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Editors' Picks HODINKEE Japan編集部が選ぶ、大好きだけどつけられない時計

なぜその時計がつけられないのだろう。こんなにも愛しているのに。

“好きな時計、あるいは愛してやまない時計であっても、自分の手首には似合わないと思ったことはないだろうか”。2022年に掲載した、HODINKEEエディターの選ぶ大好きだけどつけられない時計記事の冒頭である。あまりにも大きすぎていたり、普段のスタイリングとかけ離れていたり、あるいは実用性がなくて扱いにくかったりと、各エディターが愛してやまないけれどつけられない時計をピックアップしている。今回はHODINKEE Japan編集部が、大好きだけどつけられない時計を選定した。あくまでも、それぞれがつけられないと感じているだけで時計には何の罪もない!

 ここまで読んで、心当たりのあるモデルを思い浮かべた人もいるだろう。我々とともに、その時計に思いをはせてみないか?


松本 由紀、アシスタント エディター

ブルガリ セルペンティ

写真はセルペンティ スピガ。

ひと際目を引く時計が好きな私にとって、ブルガリのセルペンティほど切望する時計はない。なにがそんなにいいのかと言われると、ケースをヘビの頭に、ブレスレットをそのしなやかな体に見立てたデザインが斬新すぎるから。これ以上の答えはない。一目でブルガリだとわかるそのデザインは、まさにメゾンの最もアイコニックな時計である。

 なぜつけられない時計に挙げたのか。重要なのはブレスレットだ。私の手首は細く、12.5cmしかない。ありとあらゆる時計が私の腕には合わないのだ。セルペンティも巻けるには巻けるだろうが、つけるからには“ヘビがしなやかに巻きつく”感じで、手首にピッタリと寄り添った状態で着用したい。それこそセルペンティの醍醐味だと思うのだが、この細腕にはヘビがキレイに寄り添ってくれない(もちろん、ゆったりと身につけるのも素敵だ。これはあくまでも好みの問題なのだ)。

ブルガリの公式サイトでオンライン試着ができたため巻いてみた。似合う?

 ただ調べてみると、2019年に日韓限定として、27mm径のセルペンティ トゥボガス ミニモデルが発売されていたようだった。通常ラインの35mm径と違い、これならヘッド部分が手首から飛び出してしまうこともないだろう。ブレスレットにも手が加えられているかわからないが、小径モデルは一度試して見たいと思った。まだ販売していたらの話だが。


牟田神 佑介、エディター

パネライ サブマーシブル ブロンゾ

ケース素材における選択肢のひとつとしてブロンズが挙げられるようになったのは最近のことで、その火付け役となったのは2011年にパネライが発表したサブマーシブル ブロンゾであった。それ以前にもブロンズケースの時計自体は他社から出ていたものの、いかにもなネーミングとパネライらしい存在感あるデザイン(直径はずばり47mm)は非常に印象的で、大きなヒットを呼んだ。僕も、ブロンズウォッチというカテゴリを知ったのはパネライがきっかけだった。当時はメンズファッションの現場にいたこともあり経年変化自体は大好物であったものの(家には黒ずみを帯びたシルバーアクセや茶芯が出てきたブーツなどがいくつか眠っている)、高級品であるはずの時計の変色を意図的に促す手法には驚かされたものだ。ブロンゾの発表から数年経つころにはミドルプライスのブランドでもブロンズを採用した時計がちらほらと登場し始め、同カテゴリへのチャレンジもしやすい環境が整ってきた。しかし、僕のなかではブロンズウォッチといえばパネライという認識もあり、どうせならブロンゾを手に入れたいという気持ちは高まっていった。それにもかかわらず、検討のうえで躊躇している理由。それは、僕が結構な汗っかきであることである。

Photo by Atom Moore

 シルバーのギラつきに飽きて、ブロンズのバングルにチャレンジしていた時期があった。主張も控えめなので一年を通して時計と重ねづけしていたのだが……、肌と接するバングルの内側は1週間もすれば緑青が浮き始め、手首とシャツの袖を青緑に染めてしまうので頻繁に研磨する必要があった。もちろんそれが味なのは理解しているのだけれど、冬でもちょっと走れば汗をかく体だ。加えて、クリーニングなど細かいことが気になって1日そわそわしてしまう性分の僕には合わないと判断し、今ではそのバングルは戸棚の奥深くしまい込んでしまっている。

 ハミルトンやIWCなどいくつかのブランドでは、アルミを混合することで経年変化を起こりにくくしたブロンズ素材を使用したりもしている。しかし、どうせブロンズウォッチを買うならパネライをという気持ちが捨てきれず、踏み出せずにいる状況だ。ちなみに付け加えておくと、ブロンゾのケースバックはサファイアクリスタルとチタンからなっており、手汗には配慮がなされた仕様となっている。僕が神経質(で汗っかき)なだけで、通常使用においてそうそう緑青が気になることはないだろう。ちなみに、なんだかんだと言いつつ、径が42mmにサイズダウンしてよりつけやすくなった写真のサブマーシブル ブロンゾ ブルー アビッソが2021年に登場したときは、かなり気持ちが揺らいだ。もし手元に素敵な経年変化を果たしたブロンゾがある人がいたら、ぜひ僕の背中を押して欲しい。


佐藤 杏輔、エディター

オメガ クロノメーター Cal.30 T2 RG(262)搭載モデル

コンディションの優れた例。2018年5月12〜13日にかけて開催されたフィリップスのジュネーブオークションに出品されたもの。1万3750スイスフラン(日本円で約235万円)で落札された。photograph by Phillips

これは左のフィリップスのオークションに出品されたものと同デザインのものだが、ケースはかなり痩せており、文字盤にも焼けが多く散見され、決してコンディションはよくない。画像はHODINKEE SHOPより転載。

筆者はヴィンテージウォッチが好きだ。本当に大好きだ。だが同時に、きっとつけることはないだろうと半ば諦めてもいる。なかでも特に大好きだけどつけられない時計の最右翼となっているのが、オメガのクロノメーターウォッチ、Cal.30 T2 RG(262)搭載モデルだ。

 オメガは1939年に時計史に残る傑作ムーブメントを発表した。いわゆる30mmキャリバーである。文字どおり直径30mmのこのムーブメントは、当時多くのブランドが精度を競った天文台コンクールの制覇を狙ったものだった。オメガは各天文台における腕時計部門のムーブメントサイズ上限となる30mm(ニューシャテル天文台では1948年まで34mmとされていた)というサイズのなかに、できるだけ大きなテンプを収める(テンワの直径が大きいほど運動エネルギー/慣性モーメントが大きくなり高精度が期待できる)ことで精度を高めようとした。これだけが理由ではないが(ほかにもいくつかの要因があるがここでは割愛する)、天文台コンクールに出品された30mmキャリバーは多くの素晴らしい成績を残した。

 30mmキャリバーは1963年(64年とも)に製造中止となるまでに改良を重ねて多くの派生型を残した。なかでも特に筆者が好きなのがCal.30 T2 RG(262)だ。これは市販のクロノメーターウォッチに搭載されたスモールセコンドムーブメントで、角穴車などの歯車の一部と穴石、脱進機、テンプ、緩急装置が通常とは異なるハイグレード仕様となっている。大きなテンワが1万8000振動/時のロービートで振幅する様子にはいつも見惚れてしまう。

 ムーブメントも素晴らしいが、時計としてのスタイルも非常に美しい。針や文字盤のデザインはいくつかバリエーションがあるが、基本的にどれもがインデックスまできちんと精密に延びる針を持ち、優雅でありながらクロノメーターウォッチ然としたその顔付きは機能美に満ち溢れている。特に筆者が好きなのは、クラシックなリーフ針にツートンのダイヤル、そして飛びローマ数字インデックスを採用したモデルだ。

画像はCal.30 T2 RG(262)。30mmキャリバーのクロノメーター仕様には、スモールセコンドタイプのCal.30 T2 RG(262)とセンターセコンドタイプのCal.30 SC T2 RG(281)がある。機能部品のいくつかが通常とは異なるが、特に独特の形状をした変形緩急装置が特徴的だ。photograph by OMEGA

 そこまで好きなら、四の五の言わずにつければいいじゃないかと思われるかもしれない。ごもっともだ。でもどうしてもつけられないと思ってしまうポイントがいくつかあるのだ。

 数はそれほど少ないというわけでもないが、1940年代半ばごろに製造されたCal.30 T2 RG(262)を載せた個体はほとんどが非防水のスナップバックケースに収められていたため、コンディションのいいものがあまりないのだ。稀にコンディションのいい個体と出合っても、実際に自分がつけることを想像すると躊躇してしまう。筆者はつける時計をあまり傷など気にせずガシガシとつけていたいほうだし、繊細なヴィンテージウォッチを優雅につけこなせるようなライフスタイルでもない。今の筆者がつけても、そう遠くない未来に時計をダメにしてしまい後悔する姿が目に浮かぶ。大好きな時計だからこそ、そんな目には合わせたくないのだ。

 もしCal.30 T2 RG(262)そのものでなくても、このムーブメントのスタイルを現代的なスペックでよみがえらせ、防水性に優れたケースに収めた現行モデルが登場したら、間違いなく手に入れたいと思う。最新をよしとするオメガにそんなことを期待するのは難しいが、ゼニスとカリ・ヴティライネン、そしてフィリップスの手で天文台ムーヴメントの名品が、キャリバー 135 オプセルヴァトワールとして復活した例もある。この世に絶対などないのだ。あれこれ思いを馳せながら待つのも決して悪くない。


和田 将治、Webプロデューサー/エディター

グランドセイコー スポーツコレクション SBGC253(スプリングドライブクロノグラフGMTモデル)

 僕はグランドセイコーの大ファンです。素晴らしいテクスチャーのダイヤルも大好きなポイントのひとつですし、彼らのスプリングドライブムーブメントは、もっと愛好家たちのあいだで評価されるべきだと思っています。クロノグラフは、カメラのシャッターの半押しと同じ操作方式で遊びがあってクセになるような押し心地が採用されています。個人的にクロノグラフは使用者が時計とのインタラクションを取ることができる魅力的な機構だと思っているのですが、操作するときの感触にここまでこだわるブランドはあまり見たことがありません。

 そんなグランドセイコーのラインナップには、スプリングドライブを駆動方式とするクロノグラフ、しかも僕の大好きな機構のひとつであるGMTを搭載したモデルがあります。ライオンのたてがみが有機的なパターンで表現されたシャイニーホワイトのダイヤルを備えたスポーツコレクション SBGC253です。僕の好みがすべて詰まったような本作を昨年のWatches & Wondersで手にとって見ることができたのですが、結果的に大好きだけどつけられない時計であることがわかりました。

 その理由はサイズです。直径44.5mm、厚さ16.8mm、そしてラグからラグまで全長50.0mmと存在感のある大きさで、どうしても僕の16cm弱の手首には合いませんでした。興味深かったのは、直径43.2mm、厚さ15.3mmとかなり近いケースサイズで、全長はSBGC253よりも51.5mmと長いテンタグラフが快適につけられていたことです。同じブライトチタンケースだったのにも関わらずです。ここで考えられるのは、つけられるかの個人的なリミットは、直径よりも厚さの部分にあるのかもしれないということ。そして純粋に手首の上で試す時間が短かったからというのもあるかもしれません。テンタグラフは長期レビューのためにしばらく毎日つけることができたのですから。いずれにしても数字だけで判断するのではなく実際につけてみるというのは本当に重要であることを再認識させられました。ここで唯一残念なのは、人間の手首というのがダンベルや自重トレーニングで太くすることがほとんど不可能だということでしょう。


関口 優、HODINKEE Japan編集長

カルティエ ベニュワール ウォッチ(バングル)

昨年のWatches & Wondersにて、僕はカルティエのブースで小躍りをしていた。なぜって、あまりに魅力的な新作が多かったのと、このバングルタイプのベニュワールをそのなかに見つけたからだ。ベニュワールはフランス語で「浴槽」の意味を示す通り、3次元で流麗なオーバル型ケースシェイプが最大の特徴で、シリーズとしてはルイ・カルティエコレクションの一部として1973年に登場したことに遡る(原型となったデザインについては、さらに元を辿ることもできそうだ)。一度、エッジのあるデザインへと変化するが、2019年にこの形状へと戻ったときは人知れず歓喜したものだった。

2019年にオリジナルに近いデザインへと回帰したベニュワール。©Cartier

 僕は新しいことや少し驚きを潜ませた提案というものが大好きなのだが、このバングルを携えたベニュワールはまさにそんな存在だったわけだ。時計自体は、クォーツかつミニサイズなのでおよそメンズウォッチとは言い難いがそんなことは関係ない。時計は手首の裏側へ、自分だけが確認できるというのもいいかもしれない、と妄想を膨らませた矢先に僕の手首には小さすぎるという現実が立ちはだかった。公式サイトで確認できるかぎり、現在バングル自体は2サイズの展開があるようだが、いかんせん無理があった。パートナーの手首で眺めるにももちろん素晴らしい時計ではある。でも、このミニマルなスタイルのままでバングルが大きなものが現れないものかと、今年の4月に小さな期待を抱いている。