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2023年の終わり頃、私が“ロイヤル オーク”という名前ではないオーデマ ピゲのヴィンテージウォッチを再発見するきっかけとなった、ふたつの偶然の出来事が起きた。
まずひとつ目。1942年に製造された、ゴージャスで希少なRef.1530 クロノグラフ(8本しかないうちのひとつ)が、小さなオークションハウスにて16万6400ユーロ(日本円で約2635万円)で落札されたことだ。
そしてふたつ目。ラッパーであり、ピューリッツァー賞受賞者でもあるケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が、最も有名で流行の最先端を行くミュージシャンのひとりなのに、1940~50年代製のレクタンギュラーオーデマ ピゲの控えめな画像を投稿したことである。
偶然かもしれないし、宇宙に偏在する大きなエネルギーがぶつかったのかもしれない。原因が何であれ、この2本の素晴らしい時計は、ヴィンテージのオーデマ ピゲを特別なものにしているもの、すなわちシェイプとコンプリケーションの多くを完璧に捉えているのだ。ご覧のとおり、いわゆるミッドセンチュリー、『アイ・ラブ・ルーシー』(50年代に放映されたコメディテレビドラマ)時代のヴィンテージオーデマ ピゲの話だ。
最近のオーデマ ピゲの物語は、ロイヤル オークで始まりロイヤル オークで終わることが多い。しかし、この画期的なスポーツウォッチの大胆不敵なデザインは、数十年前から行われてきた一連の実験のなかでも本当に最新のものだったのだ。
オーデマ ピゲのヘリテージ&ミュージアムディレクターであるセバスチャン・ヴィヴァス(Sebastian Vivas)氏は、「多分、当時は気づかなかったのでしょう」と話す。「しかし、オーデマ ピゲが突然ロイヤル オークで超エキセントリックなデザインを取り入れたわけではありません。1972年の私たちのデザインを見ると、ロイヤル オークは最も大きくもなければ、最も表現力豊かなものでもありませんでした」
ロイヤル オークで見事に体現されたクラシック、スポーティ、そして表現力のミックスは、1920年代から30年代まで遡ることができる。ヴィヴァス氏は約50年後のロイヤル オークにつながるデザインアプローチの初期例として、この時代のノンラグクロノグラフを挙げた。
「デザインとシェイプに関するこの実験は、しばしばコンプリケーションと関連していますが、必ずしもそうではありません」とヴィヴァス氏は述べる。
第2次世界大戦後、ラウンドウォッチが主流となったが、オーデマ ピゲはラマーがつけているようなスクエア型、レクタンギュラー型、クッション型の時計を製造することで、豊かな創造性を維持し続けた。60年代初頭に入ると大量のアシンメトリー形状をつくって実験したこともあった。それは今では“レトロフューチャー”と呼ばれるような、エッジの効いた、あるいは曲線的な輪郭を持っている時計だ。
一方『オーデマ ピゲ: 20世紀の時計大全』に記載されているように、1892年から70年代初頭までにブランドが製造したコンプリケーションウォッチは、わずか550本であった。1951年以前はコレクションを製造するという発想がまだ時計メーカーになかったため、どの個体も基本的には1点ものであったのだ。それが、これらのヴィンテージオーデマ ピゲを非常に興味深いものにしているのだが、同時に研究を非常に難しいものにしている。
ミッドセンチュリー時代のオーデマ ピゲを目にするのはまれだ。それが公の場で姿を現すたびに大きな話題となるのも無理はない。2023年に登場したいくつかの例を紹介しよう。
- まずは先月、フランスの小さなオークションで落札された金無垢クロノグラフのRef.1530から。これは1942年にボローニャで購入されたものである。時・分針はおそらくオリジナルではないものの、時計自体は本物で、オリジナルオーナーの家族から譲り受けたものだ。ムーブメントは13 CCVH。コラムホイールとブレゲひげゼンマイを備えた、カスタマイズされた13リーニュのバルジュー製キャリバーだ。
- 次に2023年の中期頃、スイスの小さなオークションにて10万4000スイスフラン(日本円で約1770万円)で落札されたRef.5518 クロノグラフだ。これは60年代製のSSクロノグラフだが、だからといって希少価値が低いわけではない。わずか9例しか生産されておらず、そのうちの8本は1957年から1962年にかけてル・ブラッシュで開催された、クロスカントリースキー国際大会の優勝者にオーデマ ピゲが贈ったものだ。残りの1本は、2019年のオークションに出品されただけだ。ゴールドプッシャー、リューズ、針を備えたSSクロノグラフは、オーデマ ピゲがクラシックとスポーティという融合を見事に実現したもうひとつの例である。
- 最後に、ラマーがつけていたユニークなレクタンギュラーオーデマ ピゲについて。これはヴァシュロンとの関連性が高い、大ぶりな“チョコラトーネ”ケースと呼ばれるものだが、オーデマ ピゲはいくつかの時計にも採用している。同ブランドのヴィヴァス氏に見せたら、たぶんこれはRef.5063で、生産数は10本以下だという。これにはオーデマ ピゲの13VZムーブメントを搭載しており、クロノグラフのような従来の複雑時計に使われていたが、超精密な時刻表示専用キャリバーを作るために改造されることもあったと言う。彼はギヨシェダイヤルが大好きで、これほど素晴らしい例は見たことがないと言っていた。繰り返しになるが、1950年代以前のオーデマ ピゲはどれもユニークで、ブランドのヘリテージディレクターでさえ、新たに発見された構成に畏敬の念を抱くことがある。
この数カ月のあいだに、ほかにも重要な初期のオーデマ ピゲが出てきたと思うが、これらはこの記事を書くきっかけになった例である。昨年5月にフィリップスで販売されたコンプリートカレンダークロノグラフは、私のお気に入りの時計のひとつであるため、触れないわけにはいかないだろう(記事トップの画像がそうだ)。パーペチュアルカレンダー 5516は、OAK Collection: Part 1オークションのヘッドラインを飾った。しかし買い手がつかなかったのは、時計そのものではなくほかの要因のせいにあると思う。
これらのオークションの結果は、オーデマ ピゲ、特にヴィンテージAPに対するラマーの関心と相まって、オーデマ ピゲと文化、そして音楽とのあいだの継続的な相互作用を示すのに役立っている。最近公開した同ブランドの元CEOであるフランソワ・ベナミアス(Francois Bennahmias)氏とのTalking Watchesで彼が語っているように、通常私たちはこの文化的マッシュアップを、ジェイ・Z(Jay-Z)やトラヴィス・スコット(Travis Scott)との派手なコラボレーションと結びつけて考える。しかし、ラマーがヴィンテージAPに興味を示しているように見えるのは、結局のところ、彼がオーデマ ピゲの元コンプリケーション部門責任者であるマイケル・フリードマン(Michael Friedman)の名前を歌中に出していることから、オーデマ ピゲとの商業的な関係だけでなく、もっと深く文化に絡んでいることを示唆しているようだ。Talking Watchesのなかでベナミアス氏は、2005年に行ったジェイ・Zとのコラボレートの時点で、すでに彼は14本のオーデマ ピゲを所有していたと語っている。
ヴィヴァス氏によると、過去40年間にわたってオークションハウス、コレクター、学者らが協力して、この初期のオーデマ ピゲウォッチの知識ベースを構築してきたと言う。新しい時計が発見されると、オーデマ ピゲはアーカイブから手書きの情報を掘り起こすことができる。
しかし学ぶべきことはまだたくさんある。ディスコボランテ、コブラ、オーデマ ピゲのアシンメトリーウォッチのように美しく目立つデザインは、これまで徹底的に研究されたことがなかった。例えば、コブラはロイヤル オークのすぐ後にジェンタがデザインしたものである。最初のコブラはRef.5403であり、オリジナルのRef.5402 ロイヤル オークのすぐあとに当たる。しかし同モデルは、著名な兄弟モデルほど記録に残っていない。
これは、当時のスイス時計産業の構造を理解することでもある。オーデマ ピゲは現在、より統合されたマニュファクチュールメーカーとなっているが、昔は必ずしもそうではなかった。
「50年、そして100年前、私たちはエタブリスールとして、ケースメーカー、文字盤メーカー、ストラップメーカー、エボーシュメーカーなど、ほかの人たちの仕事を統括していました」とヴィヴァス氏。そのためヴァシュロンやパテック、オーデマ ピゲなどのこの時代の時計は似たような見た目になることが多いのだ。ケンドリック・ラマーのチョコラトーネには、ヴァシュロンのいずれかの親戚にあたる。
これらのパーツメーカーのなかには、すでによく知られているものもある。例えば、スターン・フレール(Stern Frères)社は最も認知度の高い文字盤メーカーであり、そのパーツはパテック、ロレックス、その他多くのブランドでよく見られる(The Dialにもよく掲載されている)。しかしウェンガーやエグリーのようなケースメーカー、ゲイ・フレアーのようなブレスレットメーカー、その他多くのメーカーが、この業界にとっては重要な存在であった。
一部の筋金入りのコレクターはすでにこれに目をつけており、文字盤の名前と同じくらいに文字盤やケースメーカーを基準に探していることが多い。
10年前、私たちがオーデマ ピゲのアーカイブに潜入したとき、ベンはヴィンテージオーデマ ピゲのことを、研究して収集する時計のなかで最もエキサイティングで、過小評価されていて、美しいカテゴリーのひとつだと言っていた。それから10年経った今でも、複雑さ、シェイプ、サイズの多様さはひとつの記事ではカバーしきれないほどである。この記事がヴィンテージオーデマ ピゲの新たな発見のロードマップになれば幸いだ。
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