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Introducing オーデマ ピゲ新作 “150周年ヘリテージ” 懐中時計が登場──ブランド史上おそらく最も複雑なタイムピース

RD#4 ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセルのムーブメントを土台に、さらなる革新技術とカレンダー計算機能を融合。伝統的な手仕事で極限まで高められた本作は、オーデマ ピゲが近年発表したプロダクトのなかでも、群を抜いて驚きに満ちた一作だ。


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意外にも(そして筆者にとってはうれしいことに)、オーデマ ピゲが自らの原点である懐中時計へと立ち返った。今回発表されたのは、驚異的な複雑機構を搭載した “150周年ヘリテージ” 懐中時計だ。今作にはプラチナケース(50mm径×23.4mm厚)の2モデルが用意され、さらに今後18Kホワイトゴールド(18KWG)製の8モデルが製作される予定だという。

 この時計の構想は、2023年末にオーデマ ピゲCEOのイラリア・レスタ氏と伝説的時計職人ジュリオ・パピ氏の対話から生まれ、わずか20ヶ月で現在の機構が完成した。筆者の知る限り、同ブランドが懐中時計を手がけるのは、きわめて伝統的なグランドコンプリケーションであるRef.25701を製作した2011年ごろ以来のことだ。当時のモデルは、ムーブメントもダイヤルもオーデマ ピゲの創業期にそのままなじむような佇まいだった。しかし今回の “150周年ヘリテージ” 懐中時計は、ケースからダイヤル、そしてムーブメントに至るまで、伝統という枠組みを軽々と飛び越えた仕上がりとなっている。価格はプラチナモデルが250万スイスフラン(日本円で約5億円)、18KWGモデルが235万スイスフラン(日本円で約4億7000万円)だ。

 ムーブメントの基本設計は、23種類もの複雑機構を比較的コンパクトなサイズに収めた同ブランドの画期的な腕時計、RD#4から継承されている。これを懐中時計の仕様に合わせて再構築。キャリバー自体の複雑機構は22種類(腕時計のRD#4では自動巻きをひとつの複雑機構として数えていたが、今作ではそれが取り除かれた)となったが、代わりにヒンジ式のケースバックに8種類の複雑機構が追加された。これらの機構により、本作は1899年にユニオン・グラスヒュッテ(Union Glashütte)のために製作されたユニヴェルセル、そして1921年にスミス・アンド・サンズ(Smith & Sons)のために製作されたグロス ピエス(Grosse Pièce)という歴史的傑作に連なる第3の柱となったのである。本作はこれらふたつの名作の足跡をたどるだけでなく、複雑機構の数においても合計30種類を数え、それらを凌駕する存在となっている。

AP Universelle

1899年に製作され、現在はオーデマ ピゲのミュゼ・アトリエ(Musée Atelier)で中心的な存在として展示されている懐中時計、ユニヴェルセルこそが、CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル(RD#4)に着想を与えた原点である。

 タイトルに“おそらく”ブランド史上最も複雑な時計、と仰々しく書かれていることに気づかれた方も多いだろう。新作 “150周年ヘリテージ” 懐中時計は、実に見事な1本だ。ベースとなっているのは、あのRD#4 ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセルに搭載されたキャリバーを改良したもので、そこから23種類のうち22種類の複雑機構を引き継いでいる。追加された複雑機構は、ヒンジ式のケースバック(裏蓋)カバーの内側へ巧みに収められている。ただしこれについてはのちほど詳しく述べるが、それらはムーブメントの一部として組み込まれているわけでも、ムーブメントを動力源としているわけでもない。むしろ、ユーザーが自身の判断で参照用に調整できる一種の同期式カレンダーのようなものだ。公平を期して言えば、オーデマ ピゲ側もプレスリリースにおいて、これがブランド史上最も複雑な時計であるとは明言していない。ジュリオ・パピ氏は「複雑機構競争が目的ではなく、人間工学と実用性が核心である」と明言している一方で、この時計は30種類の複雑機構のであるとリストアップしている。一体、それは何を意味するのか? その詳細は後ほど深掘りしていくが、たとえそのような議論があったとしても、この時計が驚きに満ちた興味深い一作であるという事実に変わりはないだろう。


“150周年ヘリテージ”とユニバーサルカレンダー
AP 150th Heritage

 すべての始まりは、2023年に発表されたRD#4に搭載されたCal.1100にある。これが “150周年ヘリテージ” 懐中時計に採用されたCal.1150の設計の土台となっているのだ。RD#4において重要だったのは、その操作のしやすさ(そして腕時計としての優れた着け心地)であったが、Cal.1150を異なるフォルムに収めるにあたり、必然的にいくつかの変更を余儀なくされた。例えば、ローターを取り除き、手巻きキャリバーへと変更した点などが挙げられる。複雑機構の全容は後述するが、本作には依然としてグラン・ソヌリ、ミニッツリピーター、セミ・グレゴリオ暦のパーペチュアルカレンダー、スプリットセコンド・フライバック・クロノグラフ、そしてフライングトゥールビヨンが備わっている。さらに、これまでのRDウォッチに投入された革新技術のすべて──RD#1のスーパーソヌリ技術、RD#2の超薄型ムーブメント構造、RD#3の振角を向上させたテンプに加え、RD#4で実現した極めて高い視認性を誇るカレンダー窓も継承されている。

AP 150th Heritage
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 リューズとプッシャーの配置も変更された。ケースバックを閉じた状態で、それらはケースサイドの中央に配置されており、間隔もよりタイトに設計されている。これにより、時計を手に持った状態での操作性が向上した一方で、誤作動も防げるようになっている。この再設計で焦点となったのはコンパクトさだ。本作は、バークレー・グランドコンプリケーションの約半分の厚さを実現しており、正真正銘のポケットに収まるサイズ感となっている。しかし、ムーブメントもダイヤルもケースいっぱいに詰まっているわけではない。

AP 150th Heritage

 リューズ周りの操作系は、RD#4を深く知る人ならおなじみの構成だろう。2時位置の多機能リューズプッシャーでは、クロノグラフのスタート/ストップ操作に加え、チャイムモード(サイレンス、プティソヌリ、グランソヌリ)の選択が可能。さらに、新たに採用されたプル(引き出し)機能によってミニッツリピーターを起動させることができる。ボウ(弓)に保護された3時位置のメインリューズプッシャーは、その見た目から期待されるとおり、巻き上げ、時刻設定、スプリットセコンド操作、そして日付修正を担う。4時位置のプッシュピースでは、フライバック・クロノグラフのリセットに加え、月表示の調整(双方向)が可能だ。なお、このプッシュピースは操作のたびにニュートラルな位置へと戻る仕組みになっており、より確実な操作感を約束してくれる。

AP 150th Heritage

 6時位置のプッシャーを操作するとケースバックが開き、ローターを取り除いたCal.1150の姿を拝むことができる。ここには曜日とムーンフェイズのコレクター(修正ボタン)も配置されている。このケースバックのヒンジは、一部の懐中時計のように90°やそれ以下の角度で止まるのではなく、水平(180°)に開く設計だ。そのため、表側のダイヤルと裏側のカレンダー機構を同時に参照することができる。ケースバックの内側には、スーパーソヌリのサファイア製サウンドボードが姿を現す。ケースバックの内部には、音をケース外へと逃がすための“通気孔”が設けられているのがわかるはずだ。また、サウンドボードは光の筋が広がるようなレイアウトになっており、ケースバック上部の3分の1あたりに位置する“太陽”を模したホイールを中心に据えている。

AP 150th Heritage

 ケースバックのカバーそのものが、オーデマ ピゲがユニバーサルカレンダーと名付けた画期的な機構となっている。裏面には一連の歯車によって駆動する8種類の複雑機構と17種類の表示が集約されているのだ。この表示のベースとなるのは、あらゆる日付の基準点となるグレゴリオ暦のパーペチュアルカレンダーだ。さらに太陽、月、そして太陰太陽周期の複雑機構をひとつの表示に統合するという難業を成し遂げている。年はケースバックカバーの裏にある双方向ホイールで設定。外周に配された360°表示によって、季節の移ろいや宗教的な祝祭日のリファレンスを瞬時に確認できる。まず目を引くのは、年、うるう年、月、日、週、ムーンフェイズ、さらには至点や分点(夏至・冬至、春分・秋分)といった基本機能だ。そしてそれらを参照することで、クリスマス(不敗の太陽の誕生祭)や聖ヨハネの日(インティ・ライミ)などの太陽暦の祝日、ラマダンの始まりを告げる太陰暦の祝祭日、さらにはディーワーリ、ローシュ・ハッシャーナー(ユダヤ正月)、ペサハ(過越祭)、ウェーサーカ祭(仏誕節)、イースター(復活祭)、そして春節といった太陰太陽暦に基づく重要な祝祭日までも網羅している。

Audemars Piguet 150th Heritage
Audemars Piguet 150th Heritage
Audemars Piguet 150th Heritage

 この機構はCal.1150と物理的に連動しているわけではなく、そこから動力を得ているわけでもない。実のところ、動力源そのものを持たないのだ。ユーザーが手動で年を合わせることで、初めてこのユニバーサルカレンダーが参照可能になる。表示の最内周には年が配され、その周囲を祝祭日が取り囲む。中央のホイールにある赤い矢印は、直近の祝祭日が始まる際の月相を指し示し、その外側のリング(250年という高精度を誇る)で満月や新月のタイミングを確認できる仕組みだ。さらにその月相を、週と日付を示す次のふたつのホイールへと読み解いていく。これらの計算はすべて機械的に処理され、1900年から2099年までの200年間をカバー。日付設定のためにホイールを回すと、各機能が小気味よく連動し、指先にははっきりとしたクリック感が伝わってくる。ケースバック内側のホイールを1回転させると、ちょうど1メトン周期(19年、または235太陰月)分が経過するようになっている。

Audemars Piguet 150th Heritage

 オーデマ ピゲは2023年のCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲのローンチ以来、さまざまなメティエ・ダール(芸術的手工芸)に再び注力するようになった。これまでにもエナメル画やケースへのエングレービングを施したユニークピースを数多く発表してきた。今作において、ブランドは卓越した技術を持つ職人(詳細は不明だが、社外のマスターアーティザンと思われる)を起用し、時計の装飾を依頼した。プラチナ製のケースには、手作業によるエングレービングが施されている。一般的にゴールドよりも加工がはるかに困難なプラチナに装飾を施すのは、きわめてまれなことだ。そのモチーフには、ジュウ渓谷の風景をはじめ、創業者の肖像画、オーデマ ピゲが最初に構えた工房、そして現在のマニュファクチュールを構成する新しい建物などが描かれている。さらにケースサイドには、ブランドの創業年と150周年の節目(2026年ではなく、昨年であることに注目)を示す年号も刻まれた。こうした装飾が可能になったのは、クロノグラフのプッシャーなどの各操作系を再編したおかげだ。ケースサイドやケースバックの内側において各機能の配置をタイトにまとめたことで、エングレービングを施すためのキャンバスを確保できたのである。

Audemars Piguet 150th Heritage
Audemars Piguet 150th Heritage
Audemars Piguet 150th Heritage

 正面のメインダイヤルには18Kホワイトゴールド(18KWG)が採用され、その上を半透明のブルーグラン・フー エナメルが鮮やかに彩っている。視認性を高めるのは、手作業によるエングレービングが施された18Kピンクゴールド製の針だ。これがダイヤルとの見事なコントラストを描き出し、気品を添えている。ダイヤルの外周には、手彫りの18KWG製ローマ数字が並び、その背景には星の軌跡を模した彫金が施された。この星のパターンは裏面ダイヤルの中央、年表示の周囲にもあしらわれている。裏面がこの上なく調和のとれたモダンな佇まいであるのに対し、表面のダイヤルはローマ数字を配することで、現代性とクラシカルな趣が興味深く交錯するデザインとなった。さらに手作業で製作されたプラチナ製のチェーンも、ツイストロープのモチーフによって現代的なエッセンスを加えている。それは縦方向にブラッシュ仕上げを施した大型のボウ(弓)に繋がれていても、あるいはセレブリティがネックレスとして身につけていたとしても、等しくスタイリッシュに映るに違いない。

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個人的な見解

 HODINKEEのエディター陣のなかでも、懐中時計は(決して専門家を自負するわけではないが)私がとりわけ情熱を注いでいる分野だ。その道の深い知見については、ヘルムート・クロット博士やアワーグラスのマイケル・テイ氏、アウロ・モンタナーリ氏、あるいはボストンの匿名の友人 (@rarerthanwolfsteeth)といった先達に敬意を表したい。それでも私が懐中時計に惹かれてやまないのは、そこに宿る手加減のない時計づくりに魅了されているからだ。実用性だけで言えば、現代における懐中時計は、作り手が自らの技術力を誇示するためだけに生み出す一種の時代錯誤な存在かもしれない。だが、あらゆる機械式時計がもはや必需品ではない今の時代だからこそ、あえて虚飾を脱ぎ捨て、持てる技術のすべてを限界まで突き詰めてみる。そんな贅沢な試みがあってもいいのではないだろうか。

Henry Graves Supercomplication

2014年のハンズオン取材で撮影された、ヘンリー・グレーブス Jr.のスーパーコンプリケーション

 現在、時計界を代表する名門ブランドのあいだでは、複雑時計の開発における一種の軍拡競争が繰り広げられている。もっとも、この種の競争が完全に途絶えたことはなく、ただ波のように寄せては返すのを繰り返してきただけだ。しかし最近では、その火花が散る頻度が目に見えて増しており、イチ時計愛好家としてこれほどエキサイティングなことはない。

AP Universelle

これこそが、オーデマ ピゲのようなブランドが体現する、現代におけるハイコンプリケーションウォッチメイキングの真髄だ。CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル (RD#4)に搭載された、Cal.1100の分解図。(Photo Courtesy: Audemars Piguet.)

 歴史を振り返れば、こうした持てる技術のすべてを誇示するような大作は、名だたるコレクターからの特注によって実現することが多かった。20世紀初頭であれば、ジェームズ・ウォード・パッカードやJ.P.モルガン、そして言わずもがな、ヘンリー・グレーブス・ジュニアといった面々がその代表格だ。時計の針を一気に進めると、サイズ度外視で巨大かつ超複雑なタイムピースへの需要は、2000年代の初頭から半ばにかけてピークを迎えたようにも見えた。しかしパテック フィリップはスカイムーン・トゥールビヨンやグランドマスター・チャイムを世に送り出し、ヴァシュロン・コンスタンタンは世界で最も複雑な時計、バークレー・グランドコンプリケーションに続き、昨年もソラリアコスミカ・デュオを発表。さらにオーデマ ピゲも2023年に(当時のブランド史上最高作となる)RD#4を投入するなど、各ブランドがいまだに技術的限界への挑戦に大きな価値を見出していることは明らかだ。しかも、たったひとつの例外を除いて、これらの挑戦はブランドが自らに課したものだ。彼らはあえてリスクを背負い、そこで得た知見をほかのモデルへ還元することで、着実にその成果を手にしている。例えばロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイトには、ローターのベアリング内にスプリットセコンド機構を収めるといった、RD#4で培われた革新的な技術が色濃く反映されている。

AP Concept Rotor

自動巻きウォッチのローターにスプリットセコンド機構を組み込むという発想は、私が知るなかでも、いまだに最高にクールな技術革新のひとつだ。

 今回のケースでオーデマ ピゲが試みたのはその逆、つまりRD#4のCal.1100をベースに改良を加え、さらなる複雑時計へと昇華させる手法だ。これは19世紀末から20世紀初頭にかけてのジュウ渓谷では、ごく当たり前に行われていた手法でもある。専門家がひしめき合うこの渓谷では、誰もが独自の複雑機構を作り上げ、それを互いの作品に組み込んでより優れたものへと仕上げる術を熟知していた。

 その好例が、今日までブランド史上最も複雑な懐中時計のひとつに数えられ、先日オーデマ ピゲの歴代最高落札額を塗り替えたグロス ピエスだ。しかし実用性、審美性、そしてエモーショナルな側面のどれをとっても、本作はグロス ピエス以上にオーデマ ピゲらしさにあふれている。なぜなら多くの外部時計師の手を借りて完成された当時とは異なり、本作はブランドの真髄がより深く注ぎ込まれているからだ。

AP pocket watch

ブランドのミュージアムに収蔵されている、一部でミニ・ユニヴェルセルとも呼ばれる懐中時計。だが、その素性を紐解くと歴史はもっと複雑だ。この時計はルイ・エリゼ・ピゲのエボーシュをベースにオーデマ ピゲが製作したものだが、銘にはドレスデンおよびグラスヒュッテのデュルシュタイン社、そしてグラスヒュッテ・ウーレンファブリック・ユニオンの名が刻まれている。2013年にオーデマ ピゲがクリスティーズでこの時計を買い戻した際、その落札額は43万7000スイスフラン(日本円で約4620万円)という破格の値を付けた。しかし、この時計のどこまでがオーデマ ピゲの領分で、どこからが他者の手によるものなのか。その境界線は歴史のなかに溶け込んでいる。

 オーデマ ピゲのようなブランドが、今やこうした大作を作る必要がないという事実も、忘れてはならないだろう。むしろ作らないほうが、経営判断としては理にかなっている。膨大な時間と資材、そしてブランド屈指の天才たちのリソースを注ぎ込むコスト(往々にして数百万ドル規模にのぼる)は、あまりにも甚大だからだ。ヴァシュロン・コンスタンタンがバークレー・グランドコンプリケーションを発表してからの2年間、私はオーデマ ピゲにこう問い続けてきた。「もし顧客が白紙の小切手を持って現れたら、超複雑な懐中時計に挑戦しますか?」と。かつて役員たちの答えは「まずあり得ない」というものだった。それが最近では「おもしろい質問ですね……」へと変わり、いまやそれは質問の域を超え、決定的な回答として示された。プラチナ製の2本、そして今後製作が予定されている18Kホワイトゴールド製の8本という形で。

AP Pocket Watches

シンガポールのフューチャー・グレイル(Future Grail)ミュージアムに展示されている、19世紀末から20世紀初頭にかけてのオーデマ ピゲ製懐中時計3点。これらは同時代の他ブランドの作品と非常によく似た外観を呈している。

AP Pocket Watches

これらふたつの懐中時計は、オーデマ ピゲが独自のデザイン言語を確立し始めた時期を象徴する好例だ。遠目から眺めても、それがオーデマ ピゲの時計であることを容易に見分けることができる。

AP Pocket Watches

この3色使いのダイヤルデザインは、のちに登場する20世紀中期の希少なオーデマ ピゲ製カレンダー腕時計にも、しっかりと受け継がれていくことになる。

 正直なところ、この時計が登場するまで、オーデマ ピゲの複雑懐中時計に“これぞ”という統一された強固なデザインアイデンティティがあったとは言い難い。20世紀初頭のグランドコンプリケーションは、ルイ・エリゼ・ピゲをはじめとする共通のサプライヤーに頼っていたこともあり、他ブランドと見分けがつかないことも多かった。2011年に作られたモデルでさえ、その時代の面影を強く引きずっていたのだ。もちろん、彼らなりのアレンジを加え、より攻めた現代的な意匠で差別化を図ってはいた。だが、今回の150周年ヘリテージは、デザイン言語の体系化という点において、明らかに別次元の一歩を踏み出している。ただ、その姿を眺めていると、どこかCODE 11.59の面影が重なって見えるのも事実だ。

 メカニズムの面でも、そしてひとつの芸術作品としても、私はこの時計に深い感銘を受けた。ムーブメントの設計思想には、自らの伝統を深く理解しながらも、決してそれに縛られないというブランドの姿勢が明確に表れている。RD#5と同様に、その仕上がりはきわめてモダンだ。特に裏面ダイヤルの、星の軌跡を描いた情緒的なデザインには心を奪われた。一方で表面のメインダイヤルについては、ローマ数字によってヴィンテージへの回帰を強く打ち出しつつ、レイアウトや針のデザインで現代的な解釈を加えようと腐心した跡が見て取れる。ふたつの世界を繋ぐというコンセプトは理解できる。ただ、個人的にはこのローマ数字が、150周年ロゴを含むダイヤル上のほかのフォントと少し衝突しているようにも感じられた。インデックスを一切排したデザインや、あるいはブレゲ数字など、ほかの選択肢があったならばどんな表情になっていたか、想像を巡らせずにはいられない。もっとも、今後展開される18Kゴールド製のモデルを手にするような顧客であれば、そのあたりは自分好みにカスタマイズできるのではないだろうか。

 腕時計のコレクターが往々にして神経を尖らせるのが、ケースに対してムーブメントがどう収まっているかという点だ。これは単なる見た目の問題以上に、ダイヤル全体のバランスを左右する重要な要素だからである。例えば、パテック フィリップのRef.5070 クロノグラフ。このモデルがコレクターに受け入れられるまでには、それなりの時間を要した。その理由は、当時の“現代的”なケースサイズに合わせるためにベゼルが不自然に太くなり、結果としてインダイヤルが中心に寄りすぎて見えたことにある。懐中時計においてはコンパクトさは依然として好ましい特性だが、時計の形状を変えることでいくつかの要素が変化する。

Berkley Grand Comp

製作中のバークレー・グランドコンプリケーション。現代の超複雑な懐中時計において、ムーブメントがケース内を隅々まで満たしていることがいかにまれであるかを物語る1枚だ。画像提供:ヴァシュロン・コンスタンタン

 まず考慮すべきは、ユニバーサルカレンダーという機構の性質だ。この機能を維持し、かつ情報を読み取りやすくするためには、これ以上サイズを絞ることはできなかったはずで、それが自ずとケースの最小内径を決定づけている。さらにカレンダーモジュールを重ねたことによる厚みの増加も無視できない。仮に厚みはそのままで直径だけをムーブメント(Cal. 1500)と同等まで削ぎ落としたとしたら、42mm径に対して厚さ23.3mmという、懐中時計どころか時計と呼ぶのさえためらわれるほど奇妙なプロポーションになっていただろう。ヴァシュロンのバークレー・グランドコンプリケーションのようなムーブメントも、ケース径に比べれば直径はずっと小さい。しかし複雑機構ゆえの厚みがある以上、全体のバランスを保つためにはケースの横幅を広げるしかないのだ。薄くて幅が広すぎればフリスビーのようだし、逆に厚くて幅が狭すぎれば、それは3億円もする野球ボールに成り下がってしまう。オーデマ ピゲはその罠を巧みに避け、圧倒的な存在感を放つ傑作(トゥール・ド・フォース)を完成させたのである。

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複雑機構をめぐる哲学的論争
AP 150th Heritage

 本作が放つクリエイティビティと圧倒的な技術力については疑う余地もない。しかし一方で、そこには哲学的な議論の余地があるようにも思う。私がずっと自問しているのは、ある機能を複雑機構(コンプリケーション)と呼ぶためには、それが時計の鼓動(ムーブメント)といかに深く連動していなければならないか、という問いだ。この手の巨大な懐中時計の話をすると、決まって「これは時計(ウォッチ)ではなく、もはや置時計(クロック)だ」というコメントが寄せられる。実のところ、両者のあいだに公式な定義など存在せず、その境界線はいかようにも曖昧にできるのだが、そのあたりの考察はいずれ別の機会に書くとしよう。少なくとも本作は、同種の時計のなかではるかにコンパクトにまとまっている。しかし同時に私はこうも考えてしまう。一体どこまでが時計で、どこからが機械式計算機なのだろうか、と。

Konstantin Chaykin Cinema

 この問題を抽象的な議論として(情報解禁を破らないよう細心の注意を払いながら)、懐中時計のコレクターや超複雑時計の設計に携わる友人たちにぶつけてみた。すると、いくつか興味深い例が浮かんできた。まず挙がったのが、最近オークションに出品されたパテック フィリップのダブルムーブメント搭載の懐中時計だ。これらは間違いなくふたつのムーブメントを積んでいるが、同時に(少なくとも私の考えでは)間違いなく、ひとつの時計でもある。なぜなら、ひとつのリューズで両方のムーブメントを巻き上げ、時刻をセットする仕組みになっており、同じケースに収められているからだ。つまり、形態と機能の両面で分かちがたく結びついている。また、ある友人と時計師が指摘してくれたのが、コンスタンチン・チャイキンのシネマだ。この時計は2つの香箱(バレル)を持ち、それぞれが時計の異なる部分に動力を供給している。それでも、これが形態・機能ともにひとつの時計であることに異論を唱える者はいないだろう。追加された機能がムーブメントと同じ空間を共有しており、それ自体が時計としての複雑さを高めているからだ。

AP 150th Heritage

 今回のユニバーサルカレンダーはムーブメントから動力を得ているわけではなく、常に作動し続けているわけでもない。使うたびにユーザー自身が操作する必要がある。「それはミニッツリピーターだって同じじゃないか、作動させるまでは止まっているんだから」という反論もあるだろう。だがミニッツリピーターは、ムーブメントの機構が刻む「時刻」を読み取り、それを音で表現する。さらに、その動力源もムーブメント内部、あるいはそれに隣接する場所にある。それに対して本作が決定的に異なるのは、ユニバーサルカレンダーがケース自体に組み込まれていて、形こそ一体であるものの、ふたつの機構が機能面で統合されていないという点だ。裏面のカレンダーは独立しており、動力を持っていない。極端な話、このケースバックを取り外してしまったとしても、時計としての機能は何ら損なわれることはない。先ほど挙げたパテック フィリップやチャイキンの例では、そうはいかないだろう。

 ジャガー・ルクルトは、レベルソ・グランド・コンプリケーション・トリプティックとその発展形であるクアドリプティックによって、この議論にさらに一石を投じている。これらのモデルでは、ムーブメント本体とケースバック側を切り離すことが可能で、それぞれが独立して機能する(ただし、ケースバック側はユーザーの操作が必要になるが)。反転式のケース内部には常に作動し続けるパーペチュアルカレンダーが収められ、それをストラップへと繋ぎ止める台座(クレイドル)側にも、独自の輪列が組み込まれている。クアドリプティックの場合、台座の内側には3種類の異なる月周期が表示され、裏蓋には南半球から見たムーンフェイズが表示されるという仕組みだ。ここで決定的な違いは、トリプティックもクアドリプティックも、これらの機能がメインムーブメントと同期して切り替わるという点にある。1日に一度、深夜0時になるとケース側からピンが突き出し、台座側の機構をプッシュしてカレンダーを1日進めるのだ。なぜ、オーデマ ピゲはこの手法を使って裏面とムーブメントを同期させなかったのか? おそらく、ジャガー・ルクルトが持つ特許(EP1840678A1)がきわめて包括的な内容であり、オーデマ ピゲがそれを回避して設計するのが困難だったからだろう。また、ジャガー・ルクルトにとってもレベルソの超大作はブランドの顔であり、その独占的な技術を他社に譲ることは到底考えられない。

 結局のところ、核心にあるのは「複雑機構という精神を貫くために、すべての機能がムーブメントと連結している必要があるのか?」という問いだ。正直なところ、私はどちらの立場からも論じることができる。この150周年ヘリテージの裏面の機能は、前述のトリプティックと同様に1年に一度しか切り替わらない。もちろん、懐中時計である以上、ゼンマイを巻き上げるために年に一度どころではない頻度で時計に触れる必要がある。だとするなら、操作を介さなければ動かないからといって、これを「時計」ではないと切り捨てられるだろうか? 年に1度だけ、ホイールをカチリとひと目盛り進めるという行為。それが加わったからといって、この傑作の価値が揺らぐことなどあるだろうか。

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1から47まで、全機能を数え上げる

 業界の記録であれブランド内の記録であれ、それが何を成し遂げたのかという具体的な裏付けが伴わなければ、ただの数字遊びに終わってしまう。かつてグロス ピエスの複雑機構の数をめぐって議論が紛糾したのも、それがブランドの正史における立ち位置を左右する重大な問題だったからだ(最終的には、あのユニヴェルセルと同格であるという見解に落ち着いたようだが)。しかし、それら過去の遺産を圧倒する複雑さを備えた本作の前では、もはやそんな議論も意味をなさない。

 では、実際にどのような機構が組み込まれているのか。実のところ、そのカウント方法は前述した以上に複雑だ。内訳を整理すると、30の複雑機構、17の表示機能、そして17の技術的デバイスで構成されている。オーデマ ピゲは時・分表示を(当然ながら)複雑機構に含めていないが、トゥールビヨンはリストに入れている。歴史的な視点に立てば、トゥールビヨンはあくまで調速装置であって複雑機構ではないとする向きもあるが、彼らはあえてこれを加えた。また、裏面のユニバーサルカレンダーに含まれる機能には、表面のパーペチュアルカレンダーと重なるものもある。しかしユニバーサルカレンダーはそれ自体が独立したひとつの体系として定義されているため、あえて重複してリストアップされているわけだ。理屈を言えば、表裏を見比べることで、ふたつの異なる年のカレンダーを同時に確認できることになり、それ自体がひとつの複雑機構と言えるかもしれない。多くはRD#4のベースキャリバーから引き継がれたものだが、今回新たに開発された機能も数多く存在する。それでは、それらをカテゴリー別に紹介していこう。

AP 150th Heritage

クロノグラフ: ①クロノグラフ(センター秒針)、②スプリットセコンド、③30分積算計(セミ・インスタンティニアス)、④12時間積算計(ドラッギング)、そして⑤フライバック機能。さらに、このクロノグラフを支える技術的デバイスとして、リューズと同軸のプッシュピースによるスプリットセコンドの起動機構、および計測開始時の針の震え(シバリング)を防ぐスイベルクラッチが組み込まれている。

チャイミング機構: ⑥ミニッツリピーター(“トリップ”または“プッシュボタン”式リピーター)、⑦グランソヌリ(モード選択式)、⑧プチソヌリ(モード選択式)、⑨サイレンスモード(モード選択式)、⑩クォーターストライク(15分単位の報知)、⑪香箱の自動・手動巻き上げ状態の表示、⑫グランソヌリ用香箱の自動巻き上げ機構、⑬スーパーソヌリ。さらに、チャイミング機構を支える技術的デバイスとして、クロノグラフのスタート/ストップ用プッシュピースの回転によるチャイムモード選択、時刻合わせ中の自動巻き上げ遮断機構(特許取得済み)、および無音の打音速度レギュレーターが備わっている。

永久カレンダー:⑭パーペチュアルカレンダー、⑮日付表示、⑯曜日表示(ディスクまたは窓表示)、⑰月表示(ディスクまたは窓表示)、⑱ムーンフェイズ表示、⑲年表示、⑳セミグレゴリアン(2399年まで自動修正不要のカレンダー)、㉑高精度アストロノミカルムーン。さらに、永久カレンダー内の技術的デバイスとして、3時位置のプッシュピースによる日付の前後高速修正、大きな2桁の日付表示(10の位と1の位)、プッシュピースによる曜日の高速修正、4時位置のプッシュピースによる月および年の前後高速修正、2枚のディスクで構成される月描写、2枚のディスクによる年表示、プッシュピースによるムーンフェイズの高速修正、そして31日から1日、また1日から31日への移行を保護するセキュリティ機構(破損防止装置)が組み込まれている。

調速機構:㉒トゥールビヨン。さらに、この調速機構を支える技術的デバイスとして、フライングトゥールビヨン、高振幅の確保、そして“シークレット”ケースバックカバーの自動開閉機構が備わっている。

ユニバーサルカレンダー: ㉓西暦(紀元)表示機構(1の位、10の位、100の位、1000の位、およびうるう年計算を含む)、㉔うるう年表示機構(4年周期)、㉕ムーンフェイズディスク機構(メトン周期に基づいた250年精度の精密機構)、㉖週表示ディスク(年間)、㉗日付表示(閏年表示用の可動セクター付き)、㉘太陰太陽暦のディスク表示、㉙太陰暦(ヒジュラ暦)表示機構、㉚カレンダーインターフェース(内蔵リューズの回転による、年の前後選択・修正機能)。

表示機能(計17項目): 日付、月、週、月相(ムーン)、年、うるう年サイクル、至(夏至・冬至)、分(春分・秋分)、クリスマス(不敗太陽神の誕生祭)、ラマダン(断食月)、聖ヨハネの日(インティ・ライミ/太陽祭)、ディーワーリ(光の祭典)、ローシュ・ハッシャーナー(ユダヤ新年)、ペサハ(過越祭)、ウェーサーカ(花祭り)、イースター(復活祭)、旧正月(春節)。

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