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Watch of the Weekでは、HODINKEEのスタッフや友人を招き、ある時計を愛する理由を解説してもらう。今回の執筆者は、ニューヨーク在住の時計業界のプロフェッショナルであり、コレクターでもあるロバート・ヴェラスケス( Robert Velasquez)氏だ。
Instagramのようなプラットフォームが我々の生活にどれほど影響を与えているか、おもしろいくらいだ。私は10年以上にわたって、@doublewristing(旧@spanishrob)というアカウントで時計の世界での私の冒険と体験を人々と共有してきた。そして今日は、私が8年間毎日身につけていたティファニーのサインが入ったノーチラス5711、#TheLovedPatekにまつわる100%真実の物語を共有したいと思う。
さて、ここで目を丸くする方もいるかもしれないが、私はそれを完全に理解している。ティファニーのサインが入った5711は、時計というより「お金持ち」の象徴のようなものだ。でも、それは私のことではない。そして、それはこの物語の主題でもない。これは5711を身につけていたときに出会った人々や行った場所についての物語だ。そして最も重要なのは、伝説的な時計に感謝し、それを最初に所有できたことがいかに幸運だったかを知ることなのだ。
この物語は2005年にトルノー(Tourneau)が私の地元のニュージャージー州のモール、Westfield Garden State Plazaに支店をオープンしたときに始まる。私は22歳で、新入社員の販売職に応募したのだが、結果的にそれは私がこれまでに下した最高の決断のひとつとなった。2000年代半ばは時計購入の黄金時代で、トルノーは当時最大の小売業者だった。私は、モバード(Movado)しか知らなかったが、同社が取り扱う30以上のブランドと、認定中古品セレクションにあるランダムなまったく予測不能な時計について、すべてを学ぶことができたのだ。
私はすぐに出世し、最終的にはトルノー社の本社に移ったが、2008年の金融危機で時計産業は大打撃を受けた。私は職を失い、次に何が起こるかわからないままヨーロッパに移った。数年後の2010年、時計の世界が立ち直り始めた頃、私は5番街にたどり着き、ニューヨークのティファニー本社にある北米の旗艦サロンで、パテック フィリップを代表する4人のうちのひとりとなったのだ。
私は自分の仕事に真剣に取り組んだ。情熱を傾け、高く評価しているブランドを代表することは、私にとって大きな意味があった。この頃私が好きだったお客様に、パテック フィリップをこよなく愛するドイツ人紳士がいた。しかし、彼は決して時計を身につけることはなかった。ほぼ毎日、時計を見てはいたが、それ以外は金庫に二重に封印していた。街で用事をするときは、ロレックスの偽物を身につけるほどだ。私は彼と一緒に過ごすのが楽しかったが、そのような収集の仕方は私には間違っているように思えた。今でもそうだ。
Instagramが大ブームになる今の時代よりずっと前のことだが、2011年当時、5711 ノーチラスはやはり非常に魅力的な時計で、そう、キャンセル待ちの状態だったのだ。にもかかわらず、当時私が接したほとんどのコレクターは、ティファニーのダイヤルサインが持つ歴史的な意味をよく理解していなかった。今では考えられないことだが、お客様から「これはいいのか、悪いのか」「このマークが自分の時計の上に必要か」と聞かれ続けたものだ。それが、私にチャンスを与えてくれたのだ。
ティファニーは歴史的に最も古く北米で最大のパテック フィリップの小売業者であるはずだが、5番街のサロンは通常、全米の他の小売業者への割り当て分がすでに到着したあと、最後に時計の出荷を受けるということは意外かもしれない。なぜか? サインがあるからだ! 2011年の夏の終わりに、ようやく新しい時計の出荷を受けることができた。同僚と私は、ティファニーのサインを持つ新品のノーチラス 5711を購入することに興味があるかどうか顧客リスト全体を調べていたが、「いやいや、私はいらない」あるいは「ほかの場所で手に入れた」と言う声ばかりだった。
ちょうどその頃「うまくいけば、これはついにパテックを所有するチャンスかもしれない 」と思い始めた。しかし、それでも私はそれ以上踏み込むことをためらいそうになった。何しろ、移民の子であるヒスパニック系の若者にとって、時計に使うには大金だったのだ。馬鹿な決断をしたと思うことになるかも知れない恐れはあったが、一生に一度の、一生大事に思えるチャンスかも知れなかった。自分のレガシー(遺産)のようなものだと。それに、ティファニーのサイン入りはともかく、ノーチラスを後から手に入れるのは難しいだろうとも思ったのだ
だからチャンスをつかんだ。一部は現金で支払い、アメックスも使った。ティファニーのクレジットカードも作り、一部そこから払った。そして、従業員割引を受けたと言ったら信じてもらえるだろうか? そうなのだ。
2011年9月26日、忘れもしないあの日。五番街の奥まった部屋で、袋と箱から時計を取り出し、自分でブレスレットのサイズを測ったのを覚えている。まるで第一子が誕生した日の誇らしい父親のような気分だった。時計に5ケタドルも出すなんて、今でも大きなことだし、初めてだった。しかし、私はそれを実行した。
その時、おそらく全世界でティファニーのサインが入った5711をつけている28歳の裕福でないヒスパニック系の人間は私ひとりだろうと思ったのを覚えている。とても誇らしかったが、これで終わったわけではなかった。もう一歩踏み込みたかったのだ。毎日どこにいても、何をしていても、この時計を身につけることにした。そしてこれが、私の友人たちが「#TheLovedPatek」と呼ぶものの始まりとなったのだ。
私は5711を、トマトファイトにも、ロッククライミングに、崖から飛び降りるときに身につけた。世界一周の旅にも同行した。泳いだり、カヤックをしたりするときも手首につけていた。そして、コンサートやレイブでのモッシュピットでも活躍した。7年以上ものあいだ、この時計は私が毎日身につける2本の時計のうちの1本だった。
同時に私は、そして誰もが、5711の流通市場での評価が上昇し続けるのを見ていた。私がこのような価値ある時計を身につけ続け、誰とでもシェアしようとすることに知り合いは皆驚いていた。価値の話になると、私はすぐにドイツ人の友人のことを思い出した。彼のように、あるいは自分の時計を大切するあまりその価値で頭がいっぱいの人のようにはなりたくなかったのだ。今でもそう思っている。これは私の時計であり、私の人生を象徴するものであり、私はこの時計でやりたいことをやろうと思っていた。そして、私がしたかったのは、この時計を徹底的に身につけることだったのだ。
この時計を身につけられることをとても誇りに思ったし、私がしているようなことをしている人はほかにはいないだろうと思った。ボルダリングをしているときにふと手首を見ると、5711が目に入り、私はこの時計と人生を最大限に楽しんでいるのだと微笑むのだ。やがて、ソーシャルメディアやイベントを通じて、私の活動を知ってくれる人が増えていった。
ここ数年、いろいろな人から肯定的な言葉をたくさん聞いた。セイコーファンからスイスの大手時計メーカーの社長まで、誰もが私の5711でやっていることを見て、「時計収集の視点が変わった」と言ってくれたのだ。あるとき私は、人々が時計愛好家としてどうありたいかを正確にコントロールする力を与えていることに気づいた。このすばらしいオブジェを身につけることを恐れる必要はないだろう。そのためにあるのだから。
そして、それが私のマインドセットだった。私は自分自身に忠実であり、そのおかげでとても幸せな人生を送ってきた。
この物語がここで終わり、野外活動で傷だらけのノーチラスをつけた手で書き終えていればよかったのだが。残念ながら、そうではない。数年前の2018年、アメリカの主要都市で開催された時計イベントに参加した際、#TheLovedPatekはスーツの上着からスリに遭い、盗まれたのだ。
私は長いあいだ、このことを話すのをためらっていた。私が今まで持っていたなかで実際に最も価値のあるものがなくなり、今は盗まれた時計を売買する犯罪者の手に渡っているのだ。もし、希少な時計を盗まれたらどうすればいいのか、その手引きとなる本はない。この言葉のナイフは、時が経つにつれてさらに深く切れ込み、私の最も貴重な財産が価値を急上昇させ続け、我々の業界全体で最も貴重な時計となるのを目の当たりにしてきた。この時計は私のアイデンティティの一部であり、約8年間連れ添った相棒がいなくなったときには、本当にがっかりした。今、それは地球上のあるゆる所にある可能性がある。
でも、私は何か間違ったことをしたのだろうか? そうは思わない。今日、私は5711を身につけることができた約3000日間に感謝することにした。この時計と一緒に過ごした思い出や、この時計がきっかけで世界中に広がった友情は、今でも大切に思っている。盗まれたことは私の身に起こった最悪の出来事だが、大局的に見れば、人間にとってもっと悪いことがあるのだと思えば、感謝もできる。
また、#TheLovedPatekに会えるといいなと思っている。そして、いつか誰かが5711の無記名モデルを見つけ、そのシリアルナンバーを私に教えてくれることを期待している。しかし、いずれにせよ、私はこの時計と過ごした長い年月を大切にしたいと思う。 私は、起こったことに平安を見出した。そして、5711と過ごした日々を後悔することはない。
お金も時計も、常に行ったり来たりするもの。我々にできることは、何があっても学び、成長し、前進し続けることだ。
Lead image, Tiffany Wade
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