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今日は、あなたが初めてアビンドン・マリン(Abingdon Mullin)という名前を耳にする日かもしれない。彼女自身も認めている。「私のブランドはもうすぐ創業20年になりますが、時計業界ではまだ私のことを知らない人が多いのです」と。しかし、航空業界、特に彼女と同じ女性パイロットのあいだで彼女はスターのような存在である。
2007年にアビンドンが誕生した経緯を紹介しよう。「14歳のときから飛行機を操縦したいと思いました。大学時代はできる限りお金を貯め、卒業後についに初めてのレッスンを受けました。その年の9月にはチェックライド、FAA(連邦航空局)が定める最終飛行試験に合格したのです」とマリン氏は語る。そして彼女は続ける。「訓練をとおして、教官たちからいくつか重要なアドバイスをもらいました。そのひとつが、もしアビオニクス(編注;航空機あるいは航空関連機器に搭載される電子機器)が故障した場合に備えて、必要な機能をすべて搭載したパイロットウォッチに投資すべきだということでした」。
Abingdon Mullin
この話がどこへ向かっているのか、そろそろ見えてきたかもしれない。マリン氏は平均的な身長ではあるが、比較的細身で全体的に小柄な女性だ。ご存じのとおり、パイロットウォッチはクロノグラフやGMT、さらにはスライドルールといった前述の機能(編注;アビオニクスが故障した場合に必要な機能)を搭載するため、多くの場合かなり大振りで、きわめて実用的(いわゆる男性的)なつくりをしている。「自分の体格に快適にフィットするのはもちろん、気に入るものを見つけるのにも苦労しました」と彼女は打ち明ける。
2006年12月、マリン氏はサンタモニカ支部の99’sに所属していた。これは1920年代、アメリア・イアハート(Amelia Earhart)とほか98名の女性パイロットによって設立された団体で、その名の由来もそこにある。彼女たちは年に1度のホリデーパーティに集まり、自然と会話はクリスマスのウィッシュリストへと移っていった。「ある女性が、“ずっとパイロットウォッチが欲しかったけれど、女性のために作られたと思えるものを見たことがない”と言ったんです」と彼女は振り返る。「私はすぐに自分の経験を話し、ほかの人たちも同意しました。そのとき、心のなかが煮えたぎるような感覚になりました。私のなかにいるフェミニストが怒りを覚えたのです。そしてついに口走りました。“みな、もし私が時計の作り方を学んだら、デザインを手伝ってくれる?”と。もちろん全員が賛成しましたが、正直なところ、本気で私が実行に移すとは誰も思っていなかったでしょう」
お察しのとおり、マリン氏は実際にそれを実行に移したのだ。次に彼女が行ったのは、自分自身に期限を課すことだった。その期限は2007年11月3日。自分の誕生日に設定し、その後の11カ月間、彼女はアビンドンとなる企業の立ち上げに着手した。その成功の秘訣は、昔ながらのきちんとしたミレニアル世代流のインターネット検索で適切なサプライヤーを見つけ、そして自ら課した期限によるプレッシャーというシンプルなものだった。こうして誕生したのが、彼女にとって最初の2モデル、パイロットクロノグラフのジャッキーと、GMTのアメリアだった。
パイロットコミュニティ(特に女性パイロットたち)は航空関連の小売店やカタログ、さらにはエアショーでの早期採用をきっかけに、マリン氏のデザインへすぐに関心を示した。この勢いは18年間続いているが、アビンドンが時計業界で本来受けるべき評価を得るまでにはかなりの時間がかかった。ブランドがいわゆる業界デビューを果たしたのは2022年、ニューヨークで開催されたWindup Watch Fairでのこと。それ以来、同イベントの柱として、全米各地の開催都市で存在感を示している。とはいえ、その活動と知名度は依然としてオンラインや航空界に強く根ざしているが、アビンドンの時計は単なる優れたパイロットウォッチではなく、一部の人々とっては最高のパイロットウォッチとして認識されている。
2022年はブランドにとって創業15周年であると同時に、航空業界の枠を超えたリブランディングの節目ともなった。現在のカタログには、ダイバーやモータースポーツの愛好家、戦術的な専門職、そして乗馬愛好家へ向けて最適な設計を施された8種類のモデルが並ぶ。今日、アビンドンはもはやパイロットウォッチの第一人者にとどまらず、より幅広い顧客層、なかでもより多くのことを成し遂げる女性たちに向けたあらゆる種類のツールウォッチを提供するブランドとして進化をしている。
女性による女性のための時計メーカーとして、アビンドンは必然的に時計業界のなかで特別なポジションを占めることになった。長いあいだ過小評価され、取り残されてきた層に向けて、専用設計のデザインを生み出してきたのだ。「Windupの開催前日にブース設営をしていると、別のブースの人がやって来て、“どうやって女性にツールウォッチを売っているのか”と聞かれることがよくあります」とマラン氏は言う。「そんなとき私は必ず質問で返します。“あなたのチームには何人の女性がいますか?”と。なぜなら女性に社内での機会を与え、女性コレクター向けの製品をどう作り、どう語りかけるべきかを尋ねれば、彼女たちは自らの考えを正直に教えてくれるからです」
従来の時計業界のモデルには当てはまらないかもしれないが、マリン氏のアプローチは確実に成果を上げている。今年、11月のあの特別な日(ちなみにマリン氏の誕生日でもある)に創立18周年を迎えるにあたり、アビンドンは本社からほど近いラスベガス中心街に、初の常設ショールーム(上写真)をオープンする予定だ。もっとも、アビンドンらしく、この小売スペースは何ひとつ慣習的な要素はない。コンセプトは主に、完全予約制によるきわめてパーソナルな購買体験に重点を置き、さらにイベントやトレードショーの会場としての機能も備えるというもの。将来的には、週に1日限定で一般客の来店も受け付ける可能性もある。
11月3日のテープカットを皮切りに、アビンドン初のウォッチウィークが11月7日まで開催される。この期間には、同クルーメンバー(社の限定コレクターコミュニティだ)のための特別イベントと、一般向けイベントを組み合わせて行われる予定だ。ウォッチウィーク期間中は、クルーメンバーが常に主役となる。ハイライトのひとつは、アッシャー(Usher)からビル・クリントン(Bill Clinton)氏に至るまで幅広く料理を提供してきたヴィーガンシェフ、ステイシー・ドゥーガン(Stacey Dougan)氏によるケータリングだ。そして、ユタ交響楽団およびオペラの首席ハーピストでありパイロットでもあるルイーズ・ヴィッカーマン(Louise Vickerman)氏によるプライベートコンサートだ。マリン氏はラスベガスの地元コミュニティの参加も大いに期待しており、シルク・ドゥ・ソレイユやそのほか地元エンターテイナーによるパフォーマンスも予定していると明かす。もちろん、ブランド初のブティック限定モデルの発表がなければ、この祝宴は完成しないだろう。いずれにせよ、この秋のラスベガスでの1週間は特別なものになることは間違いなく、チケットはすでにアビンドンの公式サイトで販売中だ。
これらの祝賀イベントは、アビンドンの新ショールームで開催される多くのイベントの第1弾となる。来年、マリン氏は時計教育を主要テーマに据え、InstagramのリールやYouTubeチャンネルで発信しているコンテンツをワークショップ形式に落とし込み、女性(そして男性)に対して、より豊富な知識を持ち、分別のある時計オーナーとなれるよう支援する計画を立てている。さらに長期的には、より多くの時計技術者や職人をラスベガスに呼び込み、米国内の業界における雇用機会を拡大するだけでなく、コレクターがゼロから自分の時計をつくり上げられるクラスを開講することも視野に入れている。事業開始からほぼ20年が経った今もマリン氏が進み続けていることは明らかで、このパイロットであり時計師である彼女にとって、まさに可能性は空の広さのように無限大なのだ。
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