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Buying, Selling, & Collecting グランドセイコーの手巻きスプリングドライブなら、実の兄弟を差し出してもいい

実を言うと、私には兄弟がいない(しかし、グランドセイコーがそれを知る由はないだろう)。

Photos by Tiffany Wade

私が時計に対して不可知論者(ものごとの本質は我々には知り得ず、認識することが不可能であるとする立場をとる者)だったのが、“まぁ肩の力を抜いて楽しもう”レベルにまで熱中するようになったのは、いくつかの重要な出来事が引き金だった。そのひとつが、グランドセイコー独自のムーブメント技術“スプリングドライブ”との出合いである。スプリングドライブの魅力に抗う術はない。

 2010年代半ばに友人の“雪白” SBGA211を初めて手にして以来、スプリングドライブは私の心を揺さぶり、手首と財布の関係を緊張させ続けてきた。ダイヤルを滑らかに周回する秒針に、私はすぐに魅了された。スプリングドライブは、伝統的な機械式時計製造と、電磁気とトライシンクロレギュレーターと呼ばれるものに制御された先進的な技術のあいだの奇妙な境界に存在しているのだ。

Grand Seiko Spring Drive SBGY009

グランドセイコー スプリングドライブの新作SBGY009

 20年以上にわたり、旧来の時計愛好家を魅了し、そして困惑させてきたスプリングドライブ。その特異なアプローチは、グランドセイコーが2010年に海外展開を開始してから、次第にその名を轟かすようになった。

 スプリングドライブの知名度が上がれば上がるほど、当然ながらネット上は非難の嵐だ。パワーリザーブインジケーターを“イボ”と表現する知識をひけらかす人もいれば(私にはそれほど不快感に与えないものの)、スプリングドライブの時計は、どのモデルも厚みがあって、ドレス系の美意識には合わないと嘆く人もいた。

 正直なところ、私は以前からスプリングドライブ、特にスプリングドライブ ダイバーズ SBGA229に興味を抱いていたのだが、その興味をお金で贖うことができず、次に買うのはスプリングドライブ搭載のグランドセイコーだと自分に言い聞かせていた。

Grand Seiko Spring Drive SBGY009

愛しのスプリングドライブよ

 さて、この3年間、スプリングドライブコレクションに比較的わかりやすい進化があったため、私は財政上の健全性を維持することがさらに難しくなっている。スプリングドライブを搭載した最初の腕時計の発売から20周年を記念して、手巻きスプリングドライブムーブメントのCal.9R02と9R31が2019年に登場したのである。これら新しいムーブメントは、ディテールにこだわるまったく別のレベルの時計コレクター層を完全に取り込むためのアップデートだと私は気づいたのだ。

 Cal.9R31を搭載したステンレススティール製スプリングドライブ SBGY009の発表とリリースを機に、手巻き式スプリングドライブムーブメントがもたらす変革とは何かを再考する絶好の機会だと捉えた。

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邂逅

私が初めて手巻きスプリングドライブムーブメントを手に取ったのは、2019年の(今は亡き)バーゼルワールドであった。グランドセイコーはこの展示会で、より高級で装飾性の高いCal.9R02と、より繊細で手頃なCal.9R31というふたつの新しいスプリングドライブムーブメントをデビューさせた。どちらも手巻きで、わずかではあるが重要な違いを持つアーキテクチャを採用しているが、それについてはこの記事で詳しく説明している。

Grand Seiko Spring Drive SBGY009

スプリングドライブ Cal.9R31の仕上げは、地板全体に施されたサテン仕上げと面取り、二重香箱のサンバースト装飾など、非常に目を引くものとなっている。

 これら2種類のムーブメントは、2019年の発売時、計4モデルに搭載された。Cal.9R02は、手打ち加工のプラチナケースを備え、7万ドル以上(税抜800万円)という目を見張るような価格設定のSBGZ001と、通常のプラチナケースのSBGZ003(希望小売価格はわずか税込660万円!)に搭載された。Cal.9R31は、18KYGのSBGY002(税込308万円)に搭載され、それほど精巧ではないが、それでも貴重な存在である。そして、極めつけはSSのSBGY003で、価格は7600ドル(税込91万8000円)と、この日発表されたほかのモデルと比べると小銭に過ぎないほどの価格設定であった。

Grand Seiko Spring Drive SBGY003

グランドセイコー スプリングドライブ SBGY003

 あの日、スイスでSBGY003を手にしたとき、私は運命的なものを感じたのを覚えている。ダイヤル上のパワーリザーブの突起は、皮膚科学的な判断から日本の時計職人の手によって取り除かれ、ムーブメントの裏側に配置されていた。スプリングドライブムーブメントはサファイアの裏蓋から眺めることができ、手巻きであるため、ハイブリッド構造を探る上で私のルーペを阻むローターもない。SBGY003は、38.5mm×10.2mmの薄型で、スプリングドライブを搭載した時計としては小ぶりなケースである。

Grand Seiko SBGY003

グランドセイコーのSBGY003を腕につけた様子

 しかし、その日、そして今も私の心を捉えて離さないのは、Cal.9R31を巻き上げる感触だ。リューズをつまんで回すと、中央の秒針がすっと動き出すという単純な直感的効果は、何年も下戸だった私が初めて日本の最高級ウィスキー(響)を口にしたときのような、まさに陶酔的な体験だった(いや、本当にいい思い出をありがとう、Old Crowよ)。

 従来の機械式時計に見られる、時に痙攣したようなスタッカートの鼓動とは対照的な、シームレスな動きに息を飲んだ。正直なところ、その日のうちに私物の時計を腕に戻したくなくなってしまった。

勝負の場

初代モデルにあたるスプリングドライブ SBGY003は、世界限定700本で発売され、貴金属製の兄弟モデルは、当然ながら数量がさらに限定されたものとなった。私の理解では、あっという間に売れてしまったので、当然ながら私には回って来なかった。たまにネットの掲示板や中古ショップの売れ筋コーナーに出没するものの、市場価格は初回小売価格から数十万円ほど高い100万円台前半で売れてしまうことも多い。しかし、グランドセイコーの安定したリリース計画のおかげで、Cal.9R31を搭載した新作時計は、数量限定でゆっくりながら着実にリリースされている。

 私が知る限り、2019年のSBGY002とSBGY003を含め、スプリングドライブCal.9R31を搭載したグランドセイコーウォッチは合計6モデル、スプリングドライブCal.9R02を搭載したグランドセイコーウォッチは合計4モデル(SBGZ001、SBGZ003、SBGZ005、SBGZ007)存在する。今回は、Cal.9R31を搭載する時計を中心に紹介しよう。

Grand Seiko Spring Drive SBGY005

現代のグランドセイコー スプリングドライブのなかでも希少な、Cal.9R31を搭載するSBGY005。2020年11月に日本の小売店である髙島屋大阪店のために作られた22本限定モデルである。

 2020年11月にひっそりと発売されたのが、このSBGY005である。このモデルは日本国内の百貨店である髙島屋大阪店の顧客のためだけに作られた、22本のSS製腕時計で、非常に限定されたものであった。HODINKEE Japanの同僚たちは、この時計が最初に発表されたときに取材したが、言うまでもなく、あまりに限定的だったためアメリカにはまったく波及しなかった。

The Grand Seiko SBGZ003 in platinum, and the yellow gold SBGY002.

プラチナ製のグランドセイコー SBGZ003とYG製のSBGY002。

 Cal.9R31を搭載したモデルとして最もインパクトがあったのは、翌2021年6月に発表されたSS製のSBGY007で、“御神渡り”と呼ばれる、アイスブルーの軽い質感のダイヤルがひときわ目を引くモデルだった。手巻きスプリングドライブとしては、この世代で初めてシリアルナンバーを刻印せず、生産本数のみを限定したモデルだ。HODINKEE Shopのバイヤー、マイルス・クサバ氏にSBGY007について聞いてみたところ、「在庫がないのです。毎回、再入荷するとすぐに完売してしまいますから」。それから少し経った2021年秋、グランドセイコーのカタログに60本限定で18KRGケースのSBGY008が追加された。

Grand Seiko Spring Drive Calibre 9R02

スプリングドライブCal.9R02は、Cal.9R31の兄弟機で、より精巧な装飾が施されている。

Grand Seiko SBGY007 Omiwatari

Cal.9R31を搭載したグランドセイコー スプリングドライブ SBGY007 “御神渡り”は、昨年夏に量産モデルとして発表された。

 Cal.9R02を搭載した時計は桁外れに高価で、SBGY002、SBGY005、SBGY008といった9R31搭載の一部のモデルでも、発売当初は高級すぎるか高価すぎて、購入の検討すらできなかったほどだ。また、3年前に発売された初代SBGY003は、誰もが買い逃したといっていいと思う。そして、SBGY007“御神渡り”である。すぐに売り切れてしまうので、どこもかしこも予約でいっぱいだそうだ。

 では、手巻きスプリングドライブムーブメントを搭載したSS製のグランドセイコーが欲しい場合はどうすればいいのだろうか? さぁ驚くなかれ、グランドセイコーはちょうど今年の記念日を祝うモデルを発表したのだ。

満月が招き寄せるものとは

新しいスプリングドライブ SBGY009は、1967年の初代グランドセイコー44GSの発売から55周年を記念して、先月末に発表された。44GSのケースデザインは、当時の日本の若手デザイナー、田中太郎氏が開発したもので、均一な平面とシャープなラインで構成された複雑な形状は、現在では“グランドセイコースタイル”として知られる新しいビジュアルアイデンティティを確立している。

 SBGY009は、44GSのレガシーを継承し、ケース側面にはザラツ研磨を施し、独特の輪郭を表現。ケース径は40mm×10.5mmと、44GSよりもややスリムなサイズに調整されている。もちろんこの寸法は、より薄型のスプリングドライブCal.9R31を内蔵しているからこそ可能なのだ。また、ケースにはセイコー独自のSS合金“エバーブリリアントスティール”を採用しているため、従来の316Lに比べて硬度が高く、色も鮮やかだという。

 グランドセイコーは、月に一度の天文現象である“月天心”からインスピレーションを得て、ミッドナイトブルーのダイヤルにサンレイパターンを施したSBGY009を発表した。信州の山々を望むグランドセイコーの信州時計工房の窓から眺める満月は、その短い時間のなかでも特に感動的なものだそうだ。

Grand Seiko Spring Drive SBGY009

 SBGY009は限定生産だが、3年前のSBGY003が700本だったのに比べ、1500本と生産本数が多いことも特筆すべき点だ。とはいえ、SBGY003とSBGY009は、全体的なスタイルがかなり似ている。

 44GSを取り入れた新型SBGY009のケースデザインは、SBGY003とは異なるが、ダイヤルカラー以外の部分はほぼ同じサンレイパターンを持つダイヤルに、内部にはまったく同じCal.9R31が搭載されている。2022年発売の新モデルSBGY009は、インフレに見舞われているからか、最終価格は8100ドル(日本国内定価は税込93万5000円)となり、2019年のSBGY003の希望小売価格7600ドル(日本国内定価は当時税込91万8000円)から500ドル上昇した(編注:日本国内定価は1万5000円の微増にとどまった)。しかし、SBGY009のプライスタグは、SBGY007“御神渡り”の現在の定価8300ドル(日本国内定価は税込93万5000円)と比べてわずかに有利となった(編注:日本国内定価は据え置き)。

 果たして、私はSBGY009を手に入れることができるのだろうか? まだ、決めかねている。

Grand Seiko Spring Drive SBGY009

 ネイビーダイヤルは本当に素敵なので、私のセラピストも「やっと決心できた」と喜んでくれることだろう。しかし初恋の相手から離れることは難しく、バーゼルワールド2019でSBGY003を手に取った体験は、私にとって桁違いの体験だったのだ。

 私が迷っているあいだにも、結局SBGY009は、3年ちょっと前にSBGY003で経験したのと同じレベルの興奮を世界中の1500人の人に与えることになるのだろうと確信している。

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