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Hero illustration by Andy Gottschalk.
イタリアの最も名高い時計メーカー(現在はスイスブランドの傘下)は、超大型ケースを世に送り出すことで有名であり、アクション映画スターたちがその太い腕につけている。それらの時計はただ男性的なだけではない。ゴールドジムの会員権とクレアチンのボトルが1本無料でついてきてもいいほどの逞しさがある。
そうしたなかで、非常にパネライらしからぬ形で発表されたルミノールのドゥエ ルナ PAM1301を私が目にしたときの驚きを想像してみて欲しい。38㎜という小ぶりのケース、ステンレススティール製ブレスレット、こともあろうにムーンフェイズ、はてこれは?
もし皆さんも私のようであれば、つまりジェイソン・モモア(Jason Momoa)よりも小柄な方なら、おそらく長年パネライの時計をそれなりに見てきて、「これは素敵だが私がつけられるようなものではない」と思われたことだろう。私は今回これをつけてみて思った。「私にもつけられる。そして、つけるだろう」と。
パネライの基準からすると全体に小さくまとまっており、前向きに小型化しているように思われる。パワーリザーブは72時間あり、素晴らしい。防水性能は50mで、こちらはあまり素晴らしくない。だが、パネライをつけてアマルフィ海岸へダイビングに行きたいのであれば、サブマーシブルというそれに向けたコレクションがある。なかには47㎜のものもあり、表示はそれこそ海のように大きくて見やすい。そちらでお楽しみいただくのがいいだろう。
私はといえば、甲板でスピリッツを飲みながらこちらの1301をつけているほうがいい。
この時計には自動巻きキャリバーが搭載されているが、「ラ・ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)」にはリューズを巻く手間は不要なため、それがふさわしいといえる。手巻きムーブメントは、スピードマスターを例外として、学術的な書庫のなかでツイードの服を着て、ルーペで綿密に調べたり議論したりするようなシリアスな時計に搭載してこそ意味あるものだ。これはその手の時計ではない。朝にさっとつけたら、気にかけたり注意を払ったりすることなく、一日中つけっ放しで次から次へと夢のような水場のレクリエーションを楽しむための時計だ。
私は、十分にスポーティであると同時に十分にドレッシーでもある本機が気に入っており、特に夏場ならほぼどこにでもつけていくことができる。ホワイトダイヤルには文字があまりなく、そのクリーンさがいい。光沢仕上げのセンターリンクも好きだ。スモールセコンド針がカヌーの形をしているのもいい。実用的な(しかし見栄えのよくない)日付窓を諦めて、非実用的な(しかし魅力的な)ムーンフェイズを選択したその決断も気に入っている。ムーンフェイズの月には24Kが配され、クレーターを点在させている点も好きだ。黄昏の空を表現するために選んだそのインディゴの色合いも気に入っており、そこには細かい星も散りばめられている。
暗がりで夜光の数字が素晴らしいアシッドグリーンになるのもいい。
そして何よりも、この時計がパネライのデザインについて示唆しているものが気に入っている。それはいわば、進化への意欲だ。そう、これは依然としてパネライでありながら(サンドイッチ構造のダイヤル、そしてクッション型ケースの側面に突き出たおなじみのリューズプロテクターを見ればひと目でわかる)、このブランドに好奇心をそそられながらも、それに必要な体格を持ち合わせていない我々に向けた誘いの意思表示なのだ。
さらに言えば、パネライは陳腐な流行を追うことなく客層を広げる方法を見出したのだ。ダイヤルは別に流行色でもなく、ケースをノーチラスに似せて改変することもしていない。この時計はインスタグラムやレッドカーペット用に設計されてはいないのだ。華々しく登場したわけでもない。静かにパネライのラインナップに滑り込み、発見されるのを待っているだけだ。
だからそう、これは2022年で最も過小評価された時計といって差し支えない。誰からもチェックされなかった時計、常に尊敬を求めて戦うブランドが出した、その外観からも雰囲気からもまさにほかのブランドのものであるはずがない時計。多くのコレクターが、主流から常に見過ごされるゼニスやハミルトンにこそその栄誉を与えたいと考えるであろうことは理解できる。しかし私が思うに、それらのブランドはいずれも(正当な評価として!)愛好家たちからは非常に高く評価されている。オフ会でも、オークションでも、どこであれ時計愛好家が集まる場所へ行けば、ゼニスやハミルトンはそれなりに目にすることになる。目にしないのは、パネライの多くのモダンウォッチだ。
私は若いころ音楽に夢中で、お気に入りのバンドの人気が出過ぎることを心配したものだ。人気が出るともはや私のものではなくなり、そのアーティストが無名のころには何も支払っておらず本当のファンではない大勢の新参者たちと、そのアーティストをシェア(うぐぐっ)しなければならなくなるからだ。正当な理由でそこにいるのではない者たちと。これはものを貯め込む人のメンタリティであり、私はそこから抜け出せたことを非常に嬉しく思う。そしてルミノール ドゥエ ルナ PAM1301が、さまざまな層に受け入れられてヒット商品になればよいと考えている。これは多くのコレクターたちをパネライに向けさせることが可能な時計だ。そして、このブランドのデザイナーたちがそうした方向をもっと追求するきっかけにもなる時計なのである。
よって皆さん、これこそ手に入れるべきものだ。HODINKEE Shopでは販売していないが、そうだったらよいのにと心から思う。これは、多くのコレクターが市場で繰り返し同じブランドを見かけることに感じる疲労感を解消させてくれるものだからだ。誰でもほかの人が持っていないものが欲しい。そしてこれこそは、非常に分かりやすい場所にありながら見落としてしまう類いの時計だ。
とはいえ、価格が10100ドル(日本では128万1500円・税込)というのは奇妙だと思う。まるで100ドルがある種、交渉を決裂させるために付け加えられたかのような。いつの日か、時計メーカーの幹部たちが自社製品の価格を設定する部屋に同席してみたいものだ。この100ドルを追加するよう働きかけたのは誰だったのだろう。
いずれにしても、この時計は安くない。しかしイタリアンスタイルとは決して安くはないものだ。