“マン・イン・ザ・シー”プロジェクトに参加した(NASAを休職したら、ほとんどの人がそうするのではないだろうか?)。1965年の夏、カリフォルニア州ラホヤ沖で行われたSEALAB IIのチームリーダーとして、カーペンターとチームメンバーは30日間、海底で生活し、作業し、水深205ft≒60mの海底居住区で調査を行った。
カーペンターと行動をともにしたのは、SEALABの3つのミッションに参加した唯一の男、ボブ・バースだった。彼のサブマリーナー Ref. 5512は数年前に売りに出されたが、売り手はこの時計とその所有者がシードゥエラーの開発にどれほど重要であったかについては言及することは(残念ながら)なかった。
バース氏は、2012年に我々のジェイソン・ヒートンが行ったインタビューのなかで、減圧室で減圧されているときに、「ポン」という音がしたかと思うと、サブマリーナー、ブランパン、チューダーなどの風防が外れてしまったと語っている。根本的な問題は、SEALABで使用されている呼吸ガスに含まれるヘリウムだった。ヘリウムは非常に小さな分子を形成し、時間が経つとダイバーズウォッチのパッキンを通過してケース内に蓄積されてしまうのだ。ダイバーは減圧室に数日間滞在し、作業深度の気圧から海面の気圧まで徐々に下げていく。そうすると、ヘリウムはすぐにはケースの外に出ていかず、ケース内の圧力がどんどん高くなっていき、ときには風防が弾き飛ばされることがあったのだ。SEALABミッションでは、これに対処すべく初めてヘリウムエスケープバルブを採用。ロレックスではシードゥエラーに搭載され、現在もこのモデルの主要な特徴となっている。
初期のシードゥエラーには、ダイヤルに赤い表記が1行だけ入っているものがある。この“シングルレッド”シードゥエラーは非常に希少で、防水性能が600mではなく500mとなっており、ヘリウムエスケープバルブが付いていない個体も存在する。このモデルはプロトタイプであり、2013年のオークションで数十万ドルの値が付いたが、このモデルはその一例だ。
シードゥエラー Ref. 1665は、1967年に発表されたロレックス最大・最強のダイバーズウォッチである。当時のRef. 5513の約2倍相当の610mの防水性能を備え、2行の赤い文字で“Sea-Dweller / Submariner 2000”と表記されている。リューズはトリプルロック式で、デイト表示があり(減圧室で何日も過ごす飽和潜水士には便利なのだ)、ロレックスのダイバーズウォッチとしては初めての複雑機構で、サブマリーナー Ref. 1680よりもわずかに先行していた。
クリスタル風防はドーム型で、デイト表示拡大用のサイクロップレンズは省かれた。ブレスレットには延長クラスプが付属し、ダイビングスーツの外側に装着するために素早くブレスレットを開くことができた。このようにしてシードゥエラーは誕生し、しばらくの間、その姿を留めていた(70年代半ばに赤文字表記がなくなったのは、Ref. 1680がそれを廃止したのと同時期だ)が、長年にわたりロレックスの最も専門性の高いモデル、シードゥエラーの防水性能は継続的に改善されてきたのである。もちろん、ロレックスがシードゥエラーを廃止するまでのことであったが。
シードゥエラー空位の時代
ロレックスに一貫性は望めない。1950年代と60年代に発売された同社のスポーツウォッチのうち、5つのモデルが事実上消滅したとは信じがたいことだ。しかし、実際にそうなってしまった以上仕方がない。2009年から2014年まで、ロレックスのカタログにはシードゥエラーが存在しなかった。もちろん、44mm径のシードゥエラー ディープシーはあった。これはプロの道具としてのダイバーのコンセプトをさらに推し進めたもので、防水性能は3900mというとんでもない仕様になっている。そして2014年には、ダイヤルがブルーからブラックへとグラデーションを描く“Dブルー”が登場した。
ロレックスが既存のスポーツウォッチモデルに特別色のダイヤルを用意したのは、近年では初めてのことであり、誰もが歓迎できるものではなかった。しかし、Dブルーは発表当時、世界で最もホットな時計のひとつだった。そして伝統的なブラックダイヤルの44mm、チタン製ケースバックのシードゥエラー ディープシーは、まさにロレックスらしいモデルであったが、それでも多くの人が伝統的な40mm径の本格的なダイバーズウォッチを求めていた。
2014年のバーゼルワールドでは、その要望にシードゥエラー4000で応えた。Ref. 116600は、直径40mm、サイクロップレンズとセラミック製ベゼルを採用し、4000ft(1220m)の防水性能を備えていた。決して刺激的なリファレンスではなかったかもしれないが、5年間の空白を埋めることができ、ロレックスのダイバーズワールドは万事順調だった。そして、バーゼルワールド2017がやってきた。
ロレックス シードゥエラーRef. 126600を一週間着用
バーゼルワールド2017でのロレックスは、少なくとも2016年と比較すると、一部の人にとって少し拍子抜けした感が否めなかった。2016年のデイトナのように超重要モデルの発表はなかったからだ。それどころか、ロレックスが作るツールウォッチで最も知名度が低く、最も理解されていないモデルのアップデートが発表された。
新型シードゥエラーは、ある意味ではサプライズではあったとも、なかったともいえる。もちろん、2017年は初代シードゥエラーRef. 1665の登場から50周年にあたる。初代シードゥエラーが1967年から1980年代まで製造されていたことを考えると、ロレックスのモデルとしては非常に短い期間である。Ref. 5513が、60年代前半から80年代後半まで製造されていたことを考えると尚更だ。
ロレックスのことだから、すぐには変わらないはずなのに変わってしまった。Ref. 116600 シードゥエラー4000は、サイクロップレンズ、40mm径ケース、セラミックベゼルを備えた素晴らしい時計だったが、ロレックスは発売からわずか3年でそれを取り替えてしまったのだ。
新しいRef. 126600は、まさにシードゥエラーではあるが、その点については混乱しないで欲しい。当然のようにヘリウムエスケープバルブを備え、世界で最も高いビルであるブルジュ・ハリファの高さよりも深い1300ftの防水性能を備えている。信じられないほどの性能であることは変わりない。しかし、2014年から2017年にかけて直径が3mm大きくなったため、オリジナルと同じケースサイズではなくなってしまった。さらに、デイト表示位置の風防にはサイクロップレンズを備えているが、これはシードゥエラー愛用者にとっては、ある種の悲劇と言えるだろう。それでは、このRef. 126600を1週間着用してみたので、詳しくご紹介しよう。
43mmは決して大きいとは言えないものの、小さくもない。一世代前のシードゥエラー、そしてそれ以前のすべてのシードゥエラーより、直径が3mm大きくなっている。ケースの厚みは15mmのままだ(私が計測したもので、ケースの厚さはロレックスの公称値ではない)。歴史的なツールウォッチのサイズアップに対する私の最初の反応は、「げげ、ロレックス! なんでそんなことをしたんだ!」だったが、次のように考えてみることもできる。
シードゥエラーは40mm径からスタートし、約半世紀の間、オリジナルのサイズを維持してきた。1980年代後半に37mmから40mm径になったデイトナ、2011年に40mmから42mmになったエクスプローラーII、2010年に39mmにサイズアップしたエクスプローラーIも同様だ。また、ミルガウスが復活した際は、より大きなサイズで登場した。
GMTマスターとサブマリーナーは、どちらも37mmという小ぶりなサイズで誕生し、1960年代に40mmにサイズアップされ現在に至る。しかし、サブマリーナーが40mmであるならば、より頑丈でより潜水性能の高いシードゥエラーがもう少し大きくてもいいのではないか? 多くの人が不満に思うかもしれないが、これは理にかなっていると思われる。
私は今回のアップデートが理想的だったと主張するつもりはない。しかし、私が時計ビジネスに携わって学んだ事のひとつに、必ず高く評価する人たちが一定数存在するということで、何千人もの人々が新しいシードが43mmになったことに感激している。実際、2017年のバーゼルワールドの記事を紹介したところ、187件のコメントのなかで、サイズが大きくなったことに衝撃的な支持が寄せられた。新サイズに伴い、ラグ幅も20mmから22mmへと拡大したが、腕につけたときそれほど突飛な印象を受けるものではなかった。
もちろん、この904Lステンレススティール無垢の製造品質と仕上げは実に素晴らしく、上の写真でもそのシャープなラインと強烈な研磨は健在だ。ヘリウムエスケープバルブはケースサイドと同じ高さにあり、ベゼルのサイドには鮮明なブラッシュ仕上げが施されている。もちろん、トリプルロック式のリューズも採用している。
さて、水深性能について話そう。シードゥエラーは、4000ft(約1220m)の防水性能を備えている。これはとてつもなく深く潜ることを保証する数値だ。しかし、これは先代シードの防水性能とまったく同じで、しかも3mm小さくてもその性能を確保できていたのだ。
4000ftが驚異的な深度というのはさておき、この新しいリファレンスがより大きく、“新しく改良された”のであれば、なぜ水深性能が前世代と変わらないのか、という疑問が一部で提起されている。ロレックスの時計はすべて、ダイヤルに表示されている深度よりも10%以上のマージンを確保していることを証明するために加圧機(ご想像のとおりCOMEXから借りてきた)を使った独自の“オイスター”テストを行っていることを考えれば、この疑問は妥当かもしれない。
しかし、さらに興味深いことにロレックスは実際にダイバーズウォッチのテストについては、ダイヤル表記よりも25%以上高いマージンを取って実施している。このことは、ロレックスは実際には、新しいRef. 126600を、時計に大きな変更を加えることなく、5000ft≒1500mの防水性能を持たせたことを意味し、大きくなったケースに対する不満の声をあるいは和らげるかもしれない。新しいリファレンスは単に大きくなっただけでなく、より高性能なダイビングツールとして認識されるかもしれず、それに反論するのは難しい(もちろん、これは抽象的な話で、2001年以降、300m以上の深さまで到達したスキューバダイバーは6人しかいないが、ダイバーズウォッチのファンはオーバースペックを好むことは周知の通りだ)。
ここで興味深いのは、ロレックス ディープシー は、新型シードゥエラーよりもわずか1mm大きいだけで、リングロック機構を採用して、驚異的な12800ft≒3900mまで耐えられるという。確かに、この時計はシードゥエラーより1mm大きいだけでなく、かなり厚い(ただし、軽量化のために、新旧のシードゥエラーにはないチタン製のケースバックを採用している)が、もし顧客が43mmのスーパーダイバーズウォッチに興味を持っていたのなら、次のステップとして、わずかな重量増と引き換えにディープシーを手に入れるだろうと考えるのは、当然の流れと言えるだろう。
さて、このダイヤルは、欠点らしい欠点がない。1970年代以来、初めて赤文字表記が入ったシードゥエラーが登場した。しかも、誰もが想像していたような2行の赤文字表記ではなく、"Sea-Dweller "と1行表記されている。これまで述べてきたように、Ref. 1665シードゥエラーの初期のモデルには、ダイヤルに赤文字が1行で表記されていたが、ヴィンテージロレックスのコレクターの深い闇の世界では、このことを知る人はほとんどいない。
時々、ザ・クラウン(ロレックス)から“皆さん、我々はあなたの気持ちをよく理解し、注意を払っていますよ”というシグナルを受け取ることがある。この一行の赤いテキストは、そのようなシグナルの一つといえよう
“ダブルレッド”はよく話題になるヴィンテージウォッチだが、“シングルレッド”はそうではない。“シングルレッド”シードゥエラーは6本しか存在しないと言われていたが、2017年3月、さらに数本が発見された。ロレックスの古い時計コレクターの多くは、大好きなロレックスが自分たちのことを気にかけてくれないと文句を言いがちであるが、実際にはロレックスはヴィンテージコレクターに販売することで現在のロレックスの地位を築いたのではなく、一般の人たち(全員)に新品の時計を売ってロレックスになったのである。それでも時々、ザ・クラウン(ロレックス)から“皆さん、我々はあなたの気持ちをよく理解し、注意を払っていますよ”というシグナルを受け取ることがある。この一行の赤いテキストは、そのようなシグナルの一つといえよう。
新しいRef. 126600と旧型のRef. 116600の他の些細な違いは、旧型のブラックダイヤルがサテン仕上げだったのに対し、新しいダイヤルは少し光沢のある仕上げになっていることだ。また、ケースのサイズアップに伴い、クロマライト夜光とホワイトゴールドのアワーマーカーと針のサイズも若干アップしており、バランスが保たれている。ロレックスのクロマライト夜光は、従来のスーパールミノバの2倍の8時間光り続ける。しかも、その光は青く光るのだ。
最後に、風防のデイト表示位置にサイクロップレンズが付いているのが分かるだろう。これはシードゥエラーの変更点のなかでケースサイズよりもさらに最も物議を醸した部分であり、批判のなかには少し大げさなものもあった。ニュアンスの違いを訴える純粋主義者の意見を信用しないわけではない‐私もその一人だからだ。しかし今回、シードゥエラーのサファイアクリスタルにサイクロップを追加することについて質問を受け、ロレックスの担当者は「この時計は機能性を重視しています。サイクロップがあれば、ダイバーは水中でも海中でも日付を見やすくなりますから。単純なことです」なるほど、その通りだ。
しかし、裏を返せば、シードゥエラーを本来の使い方をしている人がどれだけいるのかということだ。些細なことがそんなに重要で、サブマリーナーにはすでにサイクロップ付きデイト表示が受け入れられているのなら、なぜシードゥエラーにはそのままにしないのか? 私もそのように考えており、私だったらシードゥエラーにはサイクロップレンズなしの風防を採用すべきだと主張するだろう。なぜなら、1960年代にそのようにデザインされていたからだ。しかし、同じ情報筋の話ではロレックスは当時、シードゥエラーにサイクロップを採用したかったが、クリスタル風防が耐えられなかったそうだ‐想定通りに機能するには風防が厚すぎ、ドームの角度が大き過ぎたようだ。Ref. 126600は、1967年以来、ロレックスがひそかに抱えてきた過ちをある意味では正したことになる。もっとも、1mm大きいディープシーには搭載されていないので、気になる読者はお問い合わせいただくとよいだろう。
しかし、ロレックスのこの対応は、フェラーリが3ペダルのマニュアルではなくF1スタイルのセミオートマティックトランスミッションを採用した理由をパフォーマンスに求めるのと同じようなものだ。しかし、スポーツカーを買う人には、何年も前に「十分な速さ」に達したと考えている人がかなりの割合でいて、自分でギアを操る感覚を味わえるなら、車の0-100km/hのタイムを0.03秒縮めてもいいと思っている層がいるのと同じだ。
フェラーリが最高のパフォーマンスカーを目指すのと同じように、ロレックスが本当に最も正確な時計を作りたいのであれば、シードゥエラーはクォーツムーブメントを採用したのではないだろうか。ここにスイス時計製造界が抱える大きなジレンマがある‐彼らは性能と効率を可能な限り追求したいと考えているが、自分たちの専門領域を超えてまでそうしたいとは思わないのである。基本的には自分たちの伝統を犠牲にしない範囲での追求に限られる。例えば、フェラーリがマラネロではなくジュネーブに拠点を置いていたとしたら、“本物の車はこうあるべきだ ”という理由で、6速トランスミッションとキャブレターを搭載した新しい812スーパーファストを見ることができるかもしれない。
しかし、その話は別の機会に譲ろう。新しいシードゥエラーには、好むと好まざるにかかわらず、サイクロップレンズが付いているのだ。
ロレックスの時計のなかで、誰にも批判されることのない部品、それがブレスレットだ。言うべきことはほとんどない。それほどブレスレットは現代の驚異だ。ロレックスは長い間、ブレスレット工学の最先端を走ってきた。実際、ジュネーブには献身的なエンジニア、科学者、職人からなるチームがあり、彼らが作るものは他のすべてのブレスレットを測る基準となっている。そうそう、ご存知ではないかもしれないが、ゲイ・フレアー社は、ロレックスの時計だけでなく、他の多くの時計(ヴィンテージのパテックを含む)に見られる素晴らしいヴィンテージ・ブレスレットのメーカーで、何年か前にロレックスに買収された。
ロレックスのオイスターブレスレットの由来やバリエーションについて知りたい読者のためのHODINKEEならではの記事を用意した。閲覧注意。
この新しいシードゥエラーのブレスレットの特徴は、904L SS材(ケースと同じ)で、バックル部分にかけてテーパーを設けた無垢リンクで作られている。リンクはフラットなサテン仕上げで、(新型デイトナのような)センターポリッシュは施されていない。このブレスレットのクラスプは“オイスターロック”と呼ばれるもので、これはロレックスが言うところのフォールドオーバークラスプで、シードゥエラーが発売された当初から採用されているものだ。ブレスレット自体は、機能性と着け心地のよさを追求したものだが、しばらく使っているとブレスレットの装着感に少し気になる点もある。まず、その特徴について説明しよう。このブレスレットは、どんな状況でも機能するように、1つではなく2つの巧妙な仕掛けが仕込まれている。
1つめは、ロレックス グライドロックと呼ばれる機構だ。これは、ブレスレットをクラスプから2mm間隔で最大20mmまで調整できるというもの。2つめは、ロレックスのダイバーズウォッチに特有のフリップロックリンクと呼ばれる機構で、これによりブレスレットの全長を一気に27mm延長することができる。この仕組みがよくわからない? ご心配なく、どのように開閉するかわかりやすく解説するGIF画像を下に用意した。
どちらの延長機構も、上の写真のように、ツールを全く使用せずに作動する。フリップロック エクステンション リンクは、大きくて平らな表面では少し見辛いかもしれないが、もしダイビングスーツの上からこの時計を装着するのであれば、全く気にならないだろう。このリンクは、ブレスレットがクラスプに当たる前の最終リンクに取り付けられている。
この2つ独自機構により、シードゥエラーのブレスレットは機能面では文句が付けられない。また、オイスターブレスは日常的に身につけていても快適なことで定評がある。ただ、最近のロレックス(デイトナとGMTマスター)と今回のシードゥエラーの両方で気づいたのだが、オイスターロッククラスプが少しちぐはぐに感じられることがあり、開いているとブレスレットのリンクと擦れてしまうことがある。
このシードゥエラーはプレス用の貸出機で、新品同様だ。クラスプ自体のサテン仕上げが素晴らしい。見て欲しい、私の腕の上でクールかつ素晴らしい姿を見せてくれる。
しかし、時計を裏返して観察するとフォールディングクラスプのすぐ上のリンクに、ちょっとびっくりするような擦り傷があることに気が付いた。金属同士が触れ合うのは避けられないものの、それでも新品のオイスターブレスレットにこのような傷が付いていたのは予想外だった。
多少の傷はあっても、ロレックスのオイスターブレスレットは最高のブレスレットであることに変わりはない。確かに他にも“高級な”ブレスレットはあるが、このブレスレットの着け心地と品質に匹敵するものはない。それに加え、工具なしで調整できるというのだから、これまで以上に素晴らしい。ロレックスが本当によいものをすべて採り入れることの証明だ。
さて、これは2017年のロレックス シードゥエラーの変更点において触れられることがほとんどないものの、間違いなく最も重要なものだ。Cal.3235は、2014年モデルのシードゥエラーに使用されていたCal.3135には見られなかった14の特許を採用した、ロレックスの最新かつ最高のムーブメントだ。このアップデートは、極めて重要なものである(当然、時計業界に精通していればの話であるが)。もちろん、シードゥエラーの購入者のほとんどは、関心がないと思うが、とにかくこのアップデートについて説明しよう。Cal.3235は、2015年にロレックスのデイデイト40に搭載されたCal.3255をベースにしている(デイデイトはロレックスのフラッグシップモデルであり、ほぼ欠かさず新技術を最初に採用するモデルだ)。
この新キャリバーには多くの特徴がある。その中心となるのが、伝統的なスイスレバー脱進機をスリムにしたクロナジー脱進機である。慣性を減らすためにガンギ車は肉抜きされており、ロレックスはこの方法がはるかに効率的だと主張している。また、ニッケルとリンの合金で作られた部品により、従来のキャリバーに比べて磁気に対する耐性が格段に向上している。その結果、パワーリザーブは(40時間から)70時間に増加し、COSC基準だけでなくロレックス 高精度クロノメーター基準である日差-2/+2秒、つまりCOSCの約2倍の精度を持つムーブメントを搭載する(COSCはムーブメントのみの評価であるのに対し、“Superlative Chronometer”表記は時計全体の評価だ)。シードゥエラーは、このようなアップデートが施されたキャリバーを搭載した最初のスポーツウォッチだが、そこはロレックスのこと、時計を見ただけで新旧の見分けははほとんど付かない。実に素敵ではないだろうか?
シードゥエラーを買う人の多くは、耐磁性や脱進機の形状の改善、ニッケル‐リン合金などには関心がないだろうが、ロレックスを買う人は、効率性や丈夫さに関心があるはずで、Cal.3235にはそれが備わっている。また、同僚のジャック・フォースターが紹介してくれたデイデイト40mmも同様だ。
新型シードゥエラーの対抗馬となる他社の時計は、2つの異なるタイプのユーザーに向けた2つのカテゴリーに分類される。1つめは、単にメジャーブランドの大きくてクールでスポーティなダイバーズウォッチを求める男女のための時計。もう1つは、シードゥエラーを本来の目的である水中(および減圧室)で長時間使用する人のための時計だ。
最初のカテゴリーでは、主要なブランドから何十もの選択肢がある。ブランパンのフィフティ ファゾムスやオメガのシーマスター 300、さらにはジャガー・ルクルトやオーデマ ピゲもある。挙げればキリがない。これらはすべて素晴らしい時計だが、シードゥエラーのような永続性を持つ時計はほとんどないと思われる。しかし、あえて言えば、それこそがロレックスの魅力であり、30年後も買ったときと同じようなクールな時計であり続けるだろう。他の時計は、流行り廃りがあるが、ロレックスに関しては、その伝統を買っているのである。確かに、赤文字表記は永遠には続かないかもしれないし、サイクロップレンズ付きのデイト表示や43mmのケースサイズも同様だ。しかし、シードゥエラーがいつまでも存在し続けることはわかっているし、そもそも機械式時計に何十万円も費やすことがよいアイデアだと信じるほど感傷に浸るタイプの人にとっては、それはとても価値のあることなのだ。
もうひとつの(はるかに少数の)ユーザーは、実際にプロの飽和潜水士であり、バックアップ機としてダイビングコンピューターを用意する層だ。この層向けには、IWCの“アクアタイマー2000”やオメガ “プロプロフ“などの競合製品がある。これらはいずれも、シードゥエラーと同じかそれ以上の水深に対応する、メジャーブランドの素晴らしい時計たちだ。どちらもシードゥエラーのような耐久性はないが、少しファンキーでレトロな雰囲気があり、明るい色やラバーストラップが豊富だ。ドクサも水中での歴史があり、場合によってはシードゥエラーよりもさらに深い場所での使用が可能だ。しかし、2012年にバース船長がジェイソン・ヒートンに語ったように、ほとんどのダイバー達はロレックスを好んで着けているようだ。
まさにそこがポイントだ。新型ロレックス シードゥエラーの最も厳しい競争相手は、ロレックスである。それは、40mm径のRef. 116600と、1mm大きいがさらに高い性能評価を受けているディープシーやサブマリーナーだ! ロレックスのダイバーズウォッチのバリエーションは非常に充実しているので、もしシードゥエラーの機能に少しでも不満がある人がいたら、ロレックスのスペックの違う他のダイバーズウォッチに目移りしてしまうのではないだろうか。Ref. 116600は、サイクロップのない最後の40mmのシードゥエラーとして、コレクターの間で話題になっていると聞く。確かにそうかもしれないが、現行のシードゥエラーRef. 126600も目下とても注目されている時計である。これは、商業的な魅力が比較的少ないプロフェッショナルツールウォッチとしては、とても重要なことだ。下の表で、新しいシードゥエラーが他のモデルとどのように違うのかを簡単に説明しよう。
HODINKEEのマネージング・エディター(当時)であるスティーブン・プルビレントから、新型のシードゥエラーをレビューするので、試してみないかと言われたとき、私は少し迷った。もちろん、私は古いロレックスに興味があるが、シードゥエラーは私の心には響かなかったのだ。実際、ミルガウス以外の有名なロレックスはどれも一度は所有したことがあるが、シードゥエラーは一度もなかった。私はもちろんサブを持っているし、今でも最初のサブ(マットダイヤルのRef. 5512だぜ!)を持っていて、それ以上は望めないほど気に入っている。しかし、シードゥエラーは最初からそれを目指していたのだ。私が最初に思ったこと、それは私はダイバーではないため、これほど大きな時計を着ける必要はないのでは? ということだった。
この長すぎる新型シードゥエラーの記事を書いて印象は変化したか? いや、まったく変わらない。これは私のための時計ではない。それが現行ロレックスをヴィンテージと同様に愛するようになった者としての率直な感想だ。実際、次に買う時計は現行ロレックスになるかもしれない(待ち望んでいた#SpeedyTuesdayの電話がついに来なければ)。でも、それはシードゥエラーではないだろう。
今まで以上に、シードゥエラーは私には大きすぎるということがわかった。ダトグラフがアップ/ダウンにサイズアップしたときに、厚みと直径の増加のバランスが取れてよくなったように、この時計も40mmのときよりも43mmのほうがよいかもしれないと思う。事実、ホッケーパックのような感じがなくなった。
実際、私の小さな女の子並みに細い手首には、軽量の38mmケースと中空リンクのブレスレットを着けることが多いが、こんな時計があってもいいと思うようになった。しかし、私は1964年に掲載された上記のロレックスの広告が対象とする購買層とはまるで異なる人間だ。その広告のコピーには“ピカール教授はサブマリーナーをバチスカーフ号の外側に取り付け、海底に達するまで7マイルも潜った…一体その時計は会議室のテーブルで何をしているのだろう?” なるほど、この時計は会議のテーブルに置かれるべきものではないと私も思う。ピカール教授やスコット・カーペンター、ボブ・バースといった人たちの腕に収まるべき時計だ。あるいは、我らがジェイソン・ヒートン(実際にダイビングをしている本誌唯一のダイバーズウォッチ・レビュアーだ)も適任かもしれない。しかし、私には絶対似合わない。オーバースペックに過ぎるのだ。ジャケットとネクタイにサブマリーナーを合わせるのも一つの方法だ‐サブは今では我々の文化的DNAの一部となっているからだ。しかし、シードゥエラーは厳然たる道具だ。人類の意味ある歴史的な瞬間のために、特定の目的をもって作られたものなのである。
他の人がシードゥエラーを毎日身につけていたとしても何の問題もないし、もし私が“SEA LAB9”に参加することになったら、最初に買うのはシードゥエラーだと断言できる。しかしそのときまでシードゥエラーは冒頭に述べたような時計として私の印象に留まるだろう:知的好奇心という面ではロレックスの最も重要な製品のひとつだが、商業的には最もかけ離れた製品のひとつでもある。ダイビングのプロフェッショナル(私は違う)のための真のツールウォッチなのだ。
ロレックス シードゥエラー Ref. 126600は発売中。123万900円(税込)。詳しくはこちらまで。