リード画像は、2022年6月初旬、ニューヨークの演壇に立つフィリップス時計部門のシニアコンサルタント、オーレル・バックス氏。
パーティは終わったのか?
6月の始まりに、そう問いかけるのは自然なことだった。不安定な株式市場、仮想通貨の暴落、政策金利の上昇により、多くの人が経済の見通しを悲観し、高級時計の流通市場の業績に自信を持つ余地はあまりなかった。そのため、今月ニューヨークで開催された時計オークションは期待外れとなることを予想する向きが当然であったが、そうはならなかった。
クリスティーズは2174万3070ドル(約29億円)を獲得。対してフィリップスは3033万2000ドル(約40億円)を達成。サザビーズは1896万4890ドル(約25億円)を獲得した。ニューヨークの春の時計オークションは、これまでで最も成功したシーズンとなった。しかし、これらの額面がすべてを物語っているわけではない。
春のシーズン終了後のオークション市場の状況を把握するため、時計オークション界や二次流通市場で活躍する多くの専門家に話を聞き、我々が目撃したトレンドや市場のどの分野に注目すべきかについて意見を伺った。
本題に入る前に、本記事の読者にお伝えしたいのは、ある特定のロットのオークション落札結果をもとに、業界全体や市場の動向について何らかの有益な見解を示すことは、極めて困難であるという事実だ。オークションの結果は、ある瞬間のある時計の価値を表す一回限りの出来事に過ぎない。まして、ただの1ロットが全てに当てはまると信じるなど何をか言わんやだ。このことを心に留めて私たちが学んだことを見てみよう。
ジュネーブからニューヨークまで、私たちが目にした最も明確なトレンドは、純粋に希少で興味深い時計が好調なセールスを維持する一方で、メディアの露出かしましい時計は軟調化し、下落傾向にあることだった。
「独立系メーカーの時計、ヴィンテージ、モダンなネオヴィンテージなど、特別な時計に対する熱意は本物だと思います」とは、フィリップス時計部門の北米責任者ポール・ブトロス氏。「私たちは、こうした珍しい時計に大きな関心を寄せており、この結果はそれを如実に物語っています」。
好調な落札結果という意味ではフィリップス ニューヨークのジョージ・ダニエルズとロジャー・スミスの作品、あるいはサザビーズ香港のネヴァディアン・コレクター・セール全コレクションを見るだけでよい。純粋に希少な時計は、ヴィンテージであれ、モダン/コンテンポラリーであれ、これまでと同様に堅調に推移している。しかし、過去18ヶ月間、パテック フィリップやロレックスの量産型の現代的なステンレススティール製スポーツウォッチを取り囲んでいた、いわゆる“投機”市場は明らかに弱まり始めている。だからといって、これらの時計が希望小売価格よりも低く評価されているとか、完全に崩壊しているというわけではなく、価格が現実に戻りつつあるだけで、半年ほど前の高値ではなく、1年前の価値に回帰している様子が見て取れる。
クリスティーズの元時計部門長で、パテック フィリップの研究サイトCollectabilityの創設者であるジョン・リアドン氏は、「オークションがこんなに好調だったことに、私はとても驚いています」と語っている。「私は2008年に似たような経験をしました。大きな落ち込みの後のオークションは非常に好調でした。私たちは、時計市場が前月比、前週比で成長することに慣れてしまっているのでしょうね。今後成長の調整局面に入るでしょう;しかし同時に、価格も安定し始めることは、私たちにとっても良いことです。これまでは、時計を買えずに悔しい思いをしていた人たちがたくさんいました。[近い将来]より多くの時計が入手可能になることでしょう。現在、多くの人が売りに転じているので、買うには絶好の機会です。相場が上がり続けているときは、みんなホールドしているものです。だから、いま市場で在庫が回転しています。これは素晴らしいことで、モダンでもヴィンテージでも、探していた時計を買いに来る人がいるのです。“安定”は今日のキーワードです」。
私にとっては、これは一貫性と成熟度の表れだ。まだ非常に健全な金額が動いているが、私たちが本質的に意味をなさないと知っているような、膨れ上がった金額を伴わないものだ。
ジュネーブ、香港、ニューヨークのオークションカタログで見られたもうひとつの大きな傾向は、ヴィンテージウォッチに比べ、モダン/コンテンポラリーウォッチの比率が高いということである。オークションカタログは、伝統的にヴィンテージウォッチが主流であった;本格的なコレクターが最も興味を示す分野であったからだ。サザビーズ香港のネヴァディアン・コレクターのシングルオーナーオークション以外では、開催地やオークションハウスを問わず、どのオークションでも20世紀のヴィンテージウォッチよりも21世紀に生まれた時計の割合が圧倒的に多かったのは特筆すべき点だ。
なぜこのようなことが起こっているのか、その理由を考えるためのヒントがあると私は思う。
- 管理上、オークションハウスにとって現代の時計を仕入れて販売することは、はるかに容易なことだということだ。彼らにとって、現代の腕時計は、販売前に鑑定し、(必要であれば)修理するための裏方の作業が少なく済む。オークションカタログはかつてないほど分厚くなっており、コンテンポラリーウォッチをより多く掲載することができれば、カタログを拡大することが容易になるというわけだ。
- 時計市場の拡大とともに、かつては頻繁に出品されていた重厚なヴィンテージウォッチを積極的に買い求めるコレクターも増えてきた。見出しを飾るのにふさわしいヴィンテージウォッチの不足もあって、各オークションハウスは現代の特別な時計の出品を充実させたのだ。
「ニューヨークで販売する時計の問い合わせは多いのですが、かなり厳選しています」とブトロス氏は言う。「どうしてかは謎です。モダンピースの割合をこうしようとか、ヴィンテージの割合をこうしたい、という意図した戦略もありません。ただ、委託者のためになるような、素晴らしいストーリーを持つ、質の高い時計を探しているのです。バイヤーもそれが楽しいとわかっていますので。最近はモダンな時計の割合が多いかもしれませんが、それはあくまでも、私たちのところに来ているものの一面に過ぎません。素晴らしいヴィンテージウォッチを見つけるのは難しいのです;とりわけ状態の優れたヴィンテージウォッチを仕入れるのはなおのこと難しくなっています」。
「これは需要と供給の問題です」とリアドン氏は認めた。「元オークション関係者として言えるのは、次回オークションは前回よりも盛り上がるように常にプレッシャーをかけられているということです。Ref.1518やRef.2499、そしてオークション初登場のサブマリーナーは、オークションのカタログを埋めるほどには見つからないものです。そのため、特に需要の急増に伴い、オークションに出品される時計はコンテンポラリーなものが多くなってきています。カタログに何ページにもわたってヴィンテージウォッチが掲載される時代は終わったのでしょうが、どの時計もゆくゆくはヴィンテージになるのです」。
HODINKEEの長年の寄稿者である時計ディーラー、エリック・ウィンド氏は、少し違った見方をしている。
「オークションに時計を出品するのは、個人で売るよりオークションで売った方がいいと思ってのことです」とウィンド氏は語る。「現代の時計の価格は上昇傾向が続いてきたため、人々は基本的にカジノのようなノリで、そこに放り込んでは大きな利益を得ることを期待しているのです。最近、これらの時計の多くは、個人市場で手に入れることができたと考える額よりも低い価格でしか販売されていないので、おそらく徐々にヴィンテージ中心に戻っていくでしょう」。
オーデマ ピゲ ロイヤル オークは、今年で50周年を迎える-このフレーズをタイプするのは今回が最後にしてほしいと心から願って止まない。私は皆と同じようにロイヤル オークが大好きで、ユニークピースやレアモデル、そして特別なモデルが市場にリリースされるのを見るのはとても楽しかった(私は先月ロイヤル オークA2との束の間の出会いをいつも思い出している)。しかし、同時にこれだけ多くの特別なロイヤル オークが市場に出回れば、一般からの興味は少し下火になるのは当然だとも思うのだ。
考えてもみてほしい-これほど多くのユニークなロイヤル オークのバリエーションが一度に出回ることはかつてかなかったことだ-それらの時計に興味を持つ人なら、すでに自分の目に留まった作品を手に取っているはずなので、2022年下半期以降に登場するロイヤル オークは、先日ほどの高値には届かないだろうと予想されるのである。しかし、今現在、5月上旬のフィリップスのロイヤル オーク・テーマセール以降、それなりの回復力が見られる。チューリッヒのオークションハウス、イネイチェン(Ineichen)が先月末にロイヤル オーク・テーマセールを開催して好調な結果を残し、今月ニューヨークのサザビーズでは、これまで知られていなかったユニークピースのブラックセラミックのロイヤル オークグランドコンプリケーションが100万ドル(約1億3371万円)を突破する最高の結果を残したのだ。
「今年は多くのロイヤル オークが市場に供給され、秋シーズンには、50周年記念の年を締めくくるにふさわしい本数が供給されるかもしれません」とブトロスは言う。「しかし、今後、良いロイヤル オークを手に入れるのは厳しいと思います。おそらく、需要が供給を上回る状態が続くでしょうから」。
この春夏シーズン、ジュネーブ、香港、ニューヨークの3大オークションハウスが開催したライブオークションでは、合計76本のF.P.ジュルヌの時計がオークションにかけられ、落札された。ジュルヌの時計は年間800本も生産されていないといわれている。記事などでジュルヌの時計について頻繁に取り上げているものの、本当にまだまだ珍しい存在だ。しかし、ここ数年のオークションでは、“初期”や“特別”なF.P.ジュルヌが限りなく出品されているようだ。ニューヨークの春のオークションのプレビューでも紹介したが、オークション終了後、これらの時計の最終的な結果がいかに多様であるかをじっくりと感じた次第である。
一見したところ、今シーズン、クリスティーズ(16本)、フィリップス(42本)、サザビーズ(16本)で販売された合計74本のジュルヌの大部分は、その多くが落札予想価格の上限を上回る好パフォーマンスを見せつけたように思われる。しかし、別格のパフォーマンスを発揮したのは、数本である。フィリップス・ジュネーブのオクタ カレンダー "スースクリプション"、フィリップス香港の今は閉店した北京ブティックのために作られた特別な中国語ダイヤルのトゥールビヨン・スヴラン、フィリップス・ニューヨークの翡翠ダイヤルのトゥールビヨン・スヴラン、そしてフィリップス・ニューヨークの生産初年度の初期の真鍮ダイヤルを備えたトゥールビヨン・スヴランなど数本の作品の並外れたパフォーマンスは、他の多くのロットがいかにランダムに終わったかに気を取られるほどだ。
4月と5月に販売された3本のクロノメーター・ブルー・ビブロスは、私が気づいたいくつかの奇妙な出来事となった。2014年に99本限定で発売されたビブロスは、まさに数十万ドルの評価額を誇る人気時計だ。だから、4月26日にサザビーズ香港である個体が約27万2868ドル(約3470万円)で落札されたことは、大きな驚きではなかった。驚いたのは、その10日後、ジュネーブのフィリップスで、より希少なイースタン・アラビアダイヤルを持つ別のビブロスの個体が、63万スイスフラン(約8347万円)という途方もない金額で落札されたことだ。その3週間後、5月下旬のフィリップス香港では、このシーズン最後のビブロスが、これまでで最低の約24万8791ドル(約3160万円)で落札されたのだ。意味不明としかいいようがない。
私が気づいたもうひとつの奇妙な展開は、フィリップス・ジュネーブの開催中に起こった。1999年に製造された初代クロノメーター・ア・レゾナンスが45万3600スイスフラン(約6010万円)という高値で落札されたのだ。その次のロットは、22年後に製造された別のクロノメーター・ア・レゾナンスの個体だ。この現行モデルは2021年に製造されたもので、ほぼ同額である41万5800スイスフラン(5509万円)で落札された。そして、40ロット目には、最後のクロノメーター・ア・レゾナンスが登場する-これは2000年代半ばに製造された10本限定のモデルで、魅力的なブラックマザーオブパールのダイヤルとRGケースが特徴だ。この時計の販売価格は?44万1000スイスフラン(5843万円)である。このように、クロノメーター・ア・レゾナンスシリーズには、それぞれ希少性の異なる3本の個体があり、それぞれ異なる層のコレクターにアピールしたはずだ。この3本が500万円の(僅)差で落札される可能性はどの程度あったのだろうか?
さて、ここで私は、先ほど申し上げた罠にはまった-これらの結果は、互いの影響を受けないものだったのだ。それよりも、クロノメーター・ア・レゾナンスとビブロスの個々の結果が、その後に続く結果に影響を及ぼさなかった可能性の方がはるかに高い。それは、オークションに出品された特定の時計に興味を持った人たちが、特定の時間に入札したことに起因するのだろう。しかし、この結果は、F.P.ジュルヌの作品群の中で最も需要があり、価値のあるものは何かということに関して、より広範な不確実性を示していると言えるだろう。
このような小さな矛盾に加え、クリスティーズとサザビーズでは、予想に反して、あるいは提示された落札予想価格に対してさえ、パフォーマンスが低いと思われるジュルヌ作品が多数あった。サザビーズで販売された3本のオクタ・リザーブ・ド・マルシェの小さなシリーズが特に印象的だった。2001年製のプラチナ製オクタ・リザーブ・ド・マルシェは、ニューヨークでかろうじて落札予想価格の下限を超え、2002年製のプラチナ製リザーブ・ド・マルシェ2本(こちらとこちら)も香港で同じように売れたのだ。そして、私が見逃しているのかもしれないが、ジュルヌの超高級品(現在は製造中止)であるソヌリ・スヴランの個体が、クリスティーズ香港でもっと良い結果を出すと期待した人はいただろうか?
これらの時計が達成している価格は非常に高く、私はここでこれらがそれに値しないと言うつもりは毛頭ない。しかし、近い将来、F.P.ジュルヌの時計をオークションで落札しようと考えているコレクターにとって、注目すべきいくつかの傾向があるように思うのだ。
2021年末のオークション取材でも指摘したが、現代のパテック フィリップの複雑時計に対する関心の高さが、緩やかながら一貫した価格の上昇に反映され続けている。
「アクアノートとノーチラスが史上最高値を記録していたことを考えると、人々は今、実際の複雑機構や時計の価値を成す根源的な部分を評価していると思います」と、サザビーズの副社長兼時計専門家のリー・ザゴリー氏は言う。
これは、冒頭で述べたことに戻るのだが、バイヤーは現実に戻り、プレシャスメタルケースに収められた複雑カレンダーの本来の価値を理解し始めている現れだろう。
「私は、Ref. 3970とRef. 5970パーペチュアルカレンダー・クロノグラフは今、特に人気があります」と、Talking Watchesの出演歴があり、オンライン・オークション・プラットフォームLoupe Thisを運営するエリック・クー氏は言う。「過去数年間、この種の時計には本当に素晴らしい買い場があったのですが、今はもう閉ざされたかもしれませんね。ヴィンテージとモダンの間の境界線をまたぐ不朽のクラシックウォッチを人々が好むようになったからです」。
しかし、関心が高まっているのは、複雑なカレンダーやクロノグラフだけではないと、サザビーズの元時計部門責任者で、最近Loupe Thisのクーと手を組むと発表したサム・ハインズは指摘する。ハインズ氏は、最近、パテック フィリップのRef.5016がサザビーズ香港において100万ドルで落札されたことを挙げた-5016は、パテック フィリップの最も複雑で賛否両論のあるモダンなリファレンスのひとつとして有名だ。
「私がこの仕事を始めたとき、この時計は市場で最もホットな時計だったことを覚えています。その後、何年もの間、40〜50万ドル前後で推移していました」と、彼は言う。「今では100万ドルに達しています。コレクターたちは、この時計の価値を理解しているのでしょう。もしRef.5711のダイヤモンド付きが100〜130万ドルで売られていたら、いつでもRef.5016を手に入れることができますよね」。
今シーズンで最も成功し、話題となったセールのひとつに、21世紀に生まれた時計が1本もなかったことが挙げられる。
ネヴァディアン・コレクターのセールは、事実上2022年最初の主要な時計オークションとなった。この39ロットのシングルオーナー・セールでは、ヒット作が次々と出品されたが、その筆頭はゴッビ・ミラノのサイン入りダイヤルを持つPG製ケースの第2世代のRef.2499パーペチュアルカレンダー・クロノグラフで、最終的に6026万5000香港ドル(約9億8329万円)で落札された。これは、パテックフィリップのヴィンテージリファレンスの中で最も象徴的なRef.2499がオークションで達成した最高値の記録を打ち立てたのである。
このシーズンの他のヴィンテージ・パテックのハイライトは、ピンク・オン・ピンクのRef.1518のペア(1本はネバディアン・コレクションで、2276万香港ドル/約3億7033万円、もう1本は、フィリップス・ジュネーブにおいて329万7000スイスフラン/約4億3950万円で落札)、フィリップス・ジュネーブではヴィーゼンタールが100万ドルを突破、フィリップス香港のブラックダイヤル、YGのRef.3974は、100万ドルを超える価格を記録した。Ref.3974は1961万香港ドル(約3億1925万円)、ワールドタイムRef.1415、タスティ・トンディ、Aspreyのサイン入りRef.565がフィリップス・ニューヨークで予想外の高値をつけた。
「パテック フィリップのヴィンテージの価格が上昇しないまでも安定しているのは、非常に興味深く、新鮮です」とリアドン氏は言う。「私は市場において底堅いと見ています。なぜなら人々はお金の投資先として、より安全な場所を探しているからです。現代の消費財では、価格は安定しており、少し上昇する場合もありますが、ほとんどの場合、安定または少し下降しています。フィリップス(ニューヨーク)で見て驚いたのは、ヴィンテージの価格がとにかく高かったことです。ニューヨークの販売は通常ジュネーブより少し控えめですが、それでもいくつかの花火を見ることができましたから」。
“ネバディアン(ネバダ州在住の人)”、“カイロス”という、意外な名前がオークション開催期間中に目についた。前者はサザビーズ香港、後者はクリスティーズがジュネーブ、香港、ニューヨークで開催したオークションに出品されたシングルオーナーのウォッチコレクションのタイトルである。
ネヴァディアンは、上記の箇条書きで詳述したように、ヴィンテージのパテック フィリップだけに特化したオークションだった。このコレクションは、一人の個人が数十年にわたり、しばしばオークションで時計を購入し、徐々に組み立てていったものだ。「ネヴァディアンは、おそらく2000年代前半から中盤にかけての最大のコレクターでした」とクーは言う。「コレクションの中の何本かの時計は、以前にも売りに出されたことがありますが、その大部分を一人の所有者による販売として見る機会を得たことは、本当に興味深いことでした」。
一方、クリスティーズのカイロス・コレクションは、ほぼ完全にコンテンポラリーなパテック フィリップの作品に特化し、オリジナルの所有者から譲り受けたものだった。一部の作品(Ref. 5531-012 や Ref. 5950/1A-010など)の極めて稀少で大規模なことから、カイロス・コレクションを築いた張本人が過去20年間パテック フィリップの上顧客だったと見てほぼ間違いないだろう。今世紀に発表されたパテック フィリップの代表作がほぼすべて含まれており、コレクションの充実ぶりは際立っている。
私自身、そして私が話をした多くのコレクターにとって、ネヴァディアン・コレクターと彼の時計は、キュレーション、熱意、そして鑑識眼を象徴しているものだ。一方、カイロス・コレクションは、主に網羅的な理解の賜物といえよう。時計収集に対する2つの哲学とアプローチは全く異なるものだが、どちらのコレクションもオークションで非常に良い結果を収めた。ネヴァディアン・セールでは総額1億6237万8100香港ドル(約27億6578万円)、カイロス・コレクションは3日間を通して総額2188万5101ドル(約29億2625万円)だった。
ヴィンテージロレックスの世界についてどう思うか尋ねたところ、「前回話したときと同じように感じています」とクーは言う。「今は少しソフトな感じですね。ロレックスは数年にわたり素晴らしい活躍をしたので、少し軟調なのは確かですが、バブルが崩壊したわけではなく、少し軟調なだけのようです。質の高い個体はまだ好調ですね」。
彼の最後のポイントは、今シーズン、フィリップス・ニューヨークで落札されたYG製のRef.6264ポール・ニューマン・デイトナ、“エル・リモンチート”が最もよく表している。この数週間、ニューヨークで話をした名だたるコレクターたちは皆口を揃えて、これは今シーズン最高のヴィンテージロレックスだと語っていた。200万ドル以上で落札されたのも不思議ではない。さらに言えば、金無垢のポール・ニューマンは今シーズン全体的に非常に好調で、クリスティーズ・ジュネーブではセールの最後に2本続けて(こちらとこちら)、それぞれ100万スイスフラン(約1億3130万円)を超える価格で落札されたのである。
一方、スティール製のポール・ニューマン デイトナは、最近、少し下降気味だ。
「ポール・ニューマン(デイトナ)は、今日のヴィンテージロレックス界のブルーチップです」とクーは言う。「ほとんど優良株のように、一定の価格で取引される傾向があるのです。長い間27万5千ドルから30万ドルで取引されていたポール・ニューマン(ポンププッシャー式のポール・ニューマン)の新しい相場は20万ドルくらいです。今シーズンのオークションでの価格を見ると、ほとんどのポール・ニューマンが20万ドルを超えるか超えないかで落札されています」。
2021年12月のニューヨーク・オークションのレビューで、オークションにおけるイギリスの時計職人の注目度が上がっていることを紹介したが、半年以上経ってからまた同じことを言うとは思っていなかった。何しろ、ジョージ・ダニエルズとロジャー・スミスのタイムピースは、どちらも極めて希少なものだからだ。
咋年12月のロジャー・スミス シリーズ1とジョージ・ダニエルズ エドワード・ホーンビィ・トゥールビヨン・ポケットウォッチの好成績が記憶に新しいので、私はフィリップス・ニューヨークに2022年6月に足を運んだが、そこでもジョージ・ダニエルズとロジャー・スミスがセールハイライトの何本かを独占していた。結果は、期待を裏切らないものだった。ロジャー・スミス シリーズ2は、オークションにおけるロジャー・スミスのタイムピースとしての記録を更新し、プラチナケースのジョージ・ダニエルズ アニバーサリー 00は、238万9500ドル(約3億1950万円)という驚異的な高値で競り落とされたのだ。後者は、昨年12月にジョージ・ダニエルズ エドワード・ホーンビィ トゥールビヨン ポケットウォッチ(166万3500ドル)が達成した全額の価格を、驚くことに50万ドル以上も上回るものであった。腕時計が懐中時計をある程度凌駕するのは当然のことではあるが、アニバーサリー00-特記すべきは、ダニエルズの死後10年近く経った2019年頃にロジャー・スミスによって完成された-と歴史的に重要なエドワード・ホーンビィ・トゥールビヨン・ポケットウォッチの結果の格差は、やはり私の中では少し驚異的なものであった。
もうひとつの驚くべき結果は、ジュルヌ自身によってジョージ・ダニエルズに贈られ、ムーブメントの受けに “FP to George Daniels my Mentor 2010” という刻印が施されたF.P.ジュルヌ クロノメーター・スヴランだった。この時計がオークションに出品されるのは、この10年足らずで3度目となる。ダニエルズが2010年に他界した後、このユニークなクロノメーター・スヴランは、2012年にロンドンのサザビーズで行われたダニエルズの遺品販売会で初めてオークションに出され、4万4450ポンド(約7万1101ドル)で落札された。その後、1年余り前の2021年5月にクリスティーズ香港で再び市場に登場し、325万香港ドル(約41万4602ドル)で落札された。今月、ニューヨークのフィリップスで行われた結果は?148万2000ドル(約1億9815万円)で、会場内の入札者によって落札された。
F.P. ジュルヌやドゥ・べトゥーン(DE BETHUNE)など、オークションの寵児たち以外の高級独立時計メーカーの業績は、昨年大きな盛り上がりを見せた後、今シーズンも急上昇している。特にフィリップスは、これまで大手オークションのカタログに載らなかったような小規模生産の時計メーカーの良さをアピールし、布教することを使命としていることがよくわかる。今シーズンの3つのセールで、フィリップスは、通常の大手ブランドに加え、現代のインディペンデントメーカーを紹介し、“お口直し”を楽しませることに成功した。
ジュネーブでは、クリスチャン・クリングス(Christian Klings)とビート・ハルディマン(Beat Haldimann)のこれまで注目されていなかった作品が、ウルベルク(Urwerk)とカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)の並外れた高値と共に爆発的に売れた。また、香港のカタログでは、フェルディナント・ベルトゥー(Ferdinand Berthoud)の腕時計が初めてオークションに出品され、予想以上の反響を呼んだ。また、フィリップスはドレスデンの過小評価されている時計メーカー、ランゲ&ハイネ(Lang & Heyne)にスポットライトを当て、3本のロット(こちら、こちら、さらにこちら)を出品した。また、受賞歴のあるカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)のユニークピースもここで初めて一般公開された。ところで、このレッセンスに見覚えはないだろうか?
サザビーズ香港では、2010年代半ばの独立系時計メーカーの寵児、ミシェル・ブーランジェ、フィリップ・デュフォー、グリューベル・フォルセイの手による「Naissance d'Une Montre Project "Montre École"」が素晴らしい結果を残している。11本のうちの1本で、2016年にクリスティーズ香港で落札されたプロトタイプの個体が記録した160万ドルという高値には届かなかったものの、予想落札価格内に収まった。
ヴィンテージ・ホイヤーは相変わらず予測不能:ヴィンテージ・ホイヤーの市場は、フィリップス・ニューヨークにおいて、ジェームズ・ガーナー所有のユニークピース3647Nがオークションにおける手巻きカレラの記録を更新し、きれいなスキッパーがほぼ10万ドルに達して記念日を迎えた。昨年12月のニューヨーク・オークションでは、ヴィンテージ・ホイヤーはやや上昇傾向にあったが、クリスティーズ・ニューヨークでは、スティーブ・マックイーンが『栄光のル・マン』の撮影現場で衣装デザイナーに贈った(F1ドライバー、ジョー・シフェールが身につけたのと同型の)オータヴィアが残念な結果に終わったように、全体としてはかなり予測不可能なものとなった。
ランゲ、軟調か - 例外もあるが:ハンドヴェルクンスト(Handwerkunst:独語で“職人技”)の旗印の元で作られた特別モデル、超レアピースを除き、A.ランゲ&ゾーネは過去2年間、オークションで一時的な高騰が見られたが、今シーズンは一貫して軟調であった。特に今年初めにロンドンで開催されたフィリップスによるA.ランゲ&ゾーネの特別展示会では、このドイツの時計メーカーに関する学術的な知識を深めるために、ツァイトヴェルク(Zeitwerk)とルーメン(Lumen)の価格に突然勢いがなくなったことは残念なことであった。
面白い懐中時計が着々と増えている:ネヴァディアン・コレクターのセールで最も顕著に見られたように、興味深いパテック フィリップの懐中時計が、関心と価値を高め続けていることは明らかだ。懐中時計の愛好家として知られるリアドン氏によると、「秘密が明かされ、今シーズンがそれを示していると思います」。「懐中時計の収集において、より強固な興味と新しい血を見ることができ、わくわくしています」。
来週早々に掲載予定のオークションレポート第2弾では、終了した春シーズンのセールよりも、2022年以降の一般的なオークション市場の予測に焦点を当てるので、乞うご期待。
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