ADVERTISEMENT
2018年11月、タグ・ホイヤーは、フラグメントデザインの藤原ヒロシが手掛けるカレラの限定モデルを発売した。今回の新作カレラは、ホイヤーが1960年代半ばに販売していたタイムピース「Ref.2447 NT」からインスピレーションを得て製作されたものである。HODINKEEは、ヴィンテージホイヤーの専門サイト「OnTheDash」の設立・運営をしているジェフ・シュタインにインタビューを行い、今回の新しいタイムピースについての彼の意見をお届けする。なお、フラグメントデザインが手掛けたカレラに関する詳しい情報(価格や在庫など) については、OnTheDashでの彼の投稿をチェックしていただきたい。
リ・エディション(復刻版)というのは、昨今の時計ブランドにとってはセンシティブな問題となることもある。ブランドが有名なヴィンテージモデルをそのまま復刻して販売してしまうと、クリエイティビティが欠如していると指摘されるかもしれない。ヴィンテージモデルからかけ離れすぎて、以前のモデルとほぼつながりのない新しいモデルとして発売してしまうと、ブランドの遺産の濫用だと批判される可能性もある。それゆえ、新しい時計が「復刻」「リ・エディション」と銘打って販売されることはめったになく、今日私たちが目にするのは「オマージュ」「ヘリテージ」「インスピレーション」「再解釈」といった、そのブランドの歴史に沿って作られていることを、義務的に言及したモデルばかりなのだ。こういった難しさが存在するにもかかわらず、ヴィンテージ時計の復刻はここ数年好調であり、一部の新作はオリジナルモデルを凌駕する成功を収めているのも事実である。
フラグメントデザインが手掛けたカレラについては、まずはタグ・ホイヤーの時計博物館から実物を持ち込むことから始まった。そして、フラグメントデザインという意外性あるブランドがデザインに手を加え、自社製ムーブメント「ホイヤー02」を採用することで、平凡な復刻版の域を超える新たな時計を生み出したのである。この最新のカレラを正当に評価するため、代表的な3つのモデルと比較しながら考えてみよう。その3つのモデルとは、1963年の初代カレラ、1996年に発売されたホイヤー初の復刻版カレラ、そして2017年のHODINKEE限定「スキッパー」カレラだ。
なぜ私たちはヴィンテージ時計をコレクションするのか。なぜ時としてヴィンテージファンはオリジナルモデルに加えて復刻版までをもコレクションするのか。本作を含めたこれら4モデルをレビューすることで、この問いへの洞察が深まることだろう。
原点-1963年の初代カレラ
「カレラはジャック・ホイヤーが1963年に生み出したものだ」というのが月並みな解説ではあるが、カレラの起源を理解するために、1943年のホイヤーのカタログまで遡ることにしよう。新たな38mmの防水ケースに、バルジュー72ムーブメントを搭載した新しいクロノグラフであるRef.2447は、後のカレラを(そして2019年現在のカレラをも)決定づける特徴的なデザインを備えていた。そのデザインとは、幾何学的にユニークな形に3面カットされた力強いラグである。1950年代にホイヤーは、バルジュー72はそのままに、36mmの防水ケースに、より薄くラウンドしたラグ、小さなリューズとプッシャーを備えたRef.2444を発売した。
1962年には、ホイヤー社はクロノグラフとして初めてペットネームのついた「オータヴィア」を発売。そして、それに続いたのが1963年夏に発売された初代カレラだ。この新たなカレラ(3レジスターモデルのRef.2447)は、先代2444の特徴を引き継ぎつつ、主な改良点として、文字盤に「CARRERA」表記が追加されたほか、インナーベゼル/テンションリングが採用された。インナーベゼルには1/5秒目盛りが配されている。この初代カレラのケースは36mmであり、先々代の2447と同じ大きさのリューズとプッシャーを備えていた。これはレーサーや航海士が使いやすいようにという配慮からつけられたものだ。またお気付きの通り、Ref.2447の角張ったラグ形状も復活した。これは今までで一番大きく力強いものだ。
On The Wrist
ヴィンテージ時計のコレクションという趣味において私が楽しんでいること、そのすべてがRef. 2447 Nカレラには詰まっている。この時計はホイヤーの歴史上重要なものである。初めて製作されたカレラの初期のサンプルであるからだ。私としては、この時計の外観は非常に魅力的に映る。私は文字盤もベルトも黒のクロノグラフを持っているが、これは55年前には白だった。黒になったことで豊かで暖かな色味になっているのだ。最後に、初代カレラはケースサイズが36mmで厚さ12.5mmなのだが、非常に着け心地が良い。「もしヴィンテージ時計を数本しか持てないとしたら、何を選ぶ?」と尋ねられれば、このカレラは間違いなくその少数精鋭のリストの中に入るだろう。
複製-カレラ初の復刻品
1963年から1986年にかけて、ホイヤーは100種類超のカレラシリーズをリリースした。ケース形状も60年代はクラシックなラウンドケース、70年代はオーバル、80年代はクッションケースと時代によって変化した。素材もステンレスに加え金無垢、ゴールドメッキ、終盤ではブラックコーティングと多岐に渡った。
1996年、ホイヤーは初の復刻版として、1960年代の作品を復刻して発売した。その初の復刻こそがカレラであった。これは、初代の3レジスターカレラ(Ref.2447)のほぼ文字通りのコピーであり、ケースサイズや文字盤のスタイルは1963年のモデルとほぼ同じだった。1996年の復刻版カレラは、ステンレススティール(文字盤は黒または白)と18Kの金無垢ケースの2種類で発売されたが、復刻版には文字盤の「Carrera」表記と特大の「Heuer」の盾がない。その後ホイヤーはヌーベル・レマニア社傘下となったので、復刻版カレラにムーブメントとしてレマニア1873が搭載されたのは驚くことではない。レマニア1873は初代カレラと同じインダイヤルのレイアウト(12時間積算計が6時位置、60分積算計が3時位置、スモールセコンドが9時位置)を採用していた。
On The Wrist
実際の感触としては、1996年の復刻版カレラの装着感は、1963年の初代カレラとほぼ同じである。サイズが同等なので、オリジナルの時計と似た感触なのだろう。パッと見では2つの時計は外観もほぼ同じである。ただ、新しい復刻版カレラの白いプリントのミニッツスケールは、初代カレラよりも明るく見える。クロノグラフのプッシャーのクリック感も同じだ。レマニア1873は歴史あるムーブメントであり、プッシャーは初代のバルジュー72同様しっかりとしたクリック感がある。皮肉なことに、復刻版は初代カレラよりも人の目を惹きつけるだろう。10進法のミニッツスケールとクロノグラフの針が白く明るいからだ、という説明が一番適切だろうか。
私が1996年の復刻をコレクションに加えた理由
希少で高価なヴィンテージ時計は、いつでも気軽に身に着けるというわけにはいかない。予想外の雷雨に遭う、マグナ・タイル(磁石のおもちゃ)で遊ぶ、車のトランクから日用品の積み降ろしをする。こういったことで大切な時計が危険にさらされる可能性があるからだ。替えがきかない(そして高価な)ヴィンテージ時計は身に着ける気分にはならない。そんなときは、1996年復刻モデルのような時計を代わりに身に着けて外出することにしよう。復刻版はオリジナルモデルと同じ外観、感触をいくらか安価に提供してくれる。1963年の初代モデルをドアの金属製の型枠に打ちつけてしまったら、憂鬱な気分になるに違いない。たが同じことが1996年復刻版に起こったら、サービスセンターに送って新しいサファイヤクリスタルに交換してもらえば良い。
イマジネーション – タグ・ホイヤー HODINKEE限定「スキッパー」カレラ
ホイヤーはレガッタの時間計測の豊富な経験を通じて、ヨットレースのための5分間隔の時間計測用の様々なクロノグラフやストップウォッチを提供した。1967年にヨットレース「アメリカズカップ」を制したチーム「Intrepid」にも時計を提供したうえ、勝利を記念したクロノグラフの完全新作モデル「スキッパーRef.7754」をリリースした。
スキッパーは1968年から1980年代にかけてさまざまなモデルがリリースされたが、こちらも例に漏れず、コレクターの心を掴んだのは初代モデルだった。初代モデル「スキッパーRef.7754」はカレラと同じケースに収められており、今日のコレクターの間では「スキッパレラ」と呼ばれている。スキッパレラの特徴は、深いブルーの文字盤と、5分毎にグリーン、パステルブルー、オレンジに彩られた15分積算計だ。この積算計で、ヨットレースのスタートから15分を計測していたわけだ。ヴィンテージ市場でのスキッパレラの流通量は過去10年間で20本に満たず、直近で売買された4本は6万~10万ドル(約630万円~1050万円)の範囲で取引されている。
2017年6月、HODINKEEは、この初代スキッパーにトリビュートした125本限定モデルを発表した。初代モデルには15分積算計があり、デイト表示がなかったが、新しいHODINKEEモデルは、30分積算計を搭載し、デイトが追加された。日付窓が3時方向に配置されているのは、1960年代中頃のカレラ45 Datoと同じであり、これによりHODINKEE限定スキッパーは、ホイヤーのクラシック・クロノグラフを2つ組み合わせたものになっている。ヴィンテージ原理主義者の中には、積算計を変更してデイトカレンダーを追加したことを非難する者もいたが、限定モデル125本は数時間で完売し、5900ドル(約64万円)だった初代スキッパーの2倍の価格で二次流通市場で取引されている。
HODINKEE限定スキッパーは、ホイヤーの「ドーム型風防」のデザインを取り入れた38mmケースに収められている。サファイアクリスタルは、現代のクリスタルと同等の耐久性がある。ただし、形状は1960年代のドーム型プラスチッククリスタルの模倣である。ホイヤーは、カレラ キャリバー 18 テレメーターと3針時計の一部でドーム型風防を使っていた。
On The Wrist
1960年代のクラシック・モデルを模した現代のクロノグラフには、いくつかの障害が立ちはだかる。これはホイヤー、ブライトリング、オメガ、ロレックスに共通する問題で、1969年に自動巻きクロノグラフが登場するまで、1960年代のクロノグラフムーブメントは手巻きであり、およそ35mm~40mmの比較的小さいケースに収められていた。しかし、大型の時計を好む現在の消費者の嗜好に合わせ、現代の自動巻きクロノグラフムーブメントを収めるために大半の復刻版では42mm~44mmのケースが使われている。ただし、大部分のヴィンテージ時計愛好家にとってさらに厄介な問題がある。今日の復刻版は以前のものより厚みが大きく増してしまう傾向にある事実だ。
地元の時計店で陳列ケースを一つひとつ見ていくと、私は憂鬱な気分になってしまう。1960年代のエレガントで均整の取れたサイズのモデルから、今日多くのブランドが販売する巨大な塊へと移り変わっていくのだから。均整の取れた35mmもしくは38mmの腕時計が、人気の高い42mmもしくは44mmのサイズに膨れ上がっているので、こういった復刻版は、風変わりで滑稽な見た目になってしまうことがある。
私がHODINKEE限定スキッパーをコレクションに加えた理由
私はスキッパーのヴィンテージ・モデルの大ファンだ。ホイヤーは1968年から1985年にかけて8つのバージョンを製作したが、私はそのうち4つを所持している。4つ持っているとは言っても、私はいつもスキッパレラを手に入れることができず悔しい思いをしてきた。3000ドル(約33万円)で買い損ねた時計や、7000ドル(約76万円)で買い損ねた時計を思い出す。現在では6万ドル~10万ドル(約650万円から1080万円)の範囲で販売されているのを見かける。もう買い損ねることはないが、私は傍観者の立場で安全な距離からそれを眺めている。
私の目には、HODINKEE限定版スキッパーのデザインは印象的に映る。ウォッチボックスの中で目を引くような、目で見て楽しい色使いがされている。私はヴィンテージ時計のコレクターなので、このスキッパーを見ているとこの時計のバッググラウンドや、長い年月の間に消えてしまったすべてのスキッパレラを思い出す。この時計を見ると、HODINKEEのチームとタグ・ホイヤーが良好な関係を築いていることも分かる。このことは、過去10年間の私のコレクションの重要な部分を占めている。
そして、買ったときには全く予想しなかったのだが、HODINKEE限定スキッパーのシースルーバック構造こそが、フラグメントデザインが最新のカレラを生み出すきっかけとなったのである。
(ささいな)変革 - カレラ by Fragment Hiroshi Fujiwara
1996年にカレラを復刻して以降、タグ・ホイヤーは数百種類のクロノグラフ、3針モデルを販売してきた。しかし、以降の作品には1996年のものと大きく違う点が1つある。1996年復刻モデルのレイアウトは従来の3インダイヤルだったが、以降ホイヤーが発売した過去の名作に着想を得たカレラには、3インダイヤルのものは全くない。様々な2インダイヤル(2レジスター)のカレラと、それぞれ12時、9時、6時にレジスターが配置された、多数の3レジスターモデルを見てきたが、ホイヤーが発売した過去の名作に着想を得たカレラには、3インダイヤルのものは全くないのだ。3インダイヤルは1960年代のカレラを特徴づけるものであるにも関わらず、だ。
2018年11月19日、タグ・ホイヤーは、ストリートファッションのレジェンドである藤原ヒロシが率いるブランド「フラグメントデザイン」と共同で、新作カレラを発表した。最新のカレラは1967年頃のRef.2447 NTをベースとしたデザインであり、3インダイヤル仕様が用いられている。黒いダイヤルに黒い積算計のブラック・オン・ブラックに、白いタキメータースケールが配される。新しいカレラは、ムーブメントに自社製のホイヤー02を搭載し、シースルーバックの38mmケースに収められている。22年後、そして数百種類のカレラが販売された後になってようやく待ち続ける時間は終わりを告げたのだ。
復刻の源泉となったカレラRef. 2447 NT
1963年にホイヤーが初代カレラを発表してから間もなく、タキメータースケールを文字盤に配したモデルの販売が始まった。Tダイアルと呼ばれるこれらの文字盤には、(少なくともホイヤーのヴィンテージ時計としては)比較的よく見受けられるものも存在するが、最も希少価値が高いモデルは、黒いダイヤル、黒い積算計、ブライトホワイトのタキメータースケールを特徴とするものだ。コレクターのコミュニティでは、このモデルは一年に1、2本見かけることがあり、直近(2017年12月)の公開オークション(クリスティーズ)で売りに出されたモデルは、実に475万円の値がついていた。
ストリートファッションのレジェンド・藤原ヒロシとの出会い
カレラ2447 NTをひとつのパラグラフにまとめて簡潔に説明する。これが本記事で最も簡単な部分だとするならば、ヴィンテージ時計のコミュニティに藤原ヒロシという存在を紹介することが間違いなく最も難しい。
さて、アメリカの税務申告では職業を明記する必要がある。藤原ヒロシが若い頃であれば、彼の職業はミュージシャン、DJ、プロデューサー、販売業、編集者などと説明されたかもしれない。これらは皆生計の立て方としては、ごくありふれたものだ。しかし最近では、ブランドクリエイター、デザイナー、共同制作者と言った方が正確かもしれない。インフルエンサー、流行の仕掛人、もしくはトレンドセッターと紹介されているのをよく見かけるが、こういった言い方をしても国税庁の職員相手にはうまくいかないだろう。ジョシュ・デービス(Josh Davis)はハイプビースト第22号の中で、彼のことを「たった一人のマーチングバンド」と表現した。これが納税申告に使うのに一番ぴったりな表現かもしれない。
これまで藤原ヒロシは、ナイキやコンバースのスニーカー、リーバイスのジーンズ、モンクレールのジャケット、ルイ・ヴィトンのバッグ、ビーツ・エレクトロニクスのヘッドホン、バートンのスノーボード、そしてご存知の通りエリック・クラプトンのギターのデザインを手掛けてきた。グッドイナフ、ヘッド・ポーター、エレクトリックコテージ、現在はフラグメントデザインと、自身が率いるブランドも数多くある。
ただ、彼は製造は行わない。販売もしない。銀行からお金を借り入れることも資本市場から資金調達を行うこともしない。20年もしくは30年間、銀行口座の残高を見てすらいないし、PowerPointを使うこともない。藤原ヒロシは、気に入らない人物や製品とは仕事をしないというスタンスだ。
ザ・ビジネス・オブ・ファッションの記事で、クリストファー・モランシー(Christopher Morency)とヴィクラム・アレクセイ・カンサラ(Vikram Alexei Kansara)は、次のようにまとめている。フラグメントデザインは独自の製品をデザインするというよりは、「デザインをわずかに変革することで知られている。この特徴は自身とかかわりのない製品にも当てはまる」。
藤原ヒロシによれば、「ゼロから」デザインを起こすというよりは、大抵の場合美しい完成されたプロダクトからスタートして、そのプロダクトのアクセントを変えてデザインを洗練させていくのだという。彼はミニマリスティックなスタイルを採用しており、多くの場合、余計な要素を削ぎ落としてからデザインの本質を際立たせていく。
彼はこれまでずっと成功を収めてきた。彼のプロダクトはすぐに完売となり、二次流通市場では値段が高騰している。リーバイスの中古ジーンズが40万円で販売され、ルイ・ヴィトンのバックパックが50万円で売れる。そんな世界だ。
On The Wrist
箱を開けたときの、フラグメントデザイン版カレラの第一印象はこうだ。「見事だなあ。ヴィンテージ・カレラそのものじゃないか」。次に受けた印象はこうだ。これは時計がまだ箱の中に入っている状態で感じたことだが、「黒い文字盤に黒いレジスターというクロノグラフは見た目がよろしくない。また初期のカレラはレジスターが小さいが、フラグメントデザインのカレラでは大きなものになっている。この変更のせいでこの時計は最悪なものになっている」。さらにその次に受けた印象はこうだ。「実際に腕に着けてみると、HODINKEE限定スキッパーでは13.7mmだった厚さがフラグメントデザイン版カレラでは14.5mmに増しているにもかかわらず、ヴィンテージ時計そのものの着け心地で非常に良い」。
ホイヤーは、1960年代スタイルのカレラケースに現代のムーブメントであるホイヤー02を収めているが、身の毛もよだつ「巨大な塊」になってしまうのを防いだ。この時計は珍妙にも見えないし肥大化しているようにも見えない。これはまさにカレラの見た目そのまま、より正確に言えば、1963年の初代カレラそっくりだ。
藤原ヒロシの選択は非常に素晴らしい。数時間手首に着けてみた結果、このことがよく理解できた。近年ホイヤーが発売した復刻品は、ほとんどがホイヤーのいわゆる「グレイテスト・ヒッツ」(例えばオータヴィアはリンツ、シフェール、ヴァイセロイ、カレラはロニー・ピーターソン、スキッパー)で占められていた。一方カレラ2447 NTに関しては、藤原ヒロシがホイヤーの過去の作品を片っ端から掘り起こして、「無名の楽曲」ともいえるこの作品を見つけ出したのだ (そう、これはトップDJだからこそできることのひとつである)。実際、Ref.2447 NT カレラは希少性が非常に高く、熱心なコレクター以外にはその存在を知られていない。
しかし、過去の作品から完璧なものを選ぶというのは、フラグメントデザインのプロジェクトの出発点にすぎなかった。彼はここから、時計の重要な要素にヒネリを加えて、新しいカレラを作り上げた。この時計には、1960年代のカレラの最高傑作が放つエモーショナルなエネルギーが詰まっている。
レジスターは大きくなった。Ref.2447 NTにおいては、1960年代の標準的なレジスターのサイズであり、比較的小さめだが、フラグメントデザイン版カレラは利用できるスペースをほぼすべて使うくらいの大きさになっている。「CARERA」と盾の中の「HEUER」はより大きく力強いフォントに。ヴィンテージモデルにおけるアプライドバーインデックスは、小さな夜光付きのドットに変更されている。これによりレジスターのスペースが広くなり、文字盤の黒の統一感が増した。ドーム型の文字盤が使われていた過去のいくつかのモデルでは、外側のスケールが文字盤の端の「溝」にあったが、フラグメントデザイン版のカレラのフラットな文字盤は、そういった以前のモデルよりも存在感がある。
最後に、文字盤の最上部にはフラグメントデザインのサンダーボルトのマークが、4時と5時のアワーマーカーの間には「FRAGMENT」の文字がある。
私がフラグメント版カレラをコレクションに加えた理由
机に一人で座っているときでも、コレクターの集いに参加しているときでも、ヴィンテージ時計には時計愛好家を別の世界に導いてくれる力がある。確かにヴィンテージ時計はそれ自体が美しいものではあるが、身に着けた人を別の時代、別の環境、新たな人との出会いへと導いてもくれるのだ。身に着けた時計は、自身の人生の忘れられない場面、歴史上非常に重要な出来事も思い出させてくれることだろう。
腕に着けた初代カレラRef.2447を愛好家が見れば、1963年にこの時計を初めて身に着けたレーサーを容易に思い浮かべることができる。ブライトリングのコスモノートを見れば、同じモデルを腕に着けて1962年に地球を単独周回した宇宙飛行士スコット・カーペンター(Scott Carpenter )を思い起こすだろう。ヴィンテージ時計は、レーサー、ロック歌手、ダイバー、登山家、飛行士、ボクサー、さらには好きな歴史上の出来事や時代と私たちを結びつけることができるのだ。
人気のヴィンテージ時計を復刻させるには、まずはいくつかの問題と向き合わなければならない。復刻版には、本来存在する過去の時代との結びつきが欠けている。英雄や出来事を想起させるのではなく、単にヴィンテージ時計を思い出させるだけではその作品は失敗に終わってしまう。オリジナルモデルが作られた時代との結びつきを感じるよりも、オリジナルモデルとの違いが気になってしまう可能性が高くなるからだ。さらに時計業界では、本物であるということが、コレクションの価値がある腕時計の値打ちを測る目安となる。こういう世界では、どうすれば復刻版がこの関門をクリアできるのかと嗅ぎ回る人もいるだろう。
しかし、こういった問題に向き合うことから始めなければならないにもかかわらず、近年の復刻版がさまざまな形で成功を収めているのはご承知の通りだ。1996年にホイヤーがカレラを復刻したことで、繊細で高価なオリジナルモデルの代わりとなる、手頃な価格の「スタント」が手に入るようになった。HODINKEEのスキッパー限定モデルは、入手が極めて困難な象徴的モデルのトリビュートであるが、「ホイヤーのデザイナーが1960年代のスキッパレラにデイトを追加していたらどんな時計になったのだろうか」と想像させる作品でもある。
これらは、復刻版に対する効果的なアプローチとして二つの例を挙げたに過ぎない。今日のブランドの復刻モデルで、近頃人気を博しているものは数多くある。このことが示すのは、コレクターの心に響く「結びつき」には様々なものがあるということだ。
ストリートファッションの世界で産声をあげた、フラグメントデザイン版カレラは新たな成功例となった。伝説的なデザイナー藤原ヒロシが、ホイヤーの過去の名作から審美性に優れたモデルを選び、時計の要素にヒネリを加えて独自の美しさを持った新しいモデルを製作する。オリジナルの時計と全く同じものを作るのではなく、オリジナルモデルにどんな可能性が埋もれていたのかを想像して作るのでもなく、オリジナルモデルの最も優れた要素を際立たせ、補強する方法を発見することで製作するのである。
「黒の文字盤に黒のレジスターが気に入ったよ。では、レジスターを大きくしてみよう。ブラック・オン・ブラックのクロノグラフの文字盤が持つ純粋な力を確かめたい。では、ピカピカ光るバーインデイックスは取ってしまおう。小さな夜光ドットに換えてしまえば問題ないからね。これは、針の夜光の温かいトーンを補ってくれる」
こうして藤原ヒロシが仕事を終えたとき、彼は文字盤の最上部にはサンダーボルトのマーク、下部には「FRAGMENT」の文字でカレラにサインをする。これらはこの時計にぴったりのサインだ。ブラック・オン・ブラックのカレラが作られたのは1963年。33年後、出来の良いクローンが生まれたということになる。そして、ホイヤーが初代カレラを製作してから55年経った今、藤原ヒロシが巧妙にわずかな変革を加えたことで、この古い時計に新たな命が吹き込まれたのである。
サンダーボルト、すなわち青天の霹靂。大歓迎だ、もっと我々が考えたこともないものを見せてくれ!
「カレラ ホイヤー02 バイ フラグメント ヒロシフジワラ」の詳細については、タグ・ホイヤー公式サイトへ。
話題の記事
Auctions 日本の時計収集を支えた機械式時計ブームと、市場を牽引した時計ディーラーたち
Four + One カントリー歌手の時計コレクションが描く音楽キャリアの軌跡
WATCH OF THE WEEK アシンメトリーのよさを教えてくれた素晴らしきドイツ時計